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風祭から数週間。
あの日以来、千鶴様には会っていない。
どうやらあまり学院には来ていないらしく、薫様とお昼をご一緒することはあっても、学院内で彼女を見かけることは一度もなかった。
私は相変わらず忙しくしていて、学業に追われながらも最近は少しずつ公務にも携わることが増えている。
そしてふと時間が空いた時や眠る時、総司を思い出しては涙を流す日々を過ごしていた。
『はあ……』
今日は雨。
気分も塞ぐ。
お昼休みを知らせる鐘と共に窓の外に目を向けた私は、またぼんやり総司のことを思い出していた。
今何をしているのかという想像から始まって、最後は千鶴様といることを思い浮かべて、強制終了させる。
そんなことばかりしてるから、また目が潤んでしまうのに。
「セラ」
『あ、薫様。ごきげんよう』
「昼、一緒に食べよう」
週に一、二回、薫様は私のクラスにやってきては、今日のようにお声をかけてくれる。
以前のように皆とお昼ご飯を食べるようになった私も、薫様に呼ばれた時だけは王族専用のお部屋へ足を運んでいた。
『千鶴様、最近お見かけしませんがお身体は大丈夫ですか?』
「さあね。まあ元気なんじゃない?」
千鶴様のことを聞いても、あの日以来興味なさそうに適当な返事をするだけになった薫様。
これ以上聞けなくなってしまって、私は控えめな微笑みを浮かべてお弁当の蓋を閉めた。
『ご馳走様でした』
「ようやく食べ終わったね」
『遅かったですか?』
「いや、これをお前に食べてもらおうと思ってさ」
ずっと何が入っているのか気になっていたけど、薫様は彼の隣に置いてあった大きな箱を開ける。
すると次から次に出てきたのは、どれも見た目が可愛いらしい街で人気のお菓子だった。
『わあ……!可愛いお菓子がたくさん』
「やっぱりこういうのが好きなんだね、セラは」
『はい、大好きですよ。でもどうしてこんなに?』
「お前が元気になるように俺が力になるって言っただろ?」
笑顔でそう言う薫様は、満足そうに微笑んだ。
この前からやたらお洋服の好みや宝石の好みを聞かれたからどれもいりませんと断ってしまったけど、それらは全て私を元気付けようとしてくれていたのかもしれないと今気付いた。
『ありがとうございます、可愛いお菓子のお陰で元気が出ました』
「じゃあやっぱり元気なかったんだ」
『いいえ?元気でしたけど、もっと元気になったという意味です』
元々、人と話している時はまだ少し大丈夫。
辛いのはお城に戻ってからと、一人で過ごす夜だ。
勿論学院の教室でも総司の席を見てしまうと涙が込み上げてきてしまうけど……、早く立ち直って前向きに生きなければいけないと思う。
「お前はいつになったら沖田を忘れて俺を見てくれるんだろうね」
『え?』
頬杖をつきながら私をじっと見て、薫様は意味深なことを言う。
またからかわれているのかとも思ったけど、穴が空きそうなくらい見つめられてしまうから、お菓子を片手に思わず目を逸らしてしまう私がいた。
「なんで目を逸らすの?」
『あ……なんででしょう……』
「なんででしょうって、なんでなんだよ」
『薫様が思わず驚いてしまうようなことを仰るから……』
「そんなに驚くようなこと?」
『そう……ですね……』
あまり深くは聞けないし、からかわれていただけだったら恥ずかしい。
会話も途切れてしまったから、この沈黙をどう乗り切ろうか考えていると、薫様が席を移動して私の隣に座ったから私は目を見開いた。
「これ一緒に食べようよ。開けてあげる」
良かった、いきなり距離が近いから何事かと思った。
内心でほっと息を吐き出して、包み紙を開けてくれる薫様を眺めながらふと気付いた。
『あ、私が開けますよ?』
「もう開けたよ」
『ごめんなさい、薫様にそのようなことをさせてしまって』
「なんで?俺だってこのくらい自分で開けられるよ」
『そうなんですか?』
「お前は俺をどういう人間だと思ってるわけ?」
『いえ、変な意味ではなく王族の方には身の回りのお世話係の方々が沢山いらっしゃると思っていましたから』
実際千鶴様は、周りに護衛や侍女がいると全て任せてお願いしていたことがあった。
今はこの部屋に私達しかいないから、私が動くべきだったと反省しただけだ。
「そうだとしても、セラの世話は俺がしてあげるよ」
『そんな恐れ多いことして頂けません』
「気にする必要はない。俺が可愛いお前のために、何かしてやりたいって思ってるんだから」
可愛い……?
さらりと言われた言葉に固まってしまうと、薫様はそんな私を見つめて満更でもなさそうな顔をしている。
「どうしたの?やけに驚いてるけど」
『い、いえ……お気遣いありがとうございます』
「それだけ?」
『あの……』
私は多分、この手のことに不慣れなんだと思う。
総司にもロマンス小説を読んでる割によく分かってないよねと言われたことがあるくらい、こんな時にどう返せば正解なのかが分からなかった。
距離も近いし、いつのまにか薫様の手が私の髪を優しく梳くから落ち着かない。
もう総司は私のことなんて忘れてるのに、総司に対する罪悪感まで込み上げてきてしまった。
「セラ、可愛いね」
総司によく言って貰っていたその言葉を聞いて、また総司を思い出してしまった。
思わず瞳が潤み、総司の声まで思い出してしまった。
それを隠すように思い切り顔を背けてしまったけど、今の避け方は失礼だったと後になって気付く。
でも薫様は別に何も言うことなく、優しく私の頭に手を置きあやすように撫でてくれただけだった。
「そんな顔をさせるつもりじゃなかったんだけどね」
『ごめんなさい……。薫様のお心遣いやこうしてお菓子を用意してくださったり……そのお気持ちは本当に嬉しいです。でもまだ上手く気持ちがついていかないと言いますか……』
どうしよう、自分でも何が言いたいのかよく分からなくなってしまった。
そもそも薫様の言葉の真意もよく分からないから反応にも困ってしまう。
でも……
『何をしていてもまだ、総司のことを思い出してしまうんです。未練がましいのは分かっているのに……』
それだけ総司との思い出があると本当は喜びたい。
でも今はまだ総司を思い出しては涙を堪えることに精一杯な毎日を送っていた。
いまだに首元に揺れるこのペンダントを見ても、音楽の授業を受けていても。
図書室に行っても庭園に行っても、自分の部屋にいる時ですら私の心の中の総司が蘇ってくる。
可愛いねって言葉も、総司は毎日のように私に言ってくれてたよね。
「それは仕方ないだろ。お前は沖田のことが大好きだったからね」
『薫様……』
「ゆっくり忘れていけばいい。そのために俺を利用すればいいさ」
『利用なんて……そんなこと出来ません』
「俺はそれでもいいと思ってるんだ。それでセラの気持ちが少しでも楽になればいいし、代わりでもいいから俺はお前に見てもらいたい」
『代わりとか……そんな風に薫様のことを見れません。薫様のことは薫様として見ています』
「お前のそういうところが好きだよ」
いつの間にか手が握られて、その真剣な眼差しから目が逸らせなくなる。
薫様らしくないその言葉に動揺してしまうけど、その意味を深く考えてしまうと落ち着かない心情になった。
「あと沖田は城で元気にしてるから心配しなくていいよ。あいつが困らないよう、俺も気にかけるつもりでいるから」
薫様の言葉は優し過ぎる。
それに今の言葉は私にとって一番嬉しい言葉だった。
今まで冷たく見えていた分、この変わりようにはどうしていいか分からなくなってしまうけど、感謝の気持ちを伝えたいと思った。
『ありがとうございます。総司のことを気にかけてもらえると、本当にありがたいです。これからも総司のこと、宜しくお願いします』
「ああ、任せてよ」
『あと私、おそらくずっと総司のことが好きだと思うんです……』
「いいよ、何年かかっても」
『ですが薫様は王太子様ではないですか。将来のこととか、色々と考えなければならないお立場だと思いますので』
「そうだね。だから前にも言ったけど、お前が俺と婚約してくれたら嬉しいんだけど」
『私にはそんな大役務まりません。王妃だなんてとても……』
「お前なら申し分ない。俺のところに来てくれるなら、俺は一生セラだけを大切にするよ。だから、俺と結婚しよう」
あまりの熱意ある眼差しと言葉に、たじろいでしまうし顔にも少し熱が集まってしまう。
しかも結婚しようって……そんなにさらりと告げるもの?
固まったまま言葉を返せないでいると、手を離した薫様はおかしそうに吹き出していた。
「お前のその顔、なんなの?俺が折角求婚してるっていうのにね」
『……もしかして、からかってたんですか?』
「いや、俺は真剣だよ。それなのにセラが変な顔してるからさ」
『変な顔とは失礼ですね……。驚いてしまったんです、この前までそんな素振りもなかったのに』
「それはお前がまだ沖田と中途半端な状態だったから空気を読んでいただけだ。でも今は違う。沖田と離れることにしたなら、俺がお前に言い寄っても問題ないだろ?」
『確かにそうなのかもしれないですが……』
「俺は本気だよ。俺はお前を幸せにしたいし、その力だって俺にはある。直ぐに返事が欲しいわけじゃないから、ゆっくり俺のことを知っていってよ」
薫様の言葉に返事をして、また胸が痛んだ。
こんな時に限って総司との約束や言って貰った言葉を思い出してしまうから、また余計に苦しくなった。
もうそんなことを気にしているのはきっと私だけなのに、どうしてもずっと心に残ってしまう。
ここ最近、あの日に何も聞くことの出来なかった臆病な自分を悔やむことしか出来ないでいた。
その日の夜、私は久しぶりに総司の手紙を開いてみた。
ずっと封印しておくつもりで机の奥の箱にしまったそれは、見ただけで私の涙を誘発させるものだった。
何通も出した手紙のうち、返ってきたのは三通だけ。
テントの中の二人を思い出し、やっぱり読むのは止めようかと躊躇もした。
でも一通目、二通目、三通目と読んでいくと、どの手紙を読んでも総司が書いてくれている言葉がある。
「僕は何も変わっていない、だから僕を信じていて欲しい」という言葉が、いつまでも私の心に残ってしまっていた。
でも総司の方から触れていたあのキスや、千鶴様を愛おしげに見つめるあの瞳を思い出せば、あれが全てを物語っているようで、どう信じていいか分からなかった。
でもこの手紙だけ読むと、私はまだ総司を信じてあげなければいけない気持ちにもなる。
風祭の日から手紙を書くことをやめてしまったけど、本当にそれで良かったのか、いまだにすっと後悔もしていて。
私は首元のスフェーンのペンダントを指先で触りながら、また一人眠れない長い夜を過ごしていた。
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