4
朝の柔らかな光が、カーテン越しにそっと部屋に差し込んでくる。
まだほんのりと薄暗い寝室の中で、僕は目を覚ました。
横を見ると、セラはまだ眠っている。
胸のあたりで指を重ねるようにして眠る姿はあまりに無防備で、あどけなくも見えるその寝顔に思わず頬を緩めた。
「可愛いな」
目を閉じている姿は、まるで愛らしい人形のようだ。
長いまつ毛にきめ細やかな白い肌、形の良い唇は僕なんかよりずっと赤くて、思わず唇を寄せたくなる。
動いていないと若干心配になるけど、耳を澄ませば穏やかな寝息が聞こえてくるから、僕の口元には笑みがこぼれた。
昨晩のことが、どうしても頭から離れない。
「もっと……」と甘く震えた声、恥ずかしさを堪えるように伏せた瞳。
それでも真っ直ぐ僕に向けてくれた気持ちは、愛おしさを通り越して胸が痛くなるほどだった。
自分からあんな風にキスをねだるなんて、今までのセラにはなかったことだった。
頬を真っ赤に染めながら、それでも僕の首に腕を回してくれて、僕の想いに一生懸命応えようとしてくれた。
どれほどセラの気持ちが募っていたのか、どれだけ僕を求めてくれていたのか……そのすべてが触れ合った一瞬一瞬に伝わってきて、僕はただ幸せで息が詰まるほどだった。
だからなのか、こうしてセラの隣にいるだけで、何度もその場面が頭の中で再生される。
セラの小さな唇も、あの柔らかく甘い吐息も、首筋に回された華奢な腕のぬくもりも。
思い出すたび、身体の奥からじわじわと熱が込み上げてくるようだった。
「……僕って、こんなに我慢弱かったっけ……」
誰に聞かせるでもなく、そう呟いて額に手を当てる。
こんなにも一人の人を想って、こんなにも求めたことなんて一度もなかった。
僕の心だけじゃなく、身体も呼吸も思考でさえ、すべてがこの子一色で満たされている。
もう僕のどこを切り取っても、きっとセラ以外のものなんて残ってないと言い切れるほどだった。
やっぱり僕は、セラが好きでたまらない。
この世界ではセラを苦しませないように、今度こそ護り抜けるように、僕は今までよりもっと強くならなければならない。
それに昨晩だけでは伝えきれてない想いが、まだ心の奥に山ほどある。
だから、今日もまた伝えよう。
どれほど君が大好きで、どれほど君のことが大切なのか。
『んん……、ん……』
「ははっ……」
『……んぅ……』
セラは僕に擦り寄ってくるなり仔犬のように高い声で鳴いているから、その愛らしい様子をずっと見ていたくなる。
思わず撫でた細い肩は僕が少し力を入れたら砕けてしまいそうで、こんなにも頼りない身で僕を護ってくれたことを実感すれば、いくらこうしてまた会えたとしても胸の痛みがなくなることはなかった。
前にいた世界ではセラ自身が誰かに殺意を持たれたわけではないけど、どうしたって不安になる。
今回こそセラを護れるよう、僕はこの子の傍から離れない。
そのためにも、今まで以上にセラを大切にしようと心に決めた。
『そ……じ……』
僕の名前を呟く声が悲しそうなものに聞こえて、その寝顔を見守る。
するとセラの目尻からは涙がこぼれ落ち、また胸が苦しくなった。
眠りながらも
泣き出してしまうセラは、以前までのように前の世界での記憶を夢として見てしまっているのかもしれない。
ぽろぽろと溢れてくる涙を目の前にしたら、僕の手は伸ばされ、セラの頬の涙を拭っていた。
「……セラ、起きて」
『……ん……』
「朝だよ」
まだ幾分か早いけど、頭に乗せた手がセラの髪を撫でると、涙に濡れた瞳が開かれた。
『総司……?』
「おはよ」
僕を見つめて顔をふにゃりと歪ませたセラは、僕の胸にすり寄ってくるなり僕の背中に手を回す。
そのまましくしく泣き始めるから、多分まだ寝ぼけているのだろう。
そっと小さな身体を抱き寄せて、その背中を撫でた。
「どうしたの?怖い夢でも見た?」
『うん……』
「どんな夢?」
『言いたくない……』
直ぐに返事は返ってきたものの、少し拗ねたような口振りでセラはそう言った。
「知ってる?悪い夢って人に話した方が現実では起こらないんだって」
『そうなの……?』
「そうだよ。だから僕で良ければ話してよ」
セラはまだ少しぼんやりしながら、虚な瞳で瞬きを数度する。
夢を思い出しているのか、その間はずっと僕を見ることもしなかった。
『総司に……大切な人が出来ちゃったの……』
「セラのことじゃなくて?」
『……うん……』
いつも回帰したばかり頃、セラはこうして前の世界のことを夢で見ている。
けれどそれは決してただの夢ではないから、セラの心に負担がかかっているようにも感じられた。
もしこのまま回帰を繰り返し続けたら、セラはいつかその苦しみを抱えきれなくなってしまうかもしれない。
そう危惧してしまうくらいセラの死に方や辿ってきた道は、どれも決して穏やかとは言えないものだった。
「大丈夫だよ。僕はセラ以上に大切に思える人なんてできないから」
回帰を繰り返して分かったことは、セラは決して僕を問い詰めたり責めたりはしてこない。
どんなに悲しくて、不安に思っていたとしても、ただ黙ってぐっと我慢してしまう子だということがよく分かった。
それに自分で戦おうとする心の強さはあるものの、決して強いわけじゃない。
僕からしたら頼りなくてか弱い、たった一人の大切な女の子だ。
「セラ」
いまだにぼんやりしたままのセラを現実に引き戻したくてその名前を呼ぶ。
ようやく視線がぶつかったから、僕は彼女に微笑みを向けた。
「セラが一番大好きだよ。この命を懸けたっていいくらいにね」
『私も総司が一番大好き。私も命を懸けてもいいよ』
良かった、ようやく笑ってくれたとその頬を撫でる。
すると嬉しそうに顔を綻ばせるから、その愛らしい笑顔に骨抜きになりそうだ。
「僕の気持ちは変わることはないけど、仮にもし裏切ったら僕を殺していいよ」
『そんなことできるわけないでしょ。怖いこと言わないで』
「本気なんだけどね」
『でも総司と戦ったら私の方が負けちゃうよ。私が殺されちゃいそう』
「その言い方は酷いな。僕が君を殺すと思うの?」
『分からないよ?』
「そんなこと出来る筈がないでしょ。君を護りたいからここまで強くなったのにさ」
剣術や体術、その他のことも全てセラの傍にいる為に努力してきた。
困った時は、真っ先にこの子を支えてあげられる存在になりたかった。
でも今はもっと欲張りになって、どんな時でもセラの心の一番大切なところに僕を置いて欲しいと思っている。
なぜなら僕の心は、全てセラで染まっているからだ。
『でも私は他の人に殺されるくらいなら総司に殺されたいけどね』
「何を馬鹿なこと言ってるのさ。そんな日は来ないよ」
『例えばの話だよ。勿論私は総司と一緒に生きたいよ。生きて大人になって、いつか総司のお嫁さんになりたい』
僕の反応を窺うように上目で僕を見つめた後、少し照れた様子でえへへと笑っている。
その様子が可愛すぎて、僕の体温はまた少し上がったような気がした。
「そんな可愛いことを言われると困るな」
不意打ちの言葉には、不覚にも心臓が少し跳ねた。
でもセラはあどけない笑顔のまま僕を見つめていた。
『だって本当のことだもん』
「そんなことを言われたら、僕は凄く期待しちゃうんだけど?」
僕の視線を受けて、くすくす笑ったセラの頬がじわりと赤く染まっていった。
照れ隠しのように毛先を指先で遊ぶ仕草さえ愛らしくて、ずっと見つめていたくなる。
その手を取り指先にキスをしてセラとの距離を詰めると、その目は少し見開かれた。
「責任取ってくれるの?僕のお嫁さんになりたいって言ったからには、その覚悟はできてるんだよね」
『覚悟ってどんな?』
「もう僕から逃げられないよってこと。本当に僕のものになってくれる?」
『うん、なるよ』
「嬉しいな。じゃあ僕はもう、君を好きにしていいってことだよね」
指先で頬を撫でるように触れてそう言ってみると、セラの瞳は大きく揺れた。
困らせるつもりはなかったけど、こうして僕のことで戸惑う姿が見られるのは嬉しいからやめられない。
『そういう意味じゃなくて……』
「ふうん?じゃあ、どういう意味?」
『ずっと傍にいたいっていう意味だよ』
「傍にいたいだけ?」
『うん……?』
「僕はそれだけじゃ足りないな」
セラを引き寄せ、小さな耳に唇を寄せる。
そのまま首筋にもキスを落として綺麗な肌を舌先でぺろりと舐めてしまえば、セラの身体は面白いくらい反応を見せた。
『やっ……、総司……』
「君はもう僕のものなんだから遠慮しなくてもいいよね」
『で、でも待って……』
「ん?何を?」
セラに覆い被さり、今度は鎖骨の部分に唇を滑らせる。
薄い布越しに腰を撫でると、セラは慌てた様子で僕の胸を少し押した。
『待って、今はまだ朝だし……』
「じゃあ夜ならいいの?」
『違くて、心の準備が……』
「そっか、準備ができたらいいんだね。明日にはできそう?」
『そ、そういう意味じゃないよっ……』
「じゃあ、どういう意味?」
意地悪く問い詰めるとセラは涙目になりながら僕をじっと見上げている。
その様子が可愛くて仕方なくて、我慢ならずに吹き出してしまった。
「あっはは、凄い泣きそうになってる」
『……総司がいじわる……』
「セラが可愛い過ぎるからいけないんだよ。それに、僕のものになってくれる?って聞いたらうんって言ったし」
『そうかもしれないけど……』
「取り消せないよ」
にっこり笑ってそう告げて、セラの指に自分のを絡める。
指先で柔らかな感触を楽しみながら、セラの耳元に唇を寄せた。
「ねえ……好きにしていいって、どこまで許してくれるの?」
セラは僅かにぴくっと肩を震わせると、ぎゅっと目を瞑った。
反応全てが可愛いくて面白過ぎるから、その余裕のなさそうな姿をもっと見てみたくなった。
「セラが許可してくれたんだから、僕が触っても怒らないよね」
『だけど、そういうのは緊張しちゃうから……』
「僕だって緊張するよ」
『絶対嘘だよ、総司は全然平気そう』
「嘘じゃないってば」
握っていた手を僕の胸にそっと押し当てて、心音を感じさせる。
少なからず僕だってセラとこうして過ごす時は鼓動を早くさせてしまうから、セラも少しばかり目を瞬いていた。
「ドキドキしてる?」
『うん……』
「こうなるのは、君のせいだよ」
じっとセラを見つめると、セラは更に顔を赤くして視線を逸らした。
「ねえ、どうして目を逸らすの?君が僕のお嫁さんになりたいって言ってくれたの、すごく嬉しかったんだけど」
『それは本当だよ?』
「じゃあ僕のこと、そんなに好き?」
『うん、好き』
「どのくらい?」
『すごく……?』
「すごくって?」
『とっても、世界で一番』
「じゃあ口だけじゃなくて、僕に世界で一番好きって行動で伝えてよ」
セラは一瞬きょとんとした後、困った様子で眉尻を下げた。
『どうすればいいの?』
「だからね、僕ばかりじゃなくてたまにはセラの方からキスとかしてほしいってこと」
『それは恥ずかしいよ……』
「なんでさ。だめ?」
僕がじっと見つめると、またその視線が彷徨うように逸らされる。
暫く迷っている様子だったけど、意を決したようにそっと僕の頬に唇を寄せた。
たったそれだけなのに、胸の奥が甘く痺れるような感覚に包まれる。
「なんか狡いよね。そんな可愛いキスだけで済ませようとして」
セラは甘えるような視線を向けて、照れくさそうに笑っている。
僕は逆にもっと触れたくなったから、柔らかい唇に触れるだけの口付けを落とした。
一度離れれば、セラは無意識だろうけど強請るような潤んだ瞳で僕を見つめていて。
そんな可愛い顔を見せられたら我慢出来るわけもなく、後頭部を支えて今度は深くキスをした。
柔らかく舌を絡めてセラの甘い吐息を感じながら、セラの温もりを堪能する。
離れた瞬間、セラの呼吸は少し乱れ、瞳はより潤んでいた。
「この続きはいつにする?」
『続きは……』
「ていうより、セラはどんなことをするのかちゃんと分かってるの?」
『多分……?』
「はは、怪しいな。でもまあ、また近いうちここに来るから、その時に続き……しようか」
最初はただこうして過ごすことで、セラが悲しい出来事を少しでも忘れてくれればいいと思っていた。
でも可愛い反応を見たら僕の方が止まらなくなって、目の前のセラは今はもう顔が真っ赤だ。
耳や肩を撫でるだけで若干怯えてるし、本当に襲いたくなってくる。
そろそろやめてあげようと思っていても、セラを見ると再び加虐心が湧き上がるから、セラの耳元で囁いた。
「……やっぱり、このまま襲っちゃおうかな」
『……やあ……』
「もう我慢出来ないかも」
冗談混じりに言った言葉は、半分が本音だった。
でも手首を拘束して動けないようにすると、危険を察知したかの様にセラは瞳を大きく揺らした。
僕の腕の中で、小さく震えてるセラのどうにか逃れようとする弱々しい仕草が僕の理性を削る程愛らしくて、僕の中の独占欲が更に疼いた。
「ははっ、冗談だからそんなに怯えないで」
『どこから冗談だったの……?』
「さあ、どこからだろうね」
『もう、酷いよ……ドキドキし過ぎて心臓が壊れちゃうかと思った……』
「じゃあもっとドキドキさせてあげる」
そっとセラの顎を上げ、そのまま唇を重ねる。
最初は優しく、それからじわじわと深く口内を堪能した。
『……ん、……ぁ……』
セラが僕の服を掴み息を詰まらせるのを感じながら、舌を絡める。
その甘い味に僕の方がもうとっくに溺れていた。
顔を離した時の僕を見つめる顔は、他の誰にも見せたくない。
ずっと僕だけのものでいて欲しいと切に思った。
「顔真っ赤だよ、ほんとに可愛いよね」
『……も、もうやだよ。本当にやめて……』
「大丈夫だよ。セラのことは大切にするし無理強いはしないから」
『それ本当なの……?』
「うん。これからはゆっくり少しずつ、触らせて貰うね?」
耳元でそう言ってみたらセラの顔はまた真っ赤に染まるから笑ってしまうけど、こんなやり取りが出来る今が幸せだ。
セラを抱き締め軽く額にキスを落とし、僕はベッドから出た。
「さてと、僕はそろそろ自分の部屋に戻らないといけないかな。セラはもう少し寝てなよ」
離れたくないけど仕方ない。
今は少しでも強くなるべくこの身を鍛えるのみだ。
恥ずかしそうにしながら僕を見つめるセラに微笑みを向けて、部屋から出るため窓ガラスに手をかけた。
でも背中に軽い重みがぶつかって、思わず後ろを振り返る。
すると僕のところに走り寄ってきてくれたセラが、僕の肩に手を置き背伸びをして、そっと僕の唇にキスをした。
『総司のこと応援してるね。あと、また庭園で待ってる』
今のは正直、可愛すぎて狡いと思う。
セラから離れることを辛く感じてしまうけど、一晩でだいぶ元気を貰った。
セラを再び抱きしめて、僕からも触れるだけのキスを落とした。
「ありがとう。また庭園に行くよ」
『うん……』
「あと、多分またここにも来ちゃうかもね」
『ふふ』
「セラ、大好きだよ」
本当に大好きだよ。
何度伝えても伝えた瞬間から溢れてくるこの想いは、自分でも持て余してしまうくらいだ。
でもこの想いが胸にあるから、僕は自分でも驚くくらい頑張れる。
だから今日もこの子との未来を護るため、僕はどんな努力も重ねていこうとセラに向かって微笑みを向けた。
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