5

その日の夜、ベッドの上に寝転んだ僕はポプリを指先でいじりながらぼんやりセラのことを考えていた。
気付けばここでの生活を始めてから、もうすぐ半年。
いまだに見習いのままでも思いの外落ち着いていられているのは、あの子が常に僕を気にかけてくれていたからだった。
このポプリもそうだし、チェストに置かれたカレンデュラのオイルもそう。
よく差し入れだって持ってきてくれて、庭園に行けば嬉しそうに笑ってくれる。
僕が幸せでいてくれることが一番嬉しいと言ってくれたあの子の言葉を思い出せば、胸の奥が温かくなっていくようだった。

何かお礼がしたい。
そう思ったものの、僕は見習いだから自由に外に出られないし、大層な贈り物なんてできるはずもない。
だから僕なりにできることを考えた結果、木彫りの細工が思い浮かんだ。
時間さえかければちゃんとしたものが作れるはずだと、次の日から早速準備に取り掛かることにした。


まずは彫るための木を調達しなければならない。
城内の庭師が使う材木置き場に行って、使えそうな木片がないか聞いてみると、しっとりとした木肌の白木を貰えることになった。
白木は柔らかくて彫りやすい上、丈夫で長持ちするらしい。
塗装なしでも綺麗な色合いを保つと聞いて、僕はその木片でセラの部屋に飾れる置物を作り始めた。

騎士見習いとして剣の扱いは慣れているとは言え、小刀一本だけで作るのはなかなかの難易度だった。
セラに似合う可愛らしいうさぎにしたかったから、まずは輪郭をざっくりと削り、そこから少しずつ細かい部分を彫り込んでいく。
耳は柔らかく丸みを帯びさせ、ふわふわの尻尾も丁寧に形作っていった。


「ん……こんな感じかな」


何日かかけてゆっくり彫り進めるうちに、だんだんとうさぎの形になってきた。
セラは可愛らしくて、守ってあげたくなるような子だし、小さな身体で一生懸命に跳ね回る姿は小さなうさぎみたいだと口元に笑みを作る。


「これなら喜んでくれるかな」


最後の仕上げに、その目元に優しい丸みをつける。
甘えた声で話しかけてくるセラの愛らしい瞳を思い浮かべていた。


一週間程かけて完成したのは、木の温もりを感じる小さなうさぎの置き物だった。
毛並みの柔らかさを表現するために、細かい彫りを重ね、丸いフォルムでセラらしい可愛らしさを出したつもりだ。
あとは、どうやって渡すかだけど。


「あ、セラ」


庭園の中、セラの姿を見つけて心が弾んだものの、彼女を呼ぶ声が途中から小さくなる。
ベンチに座って本を読んでいただろうセラは、風に吹かれながら気持ち良さそうに眠ってしまっていた。


「……無防備過ぎて心配になるな」


眠るなら自分の部屋で寝て欲しい。
万が一この場所に他の騎士でも来ていたらと思うと、思わずため息を吐き出した。

でも瞳を閉じたその寝顔を見ると、檻の中で一人眠るあの時のセラを思い出す。
あの時の僕は、まさかこんな日々を送ることになるなんて思ってもみなかったけど、今思えばあの仕事を引き受けたのは僕の人生において最大の転機だった。
こうしてセラを助けられたこと、セラが僕を掬い上げてくれたこと、今一緒にいられることも全て奇跡に近い展開だ。
運命なんて信じてないし、その言葉は好きではなかった筈なのに、セラとの出会いやこうして同じ時間を過ごせることは僕にとって運命に近いのではないかと考えてしまう僕がいる。


「あーあ、いつ起きるのかな」


セラの隣に腰掛けて、そっとその肩を僕の方に引き寄せる。
すると素直にこてんと僕の肩に頭を預けてくれたセラは、尚も気持ち良さそうに眠ったままだった。
色素の薄い髪に頬を預けると彼女の柔らかい髪があたって擽ったい。
その香りも温かさも心地良くて、僕の瞳も自然と閉じられていった。




「起きてください、沖田君」


それからどのくらい経った頃だろう。
聞いたことのある声が聞こえて、僕ははっと意識を呼び戻す。
寝ぼけ半分で目を開けると、穏やかな笑みを浮かべる山南さんが僕を見下ろしていた。


「あれ……?山南さん?」

「夕食の時間になってもお嬢様がいらっしゃらないので来てみたのですが……君達はいつの間にか、とても仲良くなったようですね」

「いえ、別にそんなことはないですけどね」


いまだセラは僕の肩に頭を預けたまま、すやすやと寝息を立てている。
とても、という言葉を強調した山南さんに苦笑いを返したものの、彼の含みのある笑みが少し怖い。


「ほう……そんなことはないと?」

「はい。たまたま二人で寝てしまっただけですよ」

「では、その手は?」

「手?」


その言葉に誘われて自分の左手に視線を下ろす。
すると僕の左手にはセラの右手が重ねられ、絡めるように僕の指をギュッと掴んでいた。


「……え?いや、これは僕じゃないですって」


慌ててその手を離して、山南さんに抗議をするのは当たり前だ。
僕は流石に手は繋いでいない。
寝ていたから正直覚えていないけど、僕からは何もしていない筈だと信じたい。


「ではお嬢様の方から繋いだということでしょうか?」

「寝ていたので無意識ですよ、他意はありませんから」

「そうでなければ困りますね。君はまだ見習いですよ、正式な騎士になる前にこんなことが近藤さんに知られでもしたら……」

「山南さん、勿論近藤さんにこの件は言わないで頂けますよね?」

『んん……』


僕が手を払い退けたせいか、僕達の話し声のせいか、セラは身動きしてようやくその瞳に僕を映す。


『あれ?総司……?山南さんも……』

「お嬢様、こんなことろで寝ていては風邪を引かれてしまいますよ」

『ごめんなさい、昨日の夜あまり眠れなくて……』

「もう夕食の準備ができていますよ。私はこれからまだ少し用事がありますので、先に城内へ戻られて下さいね」


山南さんは先程の返事もしないまま背を向けてしまうから、僕は慌てて彼の名前を呼ぶ。


「どうしましたか?沖田君」

「いえ、先程のことなんですけど……」

「大丈夫ですよ、私は何も見ておりません。君の騎士就任を楽しみにしていますよ」


山南さんは柔らかく微笑んで去って行くから、僕は思わず目を瞬く。
もっと大事になるかと思ったけど、他意のなさそうな山南さんの様子を目の前に心底安堵してしまった。


『総司?先程のことってなに?』


呑気なセラは、まだ少し眠そうにしながら目を擦り、そんなことを尋ねてくる。


「さあ、なんだろうね」

『なあにそれ、私に隠し事?』

「そうだね。君には言えないかな」


セラはその言葉を聞いて少し寂しそうに、でも少し不服そうに眉を寄せてみせた。


「そんな顔しないでよ。別に大したことじゃないからさ」

『ふうん……』

「そんなことより、外で寝たら駄目だよ」


よくよく見れば僕の肩にずっと頭を預けていたせいか、彼女の頬には赤く跡がついてしまっている。
思わず笑ってしまうと、またセラは眉を顰めていた。


『……なあに?』

「ここ、跡ついてるよ」


頬を撫でると、とろんと眠そうだった瞳が大きく見開かれ、今度は少し照れくさそうに逸らされる。
でもセラは決して嫌がる素振りや手を退かすことはせず、僕を受け入れてくれるようだった。


「あ、そうだ。これ、君に」


思えば誰かに贈り物をしたことなんて初めてだ。
贈り物と呼ぶには些細な物だけど、僕なりにセラを想って真心込めて作った木彫りのうさぎをセラの手のひらに乗せた。


『わあ……可愛いうさぎ。これ、総司が作ったの?』

「うん」

『すごい……!売り物みたい、とっても可愛い……』


セラは目を丸くしたあと、ふわりと頬を染め、そっと木彫りのうさぎを撫でる。
大事そうに小さな手の中で包み込む姿が、なんだか愛らしい。


『こんなに可愛いうさぎ、私が貰ってもいいの?』

「君に作ったんだから貰ってよ」

『ありがとう……』

「どういたしまして」

『お部屋に飾ってもいい?』

「もちろん」

『嬉しいな、大切にするね』


喜んで貰えて、ひとまずホッとする。
まあ優しいこの子のことだから喜んでくれることは分かってたけど。
本当はもっと良い物をあげられたら良かったんだけどね。


『総司凄いね、器用過ぎるよ。どうやって作ったの?』

「白木を小刀で削っただけだよ。あとはやすりで滑らかにしたくらいかな」

『それでこんなに可愛いうさぎを作れちゃうの?凄過ぎるよ』

「セラの方が色々作れて凄いじゃない」

『私のは技術がいらないものばかりだもん、総司の方が凄いよ』

「これはいつも色々気にかけてくれるお礼だよ。今は城の外に出れないから、こんなもので申し訳ないけどね」


公女様に渡す物ではないのかもしれないけど、僕なりに感謝の気持ちを伝えたかった。
君を大切に想うこの気持ちが、少しでも君に伝わればいい。


『とっても嬉しいよ。総司が私のために作ってくれた物だから、余計に嬉しい』


セラが嬉しそうに微笑んでくれる。
その顔を見て、僕は思わずふっと小さく笑った。


『どうしたの?』

「いや、君が喜んでくれたから作ってよかったなって思っただけだよ」

『本当に嬉しいよ。この子のこと、総司の次に大切にするね』


その言葉に笑ってしまったけど、いちいち可愛いんだよね。
セラが幸せそうに木彫りのうさぎを抱える姿を見て、僕も幸せな気持ちになった。


「じゃあ行こうか、城の入り口まで送って行くよ」

『でも入り口はもう直ぐそこだよ?』

「うん。それでも送って行くよ」

『ふふ、ありがとう』


庭園の最奥には城へ続く登り階段がある。
正面玄関ではないものの、この階段を登れば城内に入れる仕組みになっているようだ。
見習いである僕は城の中へは入れないから、一緒にいられる時間はあとほんの少しだけ。
盗み見たセラの横顔は夕日に照らされていて、少し遠くを見つめるその表情がいつもより大人びて見えた。


『もうすぐ半年だね、総司がここに来て』


ここまで長かったような、あっという間だったような、どちらとも言えない気分だ。
思った以上に見習いの期間は長く辛いものだけど、護りたいものを見つけた僕は迷うことなく前だけを見て進めている気がした。


「そうだね。だいぶここでの生活にも慣れてきたよ」

『良かった。きっと総司はもうすぐ見習いを卒業できるよ』

「それ本当かな」

『うん。なんかそんな気がする』

「はは、そうだといいけどね。これで駄目だったらさすがにへこむし」

『総司なら絶対大丈夫だよ』

「君のその自信はどこから来るのさ」

『総司は絶対アストリアの騎士になってくれるって、信じてるからだよ』


僕の前をゆっくり歩くセラの弾んだ声が耳に届く。
この背中をずっと追いかけて行きたいと思いながら眺めていると、セラは後ろを振り返り愛らしく微笑んだ。


『私、総司と出会えたこと運命だと思ってるんだ』


唐突に言われた言葉に、僕は思わず足を止める。
すると同じように足を止めたセラが、僕を見上げて言った。


『総司がいたヴェルメルこと、私が誘拐されたこと、あの日総司が見張りを任されたこと……どれも普通だったら起こり得ないことだけど、その全部が揃ったから今総司と過ごせてるんだなって思ったら、それって凄いことだと思わない?』


僕達の出会いは決して綺麗なものではなかった。
ありきたりでもなければ、感動的でもない。
それでも僕は、人生においてかけがえのないこの子に出会った。
そしてそれは日毎に大きな想いとなって、僕自身を変えようとしていた。


『総司が私の手を引いて一生懸命逃げてくれてた時、思っていたことがあってね。もし生きて帰ることが出来たら、総司は私にとって、きっと私の人生を大きく変えてくれる人になるなんじゃないかって、そんなことを考えてたの』


僕はセラに出会ったことで、大きく人生が変わった。
考え方も生き方も、以前までとはまるで違う。
そしてそれは、僕が一方的に思っていることだと思っていた。
でもセラの言葉を聞いて、僕の存在が多少なりともこの子の人生を色付けられているならそんなに嬉しいことはないと思う。
ただ真っ直ぐセラを見つめることしかできない僕に、彼女は優しく言ってくれた。


『だから総司はこれからも、私の傍にいてくれるよね?』


ああ、だからセラは僕がここの騎士になると信じてくれたのだとようやく繋がる。
そしてそれが分かった今、とてつもなく胸が熱くなり、またこの子がどうしようもなく好きになった。
僕はこれから先の人生において、きっとセラ以上に誰かを特別に想うことなんてできないだろう。
そう確信してしまうくらい、セラの言葉やその考えが、僕の心を彼女の色に染め上げていくようだった。


「君が望んでくれるなら、僕はずっと君の傍にいるよ」


たとえそれがただの騎士という立場だったとしても。
気楽に話せる友人という立場だったとしても。
僕は君の傍にいる。
たとえいつか、君が他の誰かの元へ嫁いでしまう日が来たとしても。
僕は離れなければいけないその時まで、ずっと君の傍にいたい。


「だから僕は絶対アストリアの騎士になる。君の傍にいられるように」


いつになく僕が真面目に返したからか、セラは瞳を揺らし僕を見上げた。
そして一度嬉しそうにはにかむと、とびきりの笑顔を見せてくれた。


『ありがとう、総司』


夕日に照らされたセラの顔があまりに綺麗で、僕はこの時の幸せを噛み締めた。
思わず泣きそうになるほど切ないのに幸せで、こんな気持ちは今まで知らなかった。
でも心地良くて温かくて、手放したくはない。
僕は今日の日を絶対に忘れないと心に誓い、優しく微笑む彼女に微笑みを返した。

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