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全ての任務を終えた僕は、夜の指定された時刻に日課の報告をするため王女の部屋を訪れた。
この時間はとても憂鬱な時間でもあり、手紙という幸せが舞い込んでくる時間でもある。
返事を出せない状況の中でも、セラは僕に手紙を書き続けてくれていた。
「報告は以上です」
「分かりました。では今日はもう下がって宜しいですよ」
報告を終えた後、いつも手渡される筈の手紙が今日はまだ貰えていない。
そのまま立ち去れるわけもなく複雑な心情のままその場にいると、王太子の方が僕に嫌な笑みを向けてきた。
「何?いつまでそこにいるつもり?」
「今日の分の手紙を頂いても宜しいでしょうか?」
「セラさんとはお会いしましたが、今日は受け取っていないですよ」
その言葉を聞いて、多分僕は情けない顔を見せてしまったのだろう。
僅かに震えた唇を噛み締めると、王太子が笑い出した。
「ははっ、お前にもそういう顔が出来るんだね。いつもは仏頂面で手紙を受け取るだけなのにさ」
「ふふ、本当ね。でも薫がセラさんにそのことを話してしまうから、冷や冷やしちゃったわ」
「よく言うよ。千鶴だって沖田に宮廷内の任務はどうか尋ねたら、こういう日々が気楽でいいって言ってた、とか話してただろ?」
「……そのようなことをセラに話したんですか?」
「ごめんなさい、悪気はなかったんです。でもセラさんはそれを聞くと、とても悲しそうに唇を震わせてね、それでも一生懸命それを隠して笑顔を作って下さるの。その様子がとても可愛らしくて」
その光景が目に浮かんでしまう分、傷ついた心が更に抉られたような気持ちにさせられる。
今頃セラが一人で泣いているのではないかと思えば、今直ぐここを飛び出して、会いに行きたい衝動に駆られた。
「何故わざわざセラを傷つけるようなことを言うんです?」
「別にセラさんを虐めたいわけではないですよ。ただ総司さんにはセラさんの優しさや健気さをきちんと知って頂きたかったんです。総司さんはいつも当たり前のように手紙を受け取るだけで、全く嬉しそうにしてくださらないんですもの」
「あの子からの手紙は嬉しいに決まってるじゃないですか。ただ複雑なんですよ、返事を出せないんですから」
「五十通、途切れることなく貯まったら返事を一通書いてもいいと許可しましたよ。それとも今からでも手紙を受け取るのをやめますか?」
思わず言葉に詰まってしまったのは、そもそもここから先セラからの手紙が来ることはないのではないかと不安になってしまったからだった。
実際今日は初めて、ずっと書き続けてくれていた手紙が途絶えた。
それに加えてこの二人から捻じ曲げられた僕の話を毎日のように聞かされているとしたら、あの子の純真な想いがずたずたに切り裂かれてしまっていてもおかしくはないと思ったからだ。
「セラが書いてくれるなら、これからも手紙は受け取りたいですよ。ですが、関係のないことでこれ以上あの子を傷つけるのはやめて下さい」
「傷つけているのは総司さんではないですか?あなたの存在がセラさんの足枷になっているんです」
「……どうして僕が?」
「あなたはただの騎士でしょう?どうしてそんな人がセラさんの特別なの?あなたなんかが、セラさんの視界に入っていいわけないのに。本当に図々しい方ですね」
苛立ちのままぶつけられた言葉は正直意味が分からなかった。
ただこんな状況でもこの人達に満足な反論すら出来ない自分の無力さが浮き彫りになるだけだった。
「千鶴、お前はなにむきになってるの?こんなのいつもの暇つぶしの遊びだろ?」
王太子の怪訝そうな視線すら、ふいと顔を背けた王女は、今夜は機嫌が悪いらしい。
明らかに膨れた様子で、再び僕を睨みあげた。
「総司さんとセラさんは恋仲だったんですよね?」
「違いますよ。ただの主人と従者の関係に決まってるじゃないですか」
「でもセラさんのあの顔、とてもただの騎士を案じているだけには見えないんです。まさかあの方に変なことはしていませんよね?」
「してませんよ……。なんなんです?そんなこと、王女殿下には関係ないじゃないですか」
「別にどちらでも構いませんけどね。でも恋仲ではなかったというその言葉に嘘はないですか?」
「はい、ありません」
誰にも話していない僕達の関係を、一番厄介な相手に打ち明ける筈もなく、毅然とした態度でそう答える。
すると少し落ち着いた様子を見せた彼女は、受け取っていないと言っていた手紙を引き出しから出した。
「実は今日も手紙を受け取っているんです。ふふ、驚きました?」
目を見開いた僕を見てくすくす笑う彼女は、人の心を玩具のように弄ぶ悪魔だ。
けれどその怒りすら忘れてしまう程、手紙があることが嬉しくて堪らない。
その喜びを噛み締めて、僕は感情のままその手紙を受け取った。
「ありがとうございます」
「今日の顔はいつもよりかは良かったわ。セラさんが折角書いてくださったんですもの、当たり前に思わずもっとありがたく思わないと駄目ですよ」
「ありがたいと思ってますよ」
「そうかしら?あとこれも。私達もいただいたのだけど、とてもおいしかったです」
手紙の後に手渡されたのは、少し懐かしくも感じるセラが作ってくれただろうクッキーだった。
「……懐かしいですね」
「良かったですね、今日は二つもあって」
「セラの……最近の様子はどうですか?元気にしてます?」
「ええ。いつもにこにこされていますよ。でも手紙の返事が貰えないことを気にされているのではないかしら。今日も手紙を渡した後、私の顔をじっと見つめて何か言いたそうにしていましたから」
「そうですか……」
「総司さんの様子をとても気にされていたから、任務に専念しているとお伝えしました」
セラは今、一体どんな心境で毎日僕に手紙を書いてくれているのだろう。
会えないことや横槍が入ることで、僕が今まで伝えてきたセラへの想いが捻じ曲げられていないか心配だった。
今手紙はまだ十七通、ようやく目標の三分の一を超えたところだ。
とりあえず五十通までセラに堪えて貰えたら、僕もようやく一通が出せる。
その手紙で返事があまり出せないことを伝えれば、あの子の不安を少しは取り除ける筈だと考えていた。
「セラさんは言っていたの、総司さんのことを信じてるって」
「……そうなんですか?」
「でも会えないのにずっと誰かのことを信じることなんて、本当に出来るのかしら」
冷たくそう言った王女は、「お話は以上です」そう告げて僕から視線を逸らす。
僕はクッキーと手紙を大切にしまうと、一礼をして部屋から出た。
一人部屋に戻りクッキーを食べると、懐かしい僕の大好きだった甘い味と一緒にまた思い出が蘇ってくる。
手紙を読んであの子の気持ちを感じながら、会えない夜を耐え凌ぐことしか出来ない僕がいた。
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