5

月日が流れるのはあっという間で、総司がアストリアで暮らすようになって早数ヶ月。
その間、城に来る講師の方々に教わる勉強や様々なレッスンに追われていた私は、生活エリアが違う騎士団の方々には殆ど会うことはなかった。
それでも掌に薄く残った傷痕を見るたびに、総司のことを思い出す。
ここでの生活には慣れたのか、無理をして体調を崩していないか、考えることは度々あった。

でも私は、総司の好きな食べ物すら知らない。
ただ一つわかるのは、あの人が辛く悲しい毎日を一人で耐えて送ってきただろうということだけだった。
だからここでは沢山食べて体力をつけて欲しい。
そしていずれ立派な騎士になれるだろう総司が、このアストリアで自分の居場所を見つけくれたらいいと思っていた。


『何が好きなのかな』


甘いものは好きそうだから、今度時間ができたらクッキーでも焼いて騎士団に持っていこうかな。
クッキーなら他の皆にも配りやすいし、日持ちもする。
あ、でも来週までに覚えないといけない歴史書があるから今週はあまり時間がないかな……。

束の間の休憩時間、お城の庭園のベンチに腰掛けた私は、本を広げながらぼんやり考えごとをしていた。
最近は雨続きだったこともあり、外に出たのは久しぶり。
でも結局総司のことばかりを考えて、手元の文字が全く入ってきていない状態だった。

はあ……と小さくため息をつき、空を見上げる。
風が心地いい、そう思ったその時。


「わ」


耳元で突然、囁かれるような声がして、私は思わずビクッと肩を跳ねさせた。


『え……?な、なに……?』


驚いて振り向くと、そこには総司が立っていた。
相変わらず涼しい顔で、くすりと笑っている。


「久しぶり。元気?」

『……総司、びっくりしたよ。もう、なに?』

「ははっ、そんなに驚かなくてもいいのに」

『後ろからいきなり声をかけられたら驚くよ』

「僕の気配に気付けなかった君が悪いんじゃない?」


その言葉を聞いて思わずむっと口を尖らせると、総司はますます楽しそうな顔をする。


『やめてよね。もう、総司のせいで凄くドキドキしちゃった……』


胸に手を当てると、ドキドキというよりバクバクしている。
恨めしげに総司を見上げると、総司は私を驚かせられたことに満足している様子で私を見下ろしていた。


「僕にドキドキしてもらえて嬉しいよ」


この前話した時から薄々思っていたけど、総司は私が思っていた人とは少し違うみたい。
近寄り難い雰囲気はあるものの、礼儀正しく穏やかでどこか控えめな印象だったのに、今は意地悪な笑顔で私の反応を楽しんでいるように見える。


『総司にドキドキしたわけじゃないよ?』

「なんだ、残念。君があまりにもぼんやりしてたから、驚かせたくなったんだよね」

『ぼんやりもしてないよ』

「そう?」


総司はじーっとこちらを覗き込んでくるけど、そんに見つめられても少し困る。
何を考えているのか探られているみたいで、落ち着かなくなってしまうからだ。


『してないよ、本当だよ』

「ふーん?でも何か考え事してたよね」


私が目を瞬くと、総司がまたくすくすと笑う。


「何を考えてたの?」


どう答えればいいのかわからない。
考えていたのは事実だけど、総司のことを考えていました……なんて言えるわけがないし。


『別に、私が何を考えていても総司には関係ないと思います』

「あははっ、敬語になった」

『だから私のことは気にしないで』

「んー」


総司は少し考える素振りを見せてから、ゆっくりと私の前に回り込んだ。


「じゃあさ、君が何を考えてたのか僕が当ててあげようか」

『ふふ、いいよ。でも総司に当てられるのかな?』

「うーん、そうだな。実は僕のことを考えてた、とか?」

『………』

「あれ?図星?そんなにわかりやすい反応するなんて、ほんとに僕のこと考えてくれてたんだ」

『……どうしてそうなるの?』

「なんとなく?目が泳いでたから」


やだな、知られるなら最初から隠さなければ良かった。
別に総司のことを考えてても、気まずく思う必要なんてなかったのに。


『うん、ずっと総司のこと考えてたよ』


実際、庭園に来てからは、本を膝の上に放置したままずっと総司のことを考えていた。
だからそう言って微笑んでみると、目を瞬いた総司は一度私から視線を逸らす。
そして意図のわからないため息を一つこぼすと、再び私を見つめて少しだけ微笑んだ。


「僕もずっと君のことを考えてたよ」


総司の顔には今はもう意地悪な笑みは浮かんでいなかった。
だから少しだけ照れくさくて、私は思わず笑ってしまった。


「それ、何笑いなの?」

『ふふ、よく分からないけど』

「変なの。で?どうして僕のこと考えてたの?」

『総司が騎士団で大変な思いしてないかな、とか。ちゃんとご飯食べてるかな、とか……お友達できたかな、とか気になって』

「なんか、僕を子供扱いしてない?」

『してないよ。総司は私のこと、どう考えてくれてたの?』

「別に普通のことだよ。何してるのかな、勉強頑張ってるのかな、とかね」

『それなら総司も私と同じだと思うけど』

「本気?全然違うよ」


あまり違いが分からないけど、私達はあの辛くて怖い体験を経て今こうして同じ時間を過ごしている。
だからこそ、こうしてお互いのことを気にかけるのは当然なのかもしれないと思いながら、苦笑いしている総司に微笑みを向けた。


『そういえば、総司はどうしてここにいるの?』

「庭園に行ったことないって言ったら、左之さんに綺麗だから見てこいって言われてさ。公爵邸の敷地内のことはまだよく分からないし、時間が出来たから来てみたんだ。君は?」

『私は外の空気を吸いたくて来たんだ。最近ずっと雨で室内にばかりいたから、太陽の光を浴びたくて』

「確かに、ここ気持ちいいね」


そう言って私の隣に腰掛けた総司を思わず目で追ってしまうと、総司は少し目を瞬かせた。


「あ、だめだった?」

『え?何が?』

「いや、僕みたいなのがお嬢様の隣に座るのって規則的に駄目なのかなって」

『まさか、そんな決まりないよ』

「なんだ、良かった」


突拍子のないこと言われて最初は驚いたものの、段々面白くなって思わず笑ってしまうと、総司は少し怪訝そうに眉を顰めて見せた。


「なに笑ってるのさ」

『だって正式な場ならともかく、普段の生活の中でそんなに階級なんて気にしないよ』

「そんなことないから。君は自分が上の立場だからそう思うだけじゃないの?」

『ええ?じゃあ私やお父様は、知らないうちに皆に気を遣わせちゃってるのかな』

「そんなことはないけどね。でも礼儀作法を何も知らない奴って思われたくないじゃない。僕はもう貴族らしい振る舞いもすっかり忘れちゃってるし、色々やらかしそうで心配かな」


そう話す総司は深くため息を吐き出すものの、そこまで私に気を遣っている様子も見受けられなかった。
変に壁を作られない方が私も接し易いから、以前程緊張しないで話すことが出来そうだ。


『そのうち慣れていくと思うよ。それに総司は剣術の才能があるってお父様や山南さんが話してたよ。剣捌きも綺麗だし、見習いとは思えないって山崎さんも驚いてたくらい』

「だといいけど。取り敢えずは早く見習いを卒業しないとね」

『総司ならすぐ昇格できると思うな。見習いを卒業した後も、普段の任務で功績を残したりすると階級の上がりも早いみたいだよ』

「そうらしいね。あと君の専属騎士になりたいなら、階級や功績は勿論、大会で優勝することが大事だってこの前聞いたんだ」


あの事件があって、お父様がなるべく早く決めたいと言った私の専属騎士。
以前までは実感が湧かなかったけど、総司と出会ってあんなことがあって、今はこの人に志願して貰えたら嬉しいと思う私がいる。
あの日、私のために必死になって戦ってくれた総司のことが誰よりも信頼出来る気がしてしまう。
勿論自分からは言えないものの、総司が少しでもそのことを視野に入れて考えてくれてるなら嬉しいんだけどな。


「セラって今十ニ歳なんだよね?」

『うん、総司は?』

「僕は十四だよ。だから一応年齢的には志願できるんだよね」


背丈があるせいかもう少し年上かもしれないと考えていたけど、専属騎士の志願条件に当て嵌まっていることに安堵する。
そして次に開催される大会では、総司に頑張って貰えたら嬉しいと伝えようとしたけど。
そんな私に総司は言った。


「まあ、専属騎士のことは別にいいや」

『……え?別にいいやってどうして?』

「んー?僕には関係ないかなって思って」

『そう……なんだ……』


総司が見習い騎士として騎士団に所属することが決まった日。
総司が言ってくれた言葉が本当に嬉しかった。

ーーお嬢様に何があろうとも、僕はあなたの盾となり剣となります。
この命が尽きるその時まで、君の剣として在り続けることをここに誓います。

そう言って私を真っ直ぐ見つめた総司の顔が、ずっと頭から離れなかった。
でもあの時はお父様や他の方々もいたし、総司も私も今よりずっと畏っていた。
騎士を目指す立場としてあの場で忠誠を誓うのは、当たり前のことなのかもしれないよね。

だから勝手に期待をした私が悪いし、総司には総司の考えがある。
それを悲しいと思うこと自体身勝手だけど、この胸はちくりと痛んでしまった。
だって、別にいいや、関係ないなんて、そんな言い方はしなくてもいいのに。
私のことなんて別にどうでもいいって……そう言われている気がした。


「だって素行も見るって聞いたからさ。犯罪歴がある僕にはどのみち無理だろうなって思ってたんだけど、違うの?」

『私にもよく分からないよ』

「分からないって何さ。自分の専属騎士のことくらいちゃんと知っておきなよね」


総司は少し呆れた口調で、ため息混じりにそんなことを言う。
私は私でそんな総司の態度に少しだけむっとしてしまったから、総司から少し顔を背けて口を開いた。


『別に何も分かってないわけじゃないよ?その時によって選ぶ基準の中でも重要視する項目は違うみたいだし』

「それは分かってるよ。だから君の専属騎士の場合はどういう選考基準になるのかが知りたかったんだけど」

『それはまだ選考が始まってないから具体的には何も……』

「そういうのはちゃんと確認しておいた方がいいんじゃない?自分の専属騎士のことでしょ」

『でもこの前のことがあって急にその話が具体的に出てきたばかりなの。それに今すぐ決めるわけじゃないから』

「そんなのんびり構えてて大丈夫なのか心配だな。変な奴が選ばれたらどうするのさ」

『変な人なんてアストリア騎士団にいないよ?』

「じゃあ誰でもいいの?」

『そういうわけじゃないけど……』

「そもそも前の団長みたいに問題起こして辞めさせられた奴だっているんだから、ちゃんと慎重になりなよ」


関係ないって言っていたのに、総司はそう言いながら先程よりも大きなため息を吐き出している。
確かに総司の言うことは一理あるし、私もこれから真剣に考えるつもりだけど、正直自分の中でも専属騎士がつくことを上手くイメージできていないから難しかった。
だからと言って、誰でもいいなんて思ってる筈がない。
私は総司がなってくれたら……って思っていたくらいなのに。


『総司は専属騎士に興味ないんだよね?だったら気にしなくてもいいと思うけど』

「別に興味ないわけじゃないよ」

『さっき僕には関係ないみたいなこと言ってたよ?』

「いや、それはそういう意味じゃないってば」

『別に総司の好きにすればいいと思うよ。私に気を遣って貰わなくても大丈夫だし。でも最初から専属騎士なんて別にいいやなんて言ってる人は、永遠にずーっと見習い騎士のままかもね』

「…………」


思わず感じ悪い言葉が口から出てしまったから、総司の方を見れなくて更にまたそっぽを向く。
どうしよう……、今の言い方は良くなかったかも。


「あのさ、なんか怒ってない?」

『う、ううん。全然怒ってないよ?』

「ならいいけど……。さっき言ったのは、別に君の専属騎士になりたくないって意味じゃないからね?」


わざわざフォローされると、逆に悲しくなるからやめてほしい。
でも総司にはきっと悪気があったわけじゃないだろうから、気にする必要はないと自分に言い聞かせた。
総司は毎日訓練を頑張ってるのに、棘のある言い方をして、私……良くなかったな。


『うん、分かってるから大丈夫だよ。私はね、もし専属騎士になりたいって思ってくれる人がいるなら、その気持ちは大切にしたいなって思ってるだけなの』

「なんだ、良かった。じゃあなんで怒ってたの?」

『本当に全然怒ってないよ。勘違いさせるような言い方してごめんなさい……』

「別にいいよ。てっきり騎士全員に好かれてないと嫌なのかと思って、ちょっと焦っただけ」

『え?そんなこと思うわけないよ。どうしてそんなこと言うの……?』

「うーん、深い意味はないけどね。ただ公女様とか貴族のご令嬢って皆そんなものなのかなって思って」

『……なにそれ、総司の中で私の印象ってそんなだったんだね。そんなことばっかり言うならもういいよ』

「え?セラ?」

『もう行くね、次のレッスンあるから』

「あ、ちょっと待ってよ」


立ち上がった私を総司は追いかけて来てくれたけど、私は庭園に繋がる城の入り口から中に走って逃げてきてしまった。
足を止めた場所に丁度鏡があって、ふとみた自分が膨れっ面だったから慌てて顔を元に戻す。
折角久しぶりに会えたのに結局こんな結果で、思わず小さなため息を溢した私がいた。


- 15 -

*前次#


ページ:

トップページへ