6

私の護衛中に怪我を負った総司は、意識のないまま公爵邸の医務室へと運ばれた。
お医者様に診て頂くと、頭の傷は浅いものの、肩の傷はそれなり深いらしい。
総司が気を失ったのは、出血が多かったことが原因だと仰っていた。
釘数本が刺さったまま、あの重い板を支えてくれていたことを思えば、私の胸は張り裂けそうに痛くなる。
わがままを承知で山南さんに頼み込み、昨晩はずっと隣で総司が起きるのを待っていた。

けれど泣き疲れて眠ってしまったのか、気付くと窓から明るい光が差し込んでいる。
優しい声に名前を呼ばれた気がして目を開けると、総司が含みのある笑顔を浮かべていた。


「おはよう、よく寝てたね」

『総司……』


良かった、意識が戻ったんだ……。
どこか痛くはないか、苦しくはないか。
お腹は減っていないのか……総司に聞きたいことは沢山ある。
何から聞けばいいのか分からなくなって色々な質問が頭を巡っていると、何故か総司は私の顔を見るなり吹き出していた。


「ぷっ……はは、顔にがっつりシーツの跡がついてるよ」

『え、嘘……』

「僕を心配してくれてるのかなって思ったけど、まさか僕よりぐっすり寝てるとはね」


目覚めた総司に真っ先に声を掛けたくてここにいたのに、うっかり眠ってしまった自分が情け無くて嫌になる。
言い返す言葉もなく、「ごめんね」と言って項垂れていると、総司が私の頭をぽんぽんと撫でてくれた。


「冗談だよ。昨日は夜の間中セラがここにいてくれてたって、さっき山南さんから聞いたんだ。心配かけてごめんね」


総司の怪我は私のせいなのに、こうして優しい言葉を掛けて貰えるとまた涙腺が崩壊しそうになる。
それでも目を覚ました総司に泣き顔は見せたくないから、一番言いたかった言葉を伝えることにした。


『助けてくれて……護ってくれてありがとう、総司』


最後は涙声になってしまったし、うまく笑えたかも分からない。
それでも総司はそんな私の心情まで理解してくれているかのように、ただ優しく微笑んでくれていた。


『傷はどう?痛かったり苦しかったりしたら教えてね』

「動かしてないからよく分からないけど、今は痛みも然程ないし大丈夫そうだよ」

『良かった……。でも絶対無理はしないでね?あ、何か食べるかな?あと温かい飲み物もあるし冷たいのもあるよ』


用意したフルーツや飲み物をベッドサイドにあるテーブルに並べると、総司は「リンゴが食べたい」と言う。
直ぐに果物ナイフを用意した私は、リンゴを一口サイズに切って彼に渡した。


「僕は食べさせてあげたのに、君は切ってくれるだけなんだね」

『食べさせて欲しいの?』

「うん、食べさせて。当たり前でしょ」


当たり前なのかはよく分からなかったけど、子供みたいな言い方が可愛いらしくて自然と頬が緩んでしまう。
フォークにさして口元に持って行くとちゃんと食べてくれるから、総司がより可愛く思えてきてしまった。


『総司、可愛いね』

「可愛いって何さ、嬉しくないんだけど」

『でも素直に食べてくれるから可愛いんだもん』

「リンゴを食べるのにいちいち反抗的になってらんないよ」


ああ言えばこう言うところは健在で、いつも通りの総司の様子に少し安堵する。
それでも私の心の中に渦巻く不安はまだあって、それだけはなくなってくれなかった。

昨日、怪我をした総司を目の当たりにした時、総司が専属騎士になることを初めて怖いと思う私がいた。
昨日の様に不可抗力なことが起これば、いくら総司が強くても致命傷を負う場合もある。
専属騎士になるということは、総司が私の代わりに傷付く可能性もあると考えたからだった。

勿論専属騎士を目指すかどうかは、総司が決めることで私が口出ししていいことではない。
それに向けて頑張ってくれているこの人に、心配だからと言う理由でこんな話をするつもりもなかった。
それでも総司には危険な思いをして欲しくないし、怪我だってして欲しくない。
その気持ちは私の中でなくなってくれないから、リンゴを食べる総司を見つめながら、色々なことを考えていた。


『総司の肩の傷ね、倒れてきた板から飛び出てた釘が何本か刺さっちゃったみたいなんだ』

「そうみたいだね。さっき山南さんもそう言ってたよ」

『昨日釘が刺さったまま、重い板を支えてくれてたんだよね。後からそれ聞いて凄く痛かっただろうなって思って……それなのに私、あの時何も出来なくてごめんね……』

「セラだって一生懸命支えてくれてたじゃない」

『支えたところで、私なんて大して力ないもん……』


何のトレーニングもしてないこの身体じゃ雀の涙程にもならないと思うからそう言うと、また総司が吹き出して笑っていた。


『なんで笑うの?』

「いや、昨日の一生懸命踏ん張ってるセラを思い出しちゃったんだよね」

『それでなんで笑うのっ……』

「力なんてないくせに、頑張って押し返そうとしてる顔が可愛いかったからさ。あれは忘れられないかな」


可愛いなんて思ってないくせに、総司はそんなことを言って目尻の涙を拭っている。
その呑気な様子に私まで思わず笑ってしまうけど、総司がこうやってまた元気に笑ってくれて本当に良かった。


「セラは昨日、怪我しなかった?」

『うん。総司が護ってくれたから怪我は一つもしてないよ』

「それなら良かったよ」


本当は全然良くないよ……。
総司は優しいからそう言ってくれるけど、護衛役だからといって怪我をしていい人なんてこの世にいない。
ただありがとうと言って微笑むつもりだったのに、気付いた時には思わず本音が口から出てしまった。


『私は、総司が私の代わりに怪我をするのは嫌だよ。総司が怪我するくらいなら、私が怪我すれば良かったって昨日も思ったの』


総司に専属騎士になって欲しいなんて言っておいて、こんなことを言うのは矛盾しているって分かってる。
それでもこの気持ちだけは変えられなくて、ついこぼしてしまった言葉だった。


「僕だってセラに怪我させるくらいなら自分が怪我した方がマシって思ってるよ。だからそんなのお互い様じゃない」

『全然違うよ、だって私は総司に護って貰ってばかりいるのに』

「君は女の子なんだから当たり前でしょ。僕が勝手にしたくてやってることだし、君は何も気にしなくていいです」


総司はいつもやたら頭を撫でてくれるけど、今回のはぐりぐりと押し潰されるような撫で方で髪の毛がぐしゃぐしゃになる。
頭を振って少し膨れて見せれば総司は笑ってくれるから、また私も笑ってしまうのだけど。


「知ってる?男の人って護りたいものがあると強くなれるんだって」

『そうなんだ?』

「うん。だから僕にセラを護らせてよ。そうすれば僕は強くなれるし、強くなればまた君を護ることが出来る。一石二鳥だと思わない?」


凄い無理矢理な理屈でやっぱり笑ってしまうけど、私に気を揉ませないよう考えてくれた総司の優しさだということが伝わってくる。
それに不安に思うばかりより、こう言ってくれる総司を信じてついて行きたいと思えるようにもなった。

一つ気付いたことは総司が笑うと私も笑顔になれるのと同じで、私が笑うと総司も一緒に笑ってくれる。
だから今は心配ばかりの悲しい顔を見せるより、総司を信頼しているこの気持ちを伝えたいと思った。


『そう言ってくれてありがとう。私総司が一緒にいてくれるとね、総司がいるから大丈夫だって……誰といるより一番安心することが出来るんだ。だから迷惑掛けちゃうこともあると思うけど、これからも護ってもらっていいかな?』


少し緊張しながら改まって告げた言葉は、言った後に何故か少し恥ずかしかった。
するとその恥ずかしさが伝染したのか、総司まで少し照れくさそうに眉尻を下げて言ってくれた。


「勿論だよ。僕は君を護るためにここにいるんだから、大船に乗ったつもりで頼ってよ」


総司のことは誰よりもずっと頼りにしてる。
だから「早く元気になってね」と告げて、リンゴを口元へと持って行った。


『今日の総司も優しいね』

「だから、僕はいつも優しいって言ってるでしょ?」


きっとまた不安になったり心配になることもあるかもしれない。
でもこうして彼と話すと、驚くくらい私の気持ちは励まされるから、これからも総司と沢山話がしたい。
そう思いながら、リンゴを頬張る総司に微笑みを向けた。


『傷は本当に大丈夫?痛くない?』


改めてそう尋ねると、総司はふっと笑って私を見た。


「そんなに心配?それとも、僕の痛がる顔でも見たいの?」

『そんなわけないでしょ?心配してるの』

「はは、セラってからかうとすぐ可愛い顔するよね」


総司の可愛いはあてにならないことが分かった今日この頃。
それでも嬉しいと思ってしまう自分を戒めるために唇をきつく結んでいると、総司はどこか満足そうに目を細めていた。


「でも、そんなに僕のこと気にしてくれるなんてちょっと嬉しいかな」

『当然だよ。だって、総司に何かあったら悲しいもん』

「それは光栄だね。でもそう思うなら、もうちょっと優しくしてくれてもいいんじゃない?」

『優しくしてるつもりだけど』

「そっか。じゃあ、今度はもっとわかりやすく優しくしてよ」

『わかりやすく?たとえば?』

「うーん、そうだな。僕が疲れてたら膝枕してくれるとか?」


思わず息を詰めると、総司は面白そうに笑った。


「冗談だよ。そんなにびっくりすること?」

『総司の冗談はたまに冗談に聞こえないからだよ』

「別に本当にしてくれても僕は構わないけどね」

『…………』

「ねえ、どうして黙るの?」


じっと見つめられると、なんだか余計に恥ずかしくなってしまう。
昨日のことまで頭に蘇ってきてしまったから、余計なことは考えないで話を戻すことにした。


『それより、肩……本当に痛くない?』

「うん。セラが傍にいてくれるから、痛みなんて感じないよ」

『また嘘ばっかり言うんだね、総司は』

「本当のことだよ。それにセラにそんな顔されると、逆に僕の方が落ち着かないんだけど」

『どうして?』

「だって、僕は君のことを安心させたくてここにいるのに、君がそんなに心配そうにしてたら意味ないでしょ?」

『でも、総司のことを心配するのは仕方ないことなの』

「そっか。でもセラが笑ってくれるなら、僕はどんな怪我でも乗り越えられる気がするんだけど?」


さらりとそう言って、総司は微笑む。
からかうような口ぶりなのに、その表情はどこか穏やかで優しかった。


「どうしてまた黙るのさ。今のはちょっと良いこと言ったと思うんだけど」

『良いことって言うか……そんなこと言われたら少し恥ずかしいよ』

「恥ずかしいことなの?今言ったのは本当のことだよ。それに、君の方がいつも恥ずかしいこと言ってると思うけど」

『私が?』


いつ?どこで?
思い返してみても自分が何を言ったかなんて思い出せないから首を傾げていると、総司は楽しそうにくすくす笑った。


「自覚ないんだね」

『恥ずかしいこと言ってたとしても、総司ほどじゃないと思うよ』

「えーそう?僕は君には負けると思うけど」

『私のは全部本心だもん。総司は私をからかいたくてわざと恥ずかしいこと言ってるだけでしょ?一緒にしないで』

「ははっ、それなら君の方が素で恥ずかしいことを言っちゃう子ってことだね」


総司は失礼なことを言うけど、その顔はどこか楽しそうで、優しくて。
柔らかい表情を見れば、私の頬も自然と緩んでいくようだった。


『総司が護ってくれる分、私も総司のことを護りたいな』

「君が?僕を?」

『うん。たとえば、総司が無茶しそうになったら止めるとか、疲れてたら無理させないとか。そういうのでもいいから、少しでも総司の役に立ちたい』


それだけだと全然足りないけど、少しでもいい。
総司のために出来ることをしたいと思う。
たまにお菓子を作るとか、総司に役立てて貰えるものをプレゼントするとか、なんでもいい。
総司のために何かしたいと思った。
だからこそ、総司がさっき言ってくれた言葉を思い出す。

ーーセラが笑ってくれるなら、僕はどんな怪我でも乗り越えられる気がする

そう総司が言ってくれるなら、総司の前ではなるべく笑顔の私でいたいと思った。


『だから私、総司が少しでも元気になれるように、これからもっと笑うようにするね』


その言葉に、総司は少しだけ目を瞬かせる。
でも瞳を細めて私を見ると、優しい声で言ってくれた。


「うん。それなら、僕も早く元気にならないとね」

『絶対だよ』

「約束する」


総司は穏やかに微笑んで、そっと私の髪を耳にかけた。
その仕草があまりにも自然で、優しくて、私はまたふわりと心が温かくなるのを感じた。

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