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今日はクリスマス。
イエス・キリストの生誕を祝うお祭りだ。
朝から礼拝に出向きお祈りをして、夜は恒例のクリスマスパーティー。
ここのお城の方達は皆陽気な方ばかりで、皆でお酒を片手に大盛り上がりをしていた。
今日は千ちゃんとはじめにも来て貰い、私達は学院メンバーで楽しい時を過ごしている。
そこに総司はいないけど、私も皆と一緒に笑うことが出来ていた。
「セラちゃん」
皆から少し離れた場所で噴水をぼんやり眺めていると、不意に千ちゃんが話しかけてくる。
きっと私が総司を想って苦しんでいることに気付いてくれている彼女は、眉尻を下げて私を見つめると優しく微笑んでくれていた。
「ほら、このデザート一緒に食べましょう?私が作った、千ちゃんオリジナルプレート。美味しそうでしょ?」
『ふふ。ここらへんなんて、もう全部くっついちゃって味がミックスになってそうだけど』
「なによ、文句ある?自慢じゃないけど、私結構大雑把なの」
くだらない話をして笑い合える友達がいて本当に良かったと思う。
総司は向こうで気の許せる相手をちゃんと見つけることが出来たのだろうかと、また彼のことを考えてしまった。
『うん、おいしいね』
毎日が幸せだと思う。
温かい友達や城の皆がいて、毎日平凡に学院に通い、色々と学べる環境にあることはとても恵まれていることだ。
世界にはきっと今も戦争に苦しんでいたり、明日の食べ物にも困って辛い思いをしている人達がいる。
だから私如きが悲しい苦しいだなんて言ってはいけないのだと思った。
でも確実に感じるこの悲しみはいつも私に付き纏い、心を萎ませてしまう。
そんな自分自身が嫌いになってしまいそうで、それが一番怖かった。
『私、最近ね……良くないことを考える時があるの』
誰にも言えない、言いたくないと思っていた気持ちだった。
それをこうして千ちゃんに話そうと思った理由は分からないけど、私はいつも真っ直ぐな彼女が好きだったから、一度ビシッと叱って貰いたかったのかもしれない。
「良くないこと?」
『千鶴様のことはね、好きなの。可愛い方だし優しくて強くて……凄く憧れるの。でもたまに……もしここがあの人のいない世界だったら、私はこんなに辛い想いをすることもなかったんじゃないかなって、この前そう考えてることに気付いてね。そんな自分が凄く怖くなったの……』
今まで誰かに対してそういう感情を抱いたことはなかった。
気が合わなくても、例え少し意地悪を言われたとしても、人間同士だからぶつかることもあると思う程度だった。
けれど最近の私は千鶴さんが総司との会話や、二人が仲良く過ごしているだろう話を聞くたびに嫉妬している。
だから最近、千鶴様とお昼を食べる時間が少し苦痛にすら感じてしまっていた。
「私はそういう感情って、当たり前のことだと思うわ」
てっきり喝を入れて貰えると思っていたけど、私と同じように外を眺めている千ちゃんは凛とした瞳でそう言った。
「物語のように綺麗な愛情だけで溢れている世界だったらいいなとは思うけど、そんなことあり得ないわよ。誰にだって他の人に負けたくないっていう気持ちはあるでしょう?勉強や、剣術や、政治的な事柄や地位……世界にはそういう競争が溢れているし、だからこそ皆高みを目指して努力出来るの。恋愛だって同じよ。好きな人のことでは負けたくないし、恋敵にはどうしたって憎しみを覚える。それはむしろ、一番人間らしい感情だと私は思うわ」
彼女の言葉は説得力のあるものだった。
それと同時にこの醜い感情も普通なのかと思えば、少しだけ気が楽になった気もした。
『ありがとう、いつも味方でいてくれて。少し気が楽になった』
「王女殿下とのお昼の時間、辛くないの?どうせ沖田君の話ばかり聞かされているんでしょう?」
『そうだね、ここ最近は特に増えたかな。私の気持ちを知っていてどうしてなのかなって考えたら、なんだか最近千鶴様のこともよく分からなくなっちゃって……』
「それは絶対敢えてだと思うわ。人の専属騎士を奪っておいて、普通その後ランチに誘ったり、その人の話をしたり……そんなこと普通しないわよ。頭にきちゃう」
いつも私の代わりに怒ってくれる千ちゃんの優しさに頬を緩める。
そして今まで聞いてみたくて聞けなかったことを、彼女に聞いてみたいと思った。
『千ちゃんは好きな人はいないの?』
私も総司が好きなことを彼女に話していなかった。
けれど総司と離れることになり落ち込む私を見て、千ちゃんの方から尋ねてきてくれたから、こうして今総司のことを打ち明けることが出来ている。
だからもし千ちゃんにそういう相手がいるのなら、応援したいし話を聞きたい。
彼女が今の私のように苦しい時、力になりたいと思っていた。
「昔はいたわ。でも今はいない」
『そうなんだ、どんな人か気になるな』
「私には全然笑ってくれない人よ。冷たくて、愛想なくて、最低な人」
『ふふ、それなのに好きになったの?』
「仕方ないじゃない、気付いたら好きだったの。この人に振り向いて欲しいって思ったから、私……頑張ったんだけどね」
そう呟いた千ちゃんの横顔は、とても頼りなくて悲しげだった。
いつもの彼女とはまた違う表情はとても綺麗なのにとても寂しくて、今はいないと言ったその言葉はもしかしたら自分に言い聞かせているだけかもしれないと思う程だった。
『今は会ってないの?』
「今は友達って感じ。私の許嫁だった人なのよ」
『そうなの……?』
「そう。だから私はその人と将来は結婚するつもりでいたし、勿論向こうもそうだと思ってた。だからゆっくり好きになってもらえばいいと思ってたんだけど、気付いた時にはその人、他に好きな人が出来てたの」
『そうだったんだ……。それは辛かったね』
「辛かったけど、それ以上に許せなかった。だって私はその人の好みに合わせて色々勉強したり、身体を気遣ったり……とにかく努力はしたつもりだったの。その人に釣り合うようにお城でのレッスンや学業も努力した。頑張ればいつかって、ずっと信じてた。でもその人が選んだのは長年一緒にいた私じゃなく、出会って然程経ってない他の子だった。つまり……人の気持ちだけは努力で報われるわけではないんだなってその時知ったの」
いつになく感情的に話す千ちゃんのその様子から、彼女がどれだけの悲しみを乗り越えてきたのか伝わってくる。
そしてもしかしたらまだ、その恋を乗り越えられていないのかもしれないと感じた。
「努力して叶うことなら努力をするわ。でも恋愛はそうではないから……だから相手を憎んだり妬ましく思うことでしか、この気持ちを晴らせないのよ」
『確かに……そうかもしれないね。千ちゃんの言葉、凄く説得力がある気がする』
「まあ、失恋経験者だし?セラちゃんの今の気持ちはわかる気がするわ」
『ありがとう、少し気が楽になった。最近自分が嫌いになりそうだったから』
「どうして?」
『嫉妬心?なのかな……そういうのを抱えてるとたまに気持ちが凄く疲れちゃうの。そんなこと考えない方が幸せだって分かってるのに、ふとした時にもやもや考えちゃうっていうのかな。自分にこういう面があるって初めて知ったから』
「でも人の心の中は自由だわ。そうすることで苦しみから少しでも解放されるならいいんじゃない?」
『うん……』
でも私は、千鶴様に嫉妬したところで全く苦しみから解放されない。
むしろこの黒い感情に飲まれる方が辛くて、敢えて千鶴様の良いところを見つけるようにしていた。
でもそうする時点で私はきっと無理して千鶴様との時間を過ごしている。
距離を置きたくても置けない今の状況が辛かった。
『来年のクリスマス、私達はどうやって過ごしてるんだろうね』
きっと総司はここにいないのかな。
私と総司の繋がりは、切れてしまってるのかな。
そんなことを考えてしまえば、未来を知ることが怖いと思う。
この心に空いた穴の塞ぎ方が分からないから、私は何度でもまた総司を思い出してしまうのだろう。
そしてずっと総司だけを想ってしまうのだろうと感じていた。
「先程からお二人で何を話してるんです?」
「ほら、こっちで一緒に飲もうぜ」
「あんた達がいないから俺が飲まされて困っていた。戻ってきてくれると助かるのだが」
私達のところに来た三人を見上げて、私は千ちゃんと思わず目を見合わせ笑い出す。
すると三人も笑顔になって、楽しいクリスマスの時間が流れていった。
私が皆と過ごすこの時間、総司も良いクリスマスを過ごせていればいい。
その隣に誰がいたとしても、総司には笑顔でいて欲しいと思う私がいた。
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