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ここに迎え入れて貰ってから数ヶ月。
見習いである僕はまだ任務に同行させて貰うことは出来ないものの、日々地獄のような剣の稽古に励んでいた。
でも他者から教わることで自分では気付かなかった欠点が見えたり、より効率の良い動きを身につけることが出来るようになったから、毎日が発見の連続だ。
ここでの暮らしにもだいぶ慣れ、充実した時間を過ごすことが出来ていた。

とは言え城内のマナーや暗黙のルール的なものがいまだに僕を悩ませるけど、まずは見習いを卒業することに重きを置けばいい。
そう考えていた矢先、問題が起こった。


「ねえ、もしあの子を怒らせたら騎士団を辞めさせられたりするのかな」


夕食を摂りながら、左之さんや新八さん、平助に話かけると、皆してポカンとした間抜け面で僕を見つめた。


「あの子ってセラちゃんのことか?」

「うん」

「え、もしかしてセラを怒らせたのか?」

「まあ、ちょっとね」

「何をどうやったら、んなことになるんだよ。長いことここにいるが、セラが怒ったとこなんざ一回も見たことねぇぜ」

「俺だってセラちゃんが怒ってるとこは見たこたねぇよ」

「俺もねーし」


そうなんだ。
それだったらちょっと膨れてもらうくらい案外悪くないと思う僕がいる。
皆が知らないあの子の表情を見ることができたと思えば優越感かな。


「仕方ないじゃない」

「仕方なくねーって。ったく、何やってんだよ」


何やってんだと言われても、僕も好きで怒らせたわけじゃない。
眉を少し吊り上げて僕を睨む顔は可愛いらしかった。

しかも、ずっと見習い騎士のままかもねって。
その言われ様にはちょっと驚いたけど、最初の頃の落ち着いたイメージとはまた違う面が見れたことは良かったかな。
公女としての凛とした佇まいも勿論いいけど、なんとなく僕は素のあの子も見てみたいと思い始めていた。


「さすがに騎士団を独断で辞めさせるってことはねぇと思うけどよ、何をしたかにもよるんじゃねぇか?」

「普通に話してて怒らせちゃっただけだよ。別に悪気はなかったんだけどね」

「知ってるか、総司。悪気ない方がかえって悪質って場合もあるんだぜ」

「そうそう。お前セラに何言ったんだよ」

「んー、専属騎士には別にならなくていいやとか?それでちょっと怒った気がしたから、騎士全員に好かれてないと嫌なのかなって思って」

「まさかそうセラちゃんに聞いちまったのか?」

「うん。そしたらレッスンあるからもう行くって置いていかれちゃったんだけどね」

「うわー、マジひでーわ」

「そりゃ怒りたくもなるわな」


三人に呆れ返った視線を向けられて、やっぱり僕が悪かったのかとため息を吐く。


「僕が言いたかったのはさ、まだ見習いだし専属騎士を志願する前にやることは山積みだから今は高望みしないって意味だったんだよ。あと僕が知らないだけで、公女様には専属騎士に志願する姿勢を見せるのが礼儀なのかもしれないって思ってね」

「それでそんな言い方になっちまうなんざ、どんだけ不器用なんだよ」

「セラちゃん、前にここに来て言ってたぜ。専属騎士は立候補してくれた人の中から決めたいですって。無理強いは嫌なんだと。年齢差の制限がなけりゃ、俺も立候補したかったぜ」

「全くだな。平助は立候補するんだろ?」

「するに決まってんじゃん。つーか周りに確認したら年の近い奴らは皆するって言ってるからさ、マジで気を引き締めねーと」

「細かい理屈は置いておいて、お前は本当に興味ないのか?」


左之さんからの問いに思わず無言になったけど、興味がないわけじゃない。
ただ見習いの分際で、しかも前科持ちなのにあの子の専属騎士になりたいだなんておこがましい気がした。
何より彼女の方が僕なんかが専属騎士になることを望んでいない筈。
そう考えたら、興味があるなんて言い出せるわけがなかった。


「僕はまだ見習いだからね」

「だから、んなもんは関係ねぇだろ。お前なら本気でやりゃいけると思うけどな」

「ちょっと左之さん。俺のライバルを無理に増やさないでくれって」

「平助はずっとセラちゃんの専属狙ってるもんな」

「当たり前じゃん。あー、なんでこんな強そうな奴が入ってきちまうんだよ」

「平助だって強いじゃない。それに僕は立候補しないよ」

「とか言う奴に限ってしれっと立候補したりするんだよなー」


じっとり睨みつけてくる平助に苦笑いを溢して、再びこの前の彼女とのやり取りを思い出す。
皆の話を聞く限り立候補は任意らしいし、やっぱり最初に膨れたように見えたのは気のせいだったのかな。


「でも専属騎士って具体的に何するの?」

「まあ護衛対象が誰かにもよるけどよ、基本一緒にいて護り続けるってことだろうな」

「そうそう、出掛ける時以外にも食事摂る時や学業の時間なんかも一緒って聞いてるぜ。だから年齢差三歳以内が理想ってこと」

「へえ、そうなんだ。じゃあ寝る時は?」

「寝る時は流石に別だろうけどよ、確か隣に部屋を用意するんじゃなかったか?」

「言ってた。で、隣接した部屋同士行き来できるようになってるんだって。それで俺達、すっげーいいじゃんってなったんだもん」

「え、でもそれって危険じゃないの?下心で専属騎士になりたがる奴もいそうだけど」

「そうかもしんねぇが、セラちゃん付きとなりゃ倍率もすげぇだろうからな。下心くらいじゃ専属になんざなれねぇだろうな」

「そもそも信用出来ねぇ奴を近藤さんやセラだって選ばねぇと思うぜ」

「となると総司、お前不利なんじゃねーの?」


悪戯っぽく笑って平助はそう言った。
平助のことだからおそらく他意なくそう言ったんだろうけど、少しばかりムカついて近くにあった木剣で頭を叩いてやった。


「いって!なにすんだよ、総司!」

「平助が余計なこと言うから悪いんじゃない」

「ちょっとした冗談じゃん、悪気ねーって!」

「知ってる?悪気ない方がかえって悪質って場合もあるんだよ」

「なんか……どっかで聞いたような台詞だな」


誰が彼女の専属騎士になるのかは分からないけど、変な輩には立候補すらして欲しくないと思う自分がいる。
少し感じる歯痒さの原因はよく分からないけど、まずは正式な騎士団員になることが先だ。
今は強くなることに専念しようと考えながら、あの子の笑顔を頭で思い浮かべる僕がいた。


「そう言えば、左之さんが言ってた庭園に行ってみたよ。花がいっぱい咲いてて綺麗だったかな」

「だろ?まあ俺も数回行ったことあるくらいだけどな。昔は近藤さんが庭園で花見でもしよう!とか言って騎士団の連中と馬鹿騒ぎしてたこともあったが、最近は行ってねぇし」

「え?そうなのか?俺ここに来てから花見なんてしたことねーんだけど」

「平助がここに来た時にはもう花見は中止になっちまってたからなあ……」

「どうして中止になったの?」


遠い目をして言葉をこぼす新八さんに尋ねてみると、左之さんが苦笑いをして言った。


「あれは元々花が好きなセラのために作られた庭園なんだよ。だが花見をきっかけに、騎士団の連中がことあるごとにあの場所で酒を飲むようになっちまって」

「そもそも規律面でも問題ある行為だぜ。ありゃあ、前の騎士団長のせいでもあるよな」

「ああ、全くな。しかも酔っ払った奴らが花を踏んだり枝を折ったりして結構荒らしちまったんだよ。そしたらセラがそれを見てしくしく泣いちまって、それ以降あの庭園には無闇矢鱈と入らないことが暗黙のルールになったってわけだ」

「あの時のセラちゃんは今よりも小さくて、可哀想だったぜ」

「そんなことがあったんだな。俺全然知らなかったんだけど」


あんなに綺麗な庭園を荒らす輩がいたなんて許し難いけど、僕を門前払いにした前の騎士団長が原因だと分かればそれも納得だ。
僕がここに来る前に解雇されて心底良かったと思う。


「じゃあ、僕達はあの庭園にはあんまり行ったらいけないってこと?」

「行ったら駄目とは言われてねぇが、その件があってから自然と皆行かなくなったって言う方が正しいかもな。それに男どもはわざわざ花なんざ見に行かねぇだろ」

「だから今は本来の用途通り、セラちゃんの息抜き場所になってるみたいだぜ」

「あー確かに。セラはよく庭園で本読んでるって言ってた気がする」

「へえ」


僕は日々訓練で忙しいし、セラも城での勉強や様々なレッスンに追われている様子だ。
だから会えなくても仕方ないと思っていたけど、まさかこんないい情報が聞けるなんて思ってもみなかった。
庭園に行けばあの子に会える可能性が高いっていうことだからね。


「総司、お前なに一人でにやけてるんだよ。庭園に行ったら駄目だからな」

「なんで?」

「なんでってセラが可哀想じゃん。疲れて休みに来てんのに、なんで総司の相手をさせられなきゃならねーんだよ」

「僕と話すことで気が紛れるかもしれないじゃない」

「セラを怒らせておいてよく言うよ。しつこくして嫌われたって知らねーからな」

「はいはい。庭園には行かないよ」


なんて、行くけどね。
嫌われるのは困るけど、僕が行ってもきっとセラは嫌がらない。
何故かそんな気がした。


「さ、休んだし僕はまた訓練してくるよ」

「は?もうやるのか?十分しか休んでねーじゃん」

「総司もタフだよなあ、よくもまあそんだけ身体をこき使えるもんだ」

「僕の身体をこき使うのは左之さんや新八さんでしょ?でもまあ、早く強くなりたいからいいんだよ」

「それなら筋トレもちゃんと頑張れよ!」


新八さんに背中をばしんと叩かれ、思わず苦笑い。
でも後で庭園に行くという楽しみができたから、今日はいつも以上に頑張れそうだった。


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