9

賑やかだった宴の余韻がまだ広場に残る中、僕は他の騎士達と話しながらもどこか上の空だった。
耳に入るのは左之さんや新八さんの笑い声、平助の軽口、そして騎士達の酒の杯を交わす音。
でも僕が本当に話したい相手はここにはいなかった。

セラはどこに行ったんだろう。
先程は山崎君に連れられて行くのを横目で見ていたけど、そのまま戻ってこない。
気にしないふりをしながら、自然と目で彼女の姿を探していた。
けれどふと気配を感じて振り向くと、山崎君がすぐそばに立っていた。


「沖田さん」

「ん?」

「セラお嬢様が、沖田さんに用があるそうです。庭園に行って差し上げてください」


低く抑えた声でそう言う彼に、僕は僅かに目を見開いた。
セラが僕に何の用があるのかはわからないけど、ただ嬉しいと思う。


「わかったよ、ありがとう」


静かにその場を離れていく山崎君の背中を見送った後、僕は一人庭園へと向かった。

月明かりに照らされたその場所は、昼間とは違う静けさを纏っていた。
夏の夜風が、少し火照った頬を落ち着かせてくれる。
そんな中で、セラはぽつんと立っていた。

白いドレスが月の光を浴びて淡く輝き、その横顔は夢の中のように美しかった。
何を考えているのかじっと夜空を見上げていて、幻想的にも見える綺麗な情景に僕は思わず足を止めた。
庭園に続く階段の上からではこんなにも遠く感じるのに、セラは僕に気づいて、ふわりと微笑んでくれる。
それだけで僕の心は色づき、この瞬間だけは余計な不安や燻りも色褪せてくれるから不思議だ。


「山崎君から聞いたよ。僕を呼んでくれたの?」

『え?呼んでないよ?』

「え?」


状況が飲み込めなくて、山崎君の言葉を思い返して首を捻る。
それよりも呼んでないと言われたことが若干ショックだったわけだけど、セラは直ぐにくすくす笑い出した。


『なんてね。呼んだよ?』

「………」


悪戯に笑って僕を見るから、まるでいつもの自分を見ているようだと唖然とする。


「……君、たまに僕みたいなことするよね」

『そうかな?』

「この前も、僕を花だらけにしたままどっかに行こうとするし」

『うーん、そうだとしたら総司にいじめられたせいでこうなっちゃったのかもね』


可愛らしい声でさらっと言われた言葉に苦笑いをこぼす。
でも最初に会った時は大人しくて、とてもこんな風に気楽に話せるとは思わなかったから、こうして話せる仲になれたのは嬉しかった。


「僕のせいで悪い子になったんだね、可哀想に」

『二、三年後には私の方が総司をいじめてるかもしれないね』

「へえ、そんなに僕をいじめたいの?」

『どうかな』


二、三年後の僕達も、今のように他愛ない話をしながら同じ時を過ごせているのだろうか。
僕はこれ以上何も求めない、だからどうか変わらないまま僕の隣でセラに笑っていて欲しいと思う。
でも時計の針は残酷に、僕の心だけを置いて進んでいくのだろう。
永遠なんて存在しないから、仕方のないことかもしれないけど。


「今日のドレス、よく似合ってるね」

『本当?』

「うん、可愛いよ。それに綺麗かな」


こうして過ごす時間が有限であるなら、たまには素直な気持ちも言葉にしたいと思う。
すると月明かりの下のセラは瞳を揺らして、愛らしい顔で僕を見つめた。
でも唇を結んだかと思ったら、少し怪訝そうに眉を顰めて上目で僕を見上げてきた。


『それ、またいつもの意地悪?』

「え?なんで今のが意地悪になるのさ」

『だって総司はどうせ私を恥ずかしめたいんでしょ?』


恥ずかしめたいって……。
その言い方は誤解を与える言い方だと思うけど。


「違うよ、今のは本心なんだけど」

『じゃあやっぱり、いつものは本心じゃない?』

「いつものって?」

『……ううん、なんでもない』


セラは不貞腐れてはないようだけど、少し唇を尖らせてそっぽを向いたままだ。
僕の方を見て欲しくて顔にかかった髪をそっと耳にかけてあげると、再び大きな瞳が僕へと真っ直ぐ向けられた。


『総司も叙任式、かっこよかったよ』


柔らかく微笑んだセラの言葉に、今度は僕の方が少し気恥ずかしくなる。
そして思わず伸ばしそうになる手を握りしめて、ただその場で笑みを返した。


「それはどうも」


いつからか、心がどんどんこの子の色で染まっていく。
もうやめたいと思っても、しばらくはまだこのままのようだ。
そんな自分の感情に苦い気持ちになりながらも、僕にとってはこういう経験も良かったのかな。
この子を想う気持ちがあれば、僕はもっと強くなれそうだからね。


「でも、やっと静かな場所に来れて良かったよ。あの後も左之さんと新八さんに絡まれて大変でさ」

『ふふ、総司が騎士の方々と仲良くなれたみたいで良かった』

「まだ僕のことを敵視してる人は多少いるけどね」


例えば伊庭君とか。
でもそれは別に大して気にはしていない。
僕は僕で、自分の信じた道を突き進むのみだ。


『それでも凄いよ。殆どの人が総司を認めてる。模擬戦も本当にすごかったよね!』


真横にいる僕の方に、セラは愛らしい顔をぱっと向ける。
セラにしては珍しくはっきりと出された言葉は、彼女の気持ちの高鳴りを現しているかのようで微笑ましかった。


『あんな戦い、私初めて見たよ!最後までずっと圧倒的で……総司、本当にすごいね。五対一なのに全然隙がなかったし、みんなも驚いてたよ』


そう言いながら興奮した様子で両手を胸の前で組む姿が子供みたいで、思わず吹き出してしまう。


『どうして笑うの?』

「いや、別に。でもそんなに褒めてくれるんだ?」

『だって、本当にかっこよかったよ』

「さっきもそう言ってくれたけど、セラから見て僕ってそんなにかっこいい?」 


からかうように聞いてみると、セラは一瞬きょとんとして、それから少し頬を染めて口を閉じた。


「……あれ?今の、恥ずかしかった?」

『別に恥ずかしくはないけど……そういうことは改まって聞かないで欲しい……』

「なんで?」

『もういいよ。ちょっと総司は喋らないで』

「喋らないでって……、酷いな」


僕はセラの隣に立ったまま、一緒に夜空を見上げる。
澄んだ空には無数の星が輝いていて、ここに来て半年以上経った今、初めて夜空をゆっくり見上げたことに気が付いた。
それだけ僕は今日まで、わき目も触れず走り続けてきたのかもしれない。
そしてその結果得られたものは、これから先もこの場所でセラと過ごせる時間だ。


『あのね。実は、今日のために用意したものがあるの』


そう言って、セラは傍のベンチに置かれた小さな包みをそっと僕に差し出した。


「僕に?」

「うん。叙任のお祝いにと思って少し前から作ってたの。その……あまり上手ではないけど……」


自信無さそうにもじもじと話す様子に思わず口元が綻ぶ。
セラが僕のために、何かを用意してくれていた。
それだけで、今日という一日がますます特別なものになる気がした。


「開けてみてもいい?」

『うん』


セラは少し緊張した面持ちで頷く。

包みを開くと、中には見事な細工の施された布製の手袋が入っていた。
しっかりとした作りで、装飾は控えめながらも上品な仕上がり。
それに、僕の手の大きさにぴったり合わせて作られていそうだった。


「え、これ……セラが?」

「うん。総司が騎士になったら、たくさん剣を握るでしょ?だから手を守れるように作ってみたんだけど」

「すごいね」


セラの言葉に心が温かくなる。
手袋をはめてみると、指先までぴたりと収まり、手にしっくりと馴染んだ。


「うん、ぴったりだ」

「本当?よかった」


ほっとしたように笑うセラが、いつも以上に愛らしく見える。
忙しい筈なのに、僕のために時間を割いて作ってくれたと思えば、使うのが勿体ないくらいだ。


「ありがとう、嬉しいよ。凄く気に入ったし、大切にするよ」

『うん。総司にそう言ってもらえると、私も嬉しい』


僕の方が嬉しいよ。
凄く嬉しいんだけど、こうしてセラが何かしてくれる度、僕は君が好きになるし、僕への行為の理由を知りたくなる。
これはもう、どうしようもないんだ。

僕なりに色々考えてみても、僕達の出会いは良い意味でも悪い意味でも普通とは違う。
だからこそ、セラが僕に抱く感情が普通とは違う可能性も考えられた。
例えば僕に恩を返したいと思ってくれているかもしれないし、僕の過去を知って同情してくれているのかもしれない。
勿論セラ自身にそんなつもりはなかったとしても、そういった感情から僕に親切にしてくれている可能性は大いにあると思っていた。


「セラって優しいね」

『私?別に普通だよ』

「優しいよ。僕のために色々してくれてさ」

『それは別に優しいとかじゃなくて』

「優しいわけじゃないなら何なの?」

『ただ総司の喜ぶ顔が見たいだけだよ。総司が喜んでくれると私も嬉しいから。だから半分は私のためかな』


へらりと笑ってそう言ったセラの言葉は、なんて言えばいいのか……僕の心に入り込んで見たことのない花を咲かせてしまう。
しっかりとした根を張って綺麗な花びらを広げて、僕に淡い希望を抱かせてしまう。


「セラってさ」

『うん?』

「いや……」


言葉に詰まった。
これ以上何か言ってしまえば、僕の気持ちが丸見えになってしまいそうだ。
でも僕の中で芽生えたこの想いは、たとえ僅かでも何かを伝えたいと叫んでいる。
少しくらいならと一度息を吸い込むと、真っ直ぐにセラを見つめ返した。


「僕も同じかな。セラが喜んでくれると僕も嬉しいよ」


その言葉に、セラは何も言わずに黙ってしまう。
少し驚いた顔をして、僕の目をじっと見つめていた。


「君のために何かできることがあれば、僕はしてあげたいと思う。だから何か困ったことがあれば、真っ先に僕に言うんだよ」


真剣に言った言葉も意地悪だなんだと言われてしまう今、この言葉が真っ直ぐセラに届くことはないのかもしれない。
そう思いもしたけど、セラは瞳を潤ませると、それはもう嬉しそうに微笑んでくれた。


『ありがとう、総司』


セラからの返事はそれだけだった。
でも少し顔を俯かせてはにかむ様子は見て分かる程嬉しそうで、僕の心はとてつもなく満たされていく。
月明かりの下で潤んだ瞳は綺麗で、今にも泣き出しそうなのにセラは笑っていた。


「ねえ、セラ。僕との約束、覚えてる?」

『約束?』


彼女がきょとんとした顔をする。


「ほら、僕が特別試験に合格したら、一つわがまま聞いてくれるって約束したよね」


直ぐに思い出した様子のセラは、にこにこしながら二回頷いて見せる。


『総司の望むことなら、できる範囲で聞くよ?』

「本当?」

『うん。でも、どんなわがままなの?』


僕は剣の柄に触れながら、あえてにやりと笑い、それから言葉にした。


「僕の剣に、君の手で僕の名前を刻んでほしいんだ」


セラは少し驚いたように目を瞬かせた。


『え?どうして?』

「剣って、騎士にとって特別なものでしょ?だから僕にとってもっと特別なものにしたいんだ」
 

セラは、じっと僕を見つめる。
そして少しそわそわした様子で、指先を動かし言葉を紡いだ。


『でも大切な剣なのに、私が彫ってもいいのかな?』

「君に彫ってもらいたいんだ。僕のために、セラの手で刻んでくれる?」


セラはしばらく何かを考えていた様子だったけど、やがて小さく頷いた。


『うん。総司の剣に、私の手で名前を書くね』

「本当?」

『でも……私、器用じゃないから、綺麗に書けるかわからないよ?』

「大丈夫だよ。君が書いてくれるなら、それでいいからさ」


僕がそっと短剣を渡すと、彼女は少し緊張した様子で受け取った。


『じゃあ……書くね?』

「うん。ここに」


僕は剣の柄の内側を指し示す。
セラは慎重に、小さな刃の先でそっと僕の名前を刻み始めた。

細い指が震えないように支えてあげたい気持ちを抑えながら、その手元を見つめる。
月の光が彼女の長い睫毛を照らし、真剣な眼差しが僕の剣に向けられていた。

キリ、キリ、と小さな音が静寂の中に響く。
セラが僕の名前を刻む音。
それはこの剣に命が吹き込まれるような不思議な感覚だった。

セラによって刻まれた僕の名前。
それは誰にも言えないけど、僕だけの特別な証だ。


『……できた』


やがて彼女は短剣を置き、小さく息をついた。


「ありがとう」


僕は剣を受け取り、そっと名前の部分を指でなぞる。
そこにはセラが慎重に刻んでくれた僕の名前が確かにあった。


『これで……総司の剣は、特別なものになったの?』

「うん。すごくね」

『そう……?』

「これで君がいてくれる証を、ずっと持っていられるから」


セラは瞳を揺らして僕を見上げた後、ふわりと微笑んでくれた。


『なんだか、ちょっと照れちゃうね』

「そう?僕は嬉しいけど」


セラが刻んでくれた名前入りの剣を握る。
これからどんな戦いがあっても、今日という日のセラの想いがここにある限り、僕は決して折れない。
僕自身が誰よりも、どんな剣よりも強い、セラの剣になることを誓うよ。


「これで、僕のわがままは叶ったね」


セラの笑顔が月明かりよりも眩しくて、僕は思わず目を細めた。


「約束だからね。これは、僕達ふたりだけの秘密だよ」

『うん、約束』


セラの声が、夜風にそっと溶ける。
ふたりだけの小さな約束が、この夜、確かに刻まれた気がした。


僕はここに来ることができてよかった。
この場所で、セラやこの城の人たちと共にあることを誇りに思う。
騎士としての道はまだ始まったばかりだけど、これからもこの誓いを胸に進んでいこう。
セラにとって誇れる騎士であるために。

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