5
「まさか、君がそんな過去を背負っていたとはな」
ヴェルメル大公国を追放され、窃盗を繰り返し。
悪人達と関わった挙げ句、セラの誘拐に加担してしまったこと。
そのすべてを語った今、どんな言葉が返ってくるのか怖く感じられる。
静かに息をついた近藤公爵の声には驚きと戸惑い、そして何か痛みのようなものが滲んでいた。
「しかし妙ですね。先程君は騎士団に入るために、この国へ来たと言っていましたね?」
「はい」
「ですが門前払いをされたと。しかも、話すら聞いてもらえなかったと君は言いましたが……」
山南さんが少し考え込むようにして、近藤さんと山崎さんの方を見た。
「近藤さん、山崎君。我々はそのような命令を出しましたか?」
「いや、少なくとも俺は知らんぞ」
「俺もです。ですが……」
そこで、山崎さんの表情が険しくなる。
「確かに、前の騎士団長ならやりかねませんね」
「……前の騎士団長?つまり今は、新しく別の方が騎士団長を務めているんですか?」
「ああ。前の騎士団長は先日解雇したのだ。騎士団の内部で問題を起こし、数々の不正が発覚してな。あれこれ理由をつけては、実力のある者すら団に入れるのを渋ることもあったと聞いている」
「彼は自分の気に入らない者や貧しい出自の者を、門前払いにしていたそうです。沖田君も、その一人だったのかもしれませんね」
山南さんの言葉に、僕は拳を握りしめていた。
もしも最初に門を叩いた時に、まともに話を聞いてもらえていたら。
もしもあの時、受け入れられていたら。
いや、それを考えても仕方がない。
過ぎたことだし、そうであれば僕はセラの命を救えなかっただろう。
「そうか……。君がこの公国に来て、騎士団に入りたかったというのなら、そのとき俺達が君の話を聞けていればと思わずにはいられない」
「ええ。君が誘拐に加担してしまったのは我々の責任でもあるということです」
「いえ、僕自身の責任ですよ。どう生きるかを選んできたのは僕自身ですから」
「だが君がいてくれたから、こうしてセラが無事戻ってきてくれたのだ。だからこそ、過去を聞いても君を見捨てることが正しいとは思えないのだよ」
近藤公爵の言葉には、迷いがあった。
公爵家を守る立場として、簡単に受け入れるわけにはいかない。
それでも僕を見捨てることは、彼の信念に反するのか苦い顔をして言葉を続けた。
「俺はできれば君を受け入れたいと思っている。だがどうするのが最善なのかが難しいところだな」
「そうですね。沖田君の生い立ちや事情はよく分かりました。だからこそ、騎士団の団員たちにすべてを明かすことが、必ずしも良いとは言えませんね」
山南さんは腕を組み、慎重に言葉を選んでいるようだった。
「もしも君の過去が知られれば、君に対する反感や警戒心を抱く者もいるでしょう。特に、君がヴェルメル大公国の元大公子でありながら没落し、犯罪に手を染めていたとなれば……」
「つまり僕が騎士団に入るにしても、僕の過去は伏せるべきだということですか?」
「伏せるべき、というより……慎重に扱うべきです。近藤さんのお気持ちは理解できます。私も君がここへ来た経緯や事情を聞いて、心を動かされました。しかし感情だけで決めるには、あまりにもリスクが大きい」
「確かに。公爵家に仕える以上、君はこれから周囲の信頼を得なければならない。そのためにもまずは慎重に行動することが必要だ」
「……はい、覚悟しています」
信頼は言葉ではなく行動で示すものだ。
どれだけ過去や事情を語ったとしても、彼らにとってはそれが事実かどうかさえ確かめようがない。
ここで生きると決めた以上、それは僕が証明しなければならないことだと思った。
「君が大公国ヴェルメルの大公子だったことや、両親を告発したことは、君の誠実さを示すものではあります。ですが君が騎士団に入団する経緯が知られれば、団員たちは間違いなく不信感を抱くでしょう。ましてや君が誘拐事件に関与していたと知れば、騎士団の規律そのものが揺らぎかねません」
山南さんの言葉は、至極もっともだった。
そして山南さんの言葉に深く頷いた近藤公爵も、考えるようにゆっくりと言葉を発した。
「俺も山南君と同意見だ。騎士団の団員たちは皆、公爵家を護るということに誇りを持っている。そこに理由がどうであれ一度は公爵家の敵側にいた者が加わるとなれば、彼らは果たして冷静に受け入れられるだろうか?」
誘拐事件に加担した者を迎え入れたとなれば、騎士団の団員たちにとっては納得できる話ではないだろう。
僕がどんな事情を抱えていようと、一度でも違法な仕事に手を染めた人間が信用を得るのは難しい。
それは当然のことのように思えた。
「それに君の素性を完全に明かしてしまえば、外部にも影響が出る可能性があります。ヴェルメルを追われた君が、アストリア公国の騎士団に入団したとなれば、どこかでそれを良く思わない者が現れるかもしれません。例えば君の父親と共に陰謀を巡らせていた者たちの残党が、君の動向を探っている可能性もあるということです」
その言葉に、部屋の空気が僅かに張り詰めた。
僕自身、父の陰謀に関わった者たちがどこまで処刑されたのか、どこまで生き延びたのかは分からない。
『……ですが、北部の皇帝はヴェルメルの反乱勢力を鎮圧した後、関係者の家族もすべて追放し、軍の再編まで終えているはずです。なので今は反体制派が動ける余地はほとんどないと思います。それに、アストリアとヴェルメルの間には中立領があって、直接の往来も制限されていますよね。ですから大公国の貴族がこちらの騎士団に入ったとしても、外交的な摩擦には繋がりにくいと思います』
僕より年下であるはずの彼女が、これほどまでに他国の情勢に精通していることに驚き、思わず目を見開く。
ヴェルメルとアストリア公国は決して近い距離ではないし、貴族とはいえ若い令嬢が外国の政情をどこまで知る機会があるのか。
しかも彼女の言葉は的確だった。
「沖田君、どうかなさいましたか?」
山南さんの穏やかな声に、思わずハッとする。
僕の心情に気づいたのか、彼は柔らかく微笑みながら問いかけてきた。
「……いえ、お嬢様がここまで詳しいことに驚いてしまって」
思わず漏れた僕の言葉に、山南さんはやや得意げな表情で、ちらりとセラを見やる。
彼女は特に気にする様子もなく、穏やかに僕を見つめて小首を傾げていた。
「うちのお嬢様は、とても優秀な方なのですよ」
セラはアストリア公爵家の令嬢として、公国の政治や外交について幼い頃から学んできたのだろう。
でもそれだけではここまでの知識は持ち得ないはずだ。
ただ学んだだけではなく、彼女自身が興味を持ち深く考えてきたからこそ、こうして自然に意見を述べられるのだろうと感じた。
「お嬢様は、小さい頃から書物を読むのがお好きでしてね。アストリアだけでなく、周辺諸国の歴史や政治にも興味を持たれていたのです」
「そうだな。俺も何度かセラが書庫で本を読んでいるのを見かけたことがある。幼い頃から小難しい書物を手に取っていたから感心したものだ」
「……そうなんですね」
思わず感嘆の声が漏れた。
僕の知る貴族令嬢たちは、社交や舞踏にばかり興味を持ち、政治に関心を示す者は少なかった。
セラのように、実際の外交に役立つ知識を身につけ、それを自然と活かせる人間がいることに、僕は新鮮な驚きを覚えた。
「ですが、どうしてそこまで他国のことを?」
思わず出た僕の問いかけに、セラは一瞬だけ考えるように視線を落とした後、柔らかく微笑んだ。
『アストリア公国は交易も盛んですし、各国との情報交換は重要です。それに公爵家として外交を担う以上、まず相手の国を知ることが不可欠だと思いましたから』
彼女はただ知識を持っているだけではない、それをどう活かすかまで考えている。
国を守るために必要な知識を蓄え、それを使うべき時に迷いなく使う。
その姿勢は、まさに公爵家の令嬢としての在り方そのものだった。
幼さの残る見た目や話し方からは想像も出来ないからこそ、その相違がよりこの子を魅力的に見せていた。
「お嬢様は、常に公国の未来を考えていらっしゃるのですよ」
『私にできることは、まだ限られていますが……それでも、国や騎士団のために役立ちたいとは思っています』
「うむ。セラは俺が考えている以上に、色々と公国のことを考えてくれているのかもしれんな」
そう言う近藤公爵の目は、どこか感慨深げだった。
セラは静かに僕を見つめているけど、その瞳にはただの知識ではない、確固たる意志が宿っていた。
「君ってすごいね」
僕が思わずそう呟くと、セラは少しだけ目を丸くした後、可愛らしく微笑んだ。
『私は皆さんに支えられているからこそ、こうして興味あることを学べる機会が持てるんです。それに私からしたら、大勢を相手に戦える総司の方がよっぽど凄いと思うよ』
急に少し砕けた話し方になり、それがまた愛らしく思えてしまう。
そして僕はふと、自分がヴェルメルにいた頃のことを思い出した。
貴族の家に生まれながら、ただ権力闘争に利用されるだけの存在だった日々。
もしあの時、僕がもっと早く何かを知り、理解していたなら……。
いや、それでも何かを変えられたとは思えない。
だけど今なら、僕自身の意志で動くことができる。
セラが公爵家の娘としての責任を自覚し、それを果たそうとしているのなら、僕はそれを支えられる存在になりたい。
そして彼女を護るために剣を振るうことができるなら、それ以上に望むことはないとすら思えた。
「話が逸れてしまいましたが、お嬢様の仰ったことは一理あります。ヴェルメルとアストリアの関係は希薄であり、外交的な影響はほぼ考えられません。しかしどこで誰が見ているか分からないのも事実です。君がこの国で新しい人生を歩むのであれば、過去にとらわれず、ここでの役割を全うする覚悟が必要でしょう」
「覚悟はできています。僕はもうヴェルメルの大公子ではありません。アストリア公国の騎士として生きることを望んでいます」
セラは僕の言葉を聞いて、どこか安心したように微笑んだ。
けれどまだ問題は残っている。
「ですが、彼の入団にはもう一つ障害があります」
山崎さんが口を開いた。
真っ直ぐその場に立つ彼は、淡々とその障害について語り始めた。
「沖田さんは誘拐事件の時、我々騎士団によって捕らえられ、尋問まで受けた立場です。正式な罪には問われなかったにしても、団員たちは彼をよく思わない筈です」
「ああ、それが一番の問題かもしれんな。団員たちの不信感を払拭できなければ、彼がどれほど誠実な人間であろうと、受け入れられるのは難しいだろう」
『ではその不信感を拭う方法を考えればいいと思います。総司どこから来たのか、過去に何があったのかを詳しく公にするのではなく、誘拐された時に私を護ってくれた人として騎士団に迎え入れるのはどうでしょうか?』
僕は思わず息をのんだ。
笑顔で話すセラの言葉は突拍子もないように思えたけど、妙な説得力があるようにも感じられたからだ。
『総司が騎士団の団員たちの信頼を得るには、時間が必要です。そのためにはまず、皆が総司を知ることが大切だと思います。総司の実力も誠実さも、実際に触れてもらうのが一番ではないですか?』
「彼が誘拐犯の一味であることも全て話した上で、沖田君がお嬢様を護るために最後は敵に刃を向けたこと、それによって我々が君を救出できたことを強調して話すということでしょうか?」
『はい。ですがそれだけだと騎士団入団に至る流れがわかりにくいと思うので、そこは私が推薦したことにすればいいと思います』
「……何?」
近藤公爵が思わずセラを見つめたけど、驚いたのは僕も同じだった。
この子が僕を推薦したとなれば、僕が何か問題を起こした時点で、彼女に対しての信用も問われてしまう。
それが分かっていても尚、こうした提案をしてくれる優しさに僕は胸を熱くさせた。
『私が総司を公爵家に迎え入れたいと考え、騎士団に推薦した、という形にするんです。私は実際総司に助けられましたし、剣の腕前も見ています。何より総司を見習い騎士として試すという形であれば、不自然ではないはずです』
「しかし、それではお嬢様の個人的な感情が含まれると取られかねないのでは?」
『はい、山崎さんの仰る通りかもしれません。でもそれを理由に却下するのはおかしな話です。だって、騎士団の規則に反しているわけではないですから』
近藤公爵と山南さんが顔を見合わせる。
彼女は、冷静かつ的確に続けた。
『騎士団は公爵家を支えるための存在です。であれば公爵家の人間が望む人材を迎え入れることに、何の問題があるのでしょう?それに見習い騎士として相応しくないと判断されたなら正式に迎え入れる必要はない。つまり先程話していたように見習い期間を設けた上で、相応しいかどうか見極めればいいと思います』
山南さんは腕を組み、じっと彼女を見つめていた。
そしてやがて口元に微かな笑みを浮かべると、少し困った様子で眉尻を下げていた。
「非常に理にかなった考え方ですね。お嬢様の成長を感じさせられます」
『ふふ、そうですか?』
「確かに、彼の過去をすべて説明するのではなく、騎士団の中でその実力を示していけば、自然と信用も得られるだろうな」
「見習い騎士として一定の成果をあげ、信頼を積み重ねた段階で正式な団員として認める。そしてその時点で罪を問わないという形にするのであれば、騎士団の皆も納得がいくはずですね」
「……それなら、受け入れる理由としても筋が通るかもしれませんね」
山南さんの言葉に山崎さんが頷く。
けれど近藤公爵が静かに唸ると、眉を下げて僕を見つめた。
「だが、もしかすると君は騎士団の中で辛い思いをするかもしれんぞ。最初から好意的に受け入れられるとは限らん。それでも君は耐えられるか?」
「耐えられます。どんな扱いを受けようと、僕がこの公爵家で剣を振るいたい気持ちは変わりません」
酷い扱いを受けることには慣れている。
だからそんなことは何の障害にもならないと、僕は近藤公爵を真っ直ぐ見つめた。
するとその覚悟が伝わったのか、彼も僕を見つめ一度頷く。
そして何かを決めたようにその瞳に力を宿し、はっきりと僕に告げてくれた。
「ならばまずは見習い騎士として、一から努力してみなさい。君のこれまでの生き方がどうであれ、これからの行いが君自身を示すと思って頑張って欲しい」
「はい」
「ならば決定だ。総司、今日よりアストリア公爵家の見習い騎士として、己の力を示してくれ」
僕は息を呑み、ゆっくりと頭を下げた。
重苦しい空気の中、僕はその場に立ち上がった。
握った手に、かすかな震えがある。
それが緊張によるものなのか、あるいは感謝の気持ちが溢れているせいなのか、自分でもよく分からなかった。
近藤公爵、山南さん、山崎さん、そしてセラを見つめながら、深く息を吸い込んだ。
「ありがとうございます。僕のような者をこの公爵家の騎士団に迎え入れてくださること、本当に感謝しています」
それは心の底からの言葉だった。
生きる意味を見失いかけていた僕に、もう一度剣を持つ理由を与えてくれた。
これ以上のことはないと思えた。
「大公国を追われ身分も名誉も何もかもを失った僕ですが、それでもこうして剣を執る機会を与えて頂いたことを決して無駄にはしません。アストリア公国の騎士として、この身を捧げることを誓います。この剣を公爵家のために振るい、公爵家を護ること……その役目を僕に与えて頂けるのであれば、迷いなくそれを果たします」
それが僕にできる唯一の償いであり、生きる理由になると信じていた。
そして何よりも大切なのは、罪人の僕に手を差し伸べでくれたセラのこと。
僕が彼女の前に片膝をつくと、目を瞬いたセラは愛らしい表情のままただ黙って言葉を待ってくれていた。
「僕は、お嬢様に救われました。お嬢様が僕に手を差し伸べ、こうして生きる意味を与えてくれたから、今度は僕がお嬢様のために剣を振るいたい」
あの日、誘拐犯に囚われていた彼女を救おうと決意した瞬間から、僕の中で何かが変わり始めた。
初めて誰かを護りたいと思えたし、今はその気持ちが更に大きくなって僕の心を色付けてくれている。
高揚感にも似たこの想いは、今まで生きていて生まれて初めて感じる特別な感情だった。
「お嬢様に何があろうとも、僕はあなたの盾となり剣となります。この命が尽きるその時まで、あなたの剣として在り続けることをここに誓います」
心からの誓いだった。
この誓いだけは、決して曲げないと心に決めた。
真っ直ぐセラを見つめると、彼女の綺麗な瞳は大きく揺れる。
そして柔らかな微笑みがゆっくりと形作られた後、彼女は嬉しそうに顔を綻ばせて僕を見つめた。
『私こそ、総司に命を救って頂きました。総司がいなければ、私は今ここにいません。総司が命を懸けて護ってくれたように、私も総司を信じます。私を助けてくれて本当にありがとう』
彼女の声は、どこまでも優しくて温かくて。
ただその一言が、僕の心を満たした。
この剣は、彼女のために。
この命は、彼女のために。
どんな過去があろうとも、僕は騎士としてセラを護る。
たとえ何度時が巡ろうとも、それだけは決して変わらない。
セラを護ることこそが僕の生きる意味なのだと、一生の忠誠を心に刻んだ。
「総司、お前はまだ若い。だが、その覚悟は確かに伝わったよ」
僕を見つめる近藤公爵の厳しくも温かな眼差しに、僕は身を引き締める。
「これから多くの試練があるだろう。しかし、どんな時も己の信じる道を見失わずに歩んで欲しい」
「はい、必ず」
近藤公爵が視線を向けると、山南さんが微笑みながら小さく頷いた。
「これで沖田君が正式に見習い騎士ということになりましたね」
「正直俺としてはまだ心配な部分はありますが、何かあればいつでも声を掛けてください。君の力になれるよう努めます」
山崎さんは一度渋い顔をしながらも、微笑んでくれる。
その言葉が妙に心地よく、僕も微かに笑みを浮かべた。
そして最後に、セラが優しく僕の名前を呼んだ。
『総司がここで生きる道を見つけられるように、私も支えます』
「ありがとうございます。僕は必ずご厚意に報いることができるよう、尽力致します」
僕は深く頭を下げた。
そしてその誓いを胸に、新たな道を踏み出す決意を固めた僕がいた。
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