5
図書室での出来事から数日、セラとは会えない日々が続いている。
庭園に出向いてもあの子はいないから、僕はあの日のことを引き摺りながら毎日を過ごしていた。
自分の想いがどの程度伝わっているのか、今セラが何を考えているかもわからない。
感情のまま行動してしまったあの日の自分を、悔やまずにはいられなかった。
そんな悶々とした日々を過ごす中、今日は騎士団に重大な任務がくだされた。
それは突き止めた犯罪組織の潜伏先に攻め入り、組織の連中を捕えるという取り立てて大事なものだった。
その組織は当国他国を問わず、誘拐や強盗を繰り返しているらしい。
女や子供ばかりを狙い、金のために生きたまま売りさばく最低な連中だ。
先日小国のご令嬢が殺傷された事件が足掛かりとなり潜伏先が判明したため、規模の大きいアストリア騎士団が処分を行うことになったのだそうだ。
「相手は人数も多い上、剣の扱いに慣れた奴も多いって話だ。単独行動は避けて、束になってかかるぞ。殺しちまうと情報が聞き出せねえから、なるべく生きたまま捕えてくれ」
団長である左之さんの言葉にそれぞれが頷き、廃墟にも見える薄暗い屋敷の外堀で待機をする。
闇に沈む屋敷を見つめながら、僕はじっと物陰に身を潜めていた。
夜の空気はやや冷たく感じられたけど、目が冴えて丁度良い。
息を殺して、騎士団の仲間たちと潜入の合図を待っていた。
「なあ……次の標的の話、聞いたか?」
「アストリア公爵家のご令嬢だろ?見目麗しいって噂の」
潜伏先から漏れ聞こえる声に、僕はそっと顔を向ける。
そしてその名前を耳にした瞬間、手のひらがじわりと汗ばんでいくのを感じた。
「確かに高値がつくだろうな。公爵家の娘に手を出せば大事になるが、あんな上玉ならそんなリスクはどうだっていい」
「相当高値がつくだろうぜ。貴族のご令嬢、それも美しい女となれば、貴族連中の道楽にもってこいだ」
「ああ、捕まえたらたっぷり躾けてやるさ。泣き叫ぶ声くらいは楽しめるだろ、さぞ可愛いだろうぜ」
「馬鹿が。まずは首輪でもつけて、お利口にさせてから楽しむんだよ」
血の気が引き、喉の奥が焼けるような熱さに襲われる。
セラが奴等に攫われたことを想像してしまえば、僕の中に渦巻いていた怒りが、一瞬にして爆発しそうになった。
「沖田君」
すぐ隣で待機していた伊庭君が、制するように僕の名を呼ぶ。
僕が今にも斬りかかりそうなことくらい、伊庭君はわかっているのだろう。
険しい顔をしながらも、僕の心情を察しているかのような眼差しが向けらていた。
「今はまだ落ち着いてください」
「わかってるよ。でも、本当に最低な奴らだよね」
僕の声は、いつも通り穏やかだったと思う。
けれど、その指先だけは今にも剣を抜きそうなほど強張っていた。
それからしばらくして突入開始の合図が小さくかかる。
仲間たちが静かに屋敷の中へ忍び込む中、僕は一番先に足を踏み入れた。
闇に溶けるように、音もなく廊下を進む。
敵の存在を察知すると同時に、剣の鞘がかすかに鳴った。
そして廊下の角を曲がった瞬間、待ち構えていた男の腕を容赦なく斬りつけた。
「ぎゃあああっ!」
鮮血が床に飛び散ると、男は転がる腕を見つめながら喉が裂けるような悲鳴を上げる。
かたや僕はにこりと微笑みながら、ゆっくりとその男に歩みよった。
「こんばんは」
「き、貴様っ……」
「さっき楽しそうに話してたよね?うちの大事なお嬢様のこと」
「あ、あれは……本気じゃ……」
「僕はさっき見てたんだよ。嘘を吐くならその舌を抜くだけだけど」
剣の切っ先をそっと唇に押し当てると、男は顔を真っ青にして首を振る。
僕はそいつの腕を掴み、今度は骨が砕けるまで捻り上げた。
「ぐ、あぁぁぁぁっ……」
「ねえ、全部話してくれるかな。うちのお嬢様のことを狙ってるのはお前達だけ?」
「ひっ……あ、あぁ……、俺たちだけじゃねえ!他にもいる!」
「他に、誰?」
「わ、わからねぇ……!だが、何組織も動いてるって話だっ……他に盗られちまう前に俺達も動こうってなってっ……」
「なんでうちのお嬢様を標的にするのさ」
「そ、それは……あの令嬢は特別なんだ……!高値がつくし……奴隷商たちが喉から手が出るほど欲しがってるって話は聞いたことがあるっ……」
「奴隷商……?」
「俺達のような奴らだけじゃなく、貴族でもあの令嬢を欲しがってる奴や、命を狙ってる奴がいるって話だっ……」
……なるほどね。
あの子が狙われる理由は、ただ見目麗しいからだけじゃない。
貴族社会の中でも、彼女は特別な存在であり脅威になりえると考えている奴等もいるのかもしれない。
「他に情報は?アストリアに関わることは全部話した方が身のためだよ」
「他は何もしらねぇっ、た……助け……」
「んー、それは出来ないかな」
そう言うや否や、僕は男の首を軽く撫でるように剣を引いた。
血が噴き出し苦しげに痙攣したかと思うと、その男はすぐにそのまま沈黙する。
これで一人目は終了かと血塗れの死体を見下ろしていると、廊下の先で他の連中が狼狽しているのが見えた。
「……敵襲だ!」
「誰だっ!」
不意に振り返った男の喉元に、僕の剣がぴたりと突きつけられる。
「こんばんは」
ゆるく笑いながら囁くと、男は脂汗を浮かべて顔を青ざめさせた。
「な、なんだ貴様は……!」
「アストリア騎士団の者です。僕達がなんでここに来たか、説明はいらないよね」
抵抗しようとした腕をひねり上げ、無駄に肉付きの良い男の身体を床に叩きつける。
そして男の肩を捻り上げると、バキッと鈍い音が響き苦しそうな悲鳴が漏れた。
「あのさ、僕の機嫌が悪いの分かる?素直に話すなら少しは優しくしてあげてもいいけど」
「ひっ……」
「うちのお嬢様を狙ってるんだってね」
「そ、そんなこと……」
「アストリアに関係することと、君達組織に関すること、全部話しなよ」
「お、俺は何も知らないっ……」
「ふーん、そう。言わないならもう君は用済みかな」
剣の切っ先をゆっくりと首筋に押し当てる。
血がじわりと滲み出すとハッタリではないと悟ったのか、その男の瞳は焦りで見開かれた。
「た、助けてくれ……!」
「じゃあ話しなよ」
男は震えながら、隠していた名簿のありかや組織の連絡先を吐き出した。
その口から、次々に流れるセラへの欲望や計画の内容が聞こえるたびに、胸の奥で何かが軋む音がした。
「こ、これで俺が知ってることは全てだ……!嘘じゃねえ!」
「そっか。じゃあ、もういいよ」
十分な情報を聞き出したところで、僕は男の喉を切り裂けば、鮮血がほとばしる。
怯えた瞳のまま絶命する男を横目に、僕はため息を吐き出した。
「本当に下品で汚い奴等ばっかりだな」
その後も僕は建物の中で次の獲物を探していった。
暗闇に紛れて逃げ出そうとした男や、僕に斬りかかってきた無謀な男達も容赦なく斬りつけ、一人ずつ床に這わせていく。
痛めつけるたびに聞こえてくる悲鳴も、息苦しくて醜くかった。
でも、それ以上に許せない。
あの子に向けられた穢れた言葉の数々が、頭の中をぐるぐると渦巻いていた。
あの細い首に首輪をつける?
泣き叫ぶ声が可愛いだろうな?
ふざけるにも程がある。
僕の大事な子を、こいつらなんかに好き勝手させるわけがないのに。
「……ねえ、さっきの話の続きはどうしたの?」
足元で震える男の髪を掴み上げ、耳元で囁く。
「うちのお嬢様の首に、首輪をつけるんだっけ?」
「あ……あ……っ」
「ごめん、間違えたよ。君にそんなことを言わせる口なんか、いらないよね」
僕は無表情のまま、男の喉元に剣を突き立てた。
どす黒い血が当たり前のようにあたりに飛び散る。
それがいくら痛々しく見えたとしても、僕の心は何一つ痛まなかった。
セラのことを汚そうとした連中が、この世に存在することすら許せなかったからだ。
「あの子は誰にも汚させない」
思わず呟かれた声は、気づけば怒りに震えていた。
周辺の男達を始末した頃には、屋敷の中は血の匂いで満たされていた。
「えっと、あとは……っと」
単独行動は駄目だと言われていたけど、僕が好き勝手に動いたお陰でかなり多くの組織の連中が戦力外になったはずだ。
近況を知るため、騎士団の仲間たちが対峠している一階の広場に行けば、そこには騎士団に捉えられた輩が何人か押さえつけられながらもがいていた。
「左之さん!聞いてた人数と全然ちげーじゃん、もっと多い筈だろ?」
「ああ、どっかに隠れてるのかもしれねぇから探すぞ」
僕が斬った奴らを入れても、確かに聞いていた人数に若干満たない。
ここにいないということは、上に逃げたか、下手したら別の出口から外に出ている可能性も考えられる。
このまま逃げられては元も子もないと、僕は一人、二階へと走り出した。
「沖田君!一人で行っては危ないですよ!」
今日は遠方へ出かけている近藤さんの警護で騎士団の半数が出払っている上、城の警備も怠れないため、こちらの人数は然程多くはない。
悠長なことをしていれば手遅れになると、斬り合いをしている伊庭君の言葉を無視して、足を止めずに駆け上がった。
そして二階へ辿り着くと、やはり別の出入り口を確保していただろうそいつらは僕を見て眉を吊り上げる。
五、六、七人、こいつらを全員捕まえるため、僕は迷わず剣を構えた。
「くそ、来ちまったか」
「一人だったら直ぐ殺って、さっさと逃げるぞ」
僕の剣を持つ手には力が入り、恐怖心もなくただ奴らを斬っていく。
致命傷になったって構わない、情報は下の奴らからも聞けるだろうし、逃げられてセラに危険が及ぶよりよっぽどマシだ。
「こいつっ……強いぞ……!」
「まとめてかかれ!」
二人斬っても、まだ残り五人。
途中脚を使って蹴り飛ばしながら、近くにいた一人を怒りのまま斬りつけた。
背後から襲ってきた奴に脇腹を刺されたものの、そいつのことを薙ぎ払い、更にまた一人を思い切り斬りつける。
でも真正面に振り下ろされた剣を受け止めた際に走った傷の痛みから歯を食い縛った時、僕の背後に迫る剣を弾いてくれたのは伊庭君だった。
「なにしてるんですか!一人でなんて無茶ですよ!」
「ありがとう、伊庭君。助かったよ」
伊庭君のお陰で、相手の勢力をねじ伏せられる兆しが見えてくる。
対峙していた輩を斬り、逃げようとしている一人の男を掴んで壁に押し付ければ、正にそいつはセラを攫う計画を企てていた奴の一人だった。
「あれ?君……さっき何て言ってたっけ?なんか楽しそうにうちのお嬢様を攫うだなんだって話をしてたよね」
「くっ……、離せっ……!」
「普段どこの店で買い物してるとか、これから通う学院の場所までよく調べてたけどさ。あの子の情報は他にどこかに流したりした?」
「いや、知らな……うぐわぁぁ……!」
奴の脚に剣を突き刺しそのまま上に引き上げると、さぞ痛いのか酷い形相で叫んでいる。
「知らないわけないよね。さっき聞いたんだけど。どこかの組織と手を組むって話」
「ひっ……違っ、まだどこにも話してなっ……」
「ふうん、そうなんだ。嘘だったら殺すけど本当だよね?」
「あ、ああっ……本当だっ……」
「何でも情報くれた方が、痛めつけないでいてあげられるけど何か話したいことある?」
「ひっ……一つあるっ……」
「なに?」
「アストリアの公女様は多く組織にっ……目を付けられてる筈だっ……」
「さっきもそんなこと言ってた奴がいたけど、その理由はなんで?」
「器量が良いって評判でっ……それこそ俺らみたいな金目的より、強姦目的だったりっ……売り飛ばしたりって、もっとタチの悪い奴らもいるんで」
「そいつらの組織名や潜伏場所は?あの子を狙ってる貴族の連中もいるって聞いたんだけど、それってどこの家門なわけ?」
「依頼された組はあるそうだが、相手が誰かまでは知らねえっ……互いに干渉しないのが俺らのルール……みたいなもんだからっ……」
「教えてくれたら命は助けてあげるんだけど」
「ほ、本当に何も知らない……っ」
浅く息を繰り返すその男は、涙を流しながら必死な様子でそう言った。
他に情報がないか聞いても、どうやら本当にないらしい。
使えない奴だ。
「そうなんだ。ありがとう、話が聞けて助かったよ」
「は、はひっ……」
「じゃあ、これはあの子を苦しめようとした罰ね」
「ぐっ……がぁっ……」
一歩間違えば大惨事になっていたことを想像すれば、容易に怒りなんて収まる筈もない。
迷うことなく剣を振り下ろすと、男の首が宙を舞った。
それでも足りずにもう一度引き抜き、動かなくなったボロ雑巾のような身体に剣を突き刺さす。
湧き上がる怒りからそれを何度か繰り返していると、後ろから僅かに震えた声が聞こえてきた。
「沖田君……、君は何をしているんですか?」
眉を顰めた伊庭君は、一人の男を拘束しながら僕を見つめる。
そんな彼の周りには、動かなくなった血塗れの身体がいくつも転がっていた。
「あれ、伊庭君。こいつら倒してくれたんだ」
「……何を言ってるんですか?全て沖田君がやったことですよ」
「僕が?」
「覚えていないんですか?」
そんなに深く斬りつけた覚えはなかったものの、もしかしたら致命傷を負わせてしまったのかもしれない。
まあ、こいつらが死のうとどうでもいいけど。
「げっ……なんだこりゃ」
「う……ぐちゃぐちゃじゃねぇか……。廊下の死体もすげぇことになってたけどよ」
一階から上がってきた左之さんや新八さんは、転がった死体を見てそれぞれにそんな声を漏らしている。
平助も同様だったけど、僕を見て大きな瞳をより大きく見開いていた。
「総司!怪我してるじゃねーか!」
「ああ、うん。ちょっとね」
「ちょっとねって、血が結構出ちまってるじゃん。大丈夫か?だから一人で行くなって言ったのに」
「でも行かなければ、そこの窓から逃げられてたよ」
「そうかもしれないけどさ、死んだら元も子もないだろ」
「一人でも逃したらセラの情報が漏れたり、攫われてたかもしれないんだよ。放っておけないじゃない」
「いや、それにしたって……これはやり過ぎだって」
皆は何が言いたいのか、それぞれ苦い顔をして僕を見ている。
でも僕は先程の男が言っていた、セラが多くの組織から目を付けられているという話の方が気になって仕方がなかった。
富裕層を狙った犯罪は珍しいことではないし、だからこそ僕達のような騎士団がいるわけだけど、貴族の連中の中にもセラを狙う輩がいるとなれば、少しの隙が命取りになるかもしれない。
そう考えると、セラと離れているこの時間すら不安なものに感じられた。
「おい、総司。俺は生きたまま捕えろって指示を出したはずだぜ」
「情報を聞き出すためでしょ?殺す前にちゃんと聞いたから大丈夫だよ。こいつらの名簿や連絡先も全て確認済みだしね」
「だからって勝手な行動するんじゃねぇよ。ビビるだろうが」
「でもこいつらはセラの誘拐を企ててたんだよ。死んで当然じゃない?」
左之さんや皆の視線を一斉に受けながらも、僕の心には冷たい怒りだけが渦巻いていた。
セラだけは、絶対に誰にも触れさせない。
どんな汚い奴らだって、僕の手で全部消してしまえばいい。
それが罪に問われるのなら、いくらでも罰を受け入れる。
たとえこの手がどれだけ血に染まろうとも、絶対に護り抜くと心に決めていた。
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