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星祷祭の会場に王女をエスコートしながら向かうと、皆の視線を一斉に浴びているセラがいた。
白藍のシルクドレスを身に纏った姿は目を奪われてしまう程綺麗で、胸元と裾の白いレースはセラの優雅な動きを引き立てていた。
「薫、セラさんにとても上等なドレスを用意したみたいですね」
二人の様子を横目に僅かに瞳を細めた王女は、面白くないと言うように冷たい口調でそう話す。
その少し先では、王太子にエスコートされて微笑みを浮かべたセラが、ワルツを踊るため、会場の真ん中へと足を進めていた。
「僕達も踊ります?」
「そうですね。では一曲だけ」
この曲は何度もセラと練習をした馴染みのある曲だ。
これが流れたら一緒に踊ろうと約束した曲とはまた違うものの、この曲を聞けばあの時の幸せな日々が蘇ってくるようだった。
あの頃の僕はまさか城から出て王宮で働くようになるなんて思ってもいなかったし、セラと離れて暮らすことも、こうして想いがすれ違うことも予想すらしていなかった。
ここ最近はこの世界にもだいぶ疲れ果てて、気が付けば次の世界に行った先の自分のことまで考えるようになっていた。
「セラさん、楽しそうですね。総司さんのことなんて全く見ていませんよ」
王女がこうして嫌味な言葉を呟くことなんて、もう日常茶飯事だ。
いちいち気にしていたら身がもたないから、「そうですね」と適当な相槌を返した。
王女はぼんやり踊るだけで僕のことなんて然程見もしないから、僕も僕で気付かれないよう少し先のセラを見つめる。
セラは僕とは違い、王太子だけを見つめ、たまに楽しく会話までしているようだった。
「そう言えば、先日薫から面白い話を聞いたの。風祭の日、セラさんは私達を追いかけてきていたみたいなんです」
「風祭の日?」
時間が経ったことにより記憶が若干曖昧だ。
少しずつ辿りながら思い出していくと、あの日のセラの泣き顔を思い出すと同時に、あの日以降セラからの手紙が来なくなったことが頭に浮かんだ。
「テントでの私達の様子、途中から全て見ていたみたいですよ」
嬉しそうに微笑む王女の態度とは裏腹に、僕の心臓は嫌な音を立て始める。
あの日、テントで何をしたか。
それは僕自身がよく分かっていることだから、一気に血の気が引くのを感じていた。
「ふふ、とても良い表情。ワルツの途中でそんな顔をされる方、初めて見ました」
あの日、僕は王女に命じられるまま自らの手でこの人に触れた。
せめて心だけは壊れないようにと、僕は目の前の彼女をセラだと思い込んで、唇を重ねた。
それは触れるだけのものではなく、深く濃く、そして確かに感情の形を持ってしまったキスだった。
もしそれをセラに見られていたのだとしたら、あの時の絶望を堪えるような泣き顔もようやく理解できる。
あの日以降手紙が来なくなった理由も、全てそれが原因だったと今になってようやく分かった。
「……いまだにあの子は誤解したままなんですか?」
「勿論そうだと思いますよ。薫もわざわざ否定はしないと思いますから」
「はは……、だから僕にセラと話すなって誓約させたんですね」
憎しみが倍増した。
セラ以外の相手に触れているところなんて、セラには絶対見られたくなかった。
それにどんな理由があったとしても、見せていいものではなかった。
それに気付かず命令を受け入れた僕も僕だし、そのことをセラに近寄る口実に使った王太子が憎らしかった。
何より目の前で僕とワルツを踊る王女の満足そうな微笑みが嫌で堪らない。
今直ぐこの手を振り払いたい衝動に駆られながらも、心がそこにないまま身体だけを動かしていた。
「では総司さん。ここまで聞いて、感想はいかがですか?」
「感想って……何のです?」
「もう諦める、それでも諦めない。その二択だとしたらどちらですか?」
「どうして諦めないといけないんですか」
「ふふ、この状況下でもまだ諦めないなんて尊敬します。ですが、いくらお心の強いセラさんでも、流石に心が折れてしまったのでしょうね。手紙を書いても返事はこない、任期が過ぎても城に戻らないと言われ……挙句あの場面を見てしまったら、普通は愛想を尽かしていて当然です。それなのに今更どのようにして仲を修復するおつもりなのか、お窺いしたいですね」
王女の言葉に悔しさから歯を食いしばっていると、僕の視界にはセラの姿が目に入る。
この荒んだ心を少しでも慰めようと、ただセラを見つめていた。
すると偶然なのか、セラは僕に気付いてその目を見開くと、愛らしい反応を見せてくれた。
この前のカーディガンが僕のものだと気付いてくれたのだろう。
そこにはもう怯えた様子はなく、潤んだ瞳をただ真っ直ぐ僕に向けてくれていた。
「……セラ」
聞こえない程の声で思わず呟いたその名前に、言葉には出来ない愛情を込める。
そして傷付けてしまったことを、真っ先に君に謝りたいと思った。
何よりその場面を見ても尚、音楽の時間にさりげなく助言をしてくれたり柔らかな視線を送ってくれたセラの優しさが今になってより強く伝わってくる。
辛く悲しい中でも、セラはきっと懸命に僕を信じようとしてくれていたのだろうと今になってようやく分かった。
だからありがとうの気持ちを込めてさりげない微笑みを浮かべ、勘繰られないよう再び王女に視線を戻す。
束の間の時間だったけど、酷く久しぶりにセラと視線を合わせられた気がしていた。
「たとえ修復が無理だとしても、僕は出来る限りのことはするつもりですよ」
諦めたら全て終わりだ。
それなら機会を窺って慎重に動き、セラの信頼を取り戻すより他はないと思った。
幸いなのは、セラはきっとまだ僕を想ってくれている。
セラの眼差しや首元のペンダントがそのことをしっかり意思表示してくれているから、僕も出来る限りそれに応えたいと思った。
「そうですか。そのぶれないお心が、災いを呼ばなければいいですね」
王女のその言葉の真意は分からなかったけど、僕の想いが変わらずセラにあるとあの子が気付いてくれさえすれば、王太子との婚約を阻止できるかもしれない。
まずはそれが最優先だと、今後のことを考える僕がいた。
そしてその日の夜、任務を終え自室に戻ろうと歩いていると、王太子が珍しく僕を彼の自室へ呼ぶ。
ここに来るのは誓約を結ばされたあの日以来だったため、無性に居心地が悪かった。
「本日は何の御用でしょうか」
「お前に朗報だ、沖田」
「朗報……ですか?」
「ああ。今日、セラに頼まれたんだ。お前と二人で話がしたいって」
願ってもないことだった。
何故ならこいつらの監視の目がないところでセラと会えたことは、近衛騎士になってからたったの一度もない。
一年半近く、僕達はまともな会話すら出来ていなかったからだ。
「お前もセラと話がしたい?」
「したいに決まってますよ。でもどうせ殿下のことですから、その様子を見張るつもりなんじゃないんですか?もしくはまた何かで脅して、僕が自由に話せないようするつもりですよね」
「心外だね。そんなこと、これっぽっちも考えてないよ」
終始笑顔でいるこの男が何を考えているのか、残念ながら分からない。
僕の中ではあの腐り切った王女よりかは幾分かマシな印象だけど、セラに好意を寄せている点では厄介だった。
「来週末、セラを王宮に招待してあげようと思う。その時に二人で話せばいいよ」
「……散々駄目だと仰っていたのに、どういう風の吹き回しですか?」
「俺は可愛いセラの頼みを断りたくないだけだ。別にお前の為じゃない」
「そうかもしれませんけどね。では自由に話して宜しいんですね?」
「ああ。お前がそうしたいならそうすればいい。そのかわり、学院では今までの誓約は守ってくれ」
「分かりました」
おかしい。
僕が自由に話せば、こいつにとっては不利な状況になる筈だ。
いくらセラの頼みとは言え、セラに嫌われるかもしれない状況を自ら受け入れるものだろうかと疑念が湧く。
「なに?その顔。何か疑ってる顔だね」
「当たり前です。僕とセラが話せば、今までのこと全てがセラに伝わります。それが分かっていてなぜ殿下が許可して下さるのか理解出来ないんですよ」
「俺だって気乗りはしないよ。でも俺がしたことは、お前の幸せを願って身を引くと言ったセラの気持ちが振り回されないよう、お前とセラを接触をさせなかっただけだ。元から千鶴のように悪どいことはしていないからね」
「……待ってください。身を引くって何の話ですか?」
「セラはお前と千鶴の関係を特別なものだと思ってるってことだよ。だからあいつはお前のことが好きでも身を引いた。お前が幸せならそれでいいってセラは言ってたよ。健気だね」
その言葉を聞いてより胸が苦しくなると同時に、今になってそれを僕に明かした王太子の考えが読めない。
嘘を吐いている様子もなければ、こんな話をしてこいつの得になるとも思えないし、本当に何がしたいのか謎だ。
「とにかく、来週末また声をかける。その時までに何を話すか考えておくといいよ。話は以上だ」
王太子の部屋を出て自室に戻った僕が考えるのはセラのこと。
セラを傷付けている自覚はあったものの、まさか僕と王女の間に男女の関係があると思われいたなんて知らなかった。
テントでのこともあるから、セラは疑う余地もなかったのだろう。
セラの心情を考えれば唇を噛む力に悔しさが混じり、今直ぐあの子のところに行きたい衝動に駆られた。
それにこの前の音楽の時間でのあの泣き方を思い出せば、きっと王女が他にも良からぬことをセラに吹き込んだ可能性もある。
それがもし僕と王女に関することだとしたら、その心労は計りきれない気がした。
「くそっ……」
来週末、ようやく話せる。
でも慎重に言葉を選ばないと、余計誤解を生むことになりそうだと瞳を細めた。
それにあのゲームのことはどうやって話すべきか。
全てを話すということはセラへの裏切り行為も全て明るみにするということだから、僕の中で辛い葛藤が生まれていた。
でもこの期に及んで真実を捻じ曲げて伝える気はない。
いつだって真っ直ぐ僕を信じてくれたセラに、これ以上嘘はつきたくなかった。
真実を知ればセラは傷付くかもしれないし、僕への気持ちも薄らいでしまうかもしれない。
けれど僕はそんなセラの心情ごと受け止めてあげたいと思うから、どうが僕を好きなままでいて欲しい。
そう願わずにはいられなかった。
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