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セラの部屋を出て、騎士団の制服に着替えた僕は足早に騎士団エリアへと向かう。
今日は新しい開拓地についての聞き込みと調査を行うだけだから、多少気楽に取り組むことが出来た。
そして仲間達と任務を遂行し予定より早めに公爵邸の敷地に戻って来れたものの、城内に戻ろうとした僕を不意に伊庭君が引き留めた。


「今少し宜しいですか?」

「うん、どうしたの?」


伊庭君だけでなく平助もその場に残り、外には僕達三人だけが残される。
このタイミングで敢えて話があると言うからには、セラがいない方が好ましい内容の話をするつもりだということは直ぐに分かった。


「総司、お前大丈夫か?」

「大丈夫って何が?」

「王女殿下のことですよ。何か変なことに巻き込まれていませんよね」


何故二人がいきなりこんなことを聞いてくるのか分からなくて押し黙っていると、伊庭君が言葉を続けた。


「最近凄く疲れた顔してますよ、顔も険しいですし」

「え、そんなに出てる?」

「出てるって。まあ普段はいつも通りだけどさ、ふとした時にめっちゃ思い詰めた顔してるもん」

「それに今日、声楽担当の先生がたまたま図書室にいらっしゃったんですよ。その時に沖田君の放課後の練習が終わったのか聞いたんです。そうしたら三十分以上前に終わってると仰っていまして」

「でも総司が俺達のところに戻ってきたのは更に三十分くらい経ってたからさ……。セラの前では、二人で自主練でもしてんのかもなーなんて話しておいたけど、総司は終わったら直ぐにセラのところに戻ってきそうだろ?だから伊庭君と何かあったのかもって話してたんだよ」


ここ最近、二人とゆっくり話せてなかったけど、こうして僕のことを気にかけてくれる優しさに嬉しく思う。
けれど同時にセラにも心配をかけているかもしれないと考えれば、心が落ち着かない心情になった。


「もしかしてセラも気にしてる?」

「いえ、セラは僕達には何も言っていませんよ。それに恐らくあの双子の悪い噂は然程知らないと思うので、僕達と同じ心配はしていないと思います。ただ……それとは別のことで何か思っているかもしれませんが」

「別のこと?」


苦い顔をして一度話すことを止めた伊庭君を見た平助が、言い難そうにしている彼の代わりに口を開いた。


「お前、最近すっげー香水の匂いするけど、香りがつくまであの王女と何してんの?」

「……え?」

「練習終わった後、いつも総司から甘ったるい匂いがするんだよ。馬車なんか乗ると凄く分かるっつーか……前から思ってたけど、今日は特に強かったからさ。まさかそういう関係じゃないよなって思って」

「は?そんな筈ないじゃない。やめてくれる?気持ち悪い」


間髪入れずにそう返したものの、まさか自分に匂いが移ってしまっていることに今の今まで気付かなかったなんて最悪だ。


「王女殿下の香水の香りは強いですからね、沖田君はその香りに鼻が慣れてしまったのかもしれませんが、普段嗅ぎ慣れてない僕達からしたら直ぐに分かるんですよ。しかも今日は制服から着替えているのに関わらずまだ凄い香りがします。どうしたらそれ程まで匂いが移るのでしょうか」

「それにさ、俺馬車で隣に座ってたから気付いちまったんだけど、シャツの襟の所に口紅みたいなのがついちまってたぞ」


二人の指摘に心当たりがあったからこそ一度言葉を失い、それと同時に任務に行く前、セラを抱き締めた時のことを思い出す。
あの時は少しだけセラの様子がおかしくも感じたし、少し目尻が濡れていたような気もしたけど、元気そうに笑っていたから気のせいだと思っていた。
でも伊庭君と平助ですら気付いた香りや口紅の跡を、一番傍にいるあの子が気付かないわけがない。
だって今日は着替えることもしないまま、あの子をこの腕に抱きしめてしまったんだから。


「あっ、待って下さい……!まだ話の途中ですよ」


今頃、一人部屋で泣いてるんじゃないかと考えれば、僕の足は城に向かって走り出していた。
でも思わず感情のまま動いた僕を、伊庭君は腕を掴んで引き留めた。


「なあ、総司。話してくれよ。それとも話せないことなのか?」

「違うよ。二人に話したかったけど、セラの前では話したくなかったからさ」


僕は焦る気持ちを抑えながらも、今後のためにも今までのことを二人に話す。
特に何か変なことをされたわけではないものの、過度な要求や無意味な束縛が続いていることを理解してくれた二人は、複雑な顔付きで僕を見ていた。


「それは地獄ですね……。相手が王族となると逆らえませんから厄介です」

「でもそんなことして何が楽しいんだろうな」

「全くね。僕は音楽会が終われば解放されるからいいけど、今一番危惧してるのは王女殿下がセラと仲良くなりたいって言ってることだよ」

「絶対接点を持たせたら駄目だと思うんだ。そんなことになったら、あの王女にセラが何されるか分かったもんじゃねーぞ」

「ええ……。王女殿下は関わったら最後だと言われているみたいですし、お城に招待されても決して行かない方がいいです。早く飽きてくれるといいんですけどね」

「クラスが違うことがまだ救いかな。まあ……あと一週間だけ我慢すればいいよ」


そうだ、あと一週間耐えれば今の地獄から解放される。
気掛かりなのはセラのことだけど、練習の度に香りがついてしまうことはもう避けたい。
どうするべきか考えていると、前に立つ伊庭君が言ってくれた。


「残りの一週間、伴奏係である僕と斎藤君も練習に参加しますよ。皆で合わせることは至って普通のことですし、先生に相談してみます」

「でもいいの?そうすると君とはじめ君まで、あの王女と関わりを持つことになっちゃうじゃない」

「三人いればまだ対処可能じゃないですか。平助君にセラの護衛は頼んで、これからは四人で練習しましょう」

「ごめんね。でも凄く心強いかな、ありがとう」

「いいんですよ。僕達は助け合うために三人集められたのですから」

「セラの護衛は安心して任せてくれよな」


微笑む二人の眼差しがやたら温かく見えて、らしくもなく仲間っていいななんて思ってしまう。
でもこの二人には一番最初の世界から沢山支えられてきたから、たまには素直に感謝をするのも悪くないと思えた。


「ありがとう。伊庭君と平助がいてくれて良かったよ」

「沖田君がそんなことを言うなんて、やっぱり変なものでも食べました?」

「明日は何が降ってくんだろ、怖えー」

「ははっ、全く本当に失礼だよね」

「さ、明日も早いからそろそろ戻って寝ようぜ」

「そうですね。沖田君は特にゆっくり身体を休めて下さい」

「二人もね、おやすみ」


微笑む二人に僅かな笑みを見せて、僕は城へと向かって走り出す。
直ぐに会いたいけど香水の香りをまずは洗い流そうとバスルームに行き、疲れと共にあの王女の忌まわしい香りや触れた感触を綺麗さっぱり洗い流した。
そのまま急いで寝る支度を整え、隣接したドアの前に立つ。
いまだセラにどう接するべきか迷いながらも、僕はそのドアを小さく二回ノックした。


『総司、おかえりなさい』


直ぐにドアは開けられて、嬉しそうに微笑んだセラが顔を出す。


『遅くまでお疲れ様。総司が帰ってきてくれるの待ってた』


セラは悲しかったり不安を感じていても、それを出さずにこうして僕に微笑みを向けてくれる子なんだということが分かった。
その理由が僕を信じてくれているからなのか、僕を気遣ってくれているからなのかは分からないけど。
そんなこの子の優しさや健気さを愛おしく思う一方で、罪悪感は増すばかりだった。
でも今は余計な言い訳じみたことを話すより、二人で過ごせる時間を大切にしたい。
セラの僕を想う気持ちごと包むように、セラをその場で抱きしめていた。


「ただいま。会いたかったよ」

『私も会いたかった』

「待っててくれてありがとう」

『ううん、私が総司の顔を見たかったから待ってただけだよ』


セラは僕の腕の拘束をやんわり解くと、いつもの優しい笑顔で僕を見上げた。


『寝る前に会えて良かった。今日は疲れたと思うからゆっくり休んでね?』

「もう寝るの?」

『うん、寝ようかな。それに総司こそちゃんと休まないと駄目だよ』


僕を見上げた瞳は、そう言いながらも心なしか寂しそうだ。
僕の身体を案じてそう言ってくれていることが分かったからこそ、僕はセラの手をそっと自分の手で包んだ。


「ねえ、今日は一緒に寝ない?勿論変なことはしないし、ただ隣で寝るだけだからさ」

『でも……』

「寝る寸前までセラと話してたい。いいでしょ?」


少し困った様子で眉を下げたセラは、今夜は照れることもなく気遣うような瞳を僕に向けていた。


『同じベッドで寝たら、もしかしたら総司がゆっくり休めないかもしれないから今日はやめておこうかな。全部終わったら、一緒に寝よう?』

「どうして?別に君がいても眠れるし、むしろ落ち着くんだけどね」

『でも今総司は大事な時期だから……。それに最近、疲れてるでしょう?』


セラが僕に余計なことを言わずに気遣ってくれるのは、きっと何よりも僕の今の状況や心情を大切にしてくれているからだと分かった今、逆にセラを気遣えていなかった自分が情けなくなる。
こうして三度目の世界に来ても、結局いつも後悔してばかりだと心中で歯噛みした。
でも僕は今度こそ、この子と歩む未来を見たいから、この世界を全力で生きたい。
そのためにまず、目の前のセラを笑顔にしたいと思った。


「そうだね、最近疲れてるかな。だってセラとゆっくり過ごす時間がなかったからね」

『終わったらゆっくり色々話そうね』

「僕が疲れたって思うのはね、別に体力的なことじゃなくて気持ちの方だよ。だから明日からまた元気に頑張れるように、僕は今夜君と話したい。それに触りたいし、一緒に寝たいんだけど、セラは違う?」


今夜は僕が甘える立場になったかのようにそう告げてみる。
するとセラの瞳は僅かに見開かれ、少し上目に僕を見上げた。


『私も疲れた時、総司と一緒にいることで元気になれるよ』

「だったら今日は一緒に寝ようよ。眠るまで君の声を聞かせてくれったっていいじゃない」

『でも……総司は本当にそれで疲れちゃったりしないのかな……。もし私を気遣ってくれてるなら気にしないで大丈夫だからね』

「あのさ、僕はセラが好きだから一緒にいたいんだよ。君と過ごす時間が一番大切だし、どんなことよりも君といることを選びたい。それ以外に理由なんかないんだけど、だめ?」


好きだからこそ何が最善なのか悩むこともあるし、相手を気遣ったり、我慢したりとその形は様々だ。
だけど一番大切なことは意外と単純で、素直な気持ちを口にすることかもしれない。
セラは少し照れくさそうにしながらも、少し微笑んで僕を見上げた。


『私も総司が好きだから一緒にいたいよ。今日、お邪魔してもいいの?』

「良かった、君がそう言ってくれて。勿論良いに決まってるから誘ってるんだよ」


セラの部屋の電気を消して、その手を引いて僕の部屋へと連れて行く。
僕を見つめたセラはどこかまだ遠慮がちだけどそんな様子も可愛くて、荒んだ心が徐々に浄化されていくような気がしていた。

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