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今日は一日、仕事をしていても落ち着かない心情だった。
セラからの手紙が受け取れるかどうかは勿論だけど、あの子が今どんな心情にいるのか気になって仕方がない。
何をしていてもあの子の泣き顔が頭に浮かぶばかりだった。
夜の定時になり、僕は焦る気持ちを無理に落ち着かせ、王女の部屋へと向かう。
部屋に入るとお決まりの王太子の姿もそこにはあり、二人がじっと僕を見つめていた。
「報告は以上です」
日課の報告を終えても何も言わない王女は、僕と目が合うなりため息を吐き出す。
その様子に痺れを切らして口を開きかけた時、彼女はようやく話し掛けてきた。
「総司さんに残念なお知らせですが、今日はお手紙はありませんよ」
「……本当にないんですか?」
「ええ。嘘ではなく、本当に受け取っていません」
覚悟していないわけではなかった。
昨日の王太子の話を聞けば、恐らくセラは何か良くないことを吹き込まれいる。
そんな状況下で手紙を貰える可能性は低くも感じられたし、敢えて邪魔をする為にこの男が動いたことも分かっていた。
でもあの愛らしい笑顔を思い出せば、その一枚の手紙を貰えないことがとてつもなく辛く感じられる。
プライドも全て捨てて片膝をついた僕は、二人の前で頭を下げた。
「あと一枚足りないのは分かっています。ですが僕に返事を出す許可を頂けないでしょうか?」
僕の心臓が激しく鼓動しているのを感じた。
普段は冷静でいられる自分が、今この瞬間に限って何もかもが崩れそうになっていた。
それは手紙の返事云々よりも、途切れることなく書いてくれていた手紙を急にやめてしまった理由が気がかりでならない。
そしてあの子の気持ちが僕から離れてしまうかもしれないということが、何よりも怖かった。
「随分と必死だね。そんなにあいつに嫌われるのが怖いんだ?」
「当たり前じゃないですか。それにたとえ一通足りなくても、今まで沢山書き続けてくれたセラの想いを無駄にはしたくないんですよ。なので、どうがお願いします」
こんなことをしてもこの二人に僕の切実な想いは届かないだろう。
それどころか余計に面白おかしくぞんざいに扱われるかもしれない。
それでも何もしないで諦めるよりまずは行動したい。
セラを想えば、頭を下げることくらい気にもならなかった。
「総司さんは何か勘違いをしていらっしゃいますね」
くすくす笑う王女の言葉を聞いて、よく理解出来ないまま顔を上げる。
けれど僕と目が合うと再び眉を下げ、大きくため息を吐いてみせた。
「今日、セラさんが学院内で倒れてしまったんです」
「……え?セラは大丈夫なんですか?」
「どうかしら。私と薫も直ぐ近くにいたのだけど、階段の近くでお話していたら、急にセラさんの体調がおかしくなってそのまま階段の下に落ちてしまったんです」
「階段って……、セラは無事なんですよね?」
「意識がないまま直ぐに運ばれてしまったから詳しくは分からないの。でも命に別状はないと思います。そのまま伊庭さんが付き添ってお城に戻られましたから」
焦る気持ちを抑え込みながらセラを案じていると、再び王女から声がかけられた。
「なので手紙どころではなかったということです。おわかり頂けましたか?」
「そうですか……。ですが倒れるまでセラは無理をしていたってことですよね」
僕の言葉に首を傾げて見せた王女は、ふと何かに気付いた様子で王太子に視線を向けた。
「そう言えばセラさん、今日少し様子がおかしかったけど、薫が何か言ったからでしょう?昨日、セラさんに何を話したの?」
「ありのままの沖田の話しかしてないよ。まあでも、それが原因かもね」
「まさか、あの話をしてしまったの?」
王女が言うあの話というのは、勿論看病中のあのことだろう。
息を呑んで王太子を見つめれば、その口角は綺麗に上がる。
そして肯定の返事をしたから、僕は怒りから目の前の拳が白くなっていることに気付いた。
「可哀想だったね、あの話を聞いた時のあいつの顔は」
「……あれは王女殿下の命に従っただけなんですけどね。それをどういう言い方したんです?」
「別に?普通にキスしてたよって。浮気された上に手紙の返事も貰えなくて、それでも信じるなんて脳内花畑で羨ましいねって……そう言っただけなんだけどね」
思わずその胸ぐらを掴みそうになったところを再び王女に止められ、王太子を鋭い視線で睨みつける。
するとそれに苛立ったのだろう王太子も、立ち上がるなり僕を睨み上げてきた。
「お前のその態度、本当に頭にくる。殺したくなるよ」
「僕もあなたが王太子なんかでなければとっくに斬ってますけどね」
「お前っ……」
「薫、落ち着いて。こんな玩具の言うことに腹を立てていても仕方ないでしょう?ゲームは楽しまないと」
ゲームだという王女の言葉にも苛立つものの、今はそんなことよりもセラのことだ。
自分の髪を乱雑に掻き上げながら、どうにも出来ない現象にただ歯を食いしばることしか出来ないでいると、そんな僕を面白いものを見るような目つきで眺める王女は、何か思いついたように口を開いた。
「明日、私と薫でセラさんのお城にお見舞いに行こうと思っているんです。総司さんも一緒に同行されますか?」
「……宜しいんですか?」
「あなたがいい子にできると言うのであれば、特別に許可して差し上げても宜しいですよ」
「それはセラに会って話せると考えていいんですよね?」
「勿論です。ただし条件はあります」
「なんでしょうか?」
「まずあなたたちが二人になることは許可できません。勿論公爵家の人間と個人的に話すことや、私達から離れることも禁じます。そしてセラさんに何か聞かれたとしても、余計なことは一切言わないで下さい。この余計なこと、というのがどういったことを指すのかは分かりますね?」
恐らく僕が様々な制限をかけられていることや、僕の置かれた状況などを言っているのだろう。
釈然としないものの、元よりセラに心労をかけるつもりはないため、肯定の返事をした。
「あと彼女に不必要には触れないでください」
「どの程度ならいいんです?」
「私達が見ているので、良識の範囲内で考えて頂ければ分かりますよね」
「手紙を頻繁には書けないこと自体は伝えても宜しいんですか?」
「別に構いませんよ。セラさんはよく頑張りましたもの。残りの一通は明日直接受け取って差し上げて下さい」
「セラが書いてくれていたらそうしたいですけどね」
「セラさんは書いて下さってますよ。今日、そう仰ってましたもの」
王女はそう言って微笑むから目を見張る。
あんな話をされても尚、僕に手紙を書いてくれるあの子の優しさに触れて、目の奥が熱くなる感覚がした。
「あーあ、先に教えちゃったらつまらないな。しかもなんであいつも、あんな話を聞いてまだ手紙を書くんだろうね」
「やっぱりセラさんは今までの愚かな人達とは違うということですね」
「今までって……まさか僕たちの前にも同じように弄んだ相手がいたんですか?」
「ほんの少し、遊びに付き合ってもらっただけですよ。けれど、どの玩具もすぐ壊れてしまうから退屈で。でも今回は、久しぶりに長く楽しめそうで本当に楽しいです」
「確かにあいつは中々骨があるかもね。この前言い寄ってみたけど、全然靡かなかったし」
「言い寄ったって……何の話です?」
「薫が学院でどれほどご令嬢方に人気か、総司さんも知っているでしょう?ちょっと優しくするだけで、皆ころりと惹かれて、あっさり婚約者を捨ててしまうんです。見ていて滑稽なほどに」
無邪気にそう言った王女の言葉に眉を顰めずにはいられなかった。
今回の手紙のことですらセラには相当な心労を与えてただろうに、これ以上のことをされればあの子の心が壊れてしまう。
挙句、こんな奴にセラが言い寄られたのだと知れば、心底胸糞悪くなった。
「もうセラを巻き込むのはやめて下さい。王女殿下のお相手なら僕一人で十分じゃないですか」
「何を言っているの?あなただけでは役不足ですし、セラさんが大切にしてる人だから一緒に遊んであげてるだけです。でも当のセラさんが簡単に壊れてしまったら、それは残念ですから。なので明日、あなたが直接会って元気付けてあげて下さいね」
「……明日はセラに何もしないですよね?」
「怪我人相手に何かするわけがないでしょう?明日はお見舞いに行くだけです。ただ私はセラさんが総司さんだけに向ける可愛い顔を見てみたいの。それを見させて頂ければ満足です。なので総司さんは頑張って、あの方の愛らしい姿を引き出して下さいね」
嬉しそうにそう話す王女の思考は僕には理解できるものではなかった。
でも今はまずセラに会いたい。
会って僕は何も変わってないと伝えたい。
その想いが先立つ今、心が晴れるようなセラの笑顔を思い出していた。
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