1.
僕の怪我がすっかり治り、迎えたクリスマスイブ。
城の中は鮮やかな飾りで彩られ、どこもかしこも華やかな雰囲気に包まれる。
廊下を歩けば、飾り付けをしている使用人たちの楽しそうな声が聞こえ、暖炉の薪がはぜる音が心地よく響いていた。
そんな中、僕がセラの姿を探していると、城の一角で雪を眺めている彼女を見つけた。
「寒いところで何してるの?」
声をかけると、セラは振り返るなり僕を見てふわりと微笑んだ。
『雪が降ると、なんだか静かで落ち着くんだ。それに、今日は特別な日だからね』
「クリスマスイブだから?」
『うん。昔お母様が言ってたの。クリスマスイブの夜に願い事をすると、きっと叶うって』
願い事なんてものを信じるほど、僕はもう子供じゃない。
でもセラは、そんな幼い頃の言葉を今でも覚えていて、大切にしているんだなと思うと、少しだけ羨ましくなった。
「セラの願い事って、どんなこと?」
『それは秘密』
「えー、気になるな。僕が叶えられるものだったら、叶えてあげようと思ったのに」
冗談のつもりで言ったのに、セラは少し頬を染めて、ぽつりと呟く。
『総司なら、叶えてくれるかもね』
そんなふうに言われると、悪い気はしないどころか、心臓が少しだけ騒がしくなる。
セラが僕を信じてくれていることはわかっているつもりだけど、こうして直接言葉にされるとどうにも落ち着かない。
「なら、もう言っちゃえばいいのに」
照れ隠しに冗談めかして言うと、彼女は小さく首を振った。
『願いはね、言葉にすると叶わなくなっちゃうかもしれないんだよ』
「ふうん、じゃあ僕の願いも言わないでおこうかな」
『総司もお願い事、あるの?』
「僕だって願い事くらいするよ。だって、クリスマスイブでしょ?」
嘘じゃない。
僕にも願いはある。
ただそれをセラに伝えるわけにはいかなかった。
君がずっと幸せでいてくれること。
君が変わらず僕の隣にいてくれること。
そんなこと、今はまだ言えない。
でも言葉にしなくても、今はセラが傍にいてくれるだけで十分だった。
『ねえ、総司?クリスマスってなんだかちょっと切ないね』
「どうして?」
『大切な人と過ごしたくなるからかな。でも世界にはそれが叶わない人もいるから… 』
「まあ……確かに、そうかもね」
世の中には自分が大切に想う人と過ごせない人もいる。
だからこそ僕は、今こうしてセラとクリスマスを過ごせることを幸せだと思わなければならない。
かく言う僕も今まで幸せなクリスマスなんて過ごしたことはなかったけど、今夜は違う。
隣にセラがいることに言いようのない満足感を感じていると、セラも僕を見上げてへらりと微笑んだ。
『私は嬉しいな、総司と初めてのクリスマス』
「意外と二度目でもあるけどね」
『え?』
「僕達が初めて会った日。あの日はクリスマスイブだったんだよ」
セラは目を瞬いてから、そう言えばと言うように口元に指先をあてる。
きっとあの時の心理状態ではクリスマスだなんだと考えている余裕はなかったんだろう。
振り返ってみて、今初めて気付いたというような反応だった。
『そう言えば、あの日……街にクリスマスツリーが飾られてて、街の人達もはしゃいでて……。私もお父様に何かクリスマスプレゼントを渡したくて出掛けたの』
「それがあんなことになって災難だったけどさ、今年は楽しいクリスマスにしようね」
『災難じゃないよ?』
「え?」
『だって総司に会えたもん』
思いがけず返ってきた言葉に無言になると、セラは嬉しそうに言葉を続けた。
『去年のサンタさんからのクリスマスプレゼントは総司だったのかもしれないね』
なにそれ。
その言い方は可愛い過ぎて不覚にも口元が緩みそうになるから、理性でそれを引き締める僕がいた。
「へえ、僕がクリスマスプレゼントね」
『うん』
「じゃあサンタさんが仮に本当にいるとしたら、今年のプレゼントはなんだと思う?」
『えっと、総司と一緒にクリスマスを過ごせること?』
「ははっ、セラって僕のこと大好きなんだね」
思わず笑ってそう言ってみれば、セラは目を見開き白い頬を僅かに赤く染めた。
「あれ?散々恥ずかしいこと平気な顔して言ってたのに、今のは恥ずかしいの?」
『私は恥ずかしいことなんて言ってないよ。僕のこと大好きなんだねって……そんなこと自分で言っちゃう総司の方が恥ずかしいよ』
「なんで?僕のこと嫌いなの?」
『それは……嫌いじゃないけど』
「じゃあ好き?」
別に特別な意味の好きでなかったとしても、クリスマスという特別な夜にセラから好きって言ってもらえたら幸せかなって思って聞いてみる。
するとセラは再び顔を赤らめているから面白い。
「あはははっ、顔真っ赤」
『そういうこと聞かないで、わかってるでしょ?』
「ん?何が?」
『私が総司をどう思ってるかくらいわかってるでしょってこと』
「えー?全然わからないなー。言ってくれないっていうことは嫌われてるのかなー、傷付くなー」
『もう……、知らない』
セラはからかわれたことに不服そうに眉を顰め、頬を染めながらもそっぽを向く。
けれど直ぐに気を取り直した様子で僕を見上げると、柔らかく微笑み僕に言った。
『総司と知り合って一年経ったんだね』
今日で丁度一年だ。
そう思うと、一年という月日で僕を取り巻く環境はとてつもなく変わったと思う。
『一年経ったけど、どうかな?ここでの暮らしには慣れた?』
「とっくに。凄く居心地良いかな」
『良かった、総司にそう思って貰えて』
このアストリアの公国も騎士団も、この城や周りの人達も皆好きだ。
でも僕がこうして充実した毎日を送れているのは、他でもないセラがいるからだ。
セラがいてくれれば、そこがどんな場所であっても僕にとって特別になる。
この子は僕の人生において決して失えないたった一つの光、クリスマスでいうベツレヘムの星のようなものだと思った。
なぜならセラは僕の光であり、希望でもある。
また新たな始まりを象徴する意味でいっても、正にそう。
セラと出会い、ここにおいて貰えたことで、僕はようやく自分の生きる意味を見つけられたんだ。
『大広間にはもう行った?』
「ううん、これから行こうと思ってさ。丁度セラを誘おうと思って探してたんだ」
『じゃあ一緒に行こう?』
嬉しそうに微笑んだセラに微笑みを返し、城内を歩いて行く。
たどり着いた先の大広間には、大きなモミの木が飾られていた。
壁にはリースがかけられ、温かみのある灯りが煌めいている。
窓の外では静かに雪が舞い、まるでこの城が冬の魔法に包まれているようだった。
『綺麗だね、総司』
「うん、すごく華やかだね」
アストリア公爵家では、クリスマスイブの夜に願い事を書いて飾る習慣があるらしい。
枝には無数の星の形をした紙が、一つ一つ丁寧に吊るされていた。
紙は特別に作られたものらしく、薄い金色の縁取りが施されていて、小さな星の形をしている。
それらの星々は夜が更けるにつれ魔法のように淡く光り始めているから、まるで本物の夜空がここに降りてきたようだ。
「願い事、書いたの?」
そう聞くと、セラは少しだけ頬を染めた。
『うん』
「どんなこと書いたの?」
『だから、それは秘密なの』
少し意地悪に聞いてみたけど、彼女は微笑むだけで教えてくれなかった。
「そっか。じゃあ僕も後でこっそり探してみようかな」
冗談めかして言うと、「絶対だめ」と小さく唇を尖らせた。
それが可愛くて、つい笑ってしまう。
『願いごとって、叶うかわからないからこそ、大切にしたいものなの』
「そういうもの?」
『そうだよ。だから総司も後で書いてみたら?』
僕の願いを素直に書いて、万が一にもセラにばれたら大変なことになる。
だから苦笑いをこぼしながらツリーに近づき、僕はひとつひとつの星を眺め始めた。
「願い事、ね……」
きっと色んな想いが込められているのだろう。
欲しいもの、大切な人の幸せ、未来への希望。
城の人間が思い思い自由に書いた願い事は、切実なものから思わず笑ってしまうものもあって、微笑みながらそれらを見ていた。
でも、その中でふと目を引く一枚の星があった。
淡い金の縁取りが施されたその紙には、丁寧な筆跡で、こんな言葉が綴られていた。
『今悲しみの中にいる人達の涙が拭われますように。傷付いた心が癒されて失ったものに代わるあたたかいものが届きますように。大切な人の笑顔が今日も明日もずっと続きますように』
それを読んだ瞬間、胸の奥か締め付けられるような、息が詰まるような感覚に襲われた。
理由は分からないけど、この願いを見た途端、心の奥底にある何かが疼き出し、どうしようもなく温かくなるようなそんな感覚。
そしてこの願いがセラのものだと確信できたのは、きっと僕が彼女を知っているから。
誰よりも優しくて、誰よりも温かい人だと知っているからだ。
僕はそっと紙を指先でなぞった。
セラの願いが、いつか叶う日がくるだろうか。
もしそれが叶うなら、僕はこの手が届く範囲でどれだけでも剣を振るう。
セラが願う未来のために。
気付けば、僕の足はセラに向かって歩き出していた。
今すぐにでもセラの姿を探して、名前を呼びたくてたまらなくなった。
「セラ」
反対側でツリーを見上げていたセラは、僕を見て首を傾げて微笑んでいた。
『どうかした?』
「セラの願いごと、見たよ」
そう言った瞬間、彼女の表情が驚きに染まる。
『え……?』
「名前は書いてなかったけど、わかったんだよね」
『どうして?』
「さあ、どうしてだろうね」
理由なんて、僕にもわからない。
でもあの星を見たとき、セラの顔が浮かんだ。
ただの言葉の美しさに心を動かされたからじゃないことはわかる。
セラの願いが心の奥に触れて、僕の中の何かを震わせたからかもしれない、なんてらしくもないことを思ってしまった。
「これだよね」
セラの手を引き、今しがた見た願い事を指差せば、セラは驚いた様子で頷いている。
『よく分かったね』
「僕、凄くない?」
『ふふ、さすがに凄いかも』
「だよね。これはご褒美をもらわないとかな」
セラはくすくす笑いながらも、少し照れくさそうに僕を見上げていた。
「君は、自分のことを願わなかったんだね」
『私のことを願うよりも、もっと願わないといけないことがある気がしたから』
セラの綺麗な瞳が揺れる、雪の降るクリスマス。
静寂の中で、ただセラと出会えたことに幸せを感じていた。
『それなら、総司の願いごとも聞かせて』
「僕の願い?」
『うん』
僕はしばらく考えて、それから微笑んだ。
「君がいつか願い事をしなくてもいい世界になることかな」
『……総司……』
「平和な世界が来るといいよね」
セラはそっと目を伏せ、やがて小さく微笑をんだ。
『……叶うといいね』
いつか、この世界に戦いのない未来が来るとしたら、その時僕は君の傍にいるのかな。
僕の一番の願いは決して口に出すことも文字にすることもできないけど、こうして僕の傍にはセラがいてくれる。
それだけで今は十分だと、彼女に向かって微笑みを向けた。
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