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千鶴様を通して総司に手紙を渡すようになってから、気付けばもう一ヶ月。
いつ返事を貰えるのか期待しながら彼女に会いに行く私には、まだ一通も返事は来ていなかった。
きっと忙しいのかもしれないし、何か事情があるのかもしれない。
だから気にしないようにしながら、毎日を過ごすことしか出来なかった。
そして今では日課になりつつある、お二人とのお昼の時間。
私が「お願いします」と手紙を渡すと、千鶴様はにこやかにそれを受け取って下さった。
「昨日も総司さんにお渡ししましたからね」
『ありがとうございます……』
期待をしてみたけど、千鶴様をじっと見つめる私を見て、彼女は小首を傾げて微笑むだけ。
今日も返事がないことに不安な気持ちになり、少しばかり視界が潤んでしまった。
総司の手には渡っている筈なのに、どうして返事が貰えないんだろう。
千鶴様に理由を聞くのも良くないと思うから、私は別の形で総司のことを知りたいと思った。
『あの、千鶴様?……最近、総司はどのように過ごしているのか聞いても宜しいですか?』
飲んでいたティーカップを綺麗な所作でそっと置いた彼女は、瞳を細め優しい声で話してくれた。
「総司さんは相変わらず忙しそうに任務に専念されていますよ。最近は剣術の訓練や王宮の警護に加え、毎日書類仕事にも追われているみたいです」
『そうなんですね。でも総司が身体を壊していないようで安心しました』
「私ね、総司さんが宮廷内のお仕事ばかりで物足りないのではないかと心配していたんです。もう少し護衛らしい仕事の方が合うのかもしれないって。でもこの前それを聞いたら、こういう日々が一番気楽でいい、なんて仰るんです。そんなことを言われてしまえば、今度護衛をして頂く時に気が引けてしまいますよね」
千鶴様はその時を思い出すように、くすくす笑いながらそう話す。
アストリアでは総司に私の護衛ばかりをさせてしまっていたから、もしかしたらずっと負担を掛けてしまっていたのかもしれないと気付き、胸が苦しくなった。
『それなら良かったです……。総司が安心してお仕事に専念できているなら、私もとても嬉しいです』
言葉とは反対に悲しい気持ちが心に広がってしまうから、思わず涙が溢れそうになる。
それを必死に抑えてただティーカップを見つめ、感情が収まるのを待つことしか出来なかった。
『あ、そう言えば……』
今日は手紙以外にも渡したいものがあった。
気持ちを紛らわすようにラッピングされたそれらを取り出して、少し心配に思いながらもそれを千鶴様と薫様に差し出した。
『甘いものはお好きですか?昨日クッキーを作ったので、もし良ければ食べて頂けたら嬉しいです』
ハート型は気が引けたから、ジンジャーマンの型を使ったけど、季節外れだったかな。
ラッピングされた袋を凝視しているお二人は何も言わないから、王家の方々に手作りの食べ物を渡すのはマナー違反かもしれないと急に心配になってしまった。
『あの……ごめんなさい。手作りは怖いですよね。毒や変なものは一切入ってないのですが……もし心配でしたら、無理して食べて頂かなくて大丈夫です』
尚も無言の二人を目の前に再び居たたまれない気持ちになっていると、先に薫様がクッキーを取り出す。
そしてぱくりと一口食べると、静かな声で言った。
「うまい……」
『あ、ありがとうございます……お口に合ったのなら良かったです』
ぱくぱく食べている薫様をじっと見つめた千鶴様も、袋からクッキーを取り出すと、少し恐る恐ると言った様子だったけど、それを一口食べてくれた。
「おいしい……」
口元を押さえてそう呟くと、私を見て嬉しそうに微笑んでくれたから、私まで嬉しくなって口元が緩んだ。
『良かった……。お二人にそう言って頂けて嬉しいです』
「凄いわ。手作りでクッキーなんて作れるの?」
『はい、意外とそこまで大変じゃないですよ』
「へー。この上の色付いてるのは?」
『それはアイシングといって粉糖を溶かしたものに色を付けてあります』
「とても可愛い。食べるのが勿体ないくらいですね」
『ふふ、また作ってきますね』
良かった、少しでも喜んで頂けて。
これは総司が好きでよく作っていたクッキーだったから、私の中では一番自信のあったもの。
だから総司の分もあるのだけど、これを渡して欲しいって頼むのは図々しいかな……。
「総司さんの分はお預かりしなくて宜しいの?」
『え……?』
「持ってきているのでしょう?」
千鶴様とお昼をご一緒してからまだそこまで日は経っていないけど、彼女は私の気持ちをこうして理解してくれることが稀にある。
その時はとても救われた気持ちになってしまうから、唇を結び少し震えしまった手でクッキーを差し出した。
『千鶴様、ありがとうございます。手紙と一緒に総司に届けて頂けますか?』
「ええ、勿論。総司さんもとっても喜ばれると思いますよ」
喜んでもらえるのかな……。
そんな後ろ向きな考えが無意識に頭を巡ってしまったから、そんなことを考えたら駄目だと自分に言い聞かせた。
私は総司を信じているし、総司はずっと変わらず好きでいると言ってくれた。
あの時の総司を思い出せば、私はまだ大丈夫だと思えるから、少し自分を落ち着かせることが出来た。
「それにしても酷いね、あいつ」
『あいつ……?』
「お前の元専属騎士だよ。いつも無愛想に手紙を受け取るだけでさ」
「薫、余計なことは言わないで」
お二人の言葉に心音が早くなり、不安がまた一気に押し寄せてくる。
返事を待たずに毎日手紙を出し続けることで、総司の負担になっていないか心配になった。
「セラさん、薫の言ったことは気になさらないで?総司さんは毎日お忙しくしているけれど、今まで通りセラさんのことを大切に想っていると思いますよ」
思わず聞いてしまいそうになった。
総司は本当に手紙を読んでくれているのか、どうして返事をくれないのか、私の手紙が迷惑ではないか……。
けれどそれを聞いたら私が総司を信じていないことになってしまう気がして、喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。
『はい、大丈夫です。私は総司のこと、信じていますから』
世界には言霊という言葉がある。
言葉には発した通りの力が現れるから、総司のことでマイナスな言葉は使いたくなかった。
それに笑っていると幸せが舞い込んでくると思うから、こうしてまた微笑む。
少しずつこんな毎日にも慣れ、私は嬉しくない時でも、笑顔を作れるようになっていた。
「セラさん、私は立場柄調理場に立ったことがなくて……お料理などは庶民がするものだと教えられてきたんです。でもセラさんのこのクッキー、私も一度作ってみたいの。もし良かったら今度王宮で一緒に作って下さらない?」
少しもじもじした様子で、上目で私を見つめる千鶴様はとても可愛いかった。
思わず見惚れてしまった私だけど、このクッキーを気に入って頂けたことは嬉しい。
何より王女という身分でありながらお菓子作りに興味を持って下さった千鶴様の純粋さに心が温かくなった。
『勿論です。千鶴様とクッキー作りなんてとっても楽しそう。今からとても楽しみです』
「本当にそう思って下さる……?」
『私、お友達と一緒にお菓子作りしたことがないんです。ずっと憧れていて……それが叶うと思うと嬉しいですよ』
私も公女という立場柄、最初は調理場に立つことを使用人の方々に止められたことがある。
山南さんにも、お嬢様が調理場に乱入されると皆困ってしまいますよ、なんて苦笑いされたこともあったよね。
でも私は幼い頃からどちらかというと好奇心旺盛で、お父様が城の中で出来ることであれば大抵のことは許して下さった。
勿論剣術だけは猛反対されてしまったけどね。
「お友達……?」
思わず私が口に出した「友達」という言葉に反応した千鶴様の様子を目の前に、王女殿下に対して大変失礼な物言いをしてしまったことに気付いた。
『あ……申し訳ありません。お友達なんて図々しいことを申してしまいました……』
「いいえ」
『あの……お気を悪くされてしまいましたか?ごめんなさい……』
「そうではないですよ。ただ私のことをそう言って下さったのはセラさんが初めてだったから」
『え?』
「いいですね、お友達」
ふわりと微笑んだ千鶴様は、少しだけ頬を染めてとても綺麗に微笑んだ。
その顔を見てまた見惚れてしまった私だけど、その言葉には心が込められているようにも感じられたから、私まで頬が少し熱くなってしまった。
千鶴様は私から総司を取り上げてしまった人だから、やっぱり複雑な想いはあるものの、この人が噂されているようなただの悪魔のような人だとは思い難い部分もあって。
どちらかというと、儚くてとても寂しい……そんな印象を受けてしまう方だった。
『千鶴様が許して下さるなら、改めてお友達になって頂けたら嬉しいです』
「ええ、是非」
『薫様も……なって頂けますか?』
お昼の時間、大抵何も話さず窓の外を眺めている薫様は、いつになく少し冷たい視線を私に向けた。
「それは何のため?」
『え……?』
「仲良くなって沖田を返して貰うため?」
そんなことを考えていたわけではなかったから思わず言葉を失ってしまったけど、薫様は席を立ちどこかへ行ってしまう。
私はその後ろ姿を見つめながらも声を掛けることは出来なかった。
「セラさん、ごめんなさい。薫のことは気になさらないでね」
『いえ……、私が余計なことを言ってしまったのが悪いんです』
「でも私は嬉しかったです。薫の機嫌も明日には直っていると思いますので」
『はい……』
薫様の言ったことは最もなのかもしれない。
私とお二人の関係は普通とは違うから、単純にお友達という言葉で説明出来るものではない。
お互いの心が見えない分、勘ぐってしまうのは仕方ない気もした。
けれどお父様は幼い頃からよく教えてくれていた、人との関係を築いていくには真心が一番大切だと。
誰かのために真心を込めて何かを告げたり行動したりすることは、決して意味のないことではないと思いたかった。
『千鶴さま?』
「はい?」
『私、お友達って、嬉しい時に一緒に笑って悲しい時に一緒に悲しみを分かち合える相手のことだと思うんです。私と千鶴様はまだ出会ったばかりで、直ぐにそういう関係になるのは難しいことなのかもしれないですけど……でもこうして同じ時間を過ごすことで、いずれ千鶴様とそうなれたらいいなって思っています。これは本心です』
口では友達だと言っていても、本当の友人と呼べるまではそれなりの時間が必要だ。
私が求めているのは形だけのお友達という関係ではないということは伝えたかったから告げた言葉だった。
「分かりました。お気遣いありがとう、セラさん」
薄く微笑む千鶴様の真意は読めなかった。
けれど今は焦らず一日一日を懸命に生きることしか出来ないから、総司を想いながらまた寂しさに堪える私がいた。
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