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何事もないまま四日が経過し、ついに身代金受け渡し日を迎えた。
テーブルの上には、たった今持ち込まれたばかりの袋が置かれている。
その中には約束通りの金貨が、音を立ててぎっしりと詰まっていた。


「すげぇ量の大金が手に入ったな」


ごつごつした手で金貨を弄びながら、男の一人がニヤリと笑う。


「これで当分は良い暮らしができる」

「こんな嬢ちゃん一人に公爵家は随分必死なもんだ」


ここにいる男達は、皆大金を目の前に浮き足だっている。
それもその筈、この金貨は全てこの地下室にいる僕達だけの取り分。
この他にも相当な額の金貨を請求したらしく、それは今酒場やその周辺で待機している者達、そして運び屋をしていた者等にも既に手渡されていた。


「ほら、新入り。これはお前の分だ」

「……どうも。でもこんなにいいんですか?」

「ああ。まだお前のことは信用しちゃいねえが、あと数回仕事を任せたら俺達の組織に正式に入れてやるよ」

「総司は盗みの腕は本当に凄いのよ?だから絶対役に立つから」


僕の手には、ここ最近手にしたこともない金貨の重みがずしりと乗る。
それはまるで罪の重さを現しているようで、手放しで喜べない僕がいた。
それに僕はこの組織に入るつもりは毛頭ない。
僕は分け前を貰い、こいつらとは別れて別の国に移ろう。
そしてまたその日暮らしの生活を繰り返していく、そんな明日からの日常をぼんやり頭に思い描いていた。


「さて、問題はこいつをどうするかだが……」


全員の視線が、檻の中の少女に向けられる。
ようやくこれで罪悪感のような後ろめたい気持ちからも解放されると思うと晴れ晴れとした気分だった。
でもこれでこの子とはお別れだ。
もう言葉を交わしたりこの愛らしい姿を見れなくなると思うと、僕の胸は少しばかり曇った。


「予定通りなら、このまま返すんじゃねぇのか?」

「馬鹿かお前?そんなわけねぇだろ。ここまできて公爵家のガキをただで返すと思うか?」

「だがよ……約束はしたんだろ?」

「約束?んなもん、守る義理があるかよ」 


男たちは互いに顔を見合わせ、含み笑いを漏らしている。
予想外の展開に僕の背中には冷たい汗が伝い、どうか悪い方に転ばないでくれと奴らの話に耳を傾けることしか出来ないでいた。


「やっぱり惜しいよな」

「何が?」

「こいつを売ったら、さらに大金が手に入るんじゃねぇかって話だよ。こんな上玉は早々手に入らないだろ?」

「なるほどな。それにこいつは公爵家の嬢ちゃんだから、売り先さえ見つけりゃ、身代金なんかよりずっといい値がつくかもしれねぇ。ただな、そういうのって足がつくんだよ」


男は金貨を指で弾きながら、ゆっくりと首を振った。


「わかるか?公爵家の人間が売られたなんてことが知れたら、大捜索が始まるに決まってる。どこでどう発覚するかわからねぇし、迂闊に手を出せばこっちが危ねぇ」

「……ちっ、確かにな」

「それに最近の公爵家の騎士団の動き、知ってるか?」


その言葉に、場が一瞬静まる。
アストリア公国の騎士団はここ数年で一気に勢力を拡大し、ルヴァン王国の防衛を担っている他、戦時には真っ先に最前線に立つ精鋭揃いだと専らの噂だ。


「……ああ、妙に活発だよな」

「昔と違って今の公爵家の騎士団は厄介だぜ。こっちの動きがバレたら、すぐに追ってきやがる」

「今まではこっちが一枚上手を取れてたが……正直、今回は結構ギリギリだったぜ」

「だろ?だから、こいつを返したらどうなる?」


誰もが答えを出せずに黙り込んだ。


「こいつは俺たちの顔を見てる。それに騎士団は確実にこっちを潰しにかかるはずだ」

「つまりこのまま返すのは、危険すぎるってことか」

「そういうこった。騎士団の連中が大人しくしてるならこの嬢ちゃんを返してやっても良かったが、今のあいつらの動きを見てる限り、それをすれば逆にこっちがやられる。こいつは今までの令嬢みたく簡単にはいかねぇみてぇだ」


男達は互いに顔を見合わせた。
そしてその沈黙を破ったのは、僕をこの場に引き入れたあの一人の女だった。


「ねえ、それならむしろ、ここで公爵家に思い知らせてやるってのはどう?」

「思い知らせるだって?」

「そうだよ。だって最近騎士団の連中は調子に乗りすぎなんだよね。いつもいつも私達の邪魔しやがって」


女が舌打ちしながら、金貨を握りしめる。
その醜い表情を横目に眉を顰めていると、彼女は驚くべき言葉を口にした。


「この際見せしめにしちゃえばいいんじゃない?こいつをずたずたに殺して、公爵家に送り返してやるんだよ。それなら顔がバレる心配もなるし、公爵家も迂闊に私達に手を出せなくなる。こっちは公爵家なんて怖くないって教えてやるのよ」

「ハッ、それは面白ぇな」

「ああ。それに腹立つんだよな。いつもいつも公爵家の連中は偉そうにしやがって」

「せっかくの機会だ、痛い目を見せてやろうぜ」


そう言って、男の一人が檻の扉を開けた。


「ほら、出ろ」


男たちは少女の腕を乱暴に掴み、檻から引きずり出した。
彼女は小さい身体で抵抗しようとしたものの、力では到底敵わない。
そして思い切り腹部を蹴飛ばされ、檻に投げ飛ばされた身体は震えて動けなくなった。


「今ここで血を流せば、公爵家も少しは怯むだろうよ」


男の荒々しい声が、冷たい地下室に響いた。
彼女は無理やり床に押さえつけられ、長い髪を乱暴に掴まれている。
その白い喉元に、ギラリと鈍い光を放つ剣が突きつけられていた。
目を見開き、怯えながらも泣き叫ばない。
この状況にいまだに必死に耐えるその様子を見て、僕は呼吸を僅かに荒くしながら見ていることしか出来なかった。


「こんな小娘、今すぐ始末しちまおうぜ」


今、自分の目の前で目まぐるしく繰り広げられている現実に、先程から心臓が激しく鼓動を繰り返している。
その理由は、頭の片隅でどうやったら彼女を助けられるのかを考えてしまっていたからだった。

でも冷静に考えてみれば、何も戸惑うことはない。
もう大金は手に入ったんだ、このままこの子が殺されたとしても、こいつらと別れて他国に移ればそれでいい。
以前より良い暮らしが出来るわけだし、苦労してこの国に渡った意味が少なからずあるって話だ。

第一、この人数の大人相手に僕一人が歯向かったとして何が出来る?
むしろこいつらを敵に回して、この大金まで逃す羽目になったら馬鹿みたいだ。

だから湧き上がる自分の気持ちに蓋をしようとしたけど、そんな時思い出したのは初めて会った日に見たあの笑顔。
涙もこぼさず懸命に耐えていたこの数日間の彼女の様子や、この僕にありがとうと感謝の言葉を口にした姿を思い出せば、僕の中を渦巻いていた迷いが一気に消し去られた。
何故かは分からないけど、この子をここで見殺しにしたら僕自身が後悔する。
このまま終わらせるわけにはいかないと、本能が告げている気がした。


「待ってください」


僕が声を出したことが意外だったのか、男たちの視線が一気に僕に集まる。


「僕にやらせてくださいよ」

「は?お前に?」
 

男たちは怪訝そうな顔をしたが、僕は続けた。


「まさか数日間の見張りで、こんなに大金が手に入るなんて思ってもみませんでしたよ。僕もあなた方みたいに稼げるようになりたいんですよね」


僕はわざと唇を歪め、少年らしい野心を滲ませるように言う。
そして僕の隣で聞いていた女は、嬉しそうにその表情を明るくした。


「僕がこの子を殺せたら、僕のことを信用してもらえます?汚れ仕事は僕が引き受けるんで、そのかわり今日からお兄さん達の組織に入れて貰いたいんですけど」


床に押さえつけられたままの少女が、驚いたように僕を見上げる。
そして悲しそうに瞳を揺らし、震える唇を噛み締めていた。


「ほう……お前、マジで言ってんのか?」

「ええ。僕はずっと生きるために必死でしたけど、いつもその日暮らしで毎日が苦しかったんですよね。でも今回のことで強い人たちと一緒にいたほうが、確実に稼げるってことがようやくわかりましたから」 

「総司に入って貰えたら私も嬉しいし、こいつは総司に殺して貰おうよ。いいでしょ?」


僕と女の言葉を聞いて、男達は顔を見合わせた。
そして一人がニヤリと笑うと、僕に剣を投げ渡した。


「いいぜ、お前の度胸を見てやる。やってみろよ」


僕は剣を受け取り、ゆっくりと少女に歩み寄る。
今にも泣き出しそうな怯えた顔を目の前に、心の中でごめんねと呟いた。
そして剣を振り上げたその刹那。


「っ――!!」


一瞬のうちに、僕は体を翻し、近くにいた男の喉元へ短剣を突き立てた。


「がっ……!!」


男は息を詰まらせ、膝をついた。
騒然とする周囲を無視し、僕は即座に次の標的に向かう。
彼女の髪を掴んでいた男の手首を狙い、素早く短剣を横薙ぎに振るう。


「ぐあっ!!」


鮮血が飛び散り、男が悲鳴を上げた。
同時に彼女の体を引き寄せ、小さな身体を抱きかかえるように転がった。


「こ、こいつ……!!」


男達が我に返り、一斉に剣を抜いて襲いかかってきた。
その数は多かったけど、負ける気はしない。
僕は床を蹴り、一気に懐へと飛び込んだ。
剣が振り下ろされる寸前、僕は身を低くし、相手の脇腹へ短剣を突き立てた。


「ぐっ……!」


更にすぐ後ろにいた男がナイフを振るったけど、僕には全て見えている。
僕は一歩横へ回り込み、敵の腕を掴んで勢いよく肩越しに投げた。


「があっ……!」


鈍い音とともに、男が床に叩きつけられる。
そしてその瞬間とどめとしてナイフを腹部に突き刺さば、そのままそいつは動かなくなった。


「てめぇ、やりやがったな……!」


残った三人が一斉に襲いかかってくるも、僕は焦らないよう自分に言い聞かせる。
左の男が突きを放つけど、そんなものは全然遅い。
僕は刃の軌道を読み最小限の動きで体をかわすと、同時に短剣を逆手に持ち替え男の手首に打ち込んだ。


「ぎゃあっ!」


剣が床に落ちる音とともに、僕は次の標的へ移る。
中央の男が、大上段から剣を振り下ろしてくる。
僕は踏み込んで懐に入り込み、肘を顎へ叩き込んだ。


「ぐっ……!」


よろめいた隙に、膝蹴りを鳩尾へ突き上げる。
男はそのまま意識を失い崩れ落ちたから、もう動けないよう胸元に短剣を突き刺した。
これで残る男は一人だ。


「このガキ……っ!!」


怒りに燃える最後の男が、僕へ剣を突き出した。
しかしそれをあえて受け流し、刃が腕をかすめるのを許す。
男が剣を引き戻そうとした瞬間、僕はすでに短剣をその喉元に突きつけていた。


「……動かないほうがいいよ」


男は顔を引き攣らせたまま、動くことすらしなかった。


「終わり」


僕は低く呟き、そのまま喉を勢いよく掻き切った。
そして残る一人は、この子に怪我を負わせたあの女。
僕に向かって剣を向けてきたけど、それを弾き飛ばせば、慌ててそれを拾おうとしている。
あの子の掌を傷つけたんだ、これくらいいいよねとその手の甲に容赦なく短剣を突き刺せば、僕の耳には汚い悲鳴が届いた。


「……総司っ……あんた……」

「さようなら、お姉さん」


敢えてにっこり微笑んで、その女の鳩尾を蹴り飛ばす。
意識を失ったことを確認してから振り返り、床に倒れたままの少女を抱き起こす。
彼女は小さく震えながら、潤んだ瞳を揺らして僕を見上げた。

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