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公爵邸に戻り、総司がお父様と山南さんに今日のことを報告すると、早急に総司を送るパーティーが開かれることになった。
それまでの間、総司と私は急いで彼の部屋の私物をまとめ、明朝出立出来る準備を整えていた。


「総司の門出を祝って、乾杯!」


騎士の方々は王家の近衛騎士に任命された話を、名誉のある出世だと言って総司を祝福している。
皆に囲まれて笑顔でいる総司を少し離れた場所から眺めながら、今にも泣きそうになるのを必死で耐えることしか出来なかった。


「セラ、辛いと思うが次期に慣れる。総司を笑顔で送り出してあげなさい」

『はい……、お父様』


お父様が言うように、この悲しい気持ちにもいずれ慣れてしまうものなのかな。
このお城に、あの部屋に……総司がいないことにも慣れてしまうのかな。
そう考えたら、あの隣接したドアから笑顔で顔を覗かせる総司の笑顔を忘れたくないと思う私がいる。
どんなに悲しくて辛くても、私は総司と暮らしたここでの日々を一つだって忘れたくないし、総司がいない生活に慣れることもしたくないと思ってしまった。


『お父様、私少し火照ってしまったみたいです。暑いので夜風にあたってきますね』

「そうか……。では山崎君を連れて行きなさい」

『いえ、一人で大丈夫です。城の外へは出ませんので』


きっとお父様は私が今泣きそうなことも、この場で泣けない私が一人になりたいと思っていることも分かっているのだろう。
悲しそうに微笑むと頷いて下さった。


「セラ、すまないな。無力な俺を許してくれ」

『無力なのは私です。最後まで護って貰うばかりで、総司に何も返せませんでした』

「そんなことはないだろう。総司はそうは思っておらんぞ」

『私はどうしてもそう思ってしまうのです』


何かを言いたそうにしているお父様に微笑みを向け、騒がしいホールから出て三階へと上がる。
誘われるように入った総司の部屋は、彼が専属騎士になる前のように物が何一つも置かれていなかった。

この部屋で沢山話をしたり、ふざけあったり、勉強したり。
そんな当たり前だった幸せな日々が、この部屋を見ると思い出される。
けれどいつも掛けられている場所に制服や隊服もなく、机の上の参考書も今はない。
お揃いで買ったマグカップすら棚から片付けられ、それが私に痛いほど現実を教えているようで、私はその部屋から逃げるように星が見えるバルコニーに向かった。


『……っ……』


星空はこんなに綺麗で広いのに、私のいる世界はなんて狭いのだろう。
窮屈でままならなくて傲慢で。
私はずっとこんな世界で生きていたんだと、ようやく身をもって知った。

明日の朝、総司がここを出てしまったら、次に会えるのはいつ?
ここで話した二人の思い出が沢山蘇ってくれば、頬を流れ落ちる涙は止まることはなかった。


『う……』


総司はこれから何を見ていくのだろう。
私はここで何を見ていくのだろう。
今まで当たり前のように同じ場所で同じものを見てきた私達は、明日からは別々の場所で生活する。
この星空も、明日からは違う場所で眺めることになるんだね。
その想像がまだ上手く出来ないなんて少しおかしな話だけど、仕方ないよね。
総司は今までずっと私の隣で微笑んでくれていたんだから。
その幸せが当たり前だと思っていたわけではないけど、私はずっと一緒にいられるって信じてた。
総司があの部屋からいなくなる想像なんて、一度だってしたことがなかったの。

もう同じ景色を見ることも出来ないけど、総司がこれから見ていく景色がどうか綺麗でありますように。
どうか総司が幸せな毎日を送ることが出来ますようにと願うことしかできない。
私にできることはもう何もなくなってしまったけど、最後は笑顔で見送りたい。
総司に悲しい顔はさせたくないし、これ以上あの人に心配をかけたくないと思った。


『神様……どうか総司をお守り下さい』


私はもう総司の隣にいることは出来ない。
総司が悲しんでいても、辛さに耐えていても、きっとそれに気付いてあげることも出来なくなる。
だからどうか明日から生活する場所で、総司が心を許せる人と出会えますように。
総司を支えてくれる優しい人がいますようにと願わずにはいられなかった。

きっと総司は、私より辛くて不安な筈。
この城を出て、知らない場所で初めて会う人達とこれから生活を共にしなければならないのだから。
それなのに私は、総司の前で沢山泣いて、困らせて、本当にどうしようもない。
本当は大丈夫だよ、頑張ってねって総司の背中を押してあげなければならないのに。
それでもこの涙の止め方が私にはわからなくて、早く会場に戻らないといけないと思いながらもどうすることも出来ない。
少しでも総司を見つめていたいのに、今の私は総司を見ると涙を堪えることが出来なかった。


『神様……、総司が向こうで悲しい思いをすることがありませんように。どうか向こうでも大切にされて、幸せな毎日を送ることが出来ますように……』


私がいない場所で、私を忘れて幸せそうに笑う総司を想像すると、心がまた苦しくなる。
それでも総司にはどんな時も幸せでいて欲しいから、真心を込めてお祈りをした。
その時、不意に後ろから抱き締められて、香ってくる慣れ親しんだ香り。
星空の下、私の大好きな温もりが私を包み込んでくれていた。

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