9
見習いとしてアストリアの騎士団に入団してから早数ヶ月。
朝日が地平線から顔を出す頃、僕はすでに剣を握っていた。
まだ誰もいない訓練場。
ひんやりとした空気の中で、剣を振るう音だけが響く。
今日はもっと速く、もっと強く。
ただでさえ見習いからのスタートなのに、のんびりはしていられない。
セラを護れる程の騎士になるためには、少しでも早く強さを証明しなくてはいけないと僕は剣を握る手に力を込めた。
そして昼過ぎになり、通常訓練が終わったあとも自主練を続けていた僕に、左之さんが声をかけてきた。
「総司、そろそろ少し休んだ方がいいぜ」
「ああ、左之さんか。僕はまだ疲れてないんだ、もう少しやるよ」
そう言って剣を構えると、左之さんは苦笑を浮かべた。
「お前、本当に見習いか?もう何人もの騎士が相手をしたが、お前に勝てた奴がいねぇっつうのも凄い話だよな」
「あんなのはただ運がよかっただけだよ」
「謙遜すんなって。にしてもお前はやたら無茶してるが、そんなに焦ってんのはなんでだ?」
探るような鋭い視線が僕を貫く。
けれど答えたくなくて、僕は誤魔化すように少しだけ笑った。
「さあ、別に焦ってはないけどね」
「お前がどれだけ強かろうと、身体を壊しちまえば意味がねぇだろ。ほどほどにしとけよ」
「大丈夫だよ、気をつけるから」
「ならいいが、この前セラが来てお前のこと心配してたぜ。無理はしてないかってな」
「え?あの子が?」
「あんまり心配かけるのもあれだから余計なことは言わないでおいたが、お前は身体をこき使い過ぎだ。適度な休憩も挟めよ、いいな」
去って行く左之さんの後ろ姿を眺めながら、僕は素振りを再開させる。
集中して打ち込みながらも、頭の片隅ではセラの専属騎士になることについて話していた、つい先日の平助や伊庭君の会話を思い出していた。
二人の話では、今回の誘拐事件をきっかけに、近藤さんが彼女の護衛役を腕の立つ決まった数人に絞ることを考えているという。
予め護衛役を先に絞ることで、その中からより適任だと思われた者が将来専属騎士になれるという話だ。
勿論僕はまだ見習いで、専属騎士のことまでは考える余裕すらないけど。
だからと言ってその護衛役が決まってしまえば、僕は結局一番護りたい人を護る機会すら得られなくなってしまう。
その焦りが付き纏い、以前に増してじっとしていることが出来なくなっていた。
そしてがむしゃらな練習を繰り返して早一週間。
今日は訓練が始まる前から、身体のあちこちが鈍く痛んでいた。
それでも無理だなんて言っている時間はない。
一日でも早く認められて見習いを卒業するためには、できることをするしかないと思った。
「沖田、組手だ」
「はい」
相手は正規騎士のひとり。
大きく構えた剣を前に、僕は涼しい顔を作りながら一歩前に出る。
「今日も容赦しませんよ」
「お手柔らかに頼む」
相手が笑う。
けれど僕はその余裕を打ち砕くつもりで、瞬時に距離を詰めた。
鋭い打撃音が響き、互いの剣が火花を散らしながらぶつかった。
僕は無駄のない動きで相手の剣をかわし、一撃で決めるつもりで振り下ろした。
でもその瞬間だった。
「……っ!」
腕に激痛が走る一瞬の違和感。
そのわずかな隙を相手は見逃さなかった。
「甘いぞ!」
強い衝撃が肩に直撃し、僕は後ろに吹き飛ばされた。
地面に転がり、全身の震えに息を呑む。
剣を落とすなんて……僕が……?
思わず放心していると、ざわざわと周りの騎士たちの声が耳に届いた。
「沖田が組手で負けるなんて珍しいな」
「最近のあいつ、やりすぎじゃないか?いつ寝てるんだよ」
そんな声が飛び交うのを聞きながら、僕はただ剣を握る手を見つめていた。
敗因は握りしめる力が足りなかった。
そして動きが鈍った。
だって僕は油断なんてしていない。
ただ体が思うように動かなかったんだ。
だからこそ、そのことが悔しくて仕方なかった。
「総司、無理するな。お前はちょっと休め」
「……まだやれますよ。まだ足りませんから」
「総司、もうやめとけって」
「そうだぜ、身体壊しちまったら元も子もねぇんだからよ」
左之さんに続き、平助や新八さんも止める中、僕は何事もなかったように剣を握る。
痛みには慣れているし、父親の元で鍛錬を繰り返していた時はこんなことは日常茶飯事だった。
自分を甘やかせば、絶対に強くはなれない。
自分の限界なんて自分の意志一つで決められると、僕は思っていた。
そして夕陽が騎士団の訓練場を橙色に染める頃、僕は剣を握る手の震えを隠すように、深く息を吐いた。
腕がじんじんと痺れるように痛む。
さっきの稽古で相手の剣を受け止めたとき、右肩に響く鋭い衝撃があった。
何度も剣を振るうたび、痛みは増していく。
でもそれくらいで休んでいられない。
痛みを無視して、僕はもう一度剣を構えた。
「くそっ……」
痛みなんてどうでもいい。
疲れなんて関係ない。
できることなら、僕はセラのそばにいたい。
そのためにこの騎士団に入ったんだという強い意志だけが心を支えていた。
そんな中、力が上手く入らないことに苛立ちを感じながら、以前セラと庭園で会った時のことを思い出す。
セラが言ってくれた、僕を支えられるようになるから待ってて欲しいという言葉。
それが嬉しくて、努力を続けているあの子の隣に並べるよう僕も努力したいと思えた。
順調だと強がりを告げた僕の言葉を信じてくれた彼女のためにも、僕はこんな見習いの段階で足踏みしているわけにはいかない。
だからこそ人の何倍も努力しなくてはならないと思った。
とは言え、見習いを卒業するための条件は何一つ明かされていない。
誰の判断でいつ頃認めて貰えるかも分からない中、ただがむしゃらに進み続けるのは正直辛いものがあった。
けれど僕は一度死刑を宣告された立場から掬い上げてもらった身。
催促したり条件を聞いたりできる立場ではないし、忠誠心を認めて貰うためにもただ真っ直ぐ与えられたことに忠実に取り組む姿勢が大切だと思った。
だから今の僕が目覚すのは、見習いを卒業した時、この騎士団の中で誰よりも強くなっていること。
そしてセラを護ることが出来るのは、他でもない自分だと周りに認めさせることだ。
「沖田さん」
不意に声をかけられて、僕は一度手を止める。
すると僕の直ぐ真横では、山崎君が眉を顰めて僕を見ていた。
「先程原田団長から、君が無理をし過ぎていると聞きました。そんなことをしていては逆に鍛錬になりませんよ」
山崎君は日中は護衛の任務があるため、夕方から夜にかけて騎士団の訓練場に顔を出す。
そして僕の様子を見ては恐らく近藤さんや山南さんに報告しているのだろう。
こうして僕達が言葉を交わすことは多かった。
「大丈夫だよ。まだ動けるから」
そう言いながら、力強く剣を振るうふりをする。
腕が痛いだけの理由で休んでしまえば、後退してしまう気がして怖かったのかもしれない。
本当は腕を上げるだけで鈍い痛みが走るけど、それを悟られないように笑顔を作った。
「そんなに無理されなくても大丈夫ですよ。沖田さんの頑張りはちゃんと伝わってます」
「頑張るのは当たり前でしょ。強くなれなければ意味がないよ」
「何のために沖田さんは強くなりたいんですか?」
「何のためって、強くなければ騎士として役に立たないからね」
「では、誰の役に立ちたいんですか?」
「やだな、それ何のための質問?」
口に出すのは戸惑われて思わず怪訝そうに尋ねてみると、山崎君は少し困った様子でため息を吐き出した。
「先程沖田さんの組手の訓練を見ていたのですが、だいぶ無理をされていると感じました。お嬢様もとても心配されていましたよ」
「え?まさかあの子も一緒に見てたの?」
「はい。沖田さんが弾き飛ばされた時、お嬢様が今にも駆け出して行ってしまいそうで止めるのに苦労しましたよ」
いつもは余裕で勝てているのに、よりにもよって今日の組手を見られていたなんて最悪にも程がある。
思わず剣を握る手に力が入ったけど、そんな僕に山崎君は言葉を続けた。
「あまりお嬢様を心配させないでください」
「別に心配して欲しいなんて頼んでないよ。心配してるとしたら、あの子が心配性なだけでしょ」
「沖田さん、そういう言い方はないでしょう。まさかお嬢様にもそんな言い方されていませんよね?」
「してないし、あの子には優しくしてるよ。でもあんまり心配されても困るんだよね。僕はちゃんと加減してやってるし、自分の限界は自分が一番分かってるんだから」
「そうは言っても沖田さんを推薦したのはお嬢様です。お嬢様が沖田さんのことを気にかけるのは当たり前だと思いますが」
「そうかもしれないけど、僕には僕のやり方があるんだよ。別に誰にも迷惑かけないんだから、問題ないじゃない」
口から割って出た言葉は嘘ばかりだった。
恐らく加減なんて出来ていないし、自分の限界もよく分かっていない。
何よりセラが僕を気にしてくれていることは、他の誰に労いの言葉をかけてもらうよりも嬉しかった。
でも情けない姿を見せてしまった自分への苛立ちから、思ってもいない言葉が並べられる。
ここ数日、庭園に行ってもセラはいないし、完全に癒しが足りていないのかもね。
「とにかく、過度に無理をされるようでしたら見習い卒業のための特別試験が遠のくということを肝に銘じてください」
「は……、なんで?僕は無理なんかしてないのに、勝手にそう決められるのは困るんだけど」
「沖田さん、ご自身の顔をよく見て下さい。そんな顔で無理をしていないと言われても、誰も信じられませんよ。体調管理も騎士の仕事の一つだということを忘れないでください」
その言葉に思わず眉を顰めてしまったものの、そんな僕の目の前には一つの包みが手渡される。
「……これは?」
「お嬢様からです。渡しておいて欲しいと頼まれました」
包みを開けてみると、僕への差し入れだろう。
この前とは違うパンや、レモンの蜂蜜漬けが入っていた。
凄く嬉しい筈なのに少し物足りなく感じてしまうのは、あの子から直接受け取りたかったからだ。
「どうして山崎君から?」
「お嬢様は、今お忙しいので」
「忙しいのはいつものことじゃない。まさか体調崩してるの?」
「いえ、元気にされていますよ」
「忙しいって、何か特別なことでもしてるの?」
「いえ、そういうわけではないのですが……」
なんだろう、山崎君の歯切れが悪くて少しばかり引っかかる。
まさか僕があの子をからかい過ぎたから困ってるとか?
この前も伊庭君に見られて少し気まずそうにしていたし。
「とにかく、沖田さんはそれを食べて今日はもう休まれてください」
結局その日は山崎君の命令で、僕は剣を持つことを禁止されてしまった。
しかも僕の手当をセラに頼まれたとかで、僕は強制的に診察室に連れて行かれ手当を受けることになった。
僕の肩を見た山崎君からは再びお説教を受けたけど、治療のお陰か痛みはだいぶ落ち着いた気がする。
そして治療を全て終えた僕は、セラの姿を探して庭園へと足を運んだ。
「今日もいないんだ」
最後にあの子と会ってから、思えばもうニ週間以上。
一応毎日ここに来てはいるものの、セラとは全く会えなかった。
練習を見に来てくれたということは僕のことは忘れてないのかもしれないけど、こうして姿すら見えない日々が続くと心が萎んでしまいそうだ。
「はあ……」
山崎君は誰の役に立ちたいのかって聞いてきたけど、そんなの答えは決まってる。
僕はセラの役に立ちたい。
あの子に必要とされたいんだ。
そう思う理由はよくわからないけど、沢山いる騎士の中の一人ではなく、唯一無二の騎士だと認められたい。
そのために僕はこれからも、剣を握り続けるのだろう。
でも実際の僕は四ヶ月が経過した今も見習いのまま燻っていて、彼女に心配ばかりかけている。
自分では頑張っているつもりでも、ただ空回りしているようで奥歯を噛み締めていた。
せめて少しでも会えたら元気も出そうなのに、ここ最近はセラの姿すらこの瞳に映せていない。
それが余計に僕の心中を暗くして、胸や身体の至るところが痛くてたまらない一日になった。
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