6
総司のベッドに入ると、今夜も緊張してしまう私がいる。
それでもこうして朝まで一緒にいられると思うと嬉しくて、向かい合うように横になった私は、月明かりに照らされた総司の顔を見つめていた。
「眠くなったら寝ていいからね」
『うん、総司もね』
「僕はなんだか全然眠くなくなっちゃったよ」
『ふふ、私も』
だって折角総司の隣にいるのに、直ぐに寝てしまったら勿体ない。
頬に添えられた温かい手を心地良く思いながら、その手にそっと自分の手を重ねた。
『私、総司の手が凄く好きなんだ』
「手だけなの?」
『違うよ、手も好きってこと』
「僕のことは?」
『ふふ、勿論大好き』
少し子供みたいな物言いをする総司に笑ってしまうと、同じように微笑む総司が私にそっとキスをしてくれる。
優しく甘噛みするような総司の触れ方は、とても優しくて大好きだった。
「でも僕の手は決して綺麗じゃないけどね」
『そんなことないよ。指が長いし爪の形も整ってて綺麗だよ。でも私は掌にある豆や傷跡も好き。総司が今まで沢山頑張ってきたことが総司の手を見れば分かるもん。いつも私を護ってくれるところや、優しく頭を撫でてくれるところも好きだよ』
出会った頃にはなかった傷や豆が、今の総司の手にはいくつも残っている。
きっと総司はこの場所で多くの努力や困難を乗り越えて、今私の専属騎士として傍にいてくれているのだろう。
そう思うと総司の手が愛おしくて堪らなくなって、その温もりに頬を擦り寄せる。
私は今まで何度もこの手に助けられてきたんだよ。
「僕もセラの手が好きだよ」
総司は彼の手を覆っていた私の手に今度は指を絡ませ、そう言ってくれた。
「いつもピアノやヴァイオリンを凄く上手に演奏するよね。それに出会った頃から僕に美味しいお菓子を沢山作ってくれるし、いつも優しく触ってくれるから心地良いよ。この前書いてた絵も可愛かったしさ」
『ふふ』
「こうやって僕の手と比べると、君の手って本当に小さくて柔らかくて……可愛いよね。でも僕にとっては凄く大きな存在だよ。君の手を握ると心まで温かくなるし、不思議と穏やかな気持ちになれるんだ」
総司の言葉や与えてくれる温もりが暖かくて優しくて、嬉しかった。
少し潤んでしまった瞳を隠すように微笑んで、この時間をくれた総司に感謝もしていた。
『私も総司の手に触ると安心するし、どんなことでも頑張れる気がする。それに今でも思い出すよ、総司が助けてくれた日のこと』
前にも一度伝えているけど、あの時があったから今の私達がこうしていられているんだと考えれば、あの日必死で走った私達が愛おしく感じられた。
「懐かしいね。あれからもうすぐ三年半か」
『うん。でも不思議なんだけどね、総司とはもっと長く一緒にいる気がするの』
私をじっと見つめる総司は、繋いだ手はそのままにもう片方の手で優しく私の髪を梳く。
総司の目がいつになく潤んでいるようにも見えたけど、彼は微笑み言葉を返してくれた。
「僕も同じこと考えてたよ。僕も君とはもう何年も一緒にいる気がする」
『これからまた何年か経ったら、私達はどんな大人になってるのかな。その時も総司と一緒にいられてるといいな』
大人になった自分はまだうまく想像出来ないけど、その時の自分を少しでも好きでいられるように今出来る努力はしたいと思う。
楽しみに思いながら色々な妄想を膨らませていたけど、何も話さない総司はただ瞳を揺らして私を見つめていた。
『総司?眠い?』
「ううん、眠くないよ。ただ大人になった君を想像してたんだ。きっと凄く綺麗なんだろうね」
『ふふ、どうかな』
「本当に綺麗だと思うよ。だから早く見てみたいかな」
『私も今よりもっと大人になった総司を見てみたいよ』
「一緒に大人になろうね。それでその時もこうやって一緒にいよう」
『うん……、約束だよ』
総司は「約束」と微笑んで言うと、上体を少し起こすなり私を見下ろす体勢になる。
そして再び私の唇に柔らかく自分の唇を重ねると、今度は深く味わうようにゆっくり舌が絡められた。
『……ん……』
総司の手が私の左頭部を支えて、幾度となくキスが繰り返される。
どんな時も決して乱暴ではなくて、いつだって優しく私を気遣うように触れてくれるから、総司から与えられる感覚に次第に頭がぼんやりしてきてしまった。
舌先が触れ合うとぞくりとした快感が身体を走り、思わず総司の肩の服を掴む。
今だけは嫌なこと全部忘れて、総司の温もりだけを感じていたかった。
「セラ、好きだよ」
『私も大好き』
「セラに出会えて本当に良かったよ。君は僕の人生で一番の宝物だ」
その言葉と共にきつく抱き締められて、大好きな人の体温や言葉に視界が一瞬でほやけてしまった。
嬉しい気持ちと切ない気持ち、悲しい気持ちがごちゃまぜになって自分でもよく分からない。
でもいつも私の為にこうして愛情をくれる総司の言葉を、私は真っ直ぐ信じたいと思うことができた。
『私、総司に好きって言って貰えたり、今みたいに優しい言葉を言って貰えると、凄く嬉しいんだ。だからいつもありがとう、総司』
もう一度言った「大好き」の言葉にありったけの愛情を込めて、総司を抱きしめる腕に力を込める。
するとまた総司の腕にも力が込められ、優しい彼の声が耳元で囁かれた。
「セラが喜んでくれるならいくらでも言うよ。僕はいつだって君のこともっと大切にしたいって思ってるし、この気持ちは嘘じゃないよ」
『総司は私のこと、いつも十分大切にしてくれてるよ』
「大切にしてるつもりではいるよ。でもたまに心配になるんだ。君が僕に隠れて一人で悲しんでたり傷付いてたり……泣いてたり。本当にしてないのかなって」
身体を離した総司は、いつになく思いつめた表情で私を見下ろしている。
さっき湧き上がってしまっただけの涙すら見透かすように、総司の指が私の目元を撫でるから、総司の顔は苦しそうに歪められた。
「君が悲しい時は僕に教えて欲しいし、一人で抱えさせたくない。僕をもっと頼って欲しいんだ」
総司はいつも私の全てを受け止めようとしてくれて、私の悲しみや苦しみ全てを理解しようとしてくれる。
その気持ちは嬉しい反面、たまに複雑に思うところもあって、どう答えるべきか悩んでしまった。
その理由はいつまでも護られるだけの女の子ではいたくないという私の勝手な想いがあるからだけど、好きだからこそ言えないことや言いたくないこともある。
今回のことだって、夕方沢山泣いて沢山考えて、今は総司を信じて真っ直ぐ応援しようって決めたの。
学院祭が終わった後、もしまだ不安が続いていたらその時に聞けばいいと思うから。
『私はもう十分、総司に頼ってるよ。それに何も悲しいことなんてないよ』
「じゃあ、どうして今泣いてたの?」
『今ちょっと涙が出ちゃったのは、総司が言ってくれた言葉が嬉しかったからで、悲しくて泣いてたわけじゃないの。あと私、そんなに弱くないよ』
その言葉を聞いて、総司は目を瞬いて私を見つめる。
『確かに戦うことは出来ないし、力もないからそういう点でいうと総司よりずっと弱いかもしれないけど、でも気持ちの部分ではそんなに弱くないよ。勿論色々悩んだりすることもあるけど、ちゃんと自分で考えて解決だって出来る。だからあんまり心配しないで?』
「それは僕に心配されると君は困るっていうこと?」
『ううん、総司が心配してくれるのは本当に凄く嬉しい。それに総司がいてくれるから、私は前向きでいられるし、誰かに頼ってばかりじゃなくでまずは自分の力で頑張りたいって思えるの。それに本当に辛かったり悲しかったり、助けが必要だと思った時は総司に真っ先に相談するよ。だからもっと私を信じて欲しいな。私は総司を信じてるよ』
私の言葉を聞いていた総司は、瞳を揺らして私を見つめた後、とても優しく微笑んでくれる。
その顔を見ると私も笑顔になれるから、不思議だね。
「分かったよ。なんか……ごめんね。でも別に君を信じてないわけじゃないんだよ」
『うん、分かってる。それにいつも総司に心配かけちゃう私がいけないってことも分かってるの。直ぐ泣いちゃったりするのが駄目なのかなって……』
「いいんだよ、僕はそんなところも好きなんだから」
『あんまり甘やかさないでね、そうじゃないと総司に甘えてばかりで成長出来なくなっちゃうから』
「ははっ、そんなことないよ。それにセラは僕以外の前では基本泣いたりしないじゃない」
『だって総司のことになるとどうしても涙脆くなっちゃうんだもん……。だから総司の前ではたまに泣いちゃうのかもしれないけど……許してね?』
「許してもなにも、僕のことで君が泣いてくれるのは嬉しいよ。勿論悲しませたくはないけどさ、でも君の泣いてる顔も可愛くて好きなんだよね」
総司はそう言うと、私の額や目元、頬に優しく啄むようなキスを落とす。
総司の唇が耳や首筋に触れると、くすぐったくて笑ってしまった。
「セラ、可愛い……。可愛い過ぎて、もっと触りたくなってきたよ」
『だ、だめ……今日は寝るだけの約束だよ』
「分かってるよ。そのかわり学院祭が終わったら、また君に沢山触ってもいい?セラの可愛い姿、また見せてよ」
『だけど……いつも私だけで総司は何も楽しくないよね?』
「何言ってるのさ。僕は君が気持ち良くなってる姿を見れることが一番嬉しいよ。だから次の時は、沢山君の身体に触りたい。いいでしょ?」
総司の言葉に今度は心臓が早くなってきてしまったから、眠気が余計にどこかへ行ってしまった。
やっとのことで言った肯定の返事は消え入りそうなくらい小さな声になってしまったけど、総司は嬉しそうに微笑んでくれた。
「楽しみが出来たから、学院祭まで頑張れそうかな。あーあ、今直ぐその夜に飛び越えて行きたいくらいだよ」
『ふふ、学院祭まで飛ばしたら駄目だよ』
「まあ、そうだね。でも学院祭は不特定多数の人が集まるから心配なんだけど」
総司は真剣な面持ちで私を見つめ、頬に手を添えると親指の腹でそっと撫でた。
「学院祭では特に一人にならないように気をつけて欲しい。僕が声楽で舞台に上がる時は伊庭君とはじめ君も一緒だから、君は絶対平助といて」
『うん、そうするね』
「あと山南さんにも話は通してあるんだけど、うちの騎士団に学院祭の警護をお願いしてあるんだ。音楽祭の時に舞台の周りに団員を数人配置させる予定だから、何かあればその人達に頼るのもいいと思う」
『え?そんなお話になっていたの?』
「君を心配させるつもりはないけど、君は一人でピアノのソロ演奏もあるし何か起こったら取り返しがつかないでしょ?だからセラも周りには気をつけていて欲しい。分かってくれるよね?」
いつの間にか肩をしっかり掴まれて、総司の迫力に押されながら首を縦に振る。
一度誘拐されたことがあるせいなのか、総司はたまに緊迫した様子で私の身を案じる言葉を口にするけど、ここまでしてもらうと少し照れくさい気持ちにもなる。
『ありがとう、いつも護ろうとしてくれて』
「そんなの当たり前のことでしょ。君のことは全力で護るし、誰にも傷つけさせないよ」
総司はもしかしたら私が考えているよりずっと、私のことを大切に想ってくれているのかもしれない。
真っ直ぐ過ぎる言葉や眼差しにはたじろいでしまうくらい、その真剣さが感じ取れた。
私はきっとこの先、総司以上に私を大切にしてくれる人には出会えないと思う。
出会った時から今までずっと、総司は誰よりも私を大切にしてきてくれた、私のかけがえのない人だ。
『総司はいつも私を護ることは当たり前だって言ってくれるけど、私はそう思ったことは一度もないよ。いつも本当に嬉しくてね、その度にまた総司のことが好きになるから、私はずっと総司のことが好きでい続けちゃうんだと思う』
私はいつも護られてばかりで何の恩返しも出来ていないけど、だからこそ総司の側でいつも笑っていたい。
それが私に出来る愛情の返し方の一つだと思うから、瞳は少し潤んでしまったけど総司にとびきりの笑顔を向けた。
『総司が何を考えているのか全て分かるわけじゃないけど、総司の気持ちはいつも私にちゃんと伝わってるよ』
だから私は総司を信じられるし、真っ直ぐこの気持ちを伝えることが出来る。
それは全て、今まで総司が私にそうしてきてくれたからだと気付いたからこその言葉だった。
「僕の気持ちがセラに伝わってるならそんなに嬉しいことはないよ。なんだか……胸がいっぱいかな。君が僕を信じてくれるなら、僕はどんな危険だって恐れないし負けたくないって思う。どんなことでも乗り越えられるような気がするよ」
『ふふ、それが本当なら嬉しい』
「勿論本当だよ。セラの言葉がどれだけ僕にとって支えになるか、きっと君には想像もつかないんだろうけどさ。でも、ありがとう。セラのことが本当に大好きだよ」
私だって同じ、総司の言葉は私の心を支える大切な柱だ。
だから今だって先程まで萎んでいた心が嘘のように膨らんで、今は色鮮やかに輝いている。
全身で好きだと伝えても、全然足りないくらいだよ。
『ありがとう。私も総司が大好きだよ』
僅かな月明かりでも分かる程、総司の瞳は潤んでいて、きっと私の瞳にも涙は沢山溜まっている。
でもこれが幸せの涙だということが分かるから、私達は引き寄せ合うように唇を重ねた。
私は総司に出会うためにこの世界に生まれてきたんだと思えるくらい、この人のことが大好き。
この幸せが続くことを願いながら、大好きな人の香りを目一杯吸い込んだ夜だった。
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