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星界学の授業中。
さっそく課題について考えようと、セラが配布された紙を広げて柔らかく微笑んだ。
『えっと、では三人で課題に取り組みましょう?』
「そうだね。課題の内容は運命の星……か」
「運命の星なんて自分のすら分かりませんよ」
「俺の星なら知ってる。確か、王者の星だったな」
『王者の星ですか……?』
セラが興味深い様子で尋ねると、王太子は自信ありげに微笑んだ。
「昔からその星を持つ家系だと言われてるからね。代々王族は、生まれながらに王者としての星を背負っているらしい」
『すごいですね……』
セラの素直な感嘆の声に、王太子はどこか得意気に笑った。
「まあね。でもだからといって俺がこの星を本当に自分のものとして選ぶかは、まだ決めてないけど」
「決めてないって、なんでです?」
思わず僕が聞き返すと、王太子は面白そうに僕を見つめた。
「自分の運命の星が何なのか、それをどう受け止めるかなんて結局は自分次第じゃないか。お前だってそうだろ?」
僕は思わず目を瞬いた。
なぜなら王太子の言葉は意外と深く、共感できてしまうからだ。
「確かにその考えには僕も賛同ですよ、星なんかで運命を決められたくはないですしね」
『ふふ、殿下はご自分の運命の星まで決めることができるお方なんですね』
「お前、なんか馬鹿にしてない?」
『ええ?してませんよ。ただ課題はちゃんと本来の運命の星で取り組んでくださいね?』
「分かってるさ。俺が出鱈目に選んでやるとでも言いたいの?」
『そうなのかと思いました……』
「ははっ、お前馬鹿だね。与えられた課題でそんな適当なことするわけないじゃないか」
笑い出す王太子を見ながら、僕はふと自分の運命の星について考える。
今までのことを思い返しながら、これからの自分がどんな運命を辿ることになるのかをぼんやりと思い浮かべていた。
「君の星は何だと思う?」
僕が隣のセラに視線を向けると、セラは少し驚いたように目を瞬かせ、それから困ったように笑った。
『私の星?』
「うん。君が自分で選ぶとしたら、どんな星がいいのってこと」
セラの歩もうとしている道は理解しているつもりだ。
でもこの子の心が本当に望むものは何か、この質問をすることで知ることが出来るかもしれないと思ったからこそ尋ねていた。
『私は……導きの星だったらいいなって思うかな』
「導きの星?」
僕と王太子が同時に聞き返すと、セラは恥ずかしそうに微笑んだ。
『誰かの助けになれるような、そんな星があったら素敵だなって思います。私が誰かを導けるかはわからないですけど……でも、もしも私が迷わずに進んでいけたら、きっと誰かの力になれるんじゃないかなって。それが私の理想的な生き方です』
セラの言葉に、僕は一瞬にして心が温かくなる。
この子は本当に純粋で優しくて、眩しいほどにまっすぐだ。
「いい星だね。セラらしいと思うよ」
僕がそう呟くと、セラはぱっと顔を上げて、嬉しそうに微笑んだ。
王太子も目を瞬いていたものの、すぐに納得したように頷いた。
「確かにお前らしい。結構いいこと言うんだね」
『殿下にそう言って頂けると恐縮です』
「ああ。この前転んで、下着を丸出しにしていた奴だとは思えないよ」
「……は?下着?」
意地悪な笑みを浮かべてそう言った王太子の言葉に反応して、僕は思わずセラを見る。
するとセラの顔はみるみる赤くなり、信じられないと言わんばかりの顔で彼女の横に座る王太子を見ていた。
「あれ?こういうことでは赤くなるんだ。俺をベッドに押し倒した時は青ざめてたのにね」
「……ベッドに押し倒したって何……?」
『殿下……?何を仰るのですか……?』
「何って、入学式の日のことさ。俺の前で転んで下着を丸出しにした挙句、保健室では俺を……」
『王太子殿下……!』
セラにしては珍しく大きな声でその場に立ち上がったから、他の生徒達の視線まで一気にセラに注がれる。
そのことに気付いたセラは居た堪れない表情で再び綺麗な所作で椅子に座り直していたけど。
下着って何の話?
王太子を押し倒したってなんなのさ。
「へえ、お前も大きな声が出せるんだね」
『殿下、あんまりです。どうしてその話をこのようなところでしてしまうのですか?』
「別に他意はないさ。それより沖田が凄い顔でお前のことを睨んでるけど?」
『……え?』
睨んでいるつもりはないけど、物凄く面白くないし心配に思うのは当たり前だ。
セラと目が合ってすぐに視線を逸らしてしまったのは、なんて言えばいいのか、そんなことがあったなら真っ先に僕に報告して欲しかったと思ってしまうからだ。
『総司……怒ってる……?』
「いや、怒ってないよ」
『ごめんなさい、そそっかしくて……』
いや……、そこじゃないでしょって突っ込みたいけど、王太子が目の前にいるのに色々聞けるわけがない。
取り敢えず今は、事を荒げるより無理矢理にでも笑顔を浮かべる方が得策に思えた。
「全然いいってば。膝の怪我は殿下の前で転んだ時にできた傷だったんだね」
『うん、そうなんだけど……』
「あの包帯も俺が巻いてあげたんだ、セラがあまりにも不器用だったからね」
は?包帯までこいつに巻いて貰ってたの?
苛立ちのままセラを見れば、少し気まずそうに目を逸らすから余計に腹立たしくなる。
僕が知らないうちに、この二人はたったの一日で随分と仲良くなっていたみたいだ。
『その節はご迷惑をおかけして大変申し訳ありませんでした……』
「本当にね。沖田に同情するよ、セラの護衛は骨が折れそうだ」
「そうですね。本当に危なっかしいんで、いっそ首輪でもつけて歩かせたいくらいです」
『え?首輪……?』
「ああ、それがいいんじゃない?今度俺がセラに似合いそうな首輪を沖田にプレゼントしてあげるよ」
「わあ、ありがとうございます。是非可愛いものをお願いしますね」
『…………』
王太子の意地悪な物言いに僕が乗っかれば、セラは少し不服そうな顔で僕達を見つめていた。
でも君が悪いんだよ。
こんなに僕が心配してるのに、よりにもよってこいつと仲良くなっちゃうんだから。
『……あの、お二人とも、そういう冗談はほどほどにしませんか……』
「なに?随分嫌そうに見えるけど」
『嫌ですよ、私は犬ではありません』
「じゃあ何なの?」
『何って……普通に人間です』
「へえ、人間があんな無防備にふらふら歩き回るんだ?」
「本当にね。君って妙に危なっかしくて、まるで飼い主を困らせる犬みたいだよ」
セラを虐めたいわけじゃないのに、先程聞いた話への苛立ちから思わず口を割って意地悪な言葉が出てきてしまった。
とは言え、そろそろ止めようと思っていると、王太子は僕と同じ気質なのだろう、意地悪な笑みを浮かべて言った。
「沖田、お前意外と面白いね」
「殿下こそ。まさかこんなに話しやすいお方だとは思いませんでしたよ」
「そう?それにお前達、随分仲がいいみたいだけど」
不意に言われた言葉に、僕とセラは思わず無言で目を合わせる。
「沖田はセラに妙に遠慮がないなと思ってね。従者と主人ってもっと距離があるものだろ?」
『総司には、何年も前から私の護衛をして頂いてますから。いつもこんな調子でからかわれてしまうんです』
セラが少しぎこちない笑顔でそう答えると、王太子は意味ありげに僕たちを交互に見つめたあと、ふっと笑った。
「ふーん?まあ、お前達のことはどうでもいいけど」
「そうですね。殿下には些細なことですよ」
王太子が何を考えているのかはまだ読めない。
だけど少なくとも今のところは僕たちの関係を深く詮索するつもりはないようだから、一人安堵の息を吐いた。
「あーあ、お前達と話してると何故か話が脱線するね」
『……話を脱線させたのは殿下だと思いますけど』
「そうだっけ?」
『勿論総司もね』
少し膨れたような顔で睨まれて僕も苦笑いをこぼす。
でもセラは気を取り直すように息を吐き出すと、いつもの柔らかい顔で僕を見つめた。
『それでさっきの話の続きだけど、総司はどんな星がいいなって思う?』
「……そうだね」
しばらく考えた後、僕は小さく笑って言った。
「もし選べるなら、誓いの星とかがいいかな」
『誓いの星?』
「誰かを護ることを誓うような、そんな星があるならね」
セラがその言葉を聞いて僕を見つめる。
その視線を受け止めながら僕が微笑むと、セラも嬉しそうに微笑んでくれた。
「へえ、お前がそういう星を選ぶなんて意外だよ」
「意外って心外ですね。僕にどんな印象持っていらっしゃるんです?」
僕が少し皮肉めいた微笑を浮かべると、王太子の方も少し意地の悪い笑みを浮かべて言葉を続けた。
「第一印象で言うと、お前は冷静で理知的な印象が強い。だから誓いとかそういう情熱的なものを選ぶとは思わなかっただけさ」
「確かに僕はそんなに情に厚いわけじゃないかもしれないですけど、護りたいものくらいはあるんですよ」
そう言って何気なくセラに目を向けると、彼女は僕を見つめたままふわりと微笑んだ。
『私はすごく素敵だと思うよ、総司の星』
「そう?」
『うん。誓いって誰かを大切に想うからこそできることだと思うから、そういう気持ちがあるのってすごく素敵なことだと思う』
「それはどうも」
王太子の前だから、敢えて簡素な返事をしてしまったけど、分かってるよね?
僕が誓いたい相手は、ただ一人、君だよ。
僕は君を護りたいし、ずっと君の傍にいたい。
その為ならなんだってするつもりだ。
『殿下はどんな星が理想ですか?』
「お前たちがそんなふうに考えるなら、俺の星は王冠の星とかがいいな」
『王冠の星……?』
セラが小さく首を傾げる。
「ああ。王者に相応しい器を持ち、すべてを統べる運命の星。そんな感じだ」
「実に殿下らしいですね」
「まあ王冠を戴くに相応しい器があるかどうかは、これからの努力次第だけどさ」
『殿下は凄く努力されていそうですから、相応しい器をお持ちだと思いますよ』
「お前もようやく取り繕うことを覚えたの?」
『別に嘘で言ったわけではありません』
「それならいいけどね」
王太子は冗談めかして笑うものの、その言葉の裏には彼なりの覚悟が感じられた。
城にいた頃、王太子は僕が思っていた以上に多忙な生活を送っていたし、それに加えてあの王女を気にかけなければいけないとなると、相当な心労があるだろうと思ってしまう程だ。
『どの星も、それぞれに意味があって素敵ですね』
「確かにね。さて、それじゃあそろそろ自分たちの運命の星を調べてみる?」
「そうですね」
『楽しみです』
こうして僕たちは星界学の資料を開き、自分の生年月日に定められた運命の星を探し始めた。
運命、なんて言葉はあまり好きではないけど。
自分の運命の星が何かを教えてくれるなら、それはそれで興味深いと思う僕がいた。
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