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セラが宮廷に来るという日。
僕は朝から落ち着かない心情のまま、ただその時が来るのを待っていた。
何から話すべきか、どう誤解を解こうか、あれから幾度となく考えた。
何が最善かは分からないままだけど、一番大切なのは自分の気持ちを伝えてセラをこの腕に抱き締めてあげることだ。
そしてセラの疑問に答えながら、嘘偽りなく全てを話したい。
ここでの一年半という月日を僕がどのように過ごしてきたのか、正直に伝えたいと思っていた。


午後になり、僕は指示通りに城の一階へと降りていく。
すると僕を待ち受けるように王太子が現れ、意図の読めない笑みを浮かべていた。


「沖田、待ってたよ」


この男が何を企んでいるのか、僕は知る由もない。
ただこれ以上セラに何かをするようであれば、自分の身を犠牲にしてでもこいつを止めようと考えていた。

王太子と共に入った部屋は大広間だった。
見たところ誰もいないその場所は妙に涼しくて、先を歩く王太子の後ろを意味が分からないままついて行った。


「ここでセラと話すんですか?」


違和感を覚えた。
以前用意されたマジックミラーの部屋よりかは幾分かはマシではあるものの、こんな広い場所では落ち着かない。
そもそも二人で話す部屋として利用する場所ではないからこそ、怪訝に思いながら声を掛けていた。


「いや、セラは別の部屋で待機してもらってるよ。ただ俺からお前に話があってね」

「何です?話って」

「お前に選択をして貰いたい」


大広間の中でも取り分け大きいシャンデリアが視界に入るその場所で、王太子は足を止める。
僕も自然とそこで立ち止まり、ただ王太子の言葉を待っていた。


「この数日でお前は色々と考えただろうね、セラと何を話すか」

「ええ、勿論考えましたよ」

「きっとお前は今までのこと全てを話してセラの誤解を解くつもりでいるだろうけど、それでその後お前はどうするの?」

「どうするって、どう意味です?」

「誤解を解いて気持ちを伝えたら、セラは喜ぶだろうね。でもお前が千鶴の近衛騎士であることには変わりはない。セラとの未来なんてないんだよ。それなのにまたあいつに期待を持たせて縛り付けて、将来的にどうしたいの?」


嫌な質問だと思った。
この前王女からも僕が自由になる可能性は低いという話を聞いたけど、結局僕が縛られている身であることは変わらない事実だからだ。


「先のことはまだ分かりません。ですがそれを理由に諦めることはしたくないんですよ」

「つまり、お前はセラの幸せより自分の欲求を優先させたいの?」

「セラは僕といる未来を望んでくれている筈です。だから僕も出来る限りのことはしたいだけです」

「お前にできることなんて最初からたかが知れているんだよ。だから、お前にはセラを諦めてもらいたい。セラは今日、お前の口から別れを告げられることで前に進もうと思ってるんだ。だから余計な話はせず、あいつの幸せのために身を引いてくれないか?」


直球で言われた言葉に眉を顰めてしまったのは、僕の中には全くなかった選択肢を提示されたからだった。


「僕に気持ちを偽れと言うんですか?」

「ああ。そうすることでセラは辛い想いをするかもしれないが、それは所詮一時的なものだ。セラのことは俺が支えるし、お前といるより俺といた方が幸せになれる。長い目で見ればどちらの方がいいかなんて、お前だってわかるだろ?」

「最もらしい言い方をしてますけど、ただ単に自分のしてきたことをセラに知られたくないだけですよね」

「俺はただセラを悲しませたくないんだ。お前といるとセラは辛い思いをする。俺が何度、あいつの辛そうな顔を見てきたと思ってるの?」

「それは全て殿下や王女殿下がそうなるように仕向けたからですよ」

「いや、違うよ沖田。お前に抗う力がないからだ。結局いくら吠えようがお前は俺に勝てない」

「はは、また権力や立場で僕をねじ伏せる気ですか?」

「仕方ないだろ。これも世界が認めた戦い方の一つだ」


悪びれた様子もなく、王太子は微笑みを浮かべている。
でもその瞳には計算された光が宿っているように見えた。


「先程殿下は、選択をしろと仰いましたよね。つまり僕がどちらを選択しても構わないということですか?」

「ああ。どちらでも構わないよ。ただお前が全てを話すなら俺はセラに王命を下す。沖田を好きなまま、俺の妃になれってね」


その言葉を聞いて、胸の奥に焼けるような痛みが走る。
結局こいつは僕達を引き裂くつもりなのかと知ったからこそ、拳をきつく握りしめていた。


「……最低ですね。そんなやり方でセラの心は手に入りませんよ」

「たとえそうだとしても、お前に取られるよりかはマシだ。俺は絶対にあいつを諦めない」

「殿下なら女の子なんて選びたい放題ですよね。何故セラなんです?」

「なんでだろうね。最初の頃は、散々傷つけられてもずっとお前を想ってるあいつをただの馬鹿な奴だと思ってたんだけどさ。一緒に過ごすうちに、俺もあいつに本気で想われてみたいと思ったんだ。あの瞳が俺だけに向けられたらさぞ幸せなんだろうって、そう思ったんだよ」


王太子の瞳がわずかに和らいで細められた。
飾り気のないその視線からは、冗談や戯れではない、本気の想いが否応なく伝わってきて、胸の奥がざわついた。

王女もそうだけど、この二人は根っこのところで愛情に飢えている。
それがはっきりとわかってしまうのは、たぶん僕自身にも似たような欠けた部分があるからだ。

だからこそ、セラの持つ陽だまりみたいなあたたかさにどうしようもなく惹かれてしまう。
求めているつもりはなくても、気づけば手を伸ばしてしまうほどに、僕はあの子を想うことをどうしてもやめられないんだ。


「だから俺とセラのために、お前は諦めてくれ。そうすれば俺はセラに何もしない。セラを幸せにすると約束するよ。あいつの心が俺に向くのを待って、それから婚約する。結婚したら側室も迎えず、セラだけを大切にするつもりだ」

「そんな言葉、信じられませんよ。散々あの子を騙してきた人がよく言えますね」

「俺は千鶴と違ってセラを傷付けることは何一つしていない。セラの人生にお前は邪魔なだけだから排除してあげようとしただけさ」

「結局セラの気持ちを無視してるだけじゃないですか。それでよくセラを幸せにするだなんだって言えますよ」

「それは俺の台詞だよ。セラの幸せを本気で願うなら、お前はここで身を引くべきだ」


どちらを選んでもセラの幸せを奪うことになる。
僕を見つめるあの瞳を思い出せば、これ以上悲しませたくはないとも思う。
でも全て捻じ曲げられたままこんな風に終わるために、僕はこの気持ちを温めてきたわけじゃない。
こんな日を迎えるためにセラを護り続けてきたわけではないと、王太子に鋭い眼差しを向けていた。


「さあ、選んで貰うよ。お前がセラを諦めてセラのために身を引くのか。想いを伝えて俺の手で引き裂かれるのか」


諦める?
そんなこと出来る筈がない。
だって僕は約束したんだ、セラが望んでくれる限り傍にいるって。
どんなに引き離されたとしても、心は決して変わらない。
こいつの思惑通りに動いては駄目だと、意を決して口を開いた。


「僕は自分の気持ちに嘘はつけません。セラにも嘘はつきたくないです」

「それがお前の答え?」

「はい。何度聞かれても変わりません。僕は真実を話しますよ」

「そうか、やっぱりお前はその選択をするんだね。残念だよ」

「そろそろセラのところに案内して貰えませんか?早く話したいんで」

「ああ、セラと話せばいい。話せるならね」


王太子の双眸が細められ、口元には笑みが浮かぶ。
その表情や言葉に眉を寄せた時、耳に届いたのは聞き慣れた愛しい声。


『総司っ……』


セラの声が耳に届くと同時に、僕の身体は何か強い力で突き飛ばされていた。
背中を冷たい床に打ち付け、目の前で何が起きたのか分からず目を瞬かせた。
でも目の前にはセラの顔。
必死で僕を見つめているその瞳には、どんな危険が迫っているのか全てを理解している覚悟が宿って見えた。


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