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ドレスルームに駆け込んで鏡を見ると、私の目と鼻は赤く色付いていた。
明らかに泣きましたと言わんばかりの顔が疎ましくて水で洗い流したけど、一番嫌なのは総司の前で泣いてしまった私自身。
自分の感情すら制御できないなんて、総司に申し訳なくて仕方がなかった。
きっと総司は困っただろうし、あんな風に泣かれても重荷でしかない筈。
私の希望通り専属騎士を目指してくれただけでも感謝するべきなのに、私はこれ以上あの人に何を求めているんだろう。
自分で自分が情け無くて、鏡に映る自分を睨み付けることしか出来なかった。
『……うっ……ぐすっ……』
自分を見ていたらまた涙が溢れてきて止まらない。
総司の声で聞いた言葉の数々が何度も頭の中を巡るから、全部忘れてなかったことにしたかった。
『そろそろ戻らないと……』
嫌だな、総司に会いたくない。
こんなことを思うなんて、昔一度気まずくなった時以来だ。
でも今日のことで私の気持ちが知られてしまっていたとしたら、それは相当由々しき事態だ。
総司は私のこと妹くらいにしか思っていないわけだから、私はただ兄を慕う妹もどきを演じていれば良かったのに。
『今からでもちゃんしないと』
兄弟のいない私からしたら兄を慕う感情はよく分からないけど、大好きな兄に好きな人ができたらきっと妹だって淋しくて泣いてしまう筈。
そういうことにしておこうと決めて、私は再び先程の部屋に戻った。
部屋にはもう伊庭君と平助君も戻ってきていて、総司は私に気付くと気遣うような視線で私を見つめていた。
『お待たせしてごめんね、戻りました』
「おう!おかえり!」
「あれ?目が赤いですよ。どうかされましたか?」
『さっきゴミが入っちゃって、今流してきたんだ』
大丈夫、今までと何も変わらない。
私は兄を慕う妹。
ただそれだけだから、堂々としていればいい。
でも……さすがに無理があるのかな。
あの会話の流れで涙を見せてしまったから、私の気持ち、総司に知られちゃったのかな……。
そう思うと、これから先、総司とどんな風に接すればいいかわからなくなる。
今は伊庭君と平助君がいるからいいけど、総司と二人きりにはなりたくないな……。
「そう言えば、学院には大公子様や大公女様も通われると聞きましたが、セラは斎藤家の公子様以外で誰か面識のある方はいらっしゃるんですか?」
『ううん、まだいないよ。お父様がお友達は自分で選んで構わないって言ってくださってるから、今まで無理なお付き合いはしてないの』
「近藤さんらしいよな。特に仲良くならないとまずい家門の人はいないのか?」
『うん、今は特に言われてないかな』
友人というのは、はたから見ると貴族達の親睦を深めるためのものに見えるけど、その実情は重要な場面での利害関係に備えて家の後継者同士の結束を固めるのに大事な関係だと言われている。
お父様も口には出さないけど、多少なりとも気にかけていることだとは思うから、私も意識して学院生活を送るべきだと考えていた。
『でもこの家のためにも良い交友関係は保たないといけないよね』
「そうですね。それが望ましいですが、君なら大丈夫ですよ。直ぐに良いご友人が出来ると思いますよ」
『そうだといいけどな』
配られた教材に記名しながらそんな話をしていると、ずっと静かにしていた総司が突拍子もないことを言い出した。
「ねえ、例えばもし大公子が気に食わない奴だったとしても、やっぱり僕達も仲良くしないとまずいものなの?」
「当たり前です。子供同士の関係が政治に影響する場合も多いにあるんですよ。だから沖田君も気をつけて下さいね」
「なんだか面倒だね、貴族って」
「まあ確かに煩わしいこともあるけどさ、気が合う奴だっているかもしんねーじゃん」
『そうだね。でも気が合わなかったら無理はしなくていいよ、適度に距離を置いて態度に出さなければいいだけだから』
「沖田君の場合、態度に出そうだから心配なんですけどね」
「僕だってうまくやるよ」
「そうか?総司は思ったこと、全部言うだろ」
「いや、流石に言わないから。これでも結構考えて発言してるんだけど?」
そうなんだ?
私もどちらかと言うと平助君と同じようなことを思っていたから、少し意外。
でも私が泣いた時、総司は優しい言葉をかけてくれた。
好きな人なんてできないよって、私を慰める言葉まで言ってくれた。
あれも考えた上での発言だとしたら、本心は違うのかもしれないと後ろ向きなことまで考えてしまう。
「なに、皆のその目」
「いえ。結構考えた上での発言があれでしたら、沖田君の本心を聞くのが末恐ろしいと思っただけです」
「うん。俺的には思ったことを全部言っちゃう総司でいて欲しかった」
「なにそれ」
言い合いをしている三人を横目に、これからの日々のことを考えていた。
新しい環境で出会う人達や総司のこと。
専属騎士や将来のことも。
これからも目まぐるしく色々な出会いや出来事があるだろうけど、私はどんな人生を送るんだろう。
誰と笑い合っているんだろう。
「セラ、どうしたの?疲れちゃった?」
考え事をしていたら、総司が優しく話し掛けてくる。
首を横に振った私は、これ以上心配掛けないように微笑みを見せた。
『ううん、これから沢山出会いがあるのかなって考えたら楽しみだし、ドキドキするなって思って。将来に繋がる素敵な出会いがあるといいな』
気の合う女の子の友達が欲しい。
それで好きな人の話とか盛り上がれたら楽しそうだと想像していると、三人が目を見張るように私を見つめた。
「それは……将来を見据えて、素敵な男性と出会いたいということでしょうか……?」
『え?』
「セラもそういうのに興味あるんだな。なんか俺、ちょっと複雑……」
『え、違うよ?そういうことじゃなくて』
慌てて否定しようとしたけど、総司に限っては何故かふいと顔を背けてしまった。
そしてタイミング悪く学院関係者の方々が部屋へと訪問されたから、結局その話の続きは出来ないまま学院生活についての説明を聞くことになった私達だった。
それから程なくして全ての説明が終わり、学院関係者の方々は帰って行かれた。
四人で遅めの昼食を摂った後、伊庭君と平助君は任務のため足早に部屋から出て行ってしまうから、私と総司は部屋に二人で残されることになってしまった。
『あ、じゃあ……今日はお疲れ様』
「待って、どこ行くの?」
『二時からピアノのレッスンがあるの』
「まだ時間あるじゃない」
『でも、レッスンの前に本を書庫に戻したくて……』
図書室に立ち寄るつもりだったのは本当のこと。
手提げに入った本数冊をぎゅっと抱きしめながら総司にそう告げると、総司は納得したように頷いてくれた。
「そうなんだ。僕も次の任務までまだ時間あるから、一緒に行くよ」
『……え?どうして?』
「なに、その反応。嫌なの?」
嫌だよ、今日は総司と二人になりたくない……。
だからそっとしておいて欲しいのに、総司はいつも通り少し意地悪な笑みを浮かべて私を見下ろしている。
「前から図書室は気になってたんだよね。まだ中をゆっくり見たことさなくてさ」
『そう……なんだ……』
「ほら、行こうよ」
総司はきっと、私が気にしないようにいつも通りに接してくれているのかもしれない。
私の気持ちを知ってしまった上で、気づかないふりをしてくれているのだと思った。
それなのに私が距離を置いてよそよそしい態度をしていたら、それは一番良くないよね。
私がいつも通りにできれば、また……前までみたいに総司と過ごせるようになるのかな。
『うん、行こっか』
私が総司を見上げて微笑むと、総司もわずかに安堵したような表情で微笑んでくれる。
私は極力余計なことを考えないようにしながら、総司と他愛のない話をして図書室へと向かって行った。
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