6

一日の任務を終えて、その日の疲れをバスルームで流した僕は、部屋を出てセラの部屋に向かう予定だった。
でも今日はその予定が頓挫してしまいそうな雰囲気が出ていて、僕は思わず小さなため息をついた。


「……あー、もう」


騎士団広場の入り口を陣取るようにして騎士団の数人が酒盛りを始めてしまったせいで、僕は全く抜け出せなくなっている。
ここを通らないと騎士団寮の敷地の外へは出られないし、かと言って酒癖の悪いこの人達が僕をこのまま見逃してくれるとも思えない。
本当なら今頃セラの部屋で一緒に過ごしている予定だったのに、迷惑な話だ。


「ほら、総司!お前も飲めって」

「今夜は付き合って貰うぜ!」


そんな威勢の良い声で誘ってくるのは、平助と新八さん。
その横で伊庭君は顔を真っ赤にしながらきちんと座っているものの、目が虚ろになっていて、すでにまともな判断ができる状態ではなさそうだった。


「いや、僕はいいよ」

「いいじゃねぇか、総司も俺達に付き合ってくれよ」


酔うと面倒な左之さんに肩を組まれて、苦笑い。
この人達に絡まれると、朝まで拘束される危険性がある。


「平助と伊庭君も随分酔ってるけど、どれだけ飲んだのさ」

「それがさあ、新八っつぁんがぐいぐい飲めって凄かったんだって」

「僕はもう……くらくらですよ……」

「何言ってやがる!男なら飲んでなんぼだろ!」


酔った勢いで腕を組んで高笑いする新八さん。
その隣で左之さんが豪快に酒瓶を煽っている。
完全に巻き込まれたな、これ。


「ほら、総司も飲みやがれい!」


新八さんからグラスを差し出されたから、仕方なくそれを言われたまま一気飲みする。
本当はこんな飲み方はしたくないけど、これ以上無駄な時間を費やすわけにはいかないからやむを得ない。


「お、いけるじゃねぇか!」

「ねえ、新八さん。ちゃんと飲んであげたんだから、そろそろ解散しない?」

「何言ってんだ、折角楽しくなってきたとこだっつぅのによ」

「僕、明日朝早いんですよね」

「騎士に朝も夜もねぇだろ!」

「いや、あるから」

「まあまあ、もう一杯行こうぜ!」


笑顔で強引に新しいグラスを差し出される。
……うん、これ、終わらないやつだ。

今頃セラは僕が来ないから待ちくたびれているんじゃないかな。
あの子のことだから、遅くなっても暫くは寝ないで僕のことを待っていてくれてるかもしれない。
そう思うとどうにももどかしくて、そわそわしてしまう。


「はあ……、もう十二時過ぎてるし……」


早く抜け出さないと。
とは言え夜中に一人で出て行ったら絶対に怪しまれる。
いくら僕がお酒に強い方だとしても、こんな酔っ払いばかりの状況では、ちょっと外の空気を吸ってくる、なんていう言い訳も通用しないだろうし。


「どうした?やけに今日は浮かない顔してるじゃねぇか」

「いえ、別に」

「そういやお前、こんな時間にどこに行こうとしてたんだ?」


僕が騎士団広場に来たばかりの時、こっそり出て行こうとしていたことを左之さんは覚えているらしい。
じろりと疑うような目を向けてくる左之さんは、飲んだくれている時の直感がやたら鋭い人だから警戒が必要だったりする。


「別にどこにも行こうとしてないですよ」

「本当か?怪しいな」

「なになに、何の話?」

「総司がこんな時間からコソコソどっかに行こうとしてたから、まさか女ができたんじゃねぇかって思ってよ」

「え、まじ!?」

「沖田くん、本当ですか?」

「てめぇ、総司!本当か!?」


突然の左之さんの発言に思わず内心が穏やかじゃなくなったのに、それに皆が反応してしまったから最悪だ。


「やだな、左之さん。何言ってるの?そんなわけないじゃない」

「いやいや、お前最近、夜になるといなくなる時があるじゃねぇか」

「……え?」

「いやよ、実はこの前夜にお前に用があって部屋に行ったんだよ。そしたらもぬけの殻だったからな。因みに俺が知ってるだけで、二回もだ」

「ええ!?そうなのか!総司!?」


まずい。
まさか左之さんが知ってるとは思ってもみなかった。
皆の前で暴露されるくらいなら、昨晩はどうしていなかったんだ?って直接聞いて欲しかったよ。


「……意外です。沖田君はセラにしか興味がないと思っていましたから」

「俺も俺も。なんだよ、総司に女がいたとはなー」

「いや、いないから。いるわけないでしょ?」

「こんちきしょう!お前にはまだ早ぇぞ、総司!」

「ちょ、痛いですって……!離してよ、新八さん」

「つーかどんな子!?めっちゃ気になる!」


新八さんには無理矢理肩を組まれるし、平助には詰め寄られるしで、何度否定しても聞く耳を持って貰えない。
左之さんはにやにやして面白がっているから、本当に勘弁して欲しい。


「ですが沖田君、よくそんな気になりましたね」

「ん?どうしてだ?」

「いえ、僕達は専属騎士の候補になってからはよく三人でセラの護衛をしてるんですが、この前平助君と話してたいたことがありまして」

「そうそう。セラっていい子だしめっちゃ可愛いからさ。セラの傍にいると、他の女のこととか特別に見えないっつーか、セラで満足しちまうんだよ」

「だから僕達は当分、女性とどうこうなったりしないでしょうねって話していたんです。しかも沖田君は僕達以上にセラのことを気にかけてるじゃないですか。特に最近、気持ち悪いくらい優しいですよね」

「気持ち悪いって失礼じゃない?それに僕はいつも優しいよ」

「お前のどこが優しいんだよ。優しいのはセラにだけじゃん。しかもセラに対しての優しさがさ、なんかこう……特別な感じなんだよな」

「そうですよ、君はいつもセラのことしか見えてないところがありますし」

「ははーん?」


黙って話を聞いていた左之さんが僕の顔をじろりと見た後、にやりと口角を上げてまた爆弾を投下してくれた。


「総司の相手、まさかのセラだったりしてな」

「いや、違……」

「はぁ!?おい、嘘だろ……!?まじかよ、総司……!?」

「まさか、違うってば」

「沖田くん!嘘ですよね!?違いますよね……!?」

「なんだよ、セラちゃんが相手なんざ総司もやるじゃねぇか!」

「だから、違うんだってば!」

「まさか総司とセラが夜な夜な密会してたとは、俺も思わなかったぜ」

「左之さん……!」


完全に左之さんの玩具にされて、まずい状況になっている。
平助と伊庭君に詰め寄られている僕を、けらけら笑いながら見ている左之さんと新八さんは最低だ。


「そんなのぜってー駄目だって!いくらなんでもセラの相手が総司とか、何よりも納得いかねーよ!」

「僕も同じです!騎士という立場柄、必死で我慢しているというのに、よりにもよって沖田君が相手なんて僕の気持ちが報われなさ過ぎますよ!」

「……二人とも、その言い方も酷くない?」

「いや、酷くない。つーか総司が悪い!ふざけんじゃねーよ!」

「そうですよ!信じられません……!よりにもよって彼女に手を出すなんて……!」

「だから、セラとはそんなんじゃないんだってば……!」


ぎゃーぎゃー煩い二人は、酔っ払っているせいもあって手がつけられない。
必死に反論していると、やれやれと言った様子で左之さんが僕の肩にぽんと手を置いた。


「っていうのはまあ、冗談なんだけどな。総司がいなかった夜、外に出たらこいつは素振りをしてたんだよ」

「は?なんだよ、左之さん。冗談だったのか?」

「驚きました……。沖田君にセラが汚されてしまったのかとショックでしたよ」

「いくら総司でも、さすがにセラちゃんには手は出せないわな」


僕は深夜に素振りなんてしていない。
にやりと笑った左之さんはあれだけ周りを大騒ぎさせたくせに、最終的には僕を庇ってくれる気だったようだ。


「そうですよ、僕がセラに手を出すわけないじゃない。それに僕はセラに忠誠を誓ってるんで、あの子の騎士でいるうちは他の女の子とどうこうなる気もないしね」

「当たり前です。セラを最優先にしなくてはいけないのですから」

「だからってセラに付き纏うなよな」


なんとか場は治ったものの、なんだかどっと疲れた。
左之さんはまだにやにや僕を見ているから、おそらく何か含みがあるのだろう。
本当に酔っ払うと厄介な人だ。


「よし、じゃあセラちゃんの護衛役としてお前ら三人はこれを飲みやがれ!」

「また飲むんですか?もう僕は無理ですよ……」

「おいおい、こんなんで弱音吐いてたらセラは護れねぇぜ?」

「左之さんも新八っつぁんも、どんだけ俺達に飲ませんだよ」

「ほら、総司。これはお前の分だ。余計なこと言われたくなけりゃ、飲めるだろ?」


あーあ、左之さんのこの顔は完全に勘付いている顔だ。
逆らえないから仕方なくグラスを手に取ったけど、明らかにアルコール度数の高いこれは完全にまずいやつだろう。
これを飲めばまともに歩くことも難しくなるかもしれないけど、覚悟を決めてそれを一気に飲み干した。


「いい飲みっぷりじゃねぇか!」

「うっ……、きつ……。最悪なんですけど」


喉が焼けるように熱い。
思っていたよりもお酒が早く回ってきそうで、眉を顰めずにはいられなかった。


「やば……、ぐるっぐるする……」

「僕ももう……、限界です……」


今にも倒れそうになっている平助と伊庭君を目の前に、僕は酔っ払うわけにはいかないと意識を保つ。
なぜって今夜は部屋に行くって、セラと約束したからだ。
昼間の庭園でのセラの様子や言って貰った言葉を思い出せば、何がなんでも行ってやるという気持ちが増す。
その後、無理矢理勧められたもう一杯を飲み切った時には、平助と伊庭君は完全に潰れて、新八さんもいびきをかいて眠りこけていた。


「良かったじゃねぇか。皆寝ちまったし、お前はこれで自由だぜ」

「左之さんは?」

「俺はこいつらを介抱してやらねぇとな。お前はこれから楽しそうで羨ましいこった」


にやりと笑う左之さんは、そんなことを言って探るような瞳で僕を見つめてくる。


「なんのことかよく分からないな」

「まあ相手が誰かは聞かないでいてやるよ。他の奴にバレねぇようせいぜい気をつけるんだぜ」


結局引っ掻き回すだけ引っ掻き回して、最後は良い人を気取るから左之さんのことは憎めない。
背を向けて三人のところに戻るその背中を見送り、僕はようやく広場を出てセラの元へと向かった。

早くセラに会いたい。
でも視界が揺れて、足取りもふらつく。
そんな身体を疎ましく思いながらも、セラに会えるならそんな些細なことは気にならなかった。


「うわ……」


やばい、登り慣れてきた筈の木さえ上手く登れなくなっている。
ここで落ちてそのまま泥酔したら笑えないし、取り敢えずはセラの部屋までは辿り着きたいとその気持ちだけで身体を動かしていた。
そしてバルコニーに無事に降り、セラの部屋へと入る。
時計はもう一時半をさしていて、セラはベッドの中で一人静かに眠っていた。


「…………」


……可愛い。
今日も学業やマナーのレッスンなんかをたくさん頑張って疲れたんだよね。
すやすや眠るその顔は幼くて、そこがまたいい。
寝顔に見惚れているうちに僕の身体は誘われるようにベッドの中に入り、セラを組み敷くように見下ろしていた。


「セラ」


酔っているせいだろうか。
このまま起きてくれないのは嫌だと、身勝手な欲求が胸に芽生える。
触れたい衝動のままセラの額や頬に唇を寄せれば、長いまつ毛がふるりと揺れ、ゆっくりと瞳が開かれた。


『そ……じ……?』

「うん、僕だよ」

『来てくれたんだ……』


少し寝惚けた声がどうしようもなく愛おしい。
指先で頬を撫でると、こんなに遅くなってしまったのにセラは嬉しそうに微笑んでくれた。


「遅くなってごめんね」

『ううん、総司に何もなかったなら良かった。夜の任務だって言ってたから、怪我とかしてないか心配してたの。忙しいのに来てくれてありがとう』


薄明かりの中、優しく微笑むその笑顔が堪らなく可愛い。
その儚い笑顔を見ると、僕は昔から胸が掴まれたような締め付けられるような変な気持ちになる。
僕のことを心配して、自分のことは二の次にして笑ってくれるその健気さが、今夜ばかりはいつも以上に奥底に眠る欲望を掻き立てるような気がしていた。


「僕が遅くなったらもっと怒ってくれていいんだけどね」

『怒らないよ。総司に会えたからそれだけで嬉しいよ』


本当に駄目だ。
可愛くて愛おしくて、どうしようもなくなる。
縋るように僕を見上げるセラの瞳が揺れるから、気付いた時にはセラの唇を奪っていた。


『……ん、ふ……』


唇を重ねるだけでは足りなくて、そっと舌を忍ばせる。
柔らかいセラの舌を絡めとると、小さく震える指がぎゅっと僕の服を掴むのが分かった。
その反応が余計に理性を奪っていくけど、僕がそうであるようにセラにも同じ想いを抱いて欲しい。
もっと僕を求めて欲しいと、何度も何度も深い口付けを繰り返した。


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