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頭ががんがんする。
その不快感に眉を顰めるも、僕の大好きなセラの香りが僕を心地良く包み込んでくれていた。
目は直ぐには開かなかったけど、寝返りを打ち手探りで柔らかい温もりを探す。
でも僕が触れるのはシーツやコンフォーターだけだったから、思わずその場で瞼を持ち上げた。


「あれ……?」


寝ぼけた頭で状況を整理しようとして、ふと違和感に気付く。
ベッドの中は妙に広くて温かいのに、隣にセラはいなかった。


「……どこ?」


むくりと上体を起こし部屋を見渡すと、ソファの上で小さく丸まる姿が目に入った。
薄いブランケットを肩に掛け、セラは膝を抱えて眠っていた。


「……え?なんで?」


焦りが胸をよぎる。
そもそもなんで僕はセラのベッドを占領してセラをあんなところに寝かせてるわけ?
昨夜の記憶を辿っていくと、ふらふらに酔ってここに来たことや、セラが可愛い過ぎて欲望のまま触ってしまったこと、そして恐らくその途中で寝落ちしてしまったことが蘇り、背中に冷たい汗が滲んだ。
何故なら一緒に寝てくれていないこの状況から察するに、セラは多分怒ってる。
今になって半泣きで何度もやめてと訴えていたセラの姿を思い出して、思わずその場で固まった。


「…………」


昨晩はセラの温もりに甘えて、思わず手を伸ばしてしまった。
可愛い過ぎるセラを目の前に、僕らしくもなく自分で自分が抑えられなかった。
勿論お酒のせいで気が大きくなっていたこともあるのだろうけど、前の世界にいる時からずっと触れたくて触れたくて堪らなかった。
だからってセラの気持ちを無視することは、絶対にしたら駄目だったのに。


「……ごめん……」


思わずまだ眠っているセラに小さく謝る。
するとタイミングを合わせたように小さな身体がもぞりと動き、大きな瞳がゆっくり開かれた。


『……総司?』


小さな声が僕の名前を呼ぶ。
目が合った瞬間セラの瞳が少し潤んだことに気付いたけど、僕は何も言えなくて。
そんな僕を、セラは珍しくじろっと睨んだ。


「セラ、昨日はごめん……」


隣に座るのではなく、ソファーに座るセラの前に跪く。
少し冷たい視線を目の前に嫌われたんじゃないかと思わず息を飲んだ僕に、セラは拗ねたように口を開いた。


『総司にベッド……取られた……』


出てきた言葉が思っていたものよりずっと可愛らしいもので、思わず言葉を失う。
勿論ベッドを占領したことも申し訳なかったけど、もっと別のことを先に言われると予想していたからだ。


「こんなとこに寝かせてごめんね。寒くなかった?」

『……寒かった』

「そうだよね、ほんとごめん。隣に寝てくれたら良かったのに」

『隣で寝れると思う?』


それは多分、襲ってくる男の隣でなんか寝れるかって意味だよね……。
苦笑いする僕をじとっと睨んでくるセラは、その顔も物凄く可愛いけど。
この子に睨まれることはあまりなかったから、居た堪れない気持ちになってしまった。


『昨日は凄く酔ってたよね』

「……そうだね」

『酔ってたのに来てくれたのは嬉しかったけど……』


そう言って一度黙ったセラを見上げれば、その唇は少し震えていたから目を見開く。
抱きしめたいのに今はそれをしていいのかも分からず、拳をきつく握りしめていた。


『昨日みたいなことをするのは、私……初めてだったから……総司が酔ってる時にしたくなかった……。ちゃんと考えてくれなかったのが、少し……悲しかった……』


まるでセラが叱られた子供のような顔で涙を堪えるように唇を結ぶから、胸が痛くなる。
絶対に大切にしたかったのに……こんなにも大切に思ってるのに、セラに勢いのまま触れてしまったことにとてつもなく後悔をした。


「セラ、本当にごめん。セラのこと、本当に大事に思ってるよ。それなのに……ごめん。あんな酔った状態で君に会いに行くべきじゃなかったよね」


ただ会いたかった。
そして会ったらセラが可愛くて愛しくて、どうにも止まらなくなってしまった僕がいた。
好きだから大事にしたいのに、好きだから触れたくなる。
でもこの世界のセラからしたら昨晩のような行為は初めてだから、あんな形で触れるべきじゃなかったと後悔してもしきれなかった。


『もういいよ。でも次はちゃんと考えてね?』

「うん、もちろん。今度からはセラの気持ちを大事にするよ」

『ありがとう……』


セラの小さな手を握ると、いつもの柔らかい笑顔が僕に向けられたから胸が締めつけられたような気持ちになる。
セラを傷付けてしまっていないだろうかと、心の中に不安が残った。


「ごめん、セラ。もうしないから、許してくれる?」

『うん』

「僕のこと……少し嫌いになった?」

『ううん、なってないよ。大好きなままだよ』

「本当?泣きたいの我慢してたりしない?」

『ふふ、してないよ』


良かった……。
はにかむセラは無理しているようには見えないし、いつもの甘えたような表情で僕を見つめてくれている。


「昨日は確かに酔ってたけど、セラに触ったのはお酒のせいだけじゃないからね」

『そうなの?』

「ずっと触りたかったんだ。セラのことが好きだから、どうしても触りたくなっちゃうんだよね」


セラは少し目を見開くと、僅かに頬を染めて俯いてしまう。
でもしばらくして僕を上目で見ると、少し照れた様子で頷いてくれた。


『知ってる。総司、昨日たくさん私に好きって言ってくれてた……。だから色々びっくりはしたけど……嫌じゃなかったよ』


セラはそう言うと、照れくさそうに笑ってくれる。
その笑顔が愛しくて、僕はセラの髪をそっと撫でた。


「ありがとう、そう言ってくれて」

『ふふ』

「今度からはもうしない……いや、するけど。ちゃんと大事にするよ」

『……するんだ?』


セラの呟きに僕は笑ってしまうけど、拗ねた声も赤くなった頬も全部可愛い。


「したいよ。セラのことが好きだから」


くすくす笑ったセラの様子がすっかりいつも通りになったから、こうしてしょうもない僕の失態やこの想いを受け止めてくれるセラのことがまた愛しくて堪らなくなる。
小さなくしゃみをしたセラを抱き上げると、優しくベッドの上に降ろしてコンフォーターをそっとかけた。


「ベッドもごめんね。寒かったでしょ?」

『うん……、今総司があっためて?』

「………」


駄目だ、やっぱりどうしても可愛すぎる。
昨晩の愛らしい姿まで蘇ってくるから、お酒が入っていようがいなかろうが、僕は忍耐力をつける必要があるかもね。


「いいよ、おいで」


まだ起きるまでは少し時間がある。
僕の腕の中に擦り寄ってくるセラを抱き締めて、色素の薄い髪を優しく梳いた


「今度は酔ってない時に触らせてくれる?」

『それは……どうしようかな。考えておくね?』

「ははっ、手厳しいね」

『でも私も総司が好きだから、触りたいし触って貰えるのは嬉しいよ』


僕を見上げてそう言ったセラは、僕の手を自分の頬に添えて可愛いことを言う。


「そんなこと言われたら、また触りたくなっちゃうんだけど」

『朝はだめ……』

「そうなの?」

『酔ってる時もちょっと……』

「自分だとよく分からないんだけど、酔ってる時って何か違う?」

『違うよ』

「どんなふうに違うの?」

『酔ってる時は……なんか……』


そう言うなり昨晩のことを思い出したのか、セラの顔が一気に真っ赤に染まっていく。
呆気に取られてその顔を見つめていると、隠れるように僕の胸に顔を埋めてしまった。


「ちょっと、何?気になるんだけど」

『もう知らない……自分で思い出して』

「ええ?なんでさ」

『とにかく酔ってる時は触るの禁止ね』

「……はい、分かりました」


僕は酔っても絡み酒なんてしないし、騒いだり迷惑かけたりもしない。
多分昨晩は自分の欲求に素直になってしまっただけで本質的な部分では素面の時と然程変わらないと思うけど、セラの許しを貰えないうちは極力お酒は控えたいと思った。


『私も早く、お酒飲んでみたいな』


ふと零したセラの言葉に、僕は一度動きを止めた。

以前の世界では、セラがアルコールを摂取できる年齢になっても、近藤さんや山南さん、山崎君までもが彼女がお酒を嗜むことを止めていた。
経験値として味見程度はさせてもらっていたけど、僕もセラがお酒を嗜むのを見たのは星祷祭の時だけだ。


「飲みたいの?」

『うん。どんな味なのか知りたいし、酔うってどんな感じなのかなってちょっと気になって』

「セラが酔っ払うの、あんまり想像したくないな。だってセラはアルコールに弱そうだよ」

『でも飲んでみないと分からないよ?』

「でも酔った君を僕が見たら、もっと君を甘やかしたくなって止まらなくなりそうなんだけど。多分昨日どころじゃなくなると思うよ」


僕の言葉を聞いて目を見開いたセラは、恥ずかしそうに視線を逸らした。


「それにもし誰かにお酒を勧められたら、セラはちゃんと断れるの?」

『断らないといけないの?』

「だって自分の上限も分からないまま無理して飲んで、ふらふらになっちゃったらどうするのさ」

『ふふ、昨日の総司みたいに?』

「それは耳が痛い話だけどね」


セラは悪戯に笑って僕を見上げているけど、真面目な話、昨日の僕レベルでこの子に酔っ払われたらたまったものじゃないと思う。


「セラは可愛いから心配なんだよ。酔った姿なんて誰にも見せたくないから、そういうのは僕だけに見せてよ」

『そんな風に思うのは総司くらいだよ。それに少しくらいなら……』

「駄目だよ。セラが飲んでみたいなら僕がいくらでも付き合うよ。でも僕以外の人の前では飲まないで」

『そんなにだめ?』

「だめだよ。だってセラがお酒を飲んだらどんなふうになるのか想像つかないからね。でもきっと凄く可愛いだろうから、誰かに攫われそうで怖いよ」

『ふふ、さすがに攫われないよ』

「でも君のことが心配なんだ。だから約束してくれるよね」


セラの頬を撫でてそう言えば、真顔のままセラは頷いた。
そして僕が顔を近付ければ、条件反射のように潤んだ瞳が伏目がちになる。
この時のセラの顔が大好きだ。


『……ん……』


また一日が始まる。
でもその一日の始めを、こうしてセラの温もりから初められることが本当に幸せだと思った。
前回の世界で失ったからこそ、ここでの生活やセラとの他愛ない時間がどれだけ大切なのか身をもって知った。
今回こそ、このまま平穏な日々を送りたいと願ってしまう僕がいた。

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