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学院の説明を受けた後、僕達は四人で昼食を取り、その後はそれぞれの予定に合わせて解散となった。
伊庭君と平助は任務に。
セラはピアノのレッスンを受ける予定らしい。
午後の任務まで少し時間の空いた僕は、授業の前に本を借りるという彼女に便乗して一緒に図書室に来ていた。

本当はセラを一人にさせてあげるべきかと悩みもしたけど、ここで距離ができてしまえばそれこそぎこちなくなってしまうかもしれない。
そう考えれば、少しでも一緒にいる時間を過ごし、いつも通り接するべきだと考えていた。


「セラって本好きだよね」

『うん、寝る前はいつも読んでるかな』

「どんな本読んでるの?」


この図書室には定期的に新しい本が並べられるらしく、セラは小さい頃から毎日のように通っているという。
本なんて全く読んでこなかったけど、彼女の読む本には興味があって、セラの手元にあった本数冊をさりげなく取り上げた。


『あっ……』

「ロンドン橋で抱きしめて。あなたが私を忘れる前に。君に恋した十年間……。なんか恋愛ものばっかりだね」

『勝手に見ないで、返してっ……』


小柄なセラが一生懸命手を伸ばしたとしても、僕が腕を上げてしまえば本には届かない。
ぴょんぴょん跳ねても届かないことを知ると、頬が次第に膨れてくるから見ていて面白いけど。
優秀なくせに、隠れてこんな本ばっかり読んでいたなんて少し予想外かな。


「さっき言ってたみたいに、こういうのに興味があるんだね」

『さっき?』

「なんだっけ。素敵な男の人との出会いが楽しみでドキドキしてるんでしょ?」

『だから違うの。私は女の子の友達が出来るのが楽しみっていう意味で言ったんだよ』

「ふーん」


同性相手にドキドキしたり、素敵な出会いがどうとかって思うのかは疑問だけど、あまりいじめてまた泣かせでもしたら大変だから、セラの手に本を返した。


「そういう本って面白いの?」

『面白いし、最後まで読むと感動するよ』

「へえ。で、こういう恋愛したいなって思うんだ?」

『それは……思わなくはないけど……』


優しくしたいし大事にしたいのに、もっと色々な顔を見せて欲しくてつい意地悪をしたくなるのはどうしてなんだろう。
僕を見ないままそう答えるセラが恥ずかしそうに頬を染めているから、それが可愛いくて少しからかいたくなる僕がいる。


「そっか。じゃあしてみる?」

『え?何を?』

「僕とこういう本みたいな恋愛、してみないかなって」


昼下がりの図書室には、僕達以外誰もいない。
セラの行く手を阻むように彼女の後ろの本棚を手を置くと、セラは少し驚いた様子で僕を見上げた。


『総司と……?』

「うん。それとも僕とじゃできない?」


いつもなら似たような冗談を言っても、逆に同じような返しをしてくるセラも、今日ばかりはその瞳を大きく揺らして僕を見つめるだけで。
ハイサイドライトから差し込む柔らかい光がセラの頬が染まっていることを教えてくれるから、セラが見せる余裕のない表情に僕自身にも余裕がなくなっていくのを感じた。

例えばセラの返答次第では、僕はもう自制が出来ないかもしれない。
それくらい自分の言葉は冗談でも何でもなく本心であることを、胸の高鳴りが教えていた。


『あんまり……からかわないで……』

「別にからかってないよ」

『嘘だよ。総司はいつも私に意地悪でそういうこと言うから』

「いつもはね。でも今は違うよ」


セラの専属騎士になりたかったのは、この手でこの子を護りたいという想いがあったからだ。
僕の手で護り、僕がこの子を幸せにする。
セラを笑顔にするのは常に自分でありたいと思っていたし、たとえ特別な関係になれなかったとしても、そこは割り切るべきだと考えていた。

でもいざこの子に多くの出会いが待っていることを想像すると、言いようのない嫉妬心が込み上げてくるのを感じる。
他の男と仲睦まじくしている彼女を、近くで指を咥えて見ているなんてことは、僕の性分的に出来るわけがなかった。
勿論自分の立場は分かっているつもりだけど、誰かを本気で好きになるというのは貪欲になることと同じなのかもしれない。
誰にも渡したくないと思ったら最後、冗談を通り越して本気でセラに詰め寄る僕がいた。


『総司、もうどいて』

「嫌だよ、まだ返事聞いてないし」

『返事って言われてもよくわからないよ……』

「なんでさ。自分のことなんだからわかるでしょ」

『どうしたの?総司、変だよ……』

「そうさせたのはセラでしょ?あんな風に泣かれたら僕だって我慢出来なくなるよ」


あの泣き顔を見てから、ずっと頭から離れなくて、それと同時に後悔もしていた。
立場を理由に自分は肝心な言葉すら言わないのに、セラの本心は気になって仕方がないなんて身勝手な話だ。

だからセラの小さな肩を掴み、全てを伝える決意を固める。
その結果がどうであっても、今を大事にできなければ何の意味もない。
これ以上自分の想いをごまかすことはしたくないと思わずにはいられなかった。


「セラは僕に好きな子が出来たら、なんて言ってたけどさ。僕に好きな子なんて本当に出来ると思うの?」

『そ……んな、わからないよ……』

「さっきからわからないって言ってばかりだけど、本当に分からない?」


セラはじっと僕を見つめたまま、何かを言おうとして、それでも言葉をのみ込んでしまう。
そしてそっと伸びた手が僕の胸を押したけど、その力はまるで羽のように弱くて頼りないものだった。


『さっきのことなら私は大丈夫だから……だからもう気にしないで』

「気にしてるとかじゃなくて、僕が言いたいのは……」

『ごめんなさい、総司に余計な負担をかけて……』


震えた声で、精一杯の様子でそう言った途端、セラの瞳に涙が湧き上がる。
こぼれる前に慌てて拭うその姿を見てしまえば、胸の奥がどうしようもなく痛んだ。


「泣かないでよ、負担になんて思ってないんだけど」

『……私、本当にもう行かないと……』

「待って、セラ。僕の気持ちをちゃんと聞いてよ」

『総司の……?』

「そうだよ。本当はずっと君に言いたかったんだ」


僕がどれだけ君を好きか。
どれだけの時間、君のことを考えてきたのか。
わからないなら伝えたい。
出会った時からセラのことを考えない日はなかったって。
僕の心の真ん中にはいつもセラがいて、どうしたら笑ってくれるのか、何をしたら喜んでくれるのか、毎日そればかりを考えている。
それが僕にとって充実した時間だったし、頑張る原動力にもなっていたからだ。

だから他の子を好きになるなんてあり得ないし、そんな未来は望んでもいない。
後にも先にも僕には君しかいないんだよって、言葉にして伝えたいとセラを真っ直ぐに見つめた。


「セラ、今日は泣かせてごめん。でも僕は……」


視線が重なって、僕達の周りだけは他の誰にも邪魔出来ない特別な空間のように感じられた。
この二人だけの空間の中では、立場も煩わしい柵もなくして、なんだって出来るような気さえした。

でもいざ想いを伝えようと息を吸い込んだ時、城の時計が二時を知らせる鐘を打つ。
まるで僕の告白を阻止する使命があるかのように遮る音は、僕達を現実に引き戻すには十分過ぎる程大きくて。
その直後、図書館には誰かが入ってくる音や話し声が響いた。


『……私……もうレッスンに行かないと……』


ごめんね、と言って僕の横をすり抜けて行ってしまうセラは、最後に僕のことは見てくれなかった。
一世一代とも言える告白は中途半端な結果で終わり、ただきつく歯を食い縛ることしか出来なかった僕は、結局この日、何一つ状況を変えることが出来なかった。

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