6

総司を待ち始めてから一時間と少し。
よく分からない身体の火照りを感じながらも、ただ総司が来てくれるのを待っていた。
総司とはお見舞いに来てくれたあの日以来会っていないし、あの時もほんの少し言葉を交わしただけ。
こうして二人きりで会うのは八ヶ月前以来だから、今までどうやって総司と話していたかも分からなくなるくらい、意識してしまいそうだし緊張していた。


『緊張する……』


私変じゃないかな、大丈夫かな……。
そんな気持ちで目の前の鏡を確認するのは、これで何度目になるのだろう。
大して意味はないのに髪を再び手櫛で整えて、ゆっくり息を吐き出した。
するとドアがノックされた音がしたから、私の肩は揺れる。
そして誘われるままドアの方に行き、内鍵を開けてドアノブを捻った。


『はい……?』


一応どなたか分からないから、そんな言葉と共にドアを開ける。
すると総司が私を見て瞳を揺らし、直ぐに微笑んでくれた。


「久しぶり、待たせてごめんね」


総司だ……。
ずっと会いたかった総司がいる。
まだどこか信じられなくてじっと見上げてしまったけど、小首を傾げた総司の様子に我に返り総司に向かって微笑みを向けた。


『ううん、全然待ってないよ。お仕事おつかれさま。今日は時間作ってくれてありがとう』

「こちらこそ、来てくれてありがとう」


どこか総司もぎこちない気がして、私はまた緊張する。
でも部屋に入ると総司は私の手を引きソファーに腰掛け、また一つ柔らかい笑みを浮かべた。


『久しぶりだよね』

「そうだね。セラのお見舞いに行って以来かな。怪我はもういいの?」

『うん、おかげさまもうすっかり良くなったよ。ありがとう』

「それなら良かったよ」

『ここのお部屋凄く素敵だよね。こんなお部屋用意してして下さって、千鶴様には感謝しかないよね』

「……うん、そうだね」


そう言って総司が視線を向けたのは、私ではなく時計だった。
どこか少し落ち着かないような、心がここにないような総司の様子が気がかりだったけど、総司も少し緊張しているのかもしれない。
そう感じたから、先に手袋の贈り物を渡したいと思った。


『総司、あのね……これ』

「セラ」


名前を呼ばれて贈り物から上に視線を上げると、直ぐ目の前には総司の顔があった。
頬に手が添えられて、そっと耳に髪をかけてくれる。
そのまま流れるように後頭部に添えられた手は私を引き寄せるから、何かを考えるより前に唇は重なっていた。


『ん……』


総司とキスをするのは本当に久しぶりだ。
久しぶりだから触れるだけのキスでも心臓がどうにかなってしまいそうだった。
甘噛みするような懐かしい総司の触れ方が、寂しくて泣いていた私の心を慰めてくれているようで視界が歪む。
総司を沢山感じたくて再び瞳を閉じ、その温もりだけを感じていた。
けれど身体が引き寄せられて、今度は深く口付けられる。
甘い舌の動きに脳が痺れそうになりながらも、緊張のせいか息の仕方もよく分からない。
少し総司の肩を押してしまえばその手は拘束されて、その瞬間には視界は反転していた。


『総……』

「セラ、好きだよ」


久しぶりに言ってもらえた言葉が嬉しくて、やっぱり私の瞳は潤んでしまう。
ずっと不安な気持ちはあったから、こうして直接会ってその言葉を貰えることが一番嬉しかった。


『私も大好き。総司に会いたかった』


本当に会いたかった。
会いたくて会いたくて、何度総司を想って泣いたか分からないけど、今日はその分総司と幸せな時間を過ごしたい。
総司の話も聞きたいし、沢山甘えたいと思った。
だからこの体勢は少し複雑で起き上がろうとしたけど、そんな私の肩は押されてそのまま再び深く口付けられる。
そして総司の温かい手が私のドレスの中の太ももを撫でたから、私は思わず唇を離した。


『総司……、あの……』

「セラ、久しぶり触らせて」

『え……?でも、ここ王宮だよ……。人様のお城でこういうことは』

「大丈夫だよ」

『あ、待って……。でも、折角千鶴様がゆっくりお話出来るようにって用意して下さったのに』

「すぐ終わるから。セラの可愛い顔見せてよ」


すぐ終わるってどういう意味……?
その言葉の意味を考えてしまった私の口は塞がれて、何も話すなと言わんばかりに深いキスが繰り返される。
その間にも総司の手は下着越しに敏感な膨らみに添えられ、優しく上下に輸送が繰り返されていた。


『ぁっ……やだよ、総司……』

「セラ、好きだよ」

『私も好きだけど……、や……』


私も結構な力で抵抗しているのに、今日の総司はそんな私を押さえつけるかのように強い力で私の行動を阻止している。
そして余裕なさそうに私を見下ろし再び時計に目を向けるから、その総司らしくない態度に不安な気持ちが込み上げてきた。


『総司……、本当にやめて……』

「どうして?気持ち良くない?」

『だってこんな場所で……駄目だよ』


総司は私が話しているのに私の後ろに身体をずらし、今度は少し後ろから触ってくる。
脚は閉じられないし、固定された身体も総司の腕の中から逃げることが出来ない。
後ろから伸ばされた総司の手が私の下着の中に入り込み、いやらしい水音と一緒に動き始めた。


『や、やだ……ぁっ……』

「セラ可愛いね。ほら、鏡見て」


その言葉で初めて鏡を見れば、自分だとは思いたくないはしたない姿がそこには映ってしまっている。
総司にこんなことをされていると認識したら一気に顔は赤くなり、泣きたくなる心情にさせられた。


『や……めて、本当に離して……』

「セラ、僕を拒まないでよ」

『でも……』

『好きだよ、本当に大好きだから……君に触りたいんだ』


耳元で言われた総司の気持ちは凄く嬉しい。
嬉しいから、抗おうとする力はすっかり抜けてしまった。
優しい指の動きと再び絡められた舌の動きに翻弄されて、次第に熱が高まってしまう。
そして唇が離れて再び鏡の方を向かされるような体勢になった時、指の動きは早められた。


『あっ……ぅ……、やぁ……』

「セラ、可愛い顔見せて」

『総……司……』


嫌なのに。
今はこんなことしたくなんかないのに、結局されるがまま熱を発散させようとしている身体が嫌い。
でも優しい触り方にぞくぞくという快楽が湧き上がり、私の息もあがっていった。
何度も何度も擦られて、少し持ち上げられた状態の脚は力無く震える。
そして大きくゆっくり指を滑らされた時、私の身体は大きく揺れた。


『……あ、……んんっ……』


頭を駆け巡る快楽に身を委ねて果ててしまった私は、肩で息を繰り返す。
そして鏡に映るはしたない自分から目を逸らした時、床に落ちてしまった総司に渡す予定の贈り物が目に入った。

今まではこういう行為の後、緊張していても恥ずかしくても、心から幸せを感じていた筈なのに今日は違う。
無理矢理押さえつけるような総司のやり方や、時計ばかり気にして微笑んでもくれない総司を思い出せば幸せとは到底思えなかった。

それに私は限りあるわずかな時間、総司と話がしたかった。
今までみたいに言葉を交わして微笑み合って……そんな風に過ごすとばかり考えていたから、気付いた時には私の瞳からはぽたぽたと涙がこぼれていた。


『……っふ……ぅ』


前とは何かが変わってしまった、そう気付いた瞬間だった。
この漠然とした不安の正体が何かは分からなかったけど、大好きな総司と一緒にいるのに心は寂しいままだった。


「セラ……?」


顔にかかる髪を耳にかけてくれた総司は、私を見るなりその顔を歪ませる。
そして私の手を引き起こさせると、前までのように頬の涙を拭ってくれた。


「ごめん……、びっくりさせちゃったよね……」


総司と楽しく過ごしたいのに泣いてしまった自分が情けなくて、首を横に振る。
でも心の中に残る違和感がずっとまとわりつくから、先程までのただ楽しみで弾んでいた心はすっかり元気をなくしてしまっていた。


「セラ……、本当にごめん……」

『う、ううん……ごめ……久しぶりだから……緊張……しちゃって……』

「セラ、おいで」


総司は私の涙を拭うと、そっと抱き寄せて優しく抱きしめてくれた。
あやすように髪を撫でてくれるところや、大切そうに扱ってくれるところは今までの総司と同じだった。


『総司は今日、何時まで一緒にいられるの?』

「僕は……今日は四時までなんだ。折角来て貰ったのにあまり時間を取れなくてごめんね」

『ううん……』


……一時間しか一緒にいられないんだ。
それなのに総司はあんなことをしたんだと思えば、また無性に悲しくなって涙がこぼれ落ちていく。
一度涙を許してしまうと中々止まらなくなるのが私の良くない癖だから、泣きたくなんてなかったのに。


「セラ、ごめんね……」

『ううん、総司と会えて……嬉しいだけだから……』


私の声は驚くくらい弱々しくて、自分が嫌になりそう。
涙を拭って総司に笑顔を向ければ、総司はまだ悲しそうな顔で私を見ていた。


「僕のこと嫌いになった?」

『ううん、なってないよ。どうしてそんなこと言うの?』

「君を泣かせてばかりいるからさ。会えないし、手紙の返事も全然書けないしね」

『私は総司が大好きだよ。何も変わらないよ』


だから毎日手紙も書いてるし、たとえ体調が悪くてもテスト勉強で忙しくても、私の中での第一優先は総司に手紙を書くことなんだよ。
きっとその気持ちは総司に届いていると信じていたけど、こうして離れてしまうとそれさえ届かないんだとまた悲しくなる。
溢れた涙を慌ててまた拭ったけど、総司はそんな私に気付き、また悲しそうな顔をした。


「セラに悲しい思いばかりさせて本当に情けないんだけどさ……でも僕は君が変わらず大好きだし、君のことしか考えてないよ。それは本当だから信じて欲しい。セラのことが何よりも大切なんだ」


私の手を握って言って貰えた言葉を聞いて、今日初めて総司の真心に触れることが出来たと思えた。
じっと総司を見上げてみても総司は私から視線を逸らすことなく見つめ返してくれるし、その眼差しはとても優しい。
出会った頃からずっと見つめてきた、私の大好きな瞳だった。


『そう言って貰えて嬉しいよ、総司のこと信じてるね。それに私も同じだよ、総司のことが誰より大好きで総司のことしか考えてないよ』

「良かった……。セラにそう言って貰えることが一番嬉しいからさ。大好きだよ」


今度はお互い引き合うように唇が重なって、ようやく少しほっとできる時間が訪れる。
優しく触れるだけのキスは私を労るように愛情を与えてくれるから、その温もりが酷く心地良く感じられた。


『私ね、総司に渡したいものがあるの』


床に落ちてしまったけど、その贈り物を総司に渡す。
すると瞳を揺らした総司は、少し切なげに微笑んでいた。


「ありがとう。なんだろう、開けてみてもいい?」

『うん、気に入って貰えるといいけど』


日々頑張っている総司が、この冬を少しでも暖かく過ごせればいい。
そんな気持ちから毎晩編み続けた手袋を、こうして直接渡せることがとても嬉しい。
包み紙を開ける総司の姿をドキドキしながら見つめていると、彼はそれを取り出すなり嬉しそうに微笑んでくれた。


「うわ、凄い。まさか編んでくれたの?」

『うん、ウールの手袋なんだけど……サイズが大丈夫か心配なの』

「凄い良い色だし、気に入ったよ。今してみるね」


嬉しそうに笑顔になる総司の顔を見て、私まで幸せな気分になる。
好きな人の喜ぶ顔を見ることが出来て幸せだと、心が温かくなるのを感じていた。


「うん、ぴったりだ。それに凄い温かいよ」

『ふふ、良かった』

「そっか……もうすぐクリスマスだもんね。ごめんね、僕も君に何か用意したかったんだけど、今はまだ自由に外へは出かけられなくてさ」

『全然気にしないで、私が総司に何か贈りたかっただけだから。総司に直接渡せて、手袋をしてくれた姿を見られただけでとっても幸せ』

「セラ、本当にありがとう。大事に使うからね」

『うん』


総司は手袋を外し大事そうにしまうと、今度は私に手を伸ばし優しく抱きしめてくれる。
温かい温もりに頬を寄せて、こうして過ごせる今の時間がこのままずっと続けばいいのにと思った。


「ここから出て公爵邸に戻ったら、その分君に贈り物するから待ってて」

『ふふ、いらないよ』

「でも君にクリスマスプレゼント、あげたいじゃない」

『今日、総司と会えたことが一番のプレゼントだよ』


どんな綺麗な物やどんな高価な物より、総司といられることが一番嬉しい。
少し早いけど、今日一緒に過ごせることが私にとってのクリスマスプレゼントだ。


『来年のクリスマスは、一緒に過ごせてるといいな』


総司と離れてもう八か月。
千鶴様は一年と少し経ったら任期を終えても構わないと言って下さっていたから、きっと来年の今頃は総司もアストリアに戻ってきてくれるかもしれないと期待していた。
けれど総司は何も言わないまま、一度私を強く抱きしめる。
そしてゆっくり身体を離すと、眉を下げて私を見下ろしていた。


「あのさ、セラ」

『うん?』

「王女殿下は一年くらいしたら近衛騎士の任期を終えてもいいって言って下さっていたけど……、今王女殿下の体調が思わしくないんだよね」

『……そうなの?千鶴様、大丈夫なのかな……?心配だね……』

「そうだね、僕も心配してるんだ。だから僕もあの人の近衛騎士として途中で放り出すことはしたくないからさ、だから……任期を終える終えないは関係なく、王女殿下の体調が安定しないうちはセラのところに戻らないでここに残ろうかと思ってるんだ」


総司の言葉を聞いて、指先は震えて目頭の奥が熱くなった。
けれどそれを堪えるように唇を噛み締めて、ただ総司の言葉を聞いていた。


「だから来年のクリスマスまでに必ず君のところに戻れるかは……今の段階ではまだ分からない。ごめんね」


総司の言っていることは最もだと思った。
こうして私達のために一生懸命お部屋まで用意してくださる優しい千鶴様が病気で苦しんでいるのだから、傍にいて支えてあげたいと思うのは自然なこと。
責任感が強くて優しい総司のことだ、私の専属騎士をしていた時のように、今は千鶴様の近衛騎士として千鶴様のことを第一に考えて行動しているのだと思った。

けれど頭では理解していても、今まで私に向けられていた総司の愛情が他の人に向いていることが辛くて堪らない。
そう考えてしまう自分の醜さが嫌で堪らなくて、きつく拳を握っていた。


『ううん、謝らないで。それは総司が考えて、総司がしたいようにしてね。私は大丈夫だから、千鶴様を支えてあげて欲しいって思うよ』

「セラ……、ありがとう」

『あの……ね、私は総司に無理はして欲しくないって思ってる。総司がしたいようにしてくれていいし、私のこととか公爵家の人達のこととか……総司は優しいし責任感もあるから、もしかしたら板挟みというか……そういう想いで苦しんでいるのかなって……たまに心配になるの。でも総司は今はもう私の専属騎士じゃなくて千鶴様の近衛騎士だから、千鶴様を優先してくれて大丈夫だからね』


今は泣くなと何度も唱えて、なんとか告げた言葉だった。
総司の立場になって考えれば、きっと苦しい選択だということも十分理解していたから、彼の心労になることはしたくなかった。
それなのに総司は苦しそうに顔を歪めると、私の肩を掴む。
総司が抱いているだろう悲しみの理由がわからなくて、また不安が心の中に広がっていった。


「……セラ、勘違いだけはしないでね。僕が好きなのは君だし、本当に護りたいと思ってるのも君だけだ。ただ……今直ぐには動けないっていうだけだからね」

『うん、ありがとう。私のことは気にしないで大丈夫だよ。そんなに私に気を遣ってたら総司が疲れちゃうよ……?』

「セラのことで疲れるなんてことはないよ」


総司はお見舞いに来た時から悲しそうな顔ばかりしている。
それにきっとそれは、私も同じだということに気がついた。
少し前までは一緒にいるだけで笑顔になれたし、総司もいつだって幸せそうに笑ってくれていた。
「いつも楽しそうで羨ましいですね」なんて山南さんに言われたこともあれば、お父様には「仲が良くてなによりだ」って喜ばれていたりしたよね。
でも今の私達は久しぶりに会えてもずっと寂しい。
拭い去れない不安と悲しみが、今の私達を包み込んでしまっているようだった。


『総司、大丈夫?』

「え?」

『疲れてない?無理とかはしてない……?何かあればなんでも話してね。私に出来ることは話を聞くことくらいかもしれないけど、総司が何かに困ってるなら力になりたいって思うから、なんでも話して欲しいよ』


離れてしまった今、きっと総司が話してくれない限り私は総司の苦しみや悲しみに気付いてあげられないのかもしれない。
でも総司が一人で辛い思いをしているのだとしたら、それは一番悲しいから、総司を案じてかけた言葉だった。
すると総司の瞳は潤んで、それを隠すように私をきつく抱きしめる。
どうしたって悲しそうに見える総司が心配で、私もそっと総司を抱きしめた。


「セラ、ありがとう」

『ううん、総司が笑って過ごしてくれるのが一番嬉しいから……あまり無理しないでね』

「そうだね、でも無理はしてないよ」

『良かった……』


いつも撫でてもらってばかりだったけど、今日は私が総司の髪をそっと撫でる。
すると総司は甘えるように私の肩に擦り寄りきつく抱き締めてきくれるから、少し可愛いく思えてしまった。


『学院でね、総司に日曜日会うんだって皆に自慢しちゃった。皆も総司に会いたいって。狡いって怒られちゃったよ』

「はは、懐かしいな。皆元気にしてる?」

『うん、元気だよ。皆でよく総司の話、してるんだ。伊庭君と平助君が、次会った時は総司より絶対強くなってるからぼこぼこにするって』

「ええ?なにさ、それ。酷くない?僕が負けるわけないじゃない」

『ふふ、どうだろうね。皆も毎日頑張ってるから、稽古サボったら抜かされちゃうかもね?』

「君まで酷いよね、僕はここでも稽古は怠らずに頑張ってるよ」

『そうだと思った。総司が益々強くなるの、楽しみだな』


総司が元気になれるように少しでも楽しい話をしよう。
今日のことを思い出した時、総司が思わず微笑みを浮かべられるように。
他愛ないお喋りをしている間は、私達は前までのように笑顔で気兼ねなく話せるから。
それから暫くは、お城の話や皆の話をしながら楽しい時間を過ごした。


『またお手紙書くね、クッキーも作るね』

「ありがとう」

『次はいつ会えるかな、楽しみだな』

「そうだね、僕もだよ」


時計を見ればもうすぐ四時。
総司とまた離れなければならない時間がやってくる。
会えない時間は凄く長いのに、会っている時間はほんの一瞬。
それもあと少しの辛抱だと思っていたけど、さっきの総司の言葉を聞いてそうではないことがわかってしまった。


「セラ」


総司が抱きしめる腕を緩めた時、四時を知らせる鐘が鳴る。
互いに見つめ合いながら瞳を揺らし、私はまた涙を堪えるようにただ黙って総司を見上げていた。


「これだけは覚えててね、僕はセラが大好きだよ。公爵邸を出る前にセラとは色々話したけど、あの時から僕は何も変わってないからね」

『うん、わかってるよ。それに私も総司が大好き』

「ありがとう。今日君に会えて凄い元気になれたし、この手袋も嬉しかった。大切に使うよ。それと、泣かせてごめんね」

『ううん、私も会えて嬉しかったし私の方こそ泣いちゃってごめんね』

「会ってる時くらいは我慢しないで泣いていいよ。それに早く君を笑顔にしてあげたい。そのために僕はこの場所で頑張るよ。だから僕を信じて待ってて」

『うん、待ってるね』


私の返事を聞いて微笑んだ総司は、私に触れるだけのキスを落として部屋から出て行く。
その後ろ姿を見送って部屋に一人になると、まるで今まで総司と一緒にいたことが全て夢だったようにも感じられた。
温もりや笑顔も覚えているし、嬉しい言葉だって沢山言って貰った。
それなのに総司の中に千鶴様を想う個人的な気持ちがあると知った今、私の心はその悲しみで埋め尽くすされてしまう。
いつだって私を一番にしてくれた総司はもういないと分かってしまったから、涙が溢れて止まらなくなった。


『……ふ……、ぅっ……』


泣き止もうと思っても、私から離れていく総司を想えば涙は次から次へと溢れてきた。
ハンカチを取り出して拭ってみても、またポタポタとこぼれてドレスにシミを作っていく。
涙を流した分だけ、この悲しみも辛さも全て流れて消えてくれたらいいのに……。


『……うぅ……』


総司はもう帰ってこないのかもしれない、そう思った。
その意思が強いからこそ、私に今はっきり告げたのだと思った。
きっと私を見て総司が悲しそうな顔をするのは、私が恋しいからではなく、長く一緒に過ごしてきた私に対する罪悪感からかもしれない。
私が総司のことを大好きだと分かっているからこそ、私を突き放せなくて困っているのかもしれないと思った。
それなのに総司は、今も私が一番大切だというような言葉を伝えてくれる。
その一生懸命な様子は、とても嘘を言っているようには見えなかった。
だからこそ身を引くべきなのか、このまま待つべきなのかもわからなくて、結局私は身動き一つ出来ないままここにいる。
そのことが一番辛くて堪らなかった。


『……ぅ、……神様……』


私は子供の頃から、辛い時や悲しい時、必ず神様にお祈りをしてきた。
それは我が公国がキリスト教の宗派だということもあるけど、祈ることで心が落ち着くからだった。
それに私は思う、願うことや祈ることは全ての人に与えられた平等な権利だって。
叶う叶わないではなく、願いを口にすることで私は少し元気になれる。
そして生きていくのに必要な優しい気持ちを、自分の中に取り戻せる気がしていた。


『どうか、総司が望む道を歩んでいけますように。そして千鶴様が病で苦しむことがありませんように。私の大切な人たちを……どうかお守りください……』


涙はまだ止まらない。
でも気持ちは少し落ち着いてくれた。
これが一番大切な本当の望みだと気付いたから、私のわがままな気持ちに少し蓋を出来た気がした。
勿論まだ寂しいし悲しいけど、私は私で自分を幸せにするために頑張らなければならない。
だからそろそろ泣き止もうと息を吸い込み、前を向いた私がいた。


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