10

僕の為に開かれた送迎パーティーで、僕はお世話になった人達に挨拶周りをした。
こんな状況になっても、明日から僕はここにいないなんて信じられない。
これからもずっとこの場所で、僕は皆と笑い合い、微笑むセラを見つめて生活していくだろうと信じて疑わなかったからだ。

それに昼間の王女との会話を思い出すとお酒を飲んでも酔えないまま、冷静な心情を保ってしまう僕がいる。
最後に近藤さんと話をした僕は、先程から姿の見えないセラのことを探していた。


「セラ?」


近藤さんは城の中にいるだろうと言っていたけど、彼女の部屋には姿がない。
僕の部屋も覗いてみたけど、そこにもセラの姿は見当たらなかった。
がらんとした部屋の中は僕が生活していた事実すら消し去るように、今は何一つ物が置かれていない。
元々常備されていた調度品やランプなどが置かれているだけで、ふとこの部屋に初めて来た時のことを思い出した。

あの頃はこの部屋での生活を夢見て、セラの一番近くであの子を護りたくて、ただがむしゃらに剣を振るっていたよね。
上手くいかないことや大変なこともあったけど、夢に向かって切磋琢磨するのは初めてだったからとにかく楽しくて、セラに会えば嬉しくてさ。
まだ子供だったけど、自分でも褒めてあげたいくらいあの時の自分はよく頑張っていたと思う。
でもそれを辛いとか苦しいとか思うことなく、ただ幸せだった。
あの子の隣に居続ける夢が僕にはあったから、それを叶えるためなら何だって出来ると思っていた。

でもその結果得られたものはこんなに儚く散って、僕達は明日から別々の城で暮らすことになる。
その現実が重くのしかかり、自室から目を背けるように星空の見えるバルコニーへ向かった。

この場所は想いが通う前からよく二人きりで言葉を交わした場所だった。
初めてここで話した日や、ここでセラに手を握られたこと、二人で夢を語ったこと……全て昨日のことのように思い出す。
そっとドアを開けると少し奥によくやくセラの姿を見つけて安堵する。
それと同時に涙で濡れた横顔があまりに綺麗で儚くて、この胸はまた苦しくなった。


『神様……、総司が向こうで悲しい思いをすることがありませんように。どうか向こうでも大切にされて、幸せな毎日を送ることが出来ますように……』


あんなに涙を流しているのに、セラは僕の為に祈ってくれている。
その泣き声には真心や切実さが込められていて、これから先、この子がこうして泣いていても僕は気付いてあげることも抱き締めてあげることも出来ないんだと分かれば、悲しくて堪らなくなった。
僕に出来ることは何が残っているのだろうと考えながら、僕の足がセラに向かうのはもう出会った頃からの癖のようなもの。
愛しい温もりを後ろから抱き締めて、呼んだ彼女の名前に目一杯の愛情を込めた。


「探したよ、こんなところにいたんだね」


驚いた様相で僕を見上げたセラは、直ぐに慌てた様子で涙を拭う。
僕を見上げていつものように微笑むから、僕の方が泣きそうになってしまった。


『ごめんね、ちょっと夜風に当たりたかったの。もう戻るつもりだったよ』

「戻らなくていいよ。挨拶回りも終わったし、ここからはセラと過ごしてもらって構わないって近藤さんも言ってくれたからさ」

『でも、いいの……?騎士団の皆は主役の総司がいないと寂しいんじゃないかな』

「あの人達はもう酔って騒いでるから大丈夫だよ。それに最後の夜くらいセラと二人で過ごしたいからね」


最後という言葉に瞳を揺らしたセラは、僕から視線を逸らして唇を噛み締める。
その顔は今にも泣き出しそうになるのを必死に耐えているように見えたから、温かい身体をそっと引き寄せ腕の中に閉じ込めた。


「我慢しなくていいよ、泣きたいなら泣きなよ」

『ううん……大丈夫だから……』

「僕は泣いて貰えた方が嬉しいよ。その分、君に想われてるんだって思えるじゃない」

『でも私はもう泣きたくないの……』

「明日から、僕は君が泣いていてもその涙を拭ってあげられなくなる。だからせめて、今日は悲しむ君の隣で君の涙を拭いたいんだ」


セラはその言葉を聞いて縋りつくように僕に抱きつくと、控えめに声をあげながら泣き始める。
抱き締める腕に力を込めたけど、どうしたって悲しみは伝染してしまうから、僕の視界も瞬く間にぼやけていった。


「ごめん、君をこんなに悲しませて。専属騎士失格だよね」

『総司のせいじゃないよ……』

「でも僕があの人を助けなければ良かったよ。そうしたら僕や君が目をつけられることも、こんな日が来ることもなかったかもしれないのにさ」


後悔せずにはいられなかった。
まさかこんなにも融通の効かない展開になるなんて、考えてもみなかったんだ。
もしあの階段で僕が手を差し伸べなければ、あの王女が僕達に気付くことも、嫌がらせをすることもなかったかもしれない。
あの日の自分が憎らしくて、僕は心中で歯噛みしていた。


『そんなこと言わないで。私は困ってる人に手を差し伸べられる優しい総司が好きだよ』


セラは涙を零して悲しみを表現しながらも、僕の悲しみを包もうと優しい言葉を掛けてくれる。
僕の目尻から涙が頬を伝って落ちてしまえば、愛らしい手がそれをそっと拭ってくれた。


『総司はずっと、私の自慢の騎士様だよ。それはこれから先も変わらないよ』


僕はこれから、この場所を離れ何を見ていくのだろう。
君はこの場所で何を見ていくのだろう。
当たり前に同じものを見て微笑み合う毎日がもう来ないと思えば、これからの日々が怖くて堪らなくなった。
僕がいない日々を、これからこの子はどうやって生きていくのか。
最初は泣いてくれていても、いずれ慣れて涙すら零さなくなって……そしていつか忘れられてしまうのではないかと考えれば、そんな結末は耐えられそうになかった。

勿論まだ諦めるつもりはないけど、実際王家がどんなところかもどんな制限を与えられてしまうかも分からない。
セラやこの家を引き合いに出すあの王女に、僕が逆らえる立場ではないことは明確だった。
きっとろくなことにならないことは目に見えて分かるからこそ、僕はここを出たくない。
セラの傍で、いつ迫ってくるかもわからない危険からこの子の笑顔を護り続けていたかったよ。

その一番大事な想いが砕かれた今、この世界にはもう僕が生きる希望は殆ど残されていないのかもしれない。
そう考えれば、この世界は終わりにして、新しい世界へと逃げたい心情にさせられた。


「セラ……」


新しい世界に行くためのルールは何一つ分からない。
ただ共通して言えることは、この子が死を迎え、その後僕が死を迎えた時、回帰出来るということだ。
だからここでセラの命を終わらせて僕が自害すれば、この子にこれ以上辛い思いをさせなくて済む。
また新しい世界でセラと過ごすことができる。
そんな淡い期待が頭を過ってしまったから、震えた僕の右手は徐に真剣のある懐へと伸ばされていた。


『総司、大好きだよ。離れても私は総司のことがずっと大好きだからね』


一瞬だ。
きっと苦しませずに終わらせてあげることができる。
そう考えながら剣を引き抜こうとした時、僕の考えていることなんて知らないセラは愛らしい笑顔で僕にそう言った。


『こんなに大好きなんだもん、また絶対一緒にいられる日がくるよね。総司が今日、諦めないって言ってくれて嬉しかった。だから私も諦めない。総司との未来をずっと信じてる』


その言葉や微笑みに触れてしまえば、僕にこの子を斬ることなんて出来そうにない。
僕を信じて微笑んでくれる目の前のセラを、どうして斬り捨てることができるだろう。
力なく腕は下ろされて、情けない涙が僕の瞳からこぼれ落ちていった。


「……セラ、ごめん……」

『総司……』

「ごめんね……」


一瞬でも、セラが懸命に生きようとしているこの世界を諦めてしまった自分が許せなくて、耐え切れなくなった悲しみと一緒に不甲斐なさが瞳からこぼれ落ちる。
けれどそれは直ぐに温かい手に包まれて、僕がいつもしているかのようにセラは僕の涙を拭ってくれていた。


『総司、大丈夫だよ。私、ずっと待ってるね。私も出来ることはするし、総司のこと絶対そのままにしたりなんてしないからね』


優しいセラの声が聞こえる。
出会った時から、いつも僕を気遣い大切にしてきてくれた大好きな声だ。
この声を僕はあと何度聞くことが出来るのだろうと思えば、この悲しみに立ち向かう気力すら消え失せてしまうほどだった。

僕は二回、この子のいない世界を知っているけど、生きていても会えないのであれば光を失った世界で生きるも同然だ。
だって僕は毎日だってこの声を聞きたいし、愛らしい笑顔だって見たい、もっと君の体温を感じていたいんだから。
でも僕がこんな状態でいれば、余計に君を不安にさせてしまう。
セラの心を少しでも護れるように、その分僕が強くならなければ駄目だと思った。


「ありがとう。僕も向こうで頑張るよ、それで絶対またここに戻ってくる。何がなんでも戻ってくるから」

『うん、私も信じてる。今から待ち遠しいな、早くその日が来ないかな』


笑ったと思ったら泣いて、セラはその愛らしい顔を辛そうに歪ませる。
涙を拭いながらも片手はずっと僕の手を握っていて、まるで離れたくないと必死に縋り付くように見えたからこそ、またそれが辛くなった。


「覚えててね。向こうに行っても僕はずっと君が好きだし、君のことを毎日考えるよ。離れていても僕の心は永遠に君のものだ」

『ありがとう。私も同じだよ、ずっと大好きだし、毎日総司のこと考える。総司とのここでの生活を絶対に忘れないし、総司の活躍を応援だってしてるよ。だから身体を壊したり怪我したりしないでね。ずっとちゃんと元気でいてね』

「うん、分かったよ。セラこそ変わらず一人になったら駄目だよ。僕の代わりに伊庭君か平助が君の専属騎士になると思うけど、絶対にちゃんと護って貰って。二人には僕の代わりにセラを護るようにさっきお願いしておいたからさ」


本当は僕がこの手で護ってあげたかった。
危険が付き纏うこの子から離れて本当に平気なのか不安で堪らないよ。
それでもこの子やこの家を不幸にするわけにはいかないからこの選択を選ぶしかなかったけど、セラは再び辛そうに顔を歪ませ絡めた指に力を入れた。


『総司に護って貰うのは今日で最後だったんだね……』


いつだってセラのことを見つめていた。
それはもう息をするように当たり前に、この子がいる場所でその愛らしい姿を目で追う時間が好きだった。
それが明日からはその姿さえ見ることも叶わなくなるなんて、今は上手く想像すら出来ない。
それほどまでに、僕はこれから先も君を護り続けることができるって信じて疑っていなかった。


『今まで沢山、私を護ってくれてありがとう。総司が護ってくれたから私は今ここにいられるし、本当に感謝してるよ。私もちゃんと自分の身体を大切にするから、私のことは心配しなくて大丈夫だからね』


どうかこのまま僕達以外の時間を止めて、セラの傍にいさせて欲しい。
この子に危険が及ばない世界で、僕はただセラの隣にいたいだけなんだ。
どんな危険が降りかかってもセラを護るつもりでいたのに、もうそれが出来ないなんて心配で堪らなくなる。
またこの身体が傷付けられて壊されるなんて、絶対に駄目だと思った。


「心配しないなんて、そんなの無理だよ。理屈じゃなくてセラには手の届く範囲にいて貰わないと不安で堪らなくなるんだ。僕が護ってあげたいよ、これから先もずっと」

『総司……』

「やっぱりおかしいよ、こんなこと。納得出来ない。今は行くより他はないけど、僕は素直に屈するつもりはないし、どんな手段を使ってでも戻ってきてみせるよ」

『無理だけはしないでね。総司に何かあったらそれこそ私……耐えられないよ』

「それは僕も同じだよ。僕が離れることで君に危害がくわえられないか心配で堪らないし、そんなことになれば耐えられない。だからそうならない為に動きたい。セラをこれ以上悲しませることはしたくないんだ」


セラはこんなにも優しい子なんだ。
この子がただ毎日を幸せに暮らせる世界があってしかるべきなのに、この三度目の世界もセラに幸せは与えてくれないらしい。
首元に揺れる四つ葉のペンダントも、セラを護ることすらしないまま、ただ僕の目の前でいつも揺れているだけだ。


『ありがとう。でもそれは私も同じだってこと忘れないでね。総司の身の安全を第一に考えて』

「うん、君もね。僕が戻ってきた時、また君が笑っていてくれたらいいなって思うよ」

『勿論笑ってるよ。だから、その時は……私を総司のお嫁さんにしてくれる?』


愛らしく僕を見上げたセラは、その約束に縋るかのような眼差しで瞳を揺らがせる。
そして僕もその約束に縋るように、小指を絡めた。


「うん、その時は僕のお嫁さんになって。セラと一緒にいる未来しか僕はいらないよ」


だからその為にも今は前だけ向いて先を目指そう。
見たことのない世界が広がる明日に、胸を張って進もうと覚悟を決めた。
セラが待っていてくれるなら、約束のその時はきっと僕達を幸せに導いてくれる。
そう願いながら大好きなセラにキスをして、隣にいる今の時間を大切に紡いでいった。


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