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学院で見た王太子とセラの様子が頭から離れずに、一日中ずっと苛立ちを感じていた。
浮かない心情のまま王女の部屋で日課の報告をしていると、彼女は嫌な笑みを浮かべて僕を見つめていた。
「総司さんって本当にお顔に出易い方ですね。言われません?」
「日課の報告は終わりましたので、もう戻っても宜しいでしょうか」
「私が話しているのに、その態度は何ですか?」
「用件があるのでしたら聞きますけど」
正直宮廷内で王女のご機嫌取りをする必要はない。
王太子の目的はあくまでも僕がセラに接触することを避けたいだけだろうから、王女に多少失礼な態度を取ろうが然程問題はなかった。
「千鶴」
王女が僕に何か言おうと口を開きかけた時、ノック音と共に王太子が部屋へと入ってくる。
外交で暫く宮廷を空けていた王太子は、今日国に戻ってきたらしい。
にっこり微笑んだかと思うと、いきなり王女の腕を掴みそのまま床へとその身体を投げつけていた。
「……っ……なに……?」
「なにじゃないよ。俺言わなかったっけ、セラを傷付けたら許さないって」
「あれはセラさんがあまりに無礼なことを言うから」
「だからって暴力は駄目だ。俺の大切なセラの身体に傷が残ったらどうしてくれるの?」
「うっ……」
王女の右手を足で踏みつけた王太子は、いつになく殺気立って王女を見下ろしていた。
その声こそ穏やかなものの、その瞳は猟奇的にも見えてこの王太子の本来の姿がいまだよく分からないことへの不安が募った。
「ごめんなさいっ……、もうセラさんに傷はつけないから……」
「そうした方がいいよ。次あいつに暴力を振るったら、今度はその何倍もお前を痛めつけてあげるからね」
靴の上から踏みつけられた王女の手はぐりぐりと押し潰されて、離された時には真っ赤になっていた。
それでもセラの傷と比べればまだマシだと思いながらも、おそらく王女はこれでもうセラに手は出せないだろう。
そのことは少し僕の胸を安堵させるものだった。
「沖田は、ちゃんと言い付けを守ってるみたいだね」
王太子は僕を見て真意の読めない微笑みを浮かべているけど、思い出すのは今日の昼のこと。
セラを後ろから抱きしめていたこいつが、今セラとどの程度の関係であるのか気になっていた。
「守らなければセラは無理矢理婚約しなければならなくなりますからね。守るしかないだけですけど」
「懸命な判断だね。俺もセラには自らの意志で俺との未来を望んで欲しいと思ってるんだ」
純粋でもないくせに急に純粋ぶってるのは、セラに感化されてるせいなのだろうか。
思わず少し笑った僕に気付き、王太子はその瞳を細めて見せる。
「なにがおかしい?」
「いえ、そんな日が来るのかなと思っただけですよ」
「来ないと言い切れる?今日だってセラは、俺をもっと好きになりたいって言ってくれたんだ」
「つまりそれって、今はそんなに好きじゃないってことですよね」
「やたら今日は反抗的だね。まさか昼間のことで苛ついてるの?」
「いえ、別に。あれはどう見ても殿下が一方的にセラに言い寄っていただけだと分かったんで、何も気にしていませんよ」
敢えてそう言えば、王太子の眉はぴくりと揺れる。
図星だったことにこの心は少し晴れ、僕は言葉を続けた。
「そもそも僕を脅して必死に行動を制御する時点で、殿下は僕の存在を恐れているということになりますよね」
「俺が?お前を恐れるって?」
「僕に勝てないと分かってるから、殿下は僕とセラを必死で関わらせないようにしているってことですよ。そんな風にして手に入れた好意なんて、所詮その程度だと思いますけど」
このままの状態でいても僕に良いことは何一つない。
それならばこいつを煽ることで、何か綻びが生まれるかもしれないという期待から、敢えてぶつけてみた言葉だった。
「……へえ、随分生意気なことを言うようになったね。俺がセラを好きだから、セラには危害を加えないだろうと思ってるんだ?」
「現にそうですよね。その都合の良い変わり様には驚かされますよ」
「まあ、そうだね。それに関して言えば俺は確かにあいつにはもう何も出来ない。あいつの家も護ってやりたいしね」
「つまり僕を縛れるのは今だけということ、お気付きですか?」
「どういう意味?」
「今は王命を出されたくないから大人しくしてますけどね。でも万が一セラが殿下の求婚を受け入れて婚約したとしましょうか。そうなったら僕は全てセラに話すかもしれませんよ。殿下が僕にしてきたことを全部知ったら、セラはどう思うんでしょうね」
「それは俺を脅してるつもり?」
「僕は諦めないと言った筈です。たとえ殿下とセラが結婚することになったとしても、あの子の心は永遠に僕のものだ」
正直一番予想外だったのは、権力に胡座をかいていた王太子がセラに対していまだ王命すら出していないことだった。
本気になれば簡単に自分のものにできるセラを、決してそうはしない理由。
それはこの王太子が欲しがっているのは、結婚という形よりもセラの本当の心だと思った。
だからこそ僕の言葉は王太子を苛立たせるには十分な威力があるのだろう。
目を見開いた後、悔しそうに奥歯を食いしばる様子を目の前に、僕は心中でほくそ笑んでいた。
「お前は酷い奴だね。つまり全てを知ってセラが幸せじゃなくなってもいいんだ?」
「まやかしの幸せなんて幸せって言えます?殿下がセラに与えられる幸せは、所詮嘘に塗り固められた脆い幸せじゃないですか」
「手段はどうであれ、俺はセラを幸せに出来る。お前よりかは遥かにね。これは絶対だ」
「それならどうぞセラを堕としてみてくださいよ。もし想いが通じたら、今度は僕が徹底的に邪魔して差し上げますんで」
感情のままに話してしまえば、王太子の瞳が冷たい色に変わる。
ただの意地の悪いものではなく、どこか冷酷さを感じる瞳には僕への憎しみが込められていた。
「そんなことを言っていたら、お前……俺に消されるよ?」
「僕を殺したらそれこそセラの心は永遠に手に入らないと思いますけどね」
「随分と自信があるみたいだけどさ、人の気持ちなんて簡単に変わるんだ」
「僕は変わりませんよ。それにセラだってまだ変わってない筈だ」
「どうしてそう言い切れる?」
「殿下が僕を必死でセラから遠ざけようとしてるからですよ。敢えて冷たくさせてセラが僕を嫌うように仕向けているのかもしれないですけど、それでもセラが僕を想ったままだから殿下も焦ってるんじゃないんですか?」
「お前っ……」
胸ぐら掴まれたところで、僕は意見を覆す気はない。
僕が自信を失って大人しくなると思ったら大間違いだ。
「殴るなら殴って頂いて構いませんよ。まあセラは暴力なんて心の弱い人間がすることだって言ってましたけどね」
舌打ちして僕から簡単に手を離すあたり、本気でセラのことが気に入っているらしい。
僕を睨みつける瞳には、僕に対する嫉妬や憎しみが込められていた。
「セラも馬鹿だよね。こいつのどこがそんなにいいんだか」
「セラに聞いたらどうです?僕のどこが好きなのか」
「その必要はないよ。いずれ捨てられるお前にはそんな価値もない。何を根拠にさっきからそんなに強気でいられるのか、意味が分からないね」
「セラのことはよく分かってるからですよ。それこそ僕は殿下よりずっとあの子を知ってますし、出会ってからあの子のことだけ考えて生きてきました。殿下がそれを超えられるとは到底思えないんですよね」
「ははっ。何を言うかと思えば、想いの強さが勝つとでも言いたいの?」
「ええ。綺麗事かと思われるかもしれないですし、僕も前までは同じようなこと思ってましたけど。でも今は目に見えないものこそ、本当の力があるのかもしれないって感じています」
だからこそ僕は回帰した。
それは僕がセラを誰よりも想うその気持ちが認められた証明だとも思っていた。
詳しいことは分からない中でも、二回……僕達は死を乗り越えて再び同じ世界を生きている。
目の前の王太子にそれができるとは到底思えないからこその言葉だった。
「そう。じゃあお前は俺に噛み付いてないでその目に見えない力とやらに頼ればいいよ」
「勿論、何かあればそうするつもりでいますよ」
「はあ……嫌になるな。こんな奴がセラの相手だったかと思うと」
うんざり気味にそう言い捨てて、王太子は部屋から出て行った。
その後ろ姿を見送りながら、今夜も僕は君を想う。
この世界でのセラの幸せがどこにあるのか考えながら、一人眠れない夜を過ごす僕がいた。
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