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怪我もだいぶ回復したことにより、私は一週間ぶり学院へ訪れた。
お昼の時刻には王族の護衛の方々が私を迎えに来て下さったので、私は連れられるまま王族専用のお部屋へ向かった。
「セラさん、お待ちしておりました」
今日も笑顔の千鶴様は、嬉しそうに優しい笑顔を浮かべてくれている。
薫様もにやりと口角を上げるから、以前よりかは私を受け入れてくれているようだった。
「久しぶりだね、泣き虫公女」
『お久しぶりです。泣き虫公女というのはどう意味でしょうか……』
「そのままだよ。この前はよく泣いてたよね。沖田の前では素直に泣くんだ」
『あの時は申し訳ありませんでした。少し感極まってしまって……』
「気になさらないで。サプライズのしがいがあって嬉しかったんですから」
『お見舞いに来ていただけて、とても嬉しかったです。本当にありがとうございました』
あの日、千鶴様は言ってくださった。
薫様が言っていた総司と千鶴様の関係は、ただの意地悪で真実ではないと。
だから信じて欲しいと、私を真っ直ぐ見つめて声をかけて下さった。
私は何も聞かずにそのことに感謝はしたけど、心のどこかではまだ引っ掛かりを感じている。
その理由は、あの時同意した総司の様子がいつもと少し違う気がしてならなかったからだった。
勿論これは私の憶測で、真実はどうか分からない。
ただ私の知る総司なら、もっと精一杯否定をして誤解を解こうとしてくれる筈だからだ。
それなのにあの日の総司は何も言わず、ただ寂しそうに微笑んでいただけ。
だから私は心のどこかで疑いを拭えないまま、複雑な心情で今日を迎えた。
「これ、総司さんからのお手紙ですよ」
予期せず目の前に渡された手紙は、初めての総司からの手紙だった。
それだけでこんなに嬉しくて、思わず指先が震えてきてしまう。
手紙の返事は貰えないと思っていただけに、この一通はとても特別なものに感じられました。
『ありがとうございます、とても嬉しいです。大切に読みますね』
早く読みたい。
でも読んでしまうのも勿体ない。
そんな気持ちから、その手紙をそっと胸の中で抱きしめる。
総司がペンを片手に書いてくれた手紙だということを想像すると、この手紙は総司の気持ちそのもののように思えた。
「総司さんからの初めての手紙ですね」
『はい……。そう言えば総司から、人生初の手紙です』
「ふふ、そうだったんですね。それは余計に楽しみですね」
『そうですね。千鶴様、いつも橋渡しして下さりありがとうございます。私の手紙もお願いしても宜しいですか?』
「はい、勿論です」
『宜しくお願い致します』
仮にもし総司と千鶴様の関係がただの主従関係だけではなかったとしても、総司が言ってくれた「僕は変わってない」という言葉は私には嘘をついているようには聞こえなかった。
だから本当にあれは薫様の意地悪で、二人の間には何もないのかもしれないと思うこともできた。
けれどもし……千鶴様の命令でそのような行為をしていたらと考えてしまった時、総司のことが心配で胸が苦しい。
何の確証もないから、これはただの悪い憶測だけど、可能性の一つとして考えてしまうことではあった。
そしてそれからまた三ヶ月程の月日が経った頃、ようやく総司からの二通目の手紙が私に手渡された。
その間も平日毎日手紙を書き続けていた私は、今ではすっかり骨折も治り、傷も癒え、元通り元気な身体になっていた。
『ありがとうございます。二通目も大切に読ませて頂きます』
このお二人とお昼をご一緒するようになって、気付けば七ヶ月の月日が過ぎていた。
今では以前よりかは気兼ねなく話せるようになったつもりではいるものの、相変わらずどこか真意の読めないお二人は常にミステリアスな雰囲気を纏っていた。
「セラさんが毎回途切れずお手紙を書いて下さっているので、総司さんも喜ばれていますよ」
『総司は変わらず元気に任務をこなしていますか?』
「はい、とても努力されていますよ。私達も総司さんには大変助けられています」
当たり前のことではあるけど、あのお見舞いの日以来総司には会えていない。
離れてからもうすぐ八ヶ月が経つというのに、私達が言葉を交わしたのはあの日の一回きりだった。
今は耐える時だと自分を励ましてはいるものの、千鶴様は本当に総司を近衛騎士という立場から解放してくださるつもりなのか気にかかる。
千鶴様のことは信用している筈なのに、漠然とした不安が胸にのしかかっていた。
「セラさん、今週の日曜日はお時間ありますか?」
『はい、大丈夫ですよ』
「良かったわ。でしたら是非、宮廷にいらして下さらない?」
『嬉しいです、私で良ければ是非。ご招待頂きありがとうございます』
「一緒にクッキーを作りませんか?あれから色々なお菓子をセラさんに頂いていますが、まずはクッキーの作り方を教えて頂きたいの」
『是非……!とても楽しみです。千鶴様と美味しいクッキー沢山作りたいです』
材料は作り慣れている私が持参することを提案すれば、千鶴様は手を重ね合わせてとても喜んでくれる。
その姿を見れば千鶴様を疑いたくない、信じたいと思う私がいて。
それを繰り返していくうちに、お見舞いの日に感じた違和感は徐々に薄れてきてはいた。
「あともう一つ来て頂きたい理由があるんです。久しぶりに総司さんとお会いしたくはないですか?」
『ですが総司は昼間、任務があるのではないですか?』
「少しでしたら休憩して頂いても大丈夫です。いつも頑張って下さってますし、たまには息抜きも必要ですから」
『お心遣いありがとうございます、千鶴様。総司に会えることも嬉しいですし、こうしてお気遣い頂けることも感謝致します』
もし千鶴様が総司に何か心ない指示を出していたとしたら、きっと私や総司のことを気にかけてこうして会う提案はしてくださらない筈。
そう考えると、以前浮かんでしまった最悪な可能性はほぼないのではないかと思うことが出来た。
それなのに私は千鶴様の優しさを疑ってしまうなんて、最低だ。
せめて日曜日は千鶴様に喜んで頂けるように、楽しくクッキー作りが出来るといいと思っていた。
そして流れるように日々は過ぎ、日曜日当日。
早朝に王宮から馬車の迎えがやってくる。
護衛は王家から派遣すると言われた為、その方達と一緒に私は一人王宮へと向かった。
着いた先のその場所は広大な敷地に気後れしてしまう程の重厚な門。
姿勢を正し、立ち振る舞いには気をつけて護衛の人と歩いて行った。
そして辿り着いた場所は、王宮内の広い調理場。
待機していた千鶴様は、嬉しそうに私の手を取った。
「セラさん、お待ちしていました!こちらですよ」
嬉しそうに私の手を引く千鶴様は、学院にいる時とはまた違って少しはしゃいでも見える。
私も終わず笑顔になって、今日という一日が始まったことに胸を高鳴らせていた。
私達はそれから二時間程、クッキー作りに大没頭。
生地を捏ねたり、型抜きしたり、オーブンで焼いてから可愛くデコレーションしたり。
沢山の種類の型をもってきた甲斐があり、可愛いクッキーが沢山出来上がった。
「出来ました……!」
『千鶴様、とってもお上手でしたよ!はなまるです』
「ふふ、セラさんのお陰です。早速ですが、一枚ここで味見してしまいません?」
『ふふ、しちゃいましょうか』
私達は幼い頃から、何か物を食べる時はきちんとお食事用の椅子に座り、足を閉じ、膝にナプキンを置いて、それから初めて何かを口に出来ると躾られてきた。
調理場で立ったまま食べてしまうなんて本来であれば言語道断だけど、私達は互いに悪戯な笑みを浮かべると、クッキーを片手にぱくりと食べた。
『ふふ、おいしい……』
「おいしい……、セラさんからいつも頂けるクッキーと同じ味がします」
『大成功ですね。とっても楽しかったです』
「私もとっても楽しかった。ありがとう、セラさん」
千鶴様が嬉しそうにしてくれて良かった。
そう思いながら私は置いていた鞄から、ノートを取り出す。
これは千鶴様の為、私が合間時間で作ったレシピ本。
このクッキーは勿論、私のおすすめのお菓子の作り方をイラストと一緒にいくつか載せたものだ。
カラフルに色付けして少し可愛らしくしたつもりだけど、少しでもお役に立てたら嬉しいな。
『千鶴様、もし良かったらこちらも使って頂けたら嬉しいです』
「これは……もしかしてレシピが載っているの?」
『はい。必要な材料と、簡単に作り方を載せています。良かったらまたお菓子作りする時に見て頂けたら参考になるかなと思いまして』
「セラさんありがとうございます、こちら大切にしますね。これを使って私もお菓子作り頑張ってみます」
『そう言って頂けて嬉しいです。千鶴様は手先がとても器用でいらっしゃるので、お菓子作りに向いていると思いますよ』
「セラさんってお優しいですね。このノート、作るの大変だったのではないですか?」
『いいえ、千鶴様と一緒作ることを想像しながら書いていたので楽しかったですよ』
何より千鶴様が喜んでくれる姿を想像したら、私も幸せな気持ちになる。
それで気付いたことは、千鶴様と話すうちに少しずつこの人のことを王女ではなく一人のお友達として認識し始めているということだった。
「ふふ、セラさんありがとうございます」
その後、千鶴様と他愛のないお話をしながら、クッキーを食べた私は、彼女に案内されるまま一つのお部屋へと向かう。
その扉を開けた瞬間、見たことのないような豪華な空間に息を呑み、私は思わず足を止めた。
『素敵なお部屋ですね。まるでおとぎ話に出てくるお部屋みたい……』
天井は高く金色の装飾が施されたた梁が輝いている。
壁には深紅のビロードが貼られ、その上には繊細なタペストリーが飾られていた。
足元には柔らかな絨毯が敷かれ、歩くたびにふんわりと沈み込む感触が心地良い。
窓辺には透き通るカーテンが風に揺れ、優しい光が差し込んでいた。
「気に入って頂けて良かったです。今日はこちらで総司さんとお過ごしくださいね。私はこの後マナーのレッスンがありますので席を外しますが、お二人で久しぶりにゆっくりお話されて下さい」
『ですが……、二人だけで宜しいのですか?』
「ええ、勿論。積もる話もあると思いますので、この部屋を貸し切ったんです。と言ってもこちらの部屋は特別な来客用なので、ほとんど誰も使用していないのですけどね」
『そんな貴重なお部屋、私達のためにありがとうございます。なんてお礼をしたら良いのか』
まさか二人きりで話せるようにお部屋まで手配して下さるなんて考えてもみなかった。
それに私と総司を二人にするということは、千鶴様に後ろ暗いことはないということにも繋がると思えた。
だからきっと以前千鶴様が言っていたことは全て本当のことで、私が総司を想うあまり過度に心配し過ぎてしまっていたのだろう。
そんな自分を恥じると共に、今度からは千鶴様をもっと真っ直ぐに見つめていきたいと考えていた。
「いいえ、むしろこれはクッキー作りを手伝って頂いた私からのお礼です。総司さんは三時まで任務があるので、少しお待ち頂けますか?お部屋は念の為、鍵を閉めてくださいね。あと何かあれば、部屋を出たところに常備されているベルを鳴らして下さい。侍女が参りますので」
『お気遣いありがとうございます、千鶴様。お言葉に甘えてこちらのお部屋、お借り致しますね』
千鶴様が笑顔で去って行く姿を見送り、私はもう一度部屋を見回す。
そしてその中で一番私の目を引いたのは、壁の一面を覆う巨大な鏡だった。
『なんて大きな鏡……』
鏡の縁には繊細な彫刻が施され、金箔が丁寧に塗られている。
鏡の前のソファーに私が腰掛けていいのか少し躊躇してしまったけど、勇気を出して鏡の前のソファーに腰掛けた。
ソファーはふんわりとしていて、座ると優しく身体を包み込むようだった。
私は足元に目を落とし、座る姿勢を整える。
裾が乱れないように着ていたドレスを整えながら膝の上に置いた総司への贈り物を見つめた。
それは総司の為に編んだ、深いグレーの手袋だった。
柔らかいウールで作られたそれは、手首の部分に小さな模様を入れてささやかな飾りをつけてある。
温かくて、総司の優しい雰囲気に似合うようにと心を込めて作ったもの。
これで寒い冬の日も少しは温かく過ごせたらいいと思ってこれにした。
この手袋を渡したら、総司はどんな顔を見せてくれるんだろう。
少し驚いたような、でも優しい笑顔を浮かべる総司の顔が浮かび、胸を高鳴らせた私がいた。
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