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星祷祭から数日。
相変わらずな毎日を送っている私に、薫様は昼食を摂りながら笑顔を向けた。


「この前言ってた話だけど、今週末宮廷に来るといいよ。沖田とゆっくり話せばいい」


先日頼んだ件がまさかこんなに早く実現するとは思わなくて、フォークを持つ手が思わず止まる。
放心している私を目の前に、薫様はくすくすおかしそうに笑っていた。


「なに驚いてるの?お前が頼んできたことだよ」

『こんなに早くその場を整えて頂けるとは思わなくて……。薫様、ありがとうございます』

「この程度なんてことはない。お前に力になるって言った筈だよ」

『ですが、薫様は学業の他にも公務や外交などでお忙しいではないですか。それなのに私のわがままを聞いてくださり本当に感謝しています』


そもそも私を好きだと言ってくださる薫様に、私が想いを寄せている相手のことを頼むなんて、本来ならしてはいけないこと。
それなのに嫌な顔一つせずこうして力になってくれる薫様には、感謝してもしきれないくらいだった。


「どういたしまして。沖田にも話してあるし千鶴の了承も得てるから、当日のことは心配しなくていいよ。迎えの馬車や護衛も手配済みだ」

『色々とありがとうございます……』

「なんだか浮かない顔だね」

『いえ……?』

「いざ話すとなると怖い?」


薫様は私の考えていることがお見通しみたい。
正に言い当てられて、思わず苦笑いをこぼしてしまった。


『少しだけ……。でももう結末は分かってるからいいんです。自分の気持ちにけじめつけたいだけですから』

「そうか。それならしっかり話せるといいね」

『はい……』


総司から直接聞くと、それはそれで余計に悲しいかもしれないし泣いてしまうかもしれない。
でも総司の選んだ道を応援したいという想いがあるから、言葉を交わすことで総司の幸せを真っ直ぐ願うことが出来る気がしていた。
その日まであと数日だと思うと緊張してしまうけど、長引かせても意味はないからきっとこれで良かった。
自分の気持ちに踏ん切りがついたら、今度は薫様のことを改めて知っていきたいと思っていた。


『薫様、こちら良かったら食べてください。お口に合うといいのですが』


薫様に渡したのは、小さな箱に入れた心を込めて作ったフルール・ド・シュクル。
ふんわりと焼き上げた薄いスポンジ生地を小さな花の形にくり抜いて、中に繊細なクリームを挟んだお菓子だ。
バニラと蜂蜜の優しい甘さにほんの少しだけシトラスの香りを忍ばせて、仕上げには粉砂糖をふんわりとかけてある。
胸の奥にはまだ小さな戸惑いが残るけど、あの夜私を優しくエスコートしてくれたことやいつも励ましてくれることに感謝をしていたから、その気持ちを形にしたかった。


「セラが作ったの?」

『はい。星祷祭でエスコートして頂いたお礼です。素敵なドレスもありがとうございました』

「こちらこそ。セラが俺のために作ってくれたなんて、すごく嬉しいよ」


薫様は箱を開けると、小さな花の形をしたお菓子を一つ摘んだ。
それを口に入れると、目を瞬いて私を見るからその様子に私も微笑んでしまう。


「ん、うまい。優しい味だね」

『ふふ、良かったです』

「なんていうか、セラみたいな味がする」

『もう、それどんな味なんですか』

「はは、なんてね。でも本当においしいよ。ありがとう」


前に千ちゃんが言っていた。
女の子は二番目に好きな人と一緒になることが一番幸せだという説があるって。
それは少し失礼な言い回しではあるのものの、自分が追いかけるより大きい愛情で包んで貰える方が女の子は幸せを感じるという意味らしい。
ふとそんな話をしたことを頭の片隅で考えながら、私が作った花型のお菓子を嬉しそうに眺めている薫様の横顔を見つめる。
早く気持ちに応えたいと思う反面で、総司以上に誰かを強く想うことはもう出来ない気がしていた。



それから数日はあっという間で、ついに宮廷に出向く日がやってきた。
昨晩あまり眠れなかった私は、何度も自分の気持ちを落ち着かせ、今日は総司と何を話すべきかずっと考えていた。
その結果、総司の今の気持ちを正直に聞くことが出来ればそれで十分だという結論に落ち着いた。
そしてこの関係を終わらせたその後は、今まで沢山愛情をくれた総司に感謝の気持ちを伝えたい。
総司が千鶴様と一緒になることを、笑顔で祝福してあげたい。
それが最後に総司のために出来る、精一杯の強がりであり、想いの形だと思った。



「セラ、よく来たね」


豪華な宮廷はこれで二回目だというのに、その偉大さには思わず少し気後れしてしまう。
けれど薫様がわざわざ城門まで出迎えてくれたから、少し緊張もほぐれた気がしていた。


『薫様、今日はお招き頂きありがとうございます』

「俺もセラに会えて嬉しいよ。今部屋に案内するね」


宮廷の中は相変わらず長い廊下ばかりで迷子になりそう。
天井も高くて、目線だけはきょろきょろ色々なところを彷徨ってしまった。


『ここのお部屋の扉は随分豪華なんですね』

「ああ、そこは大広間だよ。ここで舞踏会も開けるし催し物が開かれたりもする。セラもデビュタントを迎えたら、来ることになるんじゃない?」

『ふふ、まだ実感が湧きません』


大広間の扉を通り過ぎて、左側に曲がって暫く行くと、そのうちの一つの扉が開いている。
お茶会などで使われそうなシンプルなお部屋に案内して頂いた私は、お礼を告げて中へと足を踏み入れた。
調度品のセンスも良く、ふかふかのソファーに腰掛ければまた少し緊張してしまった。


「沖田を呼んでくるから待ってて。まだあと少しかかると思うんだ」

『分かりました。ありがとうございます』

「あ、沖田との話が終わったら俺の相手も少ししてくれる?」

『はい、薫様にお時間があれば是非』

「良かった。じゃあ待ってて」


にこやかに部屋を出て行く薫様に微笑んで、緊張を紛らわそうと大きく深呼吸する。
今日は泣かない、絶対泣かない……そんな暗示を何回も自分にかけて強くなろうと思っていた。
テーブルには綺麗に並べられたお菓子や紅茶が用意されていて、私は持参したお茶菓子を薫様に渡し忘れていたことに今更気がついた。


『どうしよう……』


きっと、緊張し過ぎて忘れてしまったんだ。
後で渡しても薫様は何も気になさらないだろうけど、マナー的には帰り際に渡すことは躊躇われた。
もしかしたらまだ直ぐ近くにいらっしゃるかもしれないと、部屋をそっと出て廊下を見渡す。
すると曲がり角の先に薫様がいて、護衛の方とお話していたので私の口元は弧を描いた。


「大広間のしかけ、ちゃんとなってるよね?」

「はい。再度確認したので間違いなく作動致します」

「ご苦労。さあ、沖田がどちらの選択をするのか楽しみだね」


そう言った薫様の横顔が見えたけど、その笑みはとても冷たいものだった。
いつも私に向けてくれた笑顔とも、最初の頃の意地悪な笑顔とも違う。
まるで千鶴様が私を陥れる時に見せる笑みのようなものだった。
だから私の足は思わず止まり、再び曲がり角に身を潜める。
何故隠れてしまったのかは分からなかったけど、今の薫様に話しかけるのは躊躇われてしまった。


「そういえば、シャンデリアは念の為新しいものを準備しておいて」

「はい、かしこまりました」

「さすがに、あれがないままだと体裁が良くないからね」


お二人の会話をぼんやり聞きながら、数秒後にはとぼとぼと一人で元いた部屋に戻る。
そして今見た薫様の冷たい笑みを思い出していた。


『気のせい……かな……』


千鶴様と双子の筈なのに二人の性格は全然違った。
それは当たり前のことだと思っていたけど、千鶴様に比べて薫様は随分穏やかで優しい方だと、その差には不思議な気持ちを抱いていた。
何故なら同じ環境で育って、どうしてそこまで性格に違いが出るのか正直少し引っかかることでもあったから。
もしかしたら薫様にも私がまだ知らない一面があるのかもしれないなんて、良くないことを考えてしまった。


『ううん、まさか』


やめよう、こんなことを考えるのは良くない。
薫様は私のためにいつも沢山考えて優しくしてくださる。
今日だってこうして総司と話す機会を作ってくれたし、とても親切にしてくれている。

でもここに来てふと思い出したのは、出会ったばかりの頃の千鶴様のこと。
自ら手紙を届けてくれたり、お見舞いに来てくれたり、お菓子作りに誘ってくれたり……千鶴様も最初はとても優しくて親切だった。


『…………』


よく分からないざわめきが胸の中に広がる。
そして今しがた聞いた薫様の言葉を再び思い出していた。
大広間のしかけ、そして何かの選択……。
それは何の話なのだろうと眉を顰めていると、ドアがノックされ千鶴様が入ってきた。


『千鶴様……』


千鶴様とはあの日以来、言葉を交わしていなかった。
つい身構えてしまいながらも、私はその場で立ち上がるなり彼女に丁寧な挨拶をした。


「そんなにかしこまらないで?少しセラさんとお話がしたくて顔を出しただけですから」


今日の千鶴様は機嫌が良さそうだから思わず少し安堵の息を吐く。
「おかけになって」という言葉通りソファに再び座り、私の目の前に彼女も腰掛けた。


「今日は総司さんとお話するのですよね」

『はい……。無理を言ってしまい申し訳ありません』

「いいのですよ。きちんとお話をすることはとても大切ですものね」


千鶴様の笑みがあまりにも落ち着いていて、逆にまた私を不安にさせる。
嫌な予感というものがあるとしたら、今が正にそのような感覚だった。


『あの……総司は今任務中か何かでしょうか?』

「いいえ?今日はセラさんが来るので任務は入っていない筈ですよ」

『そうなんですね、では今どこに?』

「ふふ、そんなに早く会いたいのですか?」

『あ、いえ……ただ何をしているのかなと思いまして。近衛騎士のお仕事内容が少し気になってしまっただけです』

「そうですか。ではその話も総司さんとされてみてはいぎです?恐らく今、薫が呼びに行っているのではないでしょうか」


王太子ともあろう方が近衛騎士を自ら呼びに行くものだろうかと考える。
護衛や従者に頼まないことにも、少し引っ掛かりを感じた。


『わざわざ薫様が総司の自室まで呼びに行ってくださってるのですか?』

「いえ、総司さんには大広間で待機して頂いている筈ですよ」

『大広間……?』

「はい。きっと直ぐに来ると思います」


どうして大広間に……?
宮廷の大広間は、基本何かの催し物がある時以外は開放されない印象が強かった。
騎士を待たせる場所として使うことにも違和感を感じてしまうから、思わず黙り込んでしまった。
それにどうしても気になってしまう、あの薫様の笑顔。
大広間のしかけという言葉にも引っ掛かりを感じて、私は思わず立ち上がっていた。


「セラさん?どうかされました?」

『ごめんなさい。私少し失礼いたします』

「お手洗いですか?」


千鶴様の言葉に答えないまま頭を下げて、私は急いで部屋を出る。
少し慌てた様子で私の名前を呼ぶ千鶴様の声がしたけど、私の足は止まらなかった。
本来なら走ることなんてもってのほかである王城の廊下を、躊躇わずに走って行く。
そして無礼承知で先程薫様に教えて頂いた大広間の扉に手をかけ、音を立てないように僅かに開いた。


『総司……?』


広い大広間。
舞踏会の名残が僅かに残ったその場所は、とても広く素晴らしい空間だった。
煌びやかな装飾の施された天井には、大きなシャンデリアがいくつも吊るされ、無数の燭台が灯っている。
その一角で、総司と薫様は向かい合い、張り詰めた空気の中で何かを話している様子だった。

邪魔をしてはいけないのかもしれない。
そう思いながらも、総司の表情から目を離すことが出来なかった。
いつもよりもずっと苦しそうで、追い詰められているように見えるその顔。
向かい合う薫様の瞳は、感情を抑え込んだ静けさを湛えていて、まるで総司の心の奥を測ろうとしているみたいだった。

耳を澄ませてみても、距離があるせいで言葉までは届かない。
けれど総司の様子が気になって、私は唇をきつく結んだまま、二人に気付かれないようそっと歩み寄っていた。

でもその時だった。
天井の方からかすかな金属音が響いた気がして、私の身体が一瞬で強張る。

大広間、しかけ、シャンデリア。
ばらばらだった言葉が頭の中で繋がり、嫌な予感は、すぐに確信へと変わった。
顔を上げると、高く吊るされたシャンデリアの一つが、不自然に揺れているのが見えた。
そして、その真下にいるのは総司。

あれはきっと、もう落ちる。
そう理解した瞬間、考えるよりも早く私は総司の元へと走り出していた。

総司を護らないと……それだけが、頭の中にあった。
総司が無事でいてくれるなら、それでいい。
総司が笑って幸せに生きてくれるなら、私はそれで。


『総司っ……』


声を絞り出すように名前を呼び、私は力の限り総司の身体を突き飛ばした。
その一瞬、私の視界に映ったのは、驚きに見開かれた総司の瞳だった。

こんな時なのに、私は思ってしまう。
最後に見ることが出来たのが、総司の姿でよかった。
やっぱり私は、総司が大好き。
そうはっきりと心に想いながら、彼を想うこの気持ちをこの胸の中に満たしていた。

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