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気付けばセラと最後に会ってから三ヶ月の月日が経っていた。
僕は相変わらず近衛騎士としての任務を全うしつつ、王女の気の向くままに振り回される日々を送っている。
そしてセラも変わらず僕に温かい手紙を書き続けてくれていた。
けれど最初こそ落書きやさまざまな絵で飾られた手紙も、今では文字が淡々と書かれているだけ。
その真心は伝わるものの、あの日の泣き顔を思い出せば、セラの気持ちが以前より離れてしまったかもしれないという不安は拭い去ることが出来なかった。
「報告は以上です」
定時に日課の報告をしても、最近気が立っている様子の王女は苛立ちを全面に出しているだけで何も言わない。
時計を見て眉を顰めている理由は、おそらくあの王太子がまだ部屋に来ていないせいだろう。
「本日の手紙を頂けますでしょうか?」
出来れば王太子が来る前にこの部屋から立ち去りたい、そう思っていたのに手紙が僕の手に渡る前に部屋の扉は開かれる。
中へと入ってきた王太子は、僕を見るなり意地悪な笑みを向けてきた。
「今日さ、お前の手紙を貰ってもセラは全然嬉しそうじゃなかったよ」
手紙を渡して貰えたかの確認をする手間は省けたものの、その言葉は僕の胸を抉るには十分過ぎるものだった。
感情のまま握る拳に力を入れたけど、王女はそんな僕には目もくれずに王太子のことを睨み上げた。
「セラさんのことはどうでもいいわ。そんなことより、最近来るのが遅いのはどうして?」
「仕方ないだろ、俺だって毎日公務で忙しいんだ。部屋でのんびりしてばかりいる千鶴には分からないだろうけどね」
「私だってレッスンや課題で忙しいわ」
「俺だってレッスンや課題は変わらずしてる。その上で公務だってあるんだ。お前が出来ない分、俺が捌いてるんだから感謝して欲しいくらいだよ」
冬あたりから、この二人は些細なことで揉めるようになった。
こうして王女の部屋に王太子が来るのは日課とも言えるけど、二人が言い争いをすることは格段に増えた。
巻き込まれたくないから早く手紙が欲しかったっていうのに、結局口論を始めてしまう二人にうんざりする。
双子なんだから仲良くすれば?、なんて口が裂けても言えないけど。
「薫、最近変わったわよね。セラさんの影響かしら」
「なんであいつが出てくるの?言ってるだろ、公務が忙しいんだ。急いで来たってこの時間になるんだから仕方のないことだと思うけど」
「それなら、どうして昼間は私のこと迎えに来てくれなかったの?」
「お前が勝手に部屋を出て行ったんだろ?なんで俺が迎えに行かないとならないんだか意味がわからないね」
「今までは私がいなくなったら探しに来てくれてたじゃない……!それなのに……最近は私がいてもセラさんとばかり話して……っ」
「疲れてるんだから喚かないでもらえる?どうして俺ばかり、お前の顔色を窺わないとならないんだよ」
王太子が余計なことを言うから、いつもの如くティーカップが投げられて、紅茶と共にそのカップが粉々に砕け散る。
また掃除をしなければいけないことに再びうんざりしていたけど、王太子も苛立たしげに王女を睨み付けた。
「お前のそのすぐ物を投げる癖、なんとかならないの?沖田も大変だよね、その度に片付けさせられて」
「今度は総司さんの心配をするの?私のことは放っておいて……酷いっ……」
涙を湧き上がらせてそう言った王女の言葉を聞いて、王太子は結局ため息を吐き出しながらも彼女の隣に腰掛ける。
宥めて泣き止ませている姿を見ながら、僕は心底どうでもいいと、この無駄な時間が早く終わることを願っていた。
「泣き止んだ?」
「あまりセラさんと仲良くしないで……」
「別に仲良くなんてしてないだろ。少し馬の話をしただけだ」
こうして見ると王太子もなかなか大変そうだ。
学院から帰って公務や課題に追われ、それが終われば今度は我儘な双子の妹のご機嫌取りをしなければならない。
同情はできないものの、歪んでいるこの二人の関係性には僕も色々思うことがあった。
だからただ静かに立ってその様子を見ていたけど、そんな僕には王太子からの敵意ある眼差しが向けられた。
「さっきから、なに見てるの?」
「いえ、僕は手紙を受け取りたいだけですけど」
「ああ、セラの手紙か。二人してよく飽きないね」
「誰かを想う感情に、飽きるも飽きないもないと思いますけどね」
「お前……本当に生意気だよね」
この二人は僕達で遊びたいだけだ。
少し生意気な態度をとったところで、然程支障がないことは最近分かってきた。
それに王女も今は王太子のことで頭がいっぱいらしく、僕は基本八つ当たりされるくらいで大した被害は受けていなかった。
でも昨日はセラからの手紙がまた五十通を超えたから、おそらく新しいゲームが企画される頃合いだ。
それを不安視していると、案の定王女が僕を見て薄く笑みを浮かべた。
「今度のヴァルクレスト風祭では、セラさんも私達と一緒に参加されることになりました。総司さんにも参加して頂くので、そのつもりでいてくださいね」
「ヴァルクレスト風祭……ですか?」
「聞いたことはありませんか?王家主催で開かれる乗馬イベントですよ」
「それが次のゲームということですか?」
「はい、そうです。あなたには選手としては勿論、私の護衛として参加して頂きます」
セラが一人で馬に乗っているところなんて見たことがないけど、その大会に出るということはある程度嗜みはあるということなのだろうかと考える。
そして様々な考えを巡らせて黙り込む僕の前では、王太子が少し眉を顰めて王女を見ていた。
「今度は何をする気?」
「それはまだ言えないわ。当日まで楽しみにしていて」
「王家主催のイベントだ。あまり余計なことはしない方がいいと思うけど」
「私はただ徹底して総司さんが私の命令に忠実であればいいと思っているだけよ。詳しくは当日に話します」
セラに会える。
それはとても嬉しい反面、会うことで余計に傷つけてしまうなら会うことすら怖く感じられた。
手紙には出来る限り想いを書いたつもりではいるけど、真心なんて手紙だけではきっと伝わらない。
この前のセラの泣き顔を思い出せば、少しの間言葉を交わせたとしてもそれも同様だと思わずにはいられなかった。
「おい、沖田」
あの後ティーカップや飛び散った紅茶を片付けた僕は、セラの手紙を受け取りようやく王女の部屋を出た。
けれど少し歩いて行った先で王太子に呼び止められ、僕はその場で足を止めた。
「はい、なんでしょう」
「ヴァルクレスト風祭の日、気をつけた方がいい」
「何をです?」
「千鶴がセラに何かするかもしれない」
それは勿論何かするつもりだということは分かりきっている。
けれど王太子が敢えて僕にそう言ってくるということは、もしかしたらその何かというのがセラの身を脅かすことになる可能性もあると踏んで、僕は王太子を真っ直ぐ見据えた。
「それは……セラの身に危険が及ぶ可能性があると、そういう意味ですか?」
「まだ分からないけど、最近の千鶴は前まで以上に厄介だ。やたら苛立ってるし、俺が少しセラと話すだけで怒り出す。念の為、注意した方がいいと言いたかっただけだよ」
「ご忠告ありがとうございます。勿論当日は出来る限りセラのことを気に掛けるつもりではいますよ」
そう言いながらも僅かに早くなった心臓は、セラを案じて不安そうに鼓動を早めていた。
「でも珍しいですね。王太子殿下がセラのことを気にかけてくださるなんて」
「あいつは馬鹿だから、多少気にかけてやらないと危なかっしいからね。それより沖田は、まだ諦めてないわけ?」
「何を諦めるんです?」
「契約まで結んで抗おうとしてるけど、千鶴はそう簡単にお前を解放しないと思うよ。あと三個、お前は無事にゲームを乗り切れるのかな」
「乗り切りますよ、セラが待っててくれてるんで」
「どうだろうね。全て終わった頃には、お前なんて忘れられてるんじゃない?」
挑発的な言葉は、ただの意地悪というより含みすら感じられる。
僕に然程興味がなさそうだった王太子が敢えてこんなことを言ってくるのは、セラに興味を抱き始めたからではないかと勘繰っていた。
「心配して頂かなくても大丈夫ですよ。僕達はこんなことでどうにかなるほど脆くありませんから」
同じように挑発するような物言いをしてしまったけど、言われっぱなしは癪だ。
こんな奴らに引き裂かれるために二度も回帰したわけではないと、僕は迷いなく告げていた。
「お前って威勢だけはいいよね。でもセラは言ってたよ、最近お前を想って泣くこともなくなったって。それってつまり、お前への気持ちが冷めてきたってことだと思わない?」
「そうだとしたら、何なんです?」
「俺、最近あいつのことをそれなりに気に入ってるんだ。千鶴みたいに煩くないし、一緒にいて癒されるからね。だからお前から奪ってあげようかなって思ってね」
「セラはそう簡単に心変わりする子ではありませんよ」
「どうだろうね。お前がセラにしてきたことを全て話せば、あいつだって目が覚めるかもしれないよ」
「そうだとしても、僕は諦めませんから」
「お得意の精神論でどこまで頑張れるんだろうね」
毅然とした態度でそう答えたのは、王太子に付け入られる心の隙を見せたくないからだった。
でも去って行く後ろ姿を睨みながら、心がより穏やかではなくなることを感じる。
王女だけでも厄介なのに、王太子にまで割り込まれたらなす術がなくなりそうで眉を顰めた。
それにヴァルクレスト風祭の日の王女の動向が気にかかる。
まずはセラの安全を第一に考えながら、その日を過ごすことを決意した夜だった。
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