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総司、元気にしてますか?
いつも千鶴様から総司が任務に専念されているお話を教えて頂いています。
剣術の稽古もしていると聞いて、益々強くなる総司のこれからの姿がとても楽しみになりました。
身体には気をつけて、無理なく過ごして貰えたら嬉しいです。
学院では、テスト期間に入りました。
毎日勉強に明け暮れて、正直少し寝不足気味です。
でも皆と図書館で勉強しているので、今回のテストも頑張って乗り切れそう。
授業を聞いただけで解けてしまう総司の頭を分けて貰いたい、なんて考えながら今までも勉強していたよ。
昨日のクッキーはどうだったかな?食べて貰えたかな。
総司を思い出しながら久しぶりに作ったよ。
喜んで貰えてたら嬉しいです。
クッキーを作っていたら、私は総司に会いたくなって
『……っ……』
夜、自室で手紙を書いていると、手紙の上には急に溢れた涙がこぼれ落ちてしまう。
インクが滲み、出せない状態になってしまった手紙を眺めながら、大粒の涙を溢れさせた。
『もうやだ……』
こんな泣き虫な自分が嫌で堪らない。
総司と離れてからもうすぐニカ月、それなのに私が涙をこぼさない日は一日もなかった。
手紙を書いては泣いて、総司を思い出しては泣いて……。
そんな私は頑張りたい気持ちとは裏腹に、今のこの状況をいまだ消化出来ていないようだった。
加えて今日は千鶴様と薫様がこぼした総司の話に、また胸を痛めている。
総司を信じている筈なのに、それが出来なくなりそうな自分が一番嫌で堪らなかった。
『……ぅっ……』
明日はテストだ。
早く書いてそろそろ寝なければならない時間なのに、寝る前に手紙を書く私は、いつもこうして泣き出してしまうから、総司を思い出してなかなか眠れない。
一人の夜は寂しくて、余計に総司の温もりが恋しくなった。
それに手紙には本当に書きたいことは書くことが出来ない。
私の気持ちも、今考えていることも、何一つ伝えることは出来なかった。
少しでも伝わるように総司だけが知っている落書きの絵を書いてそれを表現しているつもりだけど……、返事が貰えないまま一方的に手紙を押し付けて、総司の負担になっていないか不安になった。
『総司……、大丈夫だよね?信じてても……いいんだよね……』
私が総司を信じられなくなってしまったら、私をずっと好きでいると言ってくれたあの夜の総司を信じないことと同じだ。
だから私はまた今夜も総司に手紙を書き続けてしまう。
そしてきっと、このままずっと返事が貰えなくても変えられないことのように感じた。
勿論、総司から手紙を出すなと言われたらその時はもう書けないけど……。
そうでない限り、私は総司を信じて書き続けるからね。
『ぐすっ……』
また思い切り泣いた自分が恥ずかしくなる。
けれど夜一人で沢山泣けば、明日また皆の前で笑顔でいられるから、今は自分を甘やかしてあげていい気がした。
だから総司にも無理せず、たまにはゆっくり身体を休める時間をとって欲しい。
そのことも手紙に書いて、私は届けられない気持ちと一緒にそっと封を閉じた。
それからまた時間は流れ、テスト期間も終わった。
あれから毎日手紙を書き続けているものの、いまだ私に総司からの返事は来なかった。
最近はもう返事を気にしないで、日課のように手紙を書けるようにもなってきたものの、心のどこかでいつも落胆してしまう私がいて。
そんな自分に無理矢理喝を入れる毎日だった。
そんなある日、千鶴様と薫様がぱったりと学院に来なくなった。
その理由は千鶴様の体調不良だと聞いて心配していたけど、私には回復を願うことしか出来ない。
お見舞い品を贈ることや宮廷に訪問することも考えたものの、彼女の病状が分からないのに無責任に行動することはよくない気がして、ただ学院で待つばかりだった。
けれどそれから何日か経った今日、朝に王家の馬車をお見かけしたから私はお昼ご飯を抱えていつもの王族専用の部屋に行く。
ご挨拶をしてソファーに腰掛けるも、そこには千鶴様の姿はなかった。
「千鶴は今日いないよ」
今日は薫様がお一人で登校されたらしい。
一言それだけ告げるといつもの如く顔を背けてしまう彼に、私はそっと声を掛けた。
『千鶴様、お身体大丈夫ですか?今日でおやすみになられて五日ですよね』
「いつもこんな感じさ。逆に今までが調子良かっただけなんだ」
『そうなんですね……。心配です、早く良くなるといいのですが』
「どうだろうね。あいつは生まれつき身体が弱いから、発作が起きる度に医者には覚悟しろって言われてるんだ」
『そんなに悪いのですか……?』
「まあ今回はもう峠も越えたし、このまま回復していくと思うけどね」
普段の様子からは分からなかったけど、千鶴様は日々頑張って学院まで通われているのかもしれない。
以前違うクラスの体育の授業を偶然見かけた時、一人寂しそうに見学をしていた千鶴様の姿を思い出した。
『千鶴様、頑張っていらっしゃるのですね。綺麗な方だからか弱そうに見えますけど、薫様のお話を聞いてとても強い方なんだと分かりました』
「は?強い?弱いの間違いじゃないの?」
『気持ちの部分の話です。ご自身の身体と向き合って、こうして学院にも通われて……大変なことも多いと思いますが、そういうことを一切表に出さない方ではないですか。歩いているお姿を見てもいつも姿勢正しく凛とされていて、とてもお身体が悪い方には見えません。けれどそれは、そう見えないように千鶴様が努力なさっているからなんですよね』
千鶴様とはこの一ヶ月、他愛のない話ばかりだけど色々な話をした。
いつも微笑んでくれる彼女は話すと意外と普通の女の子で、私と同じで虫や辛いものが苦手だったり、たまに照れたり、色々な顔を持っている方だった。
それでも彼女は私に一切病気の話はしてこなかったし、辛い顔も見せなかった。
そうすることはきっと容易なことではないと思うから、千鶴様の儚い笑顔を思い出すと胸が少し苦しくなった。
『きっと千鶴様が本音を言える相手はご家族や薫様だけだと思うんです。なので千鶴様が元気になれるよう、支えて差し上げて下さいね』
今手元に何もお見舞い品がないことが残念だけど、いつかお渡し出来ればいい。
何がいいか考えていると、薫様が私をじっと見つめて口を開いた。
「お前は変わってるね。馬鹿なの?」
『…………』
「今まで出会った令嬢達は、皆気を利かせて沢山の見舞い品を送ってきたり、見舞いに来るよ。それで、お可哀想な王女殿下を支えたいんですって口を揃えて言うんだ」
『あの……ごめんなさい。お見舞い品やお見舞いも考えたのですが、千鶴様の病状も分からなかったので憶測で動いてしまうとかえってご負担になったら嫌だなと思いまして……。それに私でしたら弱っている姿をあまり人に見られたくないと思ってしまうので今回はご遠慮させて頂きました。けれど……それは私の勝手な考えでした、申し訳ありません』
「別に謝れなんて言ってないけど」
『ですが……』
「俺は心にもないのに点数稼ぎでここぞとばかりに善意を見せつけてくる奴が一番嫌いだ。あと、可哀想っていう言葉もね。だから馬鹿でどうしようもないお前の方が、まだマシだって言いたかっただけだよ。それに千鶴は可哀想なんかじゃない」
珍しく沢山話す薫様の言葉を聞いて、思わず目を見開いてしまった。
いつもは態度に微塵も出さないのに、千鶴様をとても大切に思っていることが今の一言で十分伝わるものだったから、思わず少し笑ってしまう。
『ふふ、千鶴様は幸せですね。妹想いの素敵なお兄様がいらっしゃって』
「……お前、馬鹿にしてるの?」
『いえ、してません……。本心です。私には兄弟がいないので、羨ましくなってしまったんです』
「お前は典型的な一人っ子って感じだもんね。何一つ苦労したこともなく、ぬくぬく大事に育てられた箱入りの世間知らずっていうのが一目で分かるよ」
『返す言葉もございません……』
「ただ予想外なこともあったかな。すぐに泣くかと思ったけど、案外泣かないしね」
何に対して泣くと思っているのか分からないけど、薫様の訝しげな視線に首を傾げることしか出来ない。
総司のことを言っているのだとしたら、ただ人前では泣かないだけだ。
「ねえ、あいつに会いたい?」
突然振られた話題に、心臓がドクンと脈打つ。
その視線は試されているようにも感じられて、私は一度唇をきつく結んでからゆっくり口を開いた。
『勿論……会いたいに決まっています』
「へえ、そうなんだ。じゃあ会わせてあげようか」
『え……?本当ですか?』
「そのかわり、千鶴に内緒でね」
内緒という言葉に心の中にはまた不安が渦巻く。
薫様の真意が読めないからこそ、私は首を縦には振れなかった。
『千鶴様に内緒というのは……良くないと思います』
「そうだね。でもそうでもしないときっと会えないよ」
『ですが……』
「お前は会いたいんじゃないの?」
天秤にかけたりはしたくないけど、総司に会いたいに決まっている。
会って話すことができれば、今心を埋め尽くす不安や悲しみから少しは解放されて、以前までのようにまた真っ直ぐ総司を信じられる気がした。
だから思わず感情のままその話に飛びつこうとしてしまったけど、私が望むのはこういう会い方ではないと気付き、首を横に振った。
『……やめておきます』
「どうして?」
『良くないことだからです。誰かに嘘をついてそれを実行したとしても、本当の幸せにはならないと思います……』
「つまり沖田への思いはその程度ってことなんだ」
『違います、そういうことではなくて』
「まあ、あいつもお前のことなんてもうどうでもいいみたいだしね」
『え……?』
「昨日、あいつと千鶴がキスしてるところを見たんだ。これは本当だよ」
心臓が激しく揺れて、息が吸えなくなった。
呼吸がうまく出来なくて思わず胸を押さえ、息を吸い込んだ時に自分の唇が震えていることに気付いた。
「あいつが千鶴の看病してたんだけどさ。口移しで水を飲ませたよ。普通、そんなことするかな」
唇を重ねた二人の姿を想像してしまえば湧き上がる涙。
今にもこぼれ落ちそうになった涙を止めようと、必死に噛み締めた唇からは血の味がした。
泣いてしまえば今まで懸命に堪えてきたこの気持ちが全てなくなってしまいそうで、それが怖くて堪らなくて。
私は涙を抑え込むまでの間、一言を話すことが出来なかった。
「へえ……、これでも泣かないんだ」
少し落ち着いてきた時、直ぐ側からは薫様の声がする。
その言葉にも何も返答出来ないでいると、彼は何故か私の座るソファーへと移動して伸ばした指先で私の唇に触れた。
「ここ、血出てるよ」
『……大丈夫です』
「今にも泣きそうだったもんね。そんなに悲しかった?」
『悲しくありません。私は総司を信じています』
「それって本心なの?言ってるだけじゃなくて?」
まるで私の奥底の想いを見透かすような言葉は、また私に弱さを曝け出させようとしてくる。
それに歯向かうように拳をきつく握りしめる私がいた。
『本心です』
「じゃあなんで二人はキスしてたんだろうね」
『何か事情があったんです……』
「じゃあお前が一生懸命書いてる手紙に返事もない理由は?」
『きっと、それにも何か事情があるんです……』
「本当に脳内花畑だね。自分の都合の良いように解釈出来るお気楽な頭が羨ましいよ」
別に都合良く解釈出来ているわけじゃない。
ただそう考えないと心が壊れてしまいそうだったからだ。
それなのに薫様は、そんな私の弱さを見抜くかのように敢えて言って欲しくない言葉ばかり並べてくる。
再び込み上げた涙を堪えるために唇をきつく噛めば、薫様は眉を顰めて私を見つめた。
「おい、そんなことしてたらまた唇切れるよ」
『私のことでしたら心配して頂かなくて大丈夫です。それに今日は総司の話を聞きたくありません』
「いつもはあんなに聞きたがってるのに?」
『薫様は意地悪なことしか言わないから聞きたくないんです』
「でも俺は嘘は言ってないよ。お前があまりにも不憫だから、教えてあげただけなんだけどね」
もうやめて。
もうこれ以上、私の心を壊さないで。
再び呼吸が乱れて視界は歪み、ただ暗示のように頭で大丈夫と唱えていた。
頭の中を敢えて空っぽにして、絶対に何も考えない。
泣きそうになるたびにこの方法で堪え忍んできたから、少し経つとようやく涙は静まってくれた。
でもふと視界に入った私の手は、情けなく震えてしまっている。
その手を見たらまた不安が押し寄せたけど、薫様の手が上に乗せられたことで身体が思わずびくんと揺れた。
「……そんなに傷ついて可哀想に」
つい今しがた可哀想という言葉を嫌いだと言っていたのに、薫様は敢えて私にその言葉を投げかけてくる。
私は横に座る彼を少し睨み、感情のまま言葉を返した。
『私は可哀想なんかじゃありません』
「可哀想だよ。あんな男に振り回されて辛そうな顔してさ。もうやめちゃえばいいのに」
『別に総司とはそういう関係ではないです』
「ははっ、今更そんなこと言っても無理があると思うけどね。まあ、あいつも同じこと言ってたけど」
『総司のことは信頼していますし大切に思っています。ただそれだけです』
「本当にそうなら、なんであいつが千鶴とキスしてたことを知ってあんな顔になっちゃうんだろうね」
『それは……』
「ねえ、俺にしとけば?」
その言葉の意味が直ぐには分からなくて目を見張ったけど、薫様の手が私の頬に触れて目を見開く。
いつも少し怖くも思えた瞳が今日ばかりは違っていて、その真剣見を帯びた色合いに言葉を失ってしまう私がいた。
「お前が可愛くお願いしてくれるなら、俺はお前を愛してあげるよ」
『や……めてください、そうやってからかうのは』
「からかってないよ。妹と浮気してる沖田なんて捨てればいい。その分、俺がお前だけを可愛いがってあげるよ」
『総司は浮気なんて……』
「少しは現実を見たら?お前にそれを伝えるために俺は今日ここに来たんだ」
『……そんな……こと……』
「セラ、俺を見なよ」
その言葉通りに思わず目の前の薫様を見てしまうと、頬に添えられた手に引き寄せられて今にも唇が触れそうになる。
その瞬間今までの総司とのキスを思い出し、私は咄嗟に彼を思い切り突き飛ばしていた。
『いやっ……』
相手は王太子殿下。
今の拒み方はしてはいけないことだったと、後になって血の気が引く。
けれど怯える私を見た薫様は、怒るでもなく少し意地悪な笑みを浮かべて言った。
「へえ、ちゃんと拒めるんだ?」
『……当たり前です。ですが、突き飛ばしてしまったことは謝ります。申し訳ありませんでした』
「別にいいよ。俺は妹と違って心が広いからね」
薫様は千鶴様がいる時といない時とでは、また少し違う顔を持つ。
彼女がいない分、彼が話すからそう感じてしまうだけかもしれないけど。
「まあ、考えておきなよ。俺と婚約すれば、お前は未来の王妃だ。悪くない話だ思うけどね」
『私にそんな大役は務まりません……』
「そうでもないんじゃない?それと、今日の分の手紙は?」
『手紙……?』
「ないの?」
目まぐるしく変わる展開に頭が追いつかなくて、手紙を渡せていないことに今気が付いた。
鞄から取り出し差し出すと、薫様はまた意図の読めない笑みを浮かべてソファーから立ち上がった。
「千鶴にまで書いたんだ」
『はい……。私が勝手に王宮へお手数を出して良いかも分からなかったので、いつでもお渡しできるように持ち歩いておりました』
「千鶴、喜ぶだろうね。それと浮気者の沖田にもちゃんと渡しておいてあげるよ。俺がお前のためにこんな従者みたいなことするのは癪に触るけど、感謝するんだね」
『ありがとうございます……』
「ああ、あと……今日俺から聞いたことは妹には言わない方がいいよ。痛い目みたくなければね」
薫様はそれだけ言うと、私を残して部屋から出て行ってしまう。
私は一人、今にも泣き出しそうになりながら、ただ奥歯を噛み締めることしか出来なかった。
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