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僕が正式に見習い騎士として認められると、部屋に満ちていた緊張が、ふっと解けたのがわかった。
そして暫くの静寂の後。


「ありがとうな!総司!」


近藤公爵が大きく腕を広げたと思えば、豪快に僕を抱きしめてきた。


「っ……」


僕は思わず硬直する。
貴族の家に生まれてからの人生で、こんなふうに抱きしめられたことは一度もなかったからだ。


「お前がいてくれなかったら、セラはどうなっていたかわからない……!感謝してもしきれんぞ!」


近藤公爵の声が少し震えている。
まるで、親が子を失う恐怖を噛みしめた末に得た安堵が、そのまま言葉になったようだった。


「……そんな」


確かに僕は彼女を護るために動いたけど、それは僕自身の償いでもあった。
それなのにこんな風に心から感謝されるなんて予想外と言えばいいのか。
とにかく少し気恥ずかしくて、思わず瞳を伏せた僕がいた。
自分はこれまで、剣を振るうことで何かを護るどころか、奪うことしかしてこなかったけど、この力が少しでも誰かの役に立てたのだとしたら嬉しいと思う。


「お礼なんてやめて下さい。僕の方こそ感謝していますよ」


小さくそう呟くと、目を潤ませた近藤公爵は満足そうに頷き、僕の肩を優しく叩いた。


「いいや、君は素晴らしい!よくやったぞ!」


近藤公爵は豪快に笑った。
その顔を見たら僕もようやく緊張が解れ、気づけば一緒になって笑っていた。


「ええ、よくやってくれましたよ、沖田君」

「まったく、騒がしい公爵ですね。沖田さんが驚いていますよ」


山南さんも微笑み、山崎さんも小さく息をつきながらもどこか安堵したような表情を見せた。

ヴェルメルでは、貴族というのは常に格式を重んじ、上下関係を何よりも大切にする存在だった。
ましてや、大公家に仕える貴族の家では、互いに干渉しすぎることは禁じられ、感情を表に出すこともほとんどなかった。

けれどこの公爵家は違う。
彼らは本当に心の底から僕に感謝し、そして労ってくれている。
それはまるで、温かい家族のようにも感じられた。


『ふふ、総司はもうお父様に気に入られちゃったね』


不意に、セラの優しい声が聞こえた。
振り向くと、彼女も皆と同様に柔らかく微笑んでいた。


「お嬢様が優しいのは、この公爵家が温かいからなんですね」

『総司だって優しいよ?』

「僕が?」

『だって、私を助けてくれたから』


彼女はそう言って、少し甘えるように僕を見上げる。
多分他意はないのだろうけど、先程の凛とした彼女とはまた違う雰囲気で、この家の人達の変わりようには驚かされる。


「お嬢様、そろそろ休まなくていいのですか? ずっと心を張り詰めていたのでしょう?今はまだ無理されない方が宜しいですよ」

「確かにそうですね。それに二日間眠りっぱなしで、食事も摂っていないでしょう」


山南さんと、眉を寄せながらそう言った山崎さんの言葉を聞いて僕は目を見開く。
二日間眠りっぱなしだっということは、それだけこの子の身体に負担がかかっていたということだからだ。


「二日間、眠りっぱなしだったんですか?身体は大丈夫なんですか?」

『私は総司のお陰で元気だから大丈夫です。でも総司を助けに行くのが遅くなってしまってごめんなさい。間に合って本当に良かったです』

「まさかお嬢様が来てくれるなんて思ってもみなかったから驚きましたけどね。でも、ありがとうございます」

『いいえ、お礼の言うのは私のほうです』


僕のことなんて気にかけなくていいのに、目の前のセラはやたら僕のことを気にしてくれる様子だ。
お礼がしたいと言ったあの言葉を信じていなかったわけではないけど、まさか地下牢に来てこんな風に僕を掬い上げてくれるなんて考えてもみなかった。
この小さい女の子に僕は救って貰ったんだと思えば、少し気恥ずかしくて、でも心が温かくなる。


『総司の腕の傷を手当てして差し上げたいです。それに牢に閉じ込められて、尋問ばかりされていたのでしょう?どうか彼に、少しでも休息を与えてあげてください』

「僕は大丈夫だよ」

『でも……少しは休んで欲しいな』


思わず僕が敬語をなくしてしまえば、セラもつられたように同じになる。
そしてへらりと柔らかく微笑むから、それもまた可愛いわけだけど。


『あの……もし宜しければ、一緒にお食事をしませんか?』

「え、僕と?」

『はい。私達長い間、きちんとした食事を摂っていなかったから、総司と一緒に食べたいなって。 一人で食べるよりも、皆で食べた方が美味しい思うから』


僕を気遣うような優しい笑顔。
その言葉に、心がまたふわりと満たされていく。


「宜しいのですか?僕なんかがご一緒しても」


思わず口をついて出た言葉に、セラは少しだけ困ったように首を傾げた。


『どうしてそんなことを言うの?総司はもう私たちと同じ公爵家の人なのに』


その言葉が、胸の奥に深く染み渡る。
実感がいまだに湧かないなんておかしな話かもしれないけど、周りを見ればそれぞれが優しい微笑みを浮かべ僕のことを見つめてくれていた。


「そうだな、皆で食事をするとしよう。総司も来なさい」

「では、お言葉に甘えてご一緒させて頂きます。ありがとうございます、近藤公爵」

「そんな……。近藤公爵などと、堅苦しい呼び方はしないでくれ」

「近藤さん、とお呼びすれば大丈夫ですよ」

「俺は今回の騒動での沖田さんの武勇伝を聞きたいです」

『総司は本当に凄かったんですよ。私を助ける時、男の人達が七人もいたのにたった一人で、全員を圧倒していました。あの時の戦い方は今思い出しても驚くほどで……もう本当にカッコ良くて!」


セラの言葉に、山南さんと山崎さんが少し目を見開く。


「……ほう。七人を相手にですか?」

「それは凄いですね、どのように立ち回ったのですか?」

「いえ、大したことじゃないですよ。油断させて、先手を取っただけです」


本当のことを言えば、焦りと恐怖もあった。
でもそれ以上に、彼女を傷付けさせたくはなかった。
だからこそ戦うことを選んだわけだけど、武勇伝と言われる程のものじゃないから苦笑いを溢してしまう。


「成る程、沖田君は剣術の腕だけではなく機転もきくということですか。素晴らしいですね」

「セラお嬢様がここまで熱く語るとは、よほど鮮やかな戦いぶりだったのでしょう」

「それだけの腕があるなら、見習い騎士とはいえ相当期待されるな。総司の今後の成長が楽しみだ!」


あまり期待されても困るから無言のままでいたけど、セラはそんな僕を見上げて微笑むと言った。


『みんなとっても期待してるって。だから頑張ってね?総司』


悪戯に笑ってそう言ったセラの様子に、僕は目を瞬く。
それはあの誘拐時の四日間では見られなかった表情。
こんな顔もするんだと、思わず笑ってしまった。


「はは、任せて。頑張るよ」

『私、総司がアストリアの騎士団に入ってくれて本当に嬉しい。ありがとう、それにこれからよろしくね』


セラは本当に純粋な気持ちでそう言ってくれたのだと分かったから、それがどうしようもなく嬉しかった。

今までの人生では決して得られなかったものが、ここにはある。
僕を迎え入れてくれる人達がいる。
この子のいるこの場所が、僕にとっての帰る場所になればいい。
そう願わずにはいられなかった。


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