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学院への入学が近づいてきている今日この頃。
総司が前まで以上に優しくなった。
元々優しくしてもらっていたけど、何て言えばいいのか……以前より輪をかけて甘やかされている感じがする。
この前は少し擦りむいただけで、抱き上げられたまま医務室に運ばれたし。
今日は私のために、街で人気だと言われているお菓子を買ってきてくれていた。
「はい、食べて。あーん」
総司の指先で摘まれたお菓子は、真っ白なシュクルリュン。
シュクルはお砂糖で、リュンはフランス語で月という意味。
ふわふわのマシュマロのようなお菓子で、ほんのりバニラやベリーの香りがして、口に入れるとすぐに溶けると評判のお菓子だ。
『ありがとう。でも、自分で食べられるよ?』
「どうして?僕から食べさせて貰うのは嫌なの?」
『そうじゃないけど、恥ずかしいもん』
「ここなら誰にも見られないから大丈夫だよ。ほら、食べて」
庭園の低木に覆われたこの場所は、ここ最近はすっかり私達の密会場所になっている。
綺麗な芝生の上にくっついて座る私達は、ここで会うほんの少し時間を大切にしていた。
『じゃあ……いただきます』
今日も三十分後にはレッスンがあるし、総司も任務に出なければならないらしい。
総司と会えたのは数日ぶりだったこともあり、私は素直にそれを食べた。
『ん……、甘くてとってもおいしい』
総司が食べさせてくれたから、二倍おいしい。
幸せだなって思っていると、私をじっと見つめる総司の視線に気付いた。
『あ、総司にも食べさせてあげるね』
すっかり総司のことを忘れて、自分だけ幸せに浸かっていた。
可愛い箱に並ぶシュクルリュンに指を伸ばしたけど、私が取ろうとしたピンク色のそれは先に総司に取られてしまった。
「こっちの味も食べてみなよ」
『でも折角総司が買ってきてくれたのに、まだ総司が食べてないよ』
「僕も食べるから大丈夫だよ。だから食べて」
総司はいつも私を優先させてくれる上、私が素直に甘えると嬉しそうに微笑んでくれる。
自分がわがままなお姫様になってしまったみたいで少し落ち着かない気持ちになるけど、総司が私を見て笑ってくれるから、最近は総司に甘えるのが心地良い。
木漏れ日の下の優しい眼差しに微笑みを向けて、総司に与えられるまま二つ目を食べた。
「ベリーもおいしい?」
『うん、とってもおいしい。こっちの方が私は好きかも』
「じゃあさ、僕にも味見させて」
勿論と頷くと、総司の腕に引き寄せられて目を見開いた時には唇が重なっていた。
頬に添えられた手が私をしっかりと掴み、唇を割って柔らかい総司の舌が入ってくる。
口の中のシュクリュルンはそっと絡め取られて、甘さと総司の熱が混ざり合って頭がうまく働かなくなってしまった。
『……んぅ……』
総司の舌が今度は私の中を味わうように、ゆっくり私の舌に絡められる。
もう甘さは殆どなくなっているのに、総司はキスを止めようとはしなかった。
執拗に絡められ口の中を翻弄される度、最近私の身体は熱く火照っておかしくなる。
『っん……総司……』
「セラの口の中、甘いね」
『それはシュクリュルンが……』
そう言いかけたけど、甘いのはそれだけじゃない。
総司の舌の絡め方や唇の重ね方、私の頬や耳を撫でる総司の触れ方全てが私の頭をふわふわにしてしまう。
前々から思っていたけど、正直とても慣れているように感じてしまうから、不意に胸が苦しくなった。
『総司は……こういうキスのしかた……どこで覚えてくるの……?』
ふと浮かんだ疑問を思わず口にしてしまった。
総司は総司でぴたりと動きを止めて、そんなことを言われるなんてまるで予想していなかったというような顔をしている。
「ん?」
『だって……すごく慣れてるみたいで……』
「いや、慣れてないよ」
『……私とが初めてじゃ……ない……?』
「え?ちょっと待って……」
軽く目を見開いた後、困ったように眉を下げて、少し慌てた様子で私の肩を優しく掴んだ。
「違うよ、セラにしかしてないからね」
『……本当?』
「本当だよ、当たり前じゃない。僕のこと、信じられない?」
総司のことは信じているけど、夢で見た他の人とキスをしている総司を思い出して、少し涙目になってしまったから、総司の表情が一度固まる。
悲しい顔は見せたくなくて懸命に涙を堪えていたけど、総司は私の不安な心情を理解してくれたのか、ただ優しく手を握ってくれた。
「セラのことが好きだから、もっと触れたくなるんだよ。だから自然にそうなっちゃうだけで、僕は君以外の誰ともこんなことはしないし、セラにしかしたくない。それは本当だから、信じて」
総司にしては珍しく頬を染めながら、真っ直ぐに私を見つめる瞳があまりにも真剣で、胸の奥がぎゅっとなる。
総司の表情やその言葉からその誠実さが伝わってきたから、私は素直に頷いた。
『うん』
「僕はセラのことしか考えてないよ」
『ありがとう……。あと、ごめんね。変なこと聞いて』
「別にいいよ。心配に思うことは聞いて貰った方が僕もいいしね」
私のために今日もこうしてお菓子まで買ってきてくれたのは、総司が私を想ってくれているからこその行動なのに、勝手な想像を膨らませて余計なことを聞いてしまった。
そんな自分が情けなくて、思わず唇をきつく結んでいた。
きっとこの前から頻繁に見るあの夢が原因だけど、それは顔も見えない一人の女の子が私の代わりに総司に大切にされる夢。
やけに現実味を帯びていて、その子に言われた言葉は今でも頭に残ってる。
夢なのに気にして傷付いて、本当に馬鹿みたい……。
「セラ……?」
総司が私の顔を覗き込むように見つめるから、私は咄嗟に笑顔を作る。
それでも総司の眉は下がったままだから、本当に申し訳ないことをしてしまった。
『ごめんね、もう全然気にしてないから』
「大丈夫?なんか元気なくなっちゃったね」
『ううん?そんなことないよ、元気いっぱいだよ』
「そうは見えないけどね」
寂しそうに微笑む総司の顔を見てしまえば、私が今するべきことは無理して笑うことではない気がしてくる。
自分でもこんな感情は嫌だけど、総司には正直に伝えるのが誠意だと思ったから、総司の胸元の服を掴んだ。
『あのね、総司のことは信じてるの。でもたまにどうしても不安になることがあって、ただそれは総司のせいじゃなくて、私が総司のことを好き過ぎるからなの……。総司のことが大好きで……だから自分でも気持ちをどうしていいか分からなくなることがあるから、もしかしたら総司に今みたいに迷惑かけちゃうこともあるかもしれないけど……許してね?』
都合の良いことを言っている自覚があったから、総司の顔は見られなくて俯きながら言った言葉だった。
でも今の私の正直な気持ちだから、総司に聞いて欲しい言葉でもあった。
口に出してからどんな返事が返ってくるのか不安に思っていたけど、総司は返事より先に私をそっと抱きしめて、その後きつく腕に力を込めた。
「今の……凄く嬉しいんだけど、どうすればいいの?」
『え……?』
「セラには不安になって欲しくないし、悲しい想いもさせたくないって思ってるよ。でも僕を想って君がそうやって悩んでくれることは僕としては嬉しいことでもあるからさ……なんて言うか、感無量かな。だから迷惑だなんて絶対思わないし、どんな些細なことでも話して欲しい。セラには一人で抱え込まないで欲しいし、もっと僕を頼って欲しいんだ。そのために僕は君の傍にいるんだよ」
総司は本当に優しい。
ただの表向きの優しさだけでなく、いつも私の心まで気遣ってくれる。
こうして甘えをこぼせば、絶対に否定しないで私を丸ごと受け止めてくれる。
だから私はもっと総司を好きになるし、総司以外を特別に思えなくなる。
『総司、大好き……』
「僕も大好きだよ」
『凄く大好き、ずっと総司のそばにいたい……』
「セラ……」
『総司のこと……本当に大好きなの。私、総司と離れたくない……』
どうしても言いたくて堪らなくて、感情のまま言葉にして総司を抱きしめ返す。
そうしたらようやく少しすっきりしたから、満足した気持ちのまま総司を見上げれば、総司は珍しく少し顔を赤らめていた。
「あのさ……」
『うん?』
「今日は随分好きって言ってくれるんだね、どうしたの?」
『どうしたのって、好きだから好きって言ったんだよ。それにいつも言ってるよね?』
「なんか今のはいつものとは違ったよね」
『え、そうかな……?おかしかった?』
「ううん、ここが外で辛いなって思っただけ」
総司の言っている意味がよく分からなくて首を傾げた私の様子に、総司はくすくす笑い出す。
そして私の髪を優しく撫でてくれると、そっと触れるだけのキスを落とした。
「今日の夜、行ってもいい?」
『いいけど……でも見つからないでね?』
「勿論気をつけるよ。セラに会いに行けなくなるのは嫌だからさ」
一番初めに総司が私の部屋に忍び込んだのは、まだ私達が今より幼くて私が熱を出した夜だった。
あの時は突拍子のない総司の行動に驚いたけど、あれから色々な出来事があって私は総司のことが好きになった。
今では総司がいない毎日が考えられないくらい。
『総司が来てくれるの待ってる。もっと総司と一緒にいたいよ』
目を瞬いた総司は、瞳を細めて嬉しそうに笑ってくれた。
その顔を見たら幸せになれるし、総司への想いがあるから、私は自分でも驚くくらい頑張れる気がした。
そしてこの家の跡取りとして自信が持てるようになったら、総司とのことを周りに認めて貰いたい。
私が誰よりも大切だと思うかけがえのない人だから、一生をかけて総司を大切にしたいと思っていた。
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