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僕達の学院生活が滞りなく始まった。
初日の行動が良かったのか、セラがタチの悪い噂話に心を痛めることもなく順調なスタートを切れたと思う。
選択科目の授業には王家の双子の姿はなかったし、最初の世界でセラが死を迎えた中庭も何事もなく生徒達が出入りしている。
半年程の月日は穏やかに過ぎ、心にゆとりを持って剣術大会を迎えられそうだった。


『今日の星界学の授業は何を習うんだろうね?』


教科書を腕に抱えながら制服姿で僕の横を歩くセラは、今日も目が離せない程に可愛い。
回帰する度にこの想いは大きく実ってしまうから、今の僕はこの子を余すことなく見つめていたいと思ってしまう程だ。


『ねえ、総司?ちゃんと聞いてる?』

「んー?ごめん、ちょっと聞いてなかった。何て言ってたの?」

『もう……。最近、私の話あんまり聞いてくれないよね?』

「そんなことないと思うけどな」

『私、ちょっとさびしい……』


小さくそう言って、顔を斜めに傾けながら不満げに見上げてくる。
その仕草がまた可愛くて、思わず口元が緩んでしまった。
でもその笑みが、からかってると勘違いされたらしい。
今度はちょっと眉を吊り上げて、ぷんっと横を向かれた。


『どうして一人でにやけてるの?』


セラの声ってなんでこんなに可愛いんだろう。
怒っててもまるで甘えてるみたいに聞こえるし、何をしても何を言っても、全部が好きで仕方がない。


『また聞いてない……。もういい』

「待って、セラ。ごめんってば、拗ねないで」

『別に拗ねてないけどね?』

「最近さ、駄目なんだよね。君が可愛すぎてつい見惚れてることが多くて」


自分でもちょっと呆れるくらいの本音を漏らしたら、セラは少し頬を赤くして、それなのに視線を外してしまった。


『ぜったい嘘』

「嘘じゃないってば。本当だよ」

『どうかな。もしかして大会が近いから、そのことで頭がいっぱいなの?』

「まあ……そうだね。色々頭でイメージトレーニングはしてるかな」


なんて、口にしてから自分で呆れる。
本当は、君のことばっかり考えてるのに。

でもセラはそんな僕の嘘を疑うことなく、ふわっと表情を和らげて微笑んだ。


『そうだよね、もうすぐだもんね。総司も色々大変だよね』

「うん。体調管理に気をつけて、気を引き締めて頑張るよ」

『私ね、全身全霊で応援してるよ。絶対総司が勝てるように』


そんな風に言われたら、何がなんでも勝とうという意欲が湧いてくる。
セラからの言葉や愛情は、僕にとって何よりも強い原動力になるからだ。


「ありがとう。セラがそう言ってくれるなら負けるわけがないよ」


僕達が微笑み合った時、星界学の授業が行われる教室へと辿り着く。
薄暗く静謐な教室には、宙に浮かぶ淡い光の球体がいくつも浮かんでいた。
天井に瞬く星々のようにゆらめくそれは、この授業で使う星界の灯らしい。
壁一面には美しい天体の動きを描いた星界図が広がり、机や椅子は黒曜石のような深い色合いで統一されていることもあり、まるで夜の世界に迷い込んだような空間だった。


「ここに座ろうか。星界図がよく見えるよ」

『うん。この教室って綺麗だよね、まるで星空の中にいるみたい』


星界学は、天体の動きを学ぶ高等学問だ。
この選択科目を履修したのは、音楽の授業に参加して欲しくなかった僕が、セラに言って変更してもらったからだった。
この世界でこそ、セラと王女の接触はどうしても避けなければならない。
その甲斐があり、セラは今のところ王女とは接点を持たずに済んでいるようだった。


『なんだかあそこ、凄い人が集まってるね?』


セラの視線の先を見ると、誰か一人を取り囲むように女生徒が複数人、黄色い声をあげて群がっている。
先程からやたら騒がしいと思っていたけど、原因はあれかと小さなため息を吐き出した。


「本当だね。煩くて迷惑なんだけど」

『しー、聞こえちゃうよ?』

「聞こえたっていいよ。煩いものは煩いし」

『皆と仲良くしてね?』

「仲良くしたい人がいればするよ」


あれからセラは今まで通り、千ちゃんと友達になった。
彼女はどの世界でもこの子と仲良くなる運命らしい、他のご令嬢のように扱いが面倒なタイプでもないし、僕も気楽に接することができる一人だった。
でも他に友人と呼べる相手が出来たかと聞かれたら、いつものメンバー以外はまるでなし。
然程仲良くなりたい相手もいないし、僕はセラと楽しい学院生活を送ることが出来ればそれで満足だ。


「それでは、授業を始める」


授業開始のチャイムと同時に静かに教壇に立ったのは、星界学の担当教授だった。
白銀の髪を持ち、深い紫のローブを纏ったその姿は、まるで星界の賢者のような威厳を放っている。


「これから頻繁に課題を出す予定だが、必ず三人一組のグループで取り組んでもらいたい」


教室内がざわめく。
その理由は星界学の課題は難解なことで有名だったからだ。
一人では到底解読できないような天体の謎をチームで考察したり、理論をまとめ上げる必要があるらしい。
三人一組という条件に、教室内では誰と組むかを見極める空気が漂った。


「今回の課題のテーマは運命の星について」

『運命の星……?』


セラが不思議そうに呟く。


「古代より人々は天の星を頼りに生きてきたが、それは道を示す灯であり、時には人の運命を左右するものとして信じられていると前回の授業で学んだね。そこで君達には自分達の運命の星を見つけ、それが何を意味するのかを解読してもらいたい」


運命の星……つまり、生まれた瞬間に定められた宿命を読み解くというわけか。


「じゃあ、セラ。僕達で組もうか」

『うん、総司がいてくれると心強いよ』


セラは嬉しそうに頷いてくれるから僕も誘われるように笑顔になる。
できることならセラと二人で取り組みたかったけど、こればかりは仕方ない。


「なおグループ分けは自由。今いる席の近くの者と組んでもいいし、他の者を誘っても構わない。ただし必ず三人一組になるように」


教授がそう告げると、すぐにあちこちで生徒たちが動き出す。
セラと僕は残る一人を探していたけど、さすがに一人であぶれている生徒は見当たらなかった。


「あと一人どうしようか、誰か適当に……」


そう呟きながら周囲を見渡したそのとき、多くの女子生徒が一人に群がり何やらチーム分けで揉めている。
そしてその中心でうんざりした表情を浮かべているのはあのルヴァン王国の王太子だったから、僕は思わず凍りつくような思いで少し先の人集りを凝視していた。


「なんで……」


この半年近く、星界学の授業に王太子はいなかった筈だ。
だから選択科目の最終変更は行わなかったのに、今更同じだと分かったところでもう変更は不可能だろう。
思わず背中に嫌な汗が流れると、セラが僕の袖口をそっと引っ張った。


『総司?』

「あ、うん……。なに?」

『どうしたの?凄い思いつめた顔してたけど……』

「ううん、なんでもないよ」


……いや、まだ大丈夫だ。
王太子である彼は、学院でも圧倒的な人気があるし、今も多くの女子生徒達に囲まれて大変そうに見える。
このままセラを近付かせなければいいだけだと考えることにして、僕はそっとセラの肩に触れた。


「あのさ……」


セラは以前、王太子と王女がどんな風貌なのかわからないと言っていた。
だからあの男が王太子であることを教えて関わりを避けるよう僕が伝えれば、この子はきっと気をつけて動いてくれる。
そう思ったからこそ僕を見上げて首を傾げるセラを見つめた。
でも口を開きかけた時、苛立った声と共に乱暴に椅子を引く音が聞こえる。
思わずその音の方を見れば、嫌悪感を露わにした王太子が席を立って周りを睨みつけていた。


「お前達、煩いんだけど。俺は誰とも組むなんて言ってない」

「王太子殿下、大変申し訳ありません……」

「ですが殿下はどなたとご一緒なさるおつもりですか?」

「お前達には関係ないだろ。もう近付いて来ないでくれ」

「ですが私は星読みにも詳しいですよ、きっと殿下のお力になれるかと」


数人の女子生徒が焦ったように言い訳を並べながら再び王太子の周囲に集まり、彼のご機嫌を取ろうとしていた。
けれど王太子はその場を一瞥すると、不意に視線をこちらに向ける。
思わず目が合ってしまった僕が瞬時に顔を逸らすも、その足音は近付いて僕達の目の前で止まった。


「セラ。お前、いたんだね」


女子生徒たちに囲まれていたはずの王太子が、何の前触れもなく僕らの方へ歩み寄り、当然のようにセラの隣に立っている。
そして戸惑いなくセラの名前を呼んだことに、思わず眉を顰めた僕がいた。


『……王太子殿下?』

「相変わらずの間抜け顔だね。グループはこの護衛と二人?」


僕にちらりと視線をやり、再びセラに視線を移す。
その二人のやり取りを見れば今日が初対面でないことが分かるから、何一つ状況が飲み込めない僕はただ黙っていることしか出来なかった。


『はい、そうですけど……』

「良かった、じゃあ俺も入れてよ」

『ですが殿下は、もう他の方々とお約束されているのではないですか?』

「俺はあいつらとは組む約束はしていない」


王太子は少し苛立ったように眉を寄せ、背後にいる女子生徒たちを振り返る。
彼を囲んでいた令嬢たちは困惑しながらも、無理に引き留めることはせず、少し距離を取った。


「それに、お前達も二人ならちょうどいいじゃないか」


そう言って王太子はセラに当然のように手を差し出した。


「セラ、俺と組もう」


優雅な微笑みを浮かべながら告げる王太子に、セラは一瞬言葉を失ったように目を見開いた。


『その……よろしいのですか?きっと王太子殿下と組みたい方は、他にもいらっしゃるのでは……?』

「いいんだよ。他の連中と組む気はないし、お前の方がずっと面白そうだ」

「……君、王太子殿下と知り合いだったの?」


ようやく口を開いた僕の言葉に、セラは少し戸惑ったように僕を見上げた。


『あ、うん……。入学式の日に、少しだけお話したの』

「お前の話はなかなか面白かったからね。また会いたいと思ってたんだ」


その言葉の真意は分からなかったけど、完全に懐かれてしまっているようにも見えて内心では節操感に苛まれる。
いや……そもそも、あれだけ関わるなって言ったのになんで王太子と顔見知りになっちゃったわけ?
しかも入学式の日に話したことだって、僕はセラから何も聞いてない。
思わず瞳を細めてセラを見れば、セラは気まずそうに眉尻を下げていた。


「で、お前の名前は?確か前、俺にぶつかってきたよね」


思えば入学式の日、僕は思い切り王太子に体当たりしていた。
あの時、僕の所属を見て王太子の態度が急に変わったのは、僕がセラの護衛だとわかったから?


「先日は大変申し訳ありませんでした。僕はアストリア公国騎士団所属、沖田総司と申します。今後ともよろしくお願いいたします」


王太子は僕の視線を意に介さず、当然のように席を引いてセラが立っている場所の隣に座った。
僕を見上げて胸元の紋章を眺める王太子は、前回のような鋭い目つきや嫌な笑みを一切顔に浮かべていない。
余計な行動をして目をつけられることだけは避けたいから、僕はとりあえず丁重な挨拶をして頭を下げた。


「アストリア公国の騎士で、騎士階級特級持ちか。経歴だけ見ればなかなか優秀なんだね」

『はい、総司はとても強くて聡明な騎士なんです。それに総司は私の……』


僕の紹介し始めたセラは、そこで言葉を止め、言っていいのか迷っているような様子を見せた。


「総司は私の、なんなの?」

『はい、あの……総司は私の専属騎士になってくれる予定なんです。そう、だよね……?』


少し控えめに僕を見上げて、僕の意思を確認するようなその仕草は破壊的に可愛いけど。
こうしてまた王太子と過ごすことに対しての不安が胸に渦巻くばかりだった。


「はい、その予定でいますよ」

「へえ、そうなんだ。じゃあよろしくね、沖田」 


僕は一瞬の間をおいて、差し出されたその手を取った。
王太子を敵に回すのは得策ではない。
この機会に王太子の動向を探るべきだと、僕は偽りの笑顔を浮かべた。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


王太子とこの先も関わらなければならないかもしれないという事実。
そしてセラが王太子に見初められたのだとしたら、僕の手ではどうしようもない未来がすぐそこにあるかもしれないという不安が付き纏う。
一つ前の世界でのことが頭に蘇れば、心中はとても穏やかではいられなかった。

でもこうなってしまった以上、後悔ばかりしていても進まない。
とにかく僕はセラを護ることに重きを置こうと、自分の感情は後回しにして、王太子の様子を事細かに見つめていた。

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