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夕方になり、ついに恐れていた音楽会が開催された。
舞台裏で待機しながら周りを注意深く観察していたけど、舞台の周辺には約束通り左之さんや新八さん、他の騎士も護衛についてくれている。
近藤さんには山崎君、セラには平助を護衛にあてているから大丈夫だと思うけど、無事に今日を乗り越えるまでは安心できない。
僕の心情的には一刻も早く声楽を歌いきり、平助と一緒にセラの護衛につきたかった。
「スーツ、とてもよく似合っていますよ」
不意に話しかけられて、僕と同様に待機していた王女様に視線を向ける。
まずは僕が彼女のドレス姿を褒めるべきだったことに気付き、気まずい気持ちのまま言葉を返した。
「王女殿下こそとてもよく似合っておられます。大変お美しいですよ」
「ふふ、思ってもないことを言って下さらなくて結構ですよ?」
「いえ、本心ですよ」
先程セラの前では満面の笑みだったものの、今の彼女はいつも通り。
僕の前では、以前までの何を考えているのかよく分からない微笑みを浮かべる王女に戻っていた。
「先程は偶然あなた方にお会い出来て良かったです。ようやくセラさんがどんな方なのか分かりました。とても素敵な方ですね」
「お嬢様も王女殿下のことを、とてもお優しい方だと仰っていましたよ」
「ふふ、それは良かったです。薫が失礼なことを言ってしまいましたけど、それにも怯まずあなたにも頼らずご自分で言葉を返されたその姿がとても可愛らしかったわ」
うっとりとした様相でそう話す王女の眼差しは、違う場所で待機しているドレス姿のセラに向けられている。
変に執着されても厄介だと思うからこそ複雑で、苦い気持ちで彼女の横顔を見つめることしか出来なかった。
「私、ご自分の意志がない方や周りに頼ってばかりで自ら行動出来ない方は嫌いなの。ご令嬢ってそういう方が多いでしょう?全て従者に任せて、ただ当然のように守られてる方。セラさんがどちらなのか気になっていたのだけど、やっぱり私の思っていた通りの方でした。武力では男性には敵わないけど、私達女性にも意見を述べる権利はあるもの。それすら放棄されている愚かな人でなくて本当に良かったわ」
身勝手な王女ではあるけど、今言ったことには同意出来る。
僕もかつては、貴族のご令嬢と聞けば同じようなイメージを抱いていたものだ。
社交の場では思ってもいないお世辞を並べ、利権や優位ばかりを気にして、自分の立場を守ることしか考えない。
下世話な話は平気で楽しむくせに、いざ責任が伴えば口を閉ざす、そんな人ばかりだと思っていた。
けれど僕の知る城の人々は違う。
自らの行動や言葉に責任を持ち、自分の道に誇りを抱く人ばかりだ。
「そうですね。お嬢様は頼りなく見えますけど、決して弱い方ではないですよ。誘拐されてナイフで傷付けられた時も、涙一つ見せませんでしたからね」
「まあ、そうなのですか?女性なんて身体に傷がつけばすぐに泣いてしまうばかりなのに……。入学式の日は大丈夫でしたか?凄い騒がれていましたから」
「入学式の時も、学院内で罵倒されても涙は見せませんでしたよ」
セラは僕のことになると泣いてしまうと言っていたけれど、その半分が嬉し泣きだ。
あとは僕が怪我をしたりすればまた泣いてしまうのだろうけど、決して自分の気持ちを押し付ける為に涙を流す子ではない。
でも、一生懸命我慢した先で涙を流してしまったその顔は、とてつもなく可愛いんだけどね。
「まあ、お強い方なのですね。でしたら総司さんはセラさんの泣いた顔を見たことはないの?」
「いえ、さすがにありますよ」
「それはどんな時?」
「例えば嬉し泣きでしたり、誰かが怪我してしまったりとか……ですかね」
「つまりご自分のことより、大切な誰かを想ってということなのかしら?」
「そうだと思いますよ、お優しい方なんで」
やたら質問をされてしまって、教えたくもないことを話さざるを得ない今の状況に辟易する。
そして王女がセラに興味を抱いていることが、何よりも心に引っ掛かっていた。
「けれど総司さんはよくセラさんのことを分かっていらっしゃるんですね。お二人を見ていると信頼関係が築けていることが分かります」
「ありがとうございます。そう言って頂けると騎士冥利につきますよ」
「あの時、踊っているあなた方を見ていたの。セラさんも凄く楽しそうにされていて……可愛らしかった。彼女があなたのことをとても大切にされていることが一目で分かったわ」
「いえ……僕はお嬢様の専属騎士なので、騎士として頼りにされているだけですよ」
「それだけかしら?」
何が言いたいのか意味あり気な視線を向けられたから「そうですよ」と笑顔で返す。
すると彼女も頷きながら、僕に微笑み言った。
「そうですか。でもセラさんはあなたのどこがそれほどまでに良いのかしら?」
物凄く失礼なことを言われた気がしなくもないけど、取り敢えず笑顔を崩さないまま耐え凌ぐ。
そしてその時音楽会が開催され、最初を飾る僕達が舞台に出ることになった。
「頑張りましょう?私達はセラさんにいいところを見せなくてはいけませんからね」
そう言った王女の真意はよく分からない。
けれど肯定の返事をして舞台に出た僕は、王女や伊庭君、はじめ君と共に無事ステージをやり切った。
前回は声楽の披露中にセラは攫われ、ステージでも爆発事故が起きたのに、今日は何一つ物騒なことは起きない。
セラのピアノソロも無事に終わり、まるで前回のことがただの悪夢だったかのように平穏なまま音楽会は終了した。
『声楽とっても良かったよ、感動したしとっても綺麗だったよ。お疲れ様、総司』
ドレス姿のまま微笑むセラを目の前に、前回とは全く違う時間が流れ始めたと確信した。
セラの誘拐を防げた今回は、この子が辛い想いをして記憶を失ったり、土方さんと出会ったことで死を迎えるあの運命は回避できたと言っていいだろう。
ようやくまた時間が動き始めることに、喜びを感じずにはいられなかった。
「セラのピアノも凄い良かったよ。ずっと見てたからね」
『ふふ、ありがとう』
「セラ、今日の約束覚えてる?」
今すぐに触れたくて堪らない。
熱の籠った瞳で見つめてしまえば、セラも少し恥じらいながらも微笑んで頷いてくれた。
そしてその後、僕は近藤さんと共に頂いたスーツのお礼として国王陛下と王女殿下の元に足を運ぶ。
護衛を沢山引き連れたその人は、深くお辞儀をして挨拶をした僕達に厳格そうな瞳を向けていた。
「我が王国のために多くを尽くしてくれていることに深く感謝している。時に娘が贈ったそちらの服、いかがだったかな?」
「陛下、心から感謝申し上げます。王女殿下のご配慮に感激致しました。こちらのスーツは、まさに僕には過分な贈り物です」
「ふむ、だがそれが我が娘の心意気だ。この子の真心を汲んで受け取って欲しい。私は君が素晴らしい騎士であることを知っているよ」
「ありがとうございます。これからも陛下や王女殿下のご期待に応えられるよう尽力させて頂きます」
心からの感謝は出来なかったけど、取り敢えず今日最後の憂鬱なことはこれで終えられた。
去って行く彼らを見送っていると、近藤さんの手が優しく僕の肩に乗せられた。
「総司はとても素晴らしい騎士になったな。王女殿下からの贈り物もしっかりとした礼を尽くせたのはさすがだ。今のような場でも堂々としていれば、今後の道も更に開けていくと思うぞ」
「ありがとうございます、近藤さん。これからも何事にも油断せず、精進してまいります」
「ああ、お前なら出来るさ」
近藤さんの温かい笑顔を見つめながら、もしも僕がセラとの未来を望んでいると知ったらこの人はどんな顔を僕に見せるのだろうと考えてしまう。
ずっと認めて貰いたくて本当のことを打ち明けたくて葛藤している僕だけど、今もまだ近藤さんに本当のことを告げられずにいた。
でも土方さんのような優秀な婿候補が現れてしまってからではそれこそ遅い。
セラがデビュタントを迎える前には、本当のことを知って貰いたいと考えていた。
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