8
図書室の出入り口で、僕にぶつかってきたのはセラだった。
本を抱えて僕を見上げ、その綺麗な瞳を揺らした愛らしい顔を目の前に、僕は全てを忘れて手を伸ばしそうになった。
でも僕の名前を呟く不安気な声を聞いて、すぐさま現実に引き戻される。
王太子の思惑にはまってしまえば、僕達の未来は完全に断たれてしまうから、この決断を下すしかなかった。
「………っ」
セラを無視して通り過ぎることは、思っていた以上に辛いものがあった。
思わず顔を顰め視線を逸らし、セラを置いて図書室の中へと入って行った。
そんな僕の後ろでは、王女がまた余計なことをセラに話し始めるものの、僕はただ黙っていることしかできない。
逃げるように図書室から出て行く小さな後ろ姿を見送りながら、僕は心中で歯噛みしていた。
「セラさん、変わらずお元気そうで良かったですね」
「そうは見えなかったですけどね」
以前までは、僕を見上げる顔は照れていたり微笑んでいたりとその表情こそ様々だったけど、いつも花が咲いたように明るかった。
でも今のセラはとても儚げで不安そうで頼りない。
心の灯火が消えそうに揺らいでいるように見えた。
「それになぜわざわざ余計なことを言うんです?王女殿下と街に出掛ける予定なんてないですよね」
「別にあの程度の嘘、いいではありませんか」
「よくないですから。無駄にあの子を傷付けるようなことはやめてくださいと何回言えば分かって下さるんですか?」
「そもそもどうしてセラさんが傷ついていると思うの?もう総司さんのことなんて忘れているかもしれないですよ。総司さんだってあの噂、もう耳にしているでしょう?」
学院に復学してからというもの、僕の耳には聞きたくもない話が入ってきた。
それはセラと王太子が仲睦まじくしていることや、学院内での求婚騒ぎのこと、将来を約束している相手だということや、よく一緒に過ごしていることなど、耳を塞ぎたくなるものばかりだった。
先日の図書室でのやり取りを見ていれば、二人がそれなりに親しいことは僕だって分かる。
それでもまだ諦めきれないのは、そんな簡単に捨てられる想いではないからだ。
「セラはそんな薄情な子じゃないですよ」
「ですがセラさんは、あなたのことを薄情な人だと思っているでしょうね」
セラはどうして手紙をくれなくなったのだろう。
どうして復学しても会いに来てすらくれないのだろう。
僕は自由に動けない身だからこうして君を傷付ける行動しか取れないけど、セラは自分の意思で僕から離れているように思えた。
それでも僕の方が薄情だと思われてしまうなら、正直それはとても辛い。
そして何より苦しいのは、セラの気持ちが僕から離れていこうとも、僕の気持ちは何一つ薄れてくれないことだった。
「今回はとても良く対応出来ていたと思います。破れば即婚約の王命が出されてしまいますから、総司さんも必死ですね」
「……王女殿下は王太子殿下が婚約されても宜しいのですか?」
「別にもうどちらでもいいです。薫は欲しいと思ったら手段を選ばないもの、止めても無駄だと思いますよ」
「僕は諦めませんけどね」
「あなたも随分往生際が悪いのですね。でも私の命令には従って下さいね、私の言葉にも全て肯定の返事をして下さい。それが薫の言う誓約の一部です。私への忠誠心を忘れたと見なされたら、その時点ですぐ薫には報告します」
先が見えない毎日は、僕の生きる気力すら奪っていくようだった。
恐らく僕一人が自決して回帰できるのであれば、とっくの昔にそうしていただろう。
でも僕は何度血迷っても、君を見ればこの剣を握ることは躊躇われてしまう。
君を残してこの世界を捨てることも、愛おしいその身体を血で染めることも、僕には到底出来ることではなかった。
図書室を出た僕達は、次の選択科目を受けるため音楽室へと足を運ぶ。
セラと同じ空間にいることすら不安なのに、王女が示した席はセラの直ぐ後ろの最後尾の列だった。
『テスト、緊張するね』
伊庭君とはじめ君に挟まれて微笑むその顔を、斜め後ろから眺める。
一度は苦痛だと思ったこの席は、セラを見つめることができる特等席だった。
久しぶりに聞く声や、たまに見える横顔、華奢な肩のラインや艶のある綺麗な髪も全て、僕の心を捉えて離さない。
手を伸ばせば触れられる距離にいるのに、声を掛けることさえ叶わなかった。
授業が始まると、復学したばかりの僕達を除き、皆はヴァイオリンのテストを受け始める。
前に出て一人ずつ演奏が繰り広げられる中、僕はただセラの順番が回ってくることを楽しみに待っていた。
でもいざセラの番がくると、彼女の表情はどこか硬くいつもの明るさが欠けている。
ヴァイオリンを片手に弓を構えるその姿もどこかきごちなく見えて、僕は落ち着かない心情のまま目を逸らすことなくただセラだけを見つめていた。
「でははじめましょう」
先生の声と共に演奏が始まると、軽やかに弓が弦を弾き、透明な音色が瞬く間に教室全体を包み込む。
最初こそ不安そうに見えた表情もすぐに落ち着いた笑顔になり、まるでセラの感情そのものが音に乗っているようだった。
ただの技巧を超えて、温かさや優しさを含んでいるセラの演奏を聴くと、以前音楽の祭典であの子が賞をもらった日のことを思い出す。
帰りの馬車でのことやあの時の楽しかった日々が蘇り、気付けば情けなくも視界が歪んでしまっていた。
「……っ」
このままセラの心が僕から離れていってしまうのは絶対に嫌だ。
僕の想いが君にあることだけでも伝えなければと考えていた。
今なら王女や他の護衛達に気付かれず、セラに何かを伝えることが出来るかもしれない。
きっとセラなら僕の視線で何かを感じ取ってくれる筈だと、セラから視線を逸らすことなく見つめていた。
でもいざ僕の視線とセラの視線が重なった時、セラの顔が強張り、音が外れた。
怯えたようなその瞳は以前までとはまるで違い、僕の想いを感じ取るどころか、僕を拒絶するかのように逸らされただけだった。
「ふふ、音を外してしまいましたね」
隣で呟く王女の声を聞きながらも、この胸は不安と悲しみで押し潰されそうになる。
セラとの距離が完全に開いてしまったことを目の当たりにした瞬間だった。
セラは一度涙に堪える表情を浮かべると、弓を持ち直し再び演奏を始めている。
徐々にまた力強さを取り戻していったものの、音楽の流れの中でセラが感じている不安や怖さが伝わってくるものだった。
「……セラらしくないな」
「大丈夫でしょうか、先程も顔色が悪かったですし心配です」
セラを案じるはじめ君と伊庭君の声が耳に届き、図書室で会った今しがたのことが思い出される。
あんな態度を取られればあの子が傷付くことはわかっていたのに、そうすることしか出来なかった自分に酷く憎しみを覚えた。
セラはきっと僕が思っている以上に、多くのことを誤解しているのかもしれない。
それでも懸命に演奏を続けるその姿に、胸は苦しくなるばかりだった。
その必死な様子に、心の中で「大丈夫だ、頑張れ」と何度も唱える。
僕達の視線が合うことはその後一度もなかったけど、僕はただその姿を見守ることしか出来なかった。
「とても良かったわよ。途中、残念だったけれど今日は調子悪かったの?」
『いえ……私の練習不足が招いた結果です。ごめんなさい』
「いいえ、とても素晴らしい演奏をどうもありがとう」
ぎこちない笑顔で一礼をしたセラは、再び席へと戻って行く。
そして僕のことは見ることもなく、静かに席に腰掛けていた。
見える横顔はやっぱり少し泣き出しそうにも見えて、多分それは僕や王女の存在がセラの心に圧力をかけているからだと気付く。
この子にこんな顔をさせるために復学を望んだわけではないのに、今の僕の存在はただセラを傷付けているだけのように感じられた。
「この後の授業では器楽アンサンブルを行います。今の席ごと、このように五人組で行って下さいね。十分間時間を差し上げますので、曲目とそれぞれのパートを決めて、この紙に書いて提出して下さい」
先生の指示をぼんやり聞いていると、前の三人が憂鬱そうな顔で僕達の方を振り返る。
よくよく前のボードを見れば、アンサンブルのグループは僕達二人とセラ達三人の五人で行わなければならないようだった。
「僕達と一緒で宜しいのしょうか?前の席の人と変わって頂きましょうか?」
伊庭君の提案の真意は読めなかったものの、伊庭君は勿論はじめ君も気乗りしない表情を浮かべて僕達を見ている。
セラは黙ったまま顔すら上げず、王女だけが一人笑顔を浮かべていた。
「いいえ、セラさんと一緒に組めるなんてとても嬉しいです。宜しくお願いしますね」
『こちらこそ宜しくお願いします』
「セラさん、曲目はどうしましょう?考えて頂けませんか?」
王女を見上げるセラの瞳は不安そうに揺らいだけど、少し考えてからその瞳を真っ直ぐに向けた。
『シューベルトのセレナーデはいかがでしょうか?この曲でしたら低音や高音を入れてもグループでまとまりやすいと思うのですが』
「その曲、とても好きですよ。ではそれにしましょうか」
「いいですね。ではピアノとヴァイオリン、その他はどうしましょうか?」
「チェロで低音を出すと深みが出ると思うのだが」
『あとはフルートも良いと思います』
「ではそうしましょう。パート分けはどうします?」
弦楽器や管楽器全てにおいて何の経験もない僕は、正直何がなんだかさっぱりだ。
ただ黙って皆の話を聞いていると、王女がはっきりと言葉を発した。
「私が主旋律のヴァイオリンを担当させて頂いても宜しいですか?」
『はい、是非よろしくお願い致します』
「本当はピアノが良かったけれど……セラさんにヴァイオリンを任せて本番音を外してしまったらグループの評価が下がってしまいますものね。なのでピアノはセラさんにお譲りします」
セラの前で猫を被ることをやめたのか、笑顔を絶やさないまま王女は躊躇いなく毒を吐いた。
『ご心配おかけしてしまって申し訳ありません、千鶴様のご厚意に甘えてピアノを担当させて頂きますね』
「お言葉ですがセラのヴァイオリンの腕は、このクラス一素晴らしいですよ」
「ああ、誰しも調子が出ない時はある。俺はセラが主旋律担当で問題ないと思うが?」
伊庭君とはじめ君がセラを援護すれば、王女の笑顔が冷ややかなものに変わる。
頼むから余計なことは言わないで欲しいと思ったのは恐らくセラも同じだったのだろう。
セラは慌てた様子で首を横に振った。
『伊庭君、はじめ……私には荷が重いし千鶴様に担当して頂いた方が私もいいと思うから』
「そのように仰られるのでしたらセラさんがヴァイオリンで構いませんよ?」
『いいえ……千鶴様にお願いしたいです。千鶴様がヴァイオリンを引き受けて下さいませんか?』
「総司さんはどう思います?私とセラさん、どちらの方がヴァイオリン上手だと思いますか?」
やっぱり余計なことになったかと、苦い気分になる。
僕が言わなければならない答えは一つだけだから、眉を顰めながらも言った。
「僕は王女殿下が担当されるのがいいと思いますよ」
「ふふ、良かった。でしたら多数決で私に決まりですね」
セラの寂しそうな微笑みや、不快感を表した伊庭君とはじめ君の視線が僕の心を痛ませる。
それでも僕がここで何かをやらかしてしまえば、セラの未来は永遠にあの王太子に縛られてしまうかもしれない。
この子の未来が握られている状態では、従わざるを得なかった。
「ではセラはピアノで伴奏をお願いします。斎藤君はチェロにしますか?」
「ああ、構わない。では八郎にフルートを頼もう」
「かしこまりました。沖田君はどうします?」
「総司さんも演奏されたい楽器があれば、ご自由に提案してくださいね」
「えっと、僕は……」
皆の視線が向けられる中、この曲がどんな曲かも分からなければ弾ける楽器すらない。
この雰囲気の中でそれを言うのは躊躇われて再び苦い気分でいると、セラが柔らかい視線を僕に向け、再びさりげなく視線を逸らした。
『総司には、グロッケンシュピールはいかがでしょうか?初心者でもすぐに扱えますし、音色がとても優しいのでこの曲に合うと思います』
「確かに、いいですね。では沖田君はそれにします?」
「ありがとう。確かに無理なくやれるのが一番だね、それにするよ」
僕の言葉を聞いて優しく微笑んでくれるセラは、再び直ぐに視線を伏せる。
その提案や視線を逸らす仕草すら僕を気遣ってくれているものだと分かり、セラの優しさがまた僕の胸を苦しくさせた。
曲目や担当パートが決まった後は、それぞれグループ毎に個室で練習することになった。
僕は鉄琴のようなグロッケンシュピールという楽器を運び、その練習に打ち込んでいた。
「ピアノの伴奏は私達のように技術が必要とされないので羨ましいです。楽な役割だと思いますので、失敗だけはしないようなさってくださいね」
ピアノの練習を行うセラに、王女はまた毒を吐く。
その姿を見ながら伊庭君達は眉を顰めていたけど、セラは笑顔のまま答えた。
『はい。皆さんに迷惑をかけないように精一杯努力します』
セラはどんなに嫌味を言われても、絶対に笑顔を崩さないし、その挑発に乗ることもしない。
それが面白くないのか、王女の顔はいつになく不服そうだった。
「セラが伴奏を引き受けてくれるので安心して任せられますよ。何かあれば僕達もサポートしますから」
「ああ。伴奏は全体の調和を作る大切な役割だと思うからな」
二人のフォローに気分を害した様子の王女は、何も言わないまま無言でヴァイオリンを手に取る。
セラの様子が気がかりでならなかったものの、伊庭君やはじめ君がセラを護ろうとしてくれているから、そのことはとても心強かった。
「では一度合わせてみましょう」
王女の言葉で各自の練習が終わり、皆で演奏を合わせる時間に入る。
セラのピアノは美しい旋律でグループ全体を支え、他の楽器を引き立てる控えめなアプローチが際立っていた。
でも全体としてのまとまりが見えてきたにも関わらず、王女は演奏を止めセラに冷たく注意を繰り返していた。
「セラさん、テンポが少し速すぎます。伴奏は私のヴァイオリンの邪魔をしないで頂きたきたいのですが」
『申し訳ありません、次は気をつけます』
「先程から練習が進まなくて困りますね。皆さんにも謝られた方がいいのではないですか?」
『はい、申し訳ありません……』
立ち上がり僕達に頭を下げるセラの顔には疲れが見て取れる。
幾度となく止められる演奏へのダメ出しはただの嫌がらせだと誰もが分かっていたからこそ、伊庭君は見兼ねたようにセラの隣に足を進めた。
「謝る必要はないですよ。君の演奏には何も問題ありません。そうですよね、斎藤君」
「ああ。このように何度も中断する方が練習が進まない」
「セラさんはいいですね。セラさん贔屓の方々がいつも一生懸命守ってくださって。そのように甘やかされていらっしゃるから、学院で王女様気取りと言われてしまうのではないですか?」
『申し訳ありません。次は気をつけます。伊庭君とはじめもありがとう、私は大丈夫だから』
周りが庇えば庇う程、事態は良くない方に向かうと二人も分かっているのだろう。
苛立ちを浮かべながらも、自分の持ち場へと戻って行く。
僕は当たり前のようにセラを庇うことが出来ないから、僕の節操感や苛立ちを見て王女が楽しんでいる可能性もあると踏んでいた。
そしてその後も王女のせいで、この練習室の空気は次第に張り詰めていった。
セラは控えめな態度を崩さずピアノに集中していたものの、その真剣さが却って王女の機嫌を損ねているようだった。
「セラさん、今のところピアノが遅れています」
『ごめんなさい、テンポをもう少し意識しますね』
「テンポを意識するだけではだめです。全員に合わせられなければ駄目ですよ」
『はい、頑張ります』
セラはピアノの前で緊張しながらも真剣な顔つきで鍵盤を見つめ、再び演奏を始めた。
けれど次の小節に差し掛かったところで、再び王女が演奏を止めた。
「どうして今の部分で強弱を入れたのですか?余計なことはしないで下さい」
『ごめんなさい。ですが、この部分は少し柔らかい音の方が全体のバランスがいいかと思いまして……』
セラの顔は蒼白だったものの、それでも勇気を振り絞るように小さい声で言った。
けれど王女の顔が怒りで歪んだことに気付いたから、僕は危険を察知して思わず口を挟んでいた。
「王女殿下、一度全員で意見を……」
僕がそう言いかけた時、王女は突然持っていたヴァイオリンを振り上げる。
そしてそれがセラの頬を激しく打ち付けた音が響いたのと同時に、セラの身体がその衝撃で後ろに弾かれ、椅子から転げ落ちていた。
『……っ』
「セラ……!」
伊庭君の叫びと共に僕は息を飲み、拳を強く握りしめた。
その場に駆け寄りたい衝動を押し殺し、身体を動かせずにいる僕の代わりに、伊庭君とはじめ君がセラの元へ駆け寄った。
「セラ、平気か!?」
「なんてことをなさるんですか!?これは流石に酷すぎます……!」
セラは床に倒れたまま、震える手で頬を押さえていた。
その頬には赤い傷がはっきりと浮かび上がり、そこからは細く血が滲んでいて、僕は湧き上がる殺意を胸に奥歯を噛み締めていた。
『申し訳ありません……、私が余計なことを言いました……』
セラは震える声で絞り出すようにそう言った。
その姿は痛みや恐怖に負けず立ち上がろうとするセラの気丈さを物語っていたけど、それが余計に僕の心を抉り取る。
僕に出来ることは、王女をセラから離すことだと王女の側に歩み寄った。
「王女殿下、手元が狂われてしまったんですね。今ので少し手首を痛めてしまったのではないですか?」
「総司、あんたは何を言っているのだ?傷付けられたのはセラの方だろう」
「保健室で冷やされるべきだと思いますよ、僕と行きましょう」
王女は僕の心情を分かっているのだろう、不服そうに睨みつけてくる。
それでも大事になるよりかはいいと思ったのか、笑顔を崩さないまま王女の手を取る僕の言う通り、彼女は練習室を出てくれた。
そんな僕達の後ろからはセラが震えた声で「ごめんなさい」と謝る声が聞こえてくる。
例え破れない命令が課せられていたとしても、セラを護ることもしないまま背を向け置いていく自分自身をどんどん嫌いになっていくようだった。
「今のは何なんです!?」
人がいない昇降口で、苛立ちのまま王女にくってかかる。
今直ぐにこの剣で貫きたくなるのを寸前のところで耐える僕がいた。
「煩いですよ、あまり怒鳴らないでください」
「いいんですか?こんなこと王太子殿下に知れたらあなたもまずいと思いますけどね」
「別にもういいの。薫がセラさんに求婚したということは、私はどのみち離宮に飛ばされるということですから」
「は?それはどうしてです?」
「セラさんが宮廷で生活することになれば、薫は私が邪魔な筈だからです。それに私の近衛騎士であるあなたのことも遠ざけたいに決まっているでしょう?」
「まさか王女殿下と一緒に僕まで離宮に飛ばされるということですか?」
「恐らくそうだと思いますよ。こんなことになるなら、あなたなんか近衛騎士になって頂かなければ良かったわ」
軽々しくそう言った王女の諦めた様子に、再び殺意が込み上げる。
散々人を弄んだ挙句に毒を吐けるこの女の神経が僕には到底理解出来なかった。
「ふふ、怖い顔なさるんですね。そんなに憎いなら私や薫のことを殺めたらいかがですか?勿論、王家の人間を手にかけた時点で、セラさんや彼女のお城の方々も無事では済まされないと思いますけどね」
こいつらを殺したい心情になると同時に、出口すら見つけられず思いのまま人形のように動かされている自分にも憎しみを覚えた。
セラの悲しそうな顔が頭から離れず拳を握る僕は、自らの存在がセラを傷付けている現実に抗うことすら出来なくなっていた。
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