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今夜は久しぶりに総司がお部屋に来る予定。
緊張しながら待つこと数十分、総司はいつもの如く慣れた様子で私の部屋に入ってきた。
こんなことが周りに知れたらきっと大目玉だけど、総司は飄々としている割に警戒心が強く、周りをよく観察している。
こうして城の死角から私の部屋に来ては、「今日も余裕だったよ」なんて言いながら笑顔を見せた。
『今日もお疲れ様、総司』
「セラもね。今日もレッスン頑張った?」
『うん。総司に会えると思って頑張ったよ』
ソファの上、並んで座る総司の肩に頭を預ける。
今日は何もしない約束をしたし、ようやく余計なことを考えずに総司に甘えられる気がしていた。
『ワルツも総司がリードしてくれるからだいぶ踊れるようになったよね?』
「うん、そうだね。まあでも他の男とは踊らせないけど」
『ふふ、総司がずっと一緒に踊ってくれるの?』
「当たり前でしょ?そのためにワルツ習ってるんだからさ」
あと一年、二年……月日が経って、私がデビュタントを迎えた後も、総司は私の傍で私のことを同じように想ってくれてるのかな。
未来の話は今からするつもりはないけど、今が幸せな分、未来が来ることが怖くなる時があった。
ここ最近、怖い夢ばかりを見る私はやたら現実味のあるその夢に、多分少し心を食べられている。
そう思ってしまうくらい、泣きながら起きることや思い出して心を暗くすることも多かった。
「そう言えば乗馬の許可は降りたの?」
『うん、今日お父様から許可頂いたよ。総司が一緒なら大丈夫だろうって』
「近藤さんも君には甘いな。なんて言って説得したの?」
『護られてばかりじゃなくて、自分の力で動ける人になりたいって言ったの。自分の身を護れる術を持つことも大事って、以前お父様も仰ってましたよね?って言ったら、確かにって。結構簡単に許可が降りたよ』
「はは、君って案外策士なのかな。僕もまんまと口車に乗せられちゃったしね」
『私、総司ならお願いごと聞いてくれるって思ってたよ』
くすくす笑った後、眉を下げながらも私の髪を撫でる総司の手は今日も温かくて優しい。
この温もりに甘えるのがもう今では当たり前で、夢の中のようにこの人がいなくなるのは絶対に嫌だと、総司のことをきつく抱きしめていた。
「どうしたの?そんなに強く抱き着かれたら潰れちゃうよ」
『ふふ、酷い言い方だね』
「僕も潰してあげるよ」
私の方を向き直ると本当にぎゅっと抱きしめられたけど、直ぐに緩められて私を護ろうとしてくれる柔らかい温もりに変わる。
いつか離れなければならない日が来るなら、このまま総司の身体に溶けて入ってしまいたいくらい。
「そう言えば、君が乗馬の練習で乗ってた馬は決まってたの?」
『うん。いつも同じ馬に乗ってたよ』
「事前に馬のコンディションを見ておきたいんだけど、名前とか特徴とか覚えてる?」
『えっとね、茶色の雌の馬で、名前は……もうだいぶ前だから忘れちゃったかも』
「茶色の雌ね。探してみるよ」
『ありがとう』
凄く綺麗で、可愛い子だったんだよね。
名前は確か……
『あ、名前はリュネット?』
今急に頭に浮かんだのがその名前だった。
だから合っているかは分からないけど、その名前を口にしていた。
でも総司はまるで何か信じられないものを見るように目を見開いて私を凝視していて。
その只ならぬ雰囲気に、私は思わず眉を寄せた。
『……え?総司?』
そっと伸ばされた彼の指先が私の頬を掠め、後頭部に添えられる。
そしてそのまま優しく引き寄せると、総司は腕の中に私をきつく閉じ込めた。
「リュネットなんていう馬は公爵邸にはいないよ」
『あれ?そうなんだ、じゃあ思い違いかな』
「セラ……」
『うん?』
そのまま何も話さなくなってしまう総司の様子が気に掛かったけど、私はただ黙って言葉を待つ。
暫くそうしていると身体は離され、瞳を揺らした総司が私を見つめていた。
「セラ、大好きだよ」
『ふふ、真剣な顔で何を言うのかと思っちゃった』
「僕は真剣にセラが好きだよ。いつだって君のことだけ見ているし、いつだって君のことだけ考えてるよ」
総司の言葉は嬉しくて、思わず口元に笑みが溢れてしまう。
私の大好きな人が、私のことを本当に大切に想ってくれている。
その事実が私の心をいつも温かくしてくれていた。
『私も同じだよ。ここにあるキャンディーの……』
可愛い装飾が施されたガラス箱の中には、カラフルなキャンディーが沢山詰められている。
テーブルの上に乗ったそれを手前に持ってきて、ガラスの蓋を開けるなりその一粒だけを取り出した。
『この残りの分が全部総司で、この一粒だけが総司以外のこと』
「ん?」
『私の心の中の話だよ。ほとんど総司のことを考えてるよって言いたかったんだけど……』
きょとんとした顔で黙って聞いていた総司は、私の言いたいことがようやく分かってくれたのか、数秒後に笑い出した。
「最初は何を始めたのかと思ったよ」
『伝わってくれた?』
「うん。でもこの一粒分は何なの?」
『他の大切な人達や、自分の将来とか、学業のこととか?色々』
「ははっ、そうなんだ。でもこの一粒はいらないな。僕のことだけ考えててよ」
『でも総司だって私以外のことを考えたりもするでしょ?』
「剣術とか騎士の仕事のこととか、その他諸々あるけどさ。それは全部君の隣にいたいから考えてるだけだよ。だから僕はキャンディー全て、全部君だよ」
そんな風に言って貰えたら、嬉しくてまた頬は緩む。
そんな私を見て吹き出した総司は、くすくす笑いながら私の手の中のキャンディーを奪っていった。
「だからこのキャンディーはいらないね」
総司の指先で摘まれたキャンディーは、私の口元に運ばれる。
総司を見上げると食べてと言うように微笑んでいるから、素直にそれを唇で挟んで口に入れた。
『ん、マスカット味』
「これでもう君は、僕以外のことは考えられなくなったね」
『ふふ、総司だけだよ』
「ねえ、僕にも食べさせてよ」
『いいよ?何味がいい?』
「そっちじゃなくて」
手首は掴まれ引き寄せられて、総司の手は私の頬を包んだ。
唇が重なって甘噛みをされると、唇を割って入ってきた総司の舌が私の口の中のキャンディーを転がした。
『ん……』
最近私は少しおかしくて、総司にこうして触れられたりキスをされたりすると、なんだか少し……身体がそわそわする。
最初こそ緊張し過ぎて頭が真っ白だったこの行為にも少しずつ慣れて、今は身を委ねるように総司の温もりを受け入れられるようになった。
今でも変わらず緊張はするし心音も早いけど、それ以上に心地良くて気持ちいい。
思わず自分からも舌を絡めて、その感覚が脳内に伝わると、ぞくりと何かが身体の中に沸き立つのを感じた。
「……っ……セラ……」
唇が離され私の名前が呟かれると、私の身体はふわりと持ち上げられる。
軽々私を抱き上げた総司は私をベッドの上にそっと寝かせるなり、再び私の唇を塞いだ。
『……ん……』
総司の温もりがゆっくり私に溶け込んでいくようだった。
柔らかくて温かい、でも離さないという強い意志を感じるキス。
総司の指が優しく私の頬を撫で耳を弄ぶと、身体がじんわりと熱を帯びていくようだった。
「さっき、君の方からしてくれたよね」
言葉の意味を理解した瞬間、顔が一気に熱くなる。
確かに思わず自分からも総司の舌に絡めてしまったから、恥ずかしくて目を逸らそうとしたけど、私の頬を包み込んだ総司の手がそれを許してくれなかった。
「嬉しかったよ。でもそんなことされたら、僕はまた止まらなくなりそうなんだけど」
総司の瞳は熱に潤み、私もその熱に溺れそうになる。
すぐにまた唇は塞がれて、今度は少し焦るような深く貪るような口付けに変わる。
舌が絡まり甘く痺れる感覚に、全身の力が抜けそうになった。
「セラ、好きだよ。僕がどれだけ君のことが好きか、分かってる?」
総司が耳元で囁く声も熱を帯びている。
ゆっくりと指先で髪を梳く、その仕草だけで背筋がぞくりと震えてしまった。
『ん……、分かってるよ』
「足りないよ、もっと君に伝えたい。君の全部を僕に預けて欲しいし、僕をもっと感じて欲しいよ」
総司の指先が優しく私の唇を撫でて、なぞられるだけでまた身体が熱くなる。
総司の切なげな瞳や声が、私の胸をきゅっと締め付けるようだった。
「君のことが好き過ぎて、まだ足りないって思うんだ。抱きしめてキスをしても、もっと欲しくなる。セラは違う?」
私は……
私はまだよく分かっていない部分もあって、毎回総司に触れられる度に精一杯になってしまう。
その気持ちは変わらないけど、総司の気持ちに応えたいと思うし、私だって総司をもっと感じたいとは思う。
多分、総司の熱を帯びた瞳を見た時から、私の意識はとっくに甘い痺れに飲み込まれている。
だから総司に触れられたところ全てが、こんなにも熱を帯びてしまうのだと思った。
でもそう思う反面で、不安に思う気持ちもある。
本音を言えばもっとゆっくり……むしろ結婚するまで何も知らないままでいたかったなんて思ってしまう私がいる。
考えが幼いと、夢見がちだと言われてしまえばそれまでだけど、私は総司と気持ちが通ってキスをしたり抱き締めたり……そういうことだけで十分満たされていたし幸せだった。
けれど総司の言葉を聞いて、初めて総司が考えていることやその気持ちを知った今、ただ嬉しいと思える。
私は正直この先にどんな行為があるのかわかっていないから、総司の話す「もっと」の意味も詳しくはわからないけど……。
それでも総司に触れてもらえるのは幸せだから、ただ鼓動を早めてしまう私がいた。
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