3.

街で見つけた、人気だと噂のチョコレート。
これをセラに贈ろうと思ったことに、深い意味はない。
強いて言うなら、恋人から貰うと女の子は喜ぶという店員の呼び込みが耳に入り、セラの喜ぶ顔を思い浮かべたら自然と手に取っていたというだけだ。

それがまさかこんな仕掛けになっていたなんて、正直これはタイミングが悪い。
その罰の悪さから、僕はセラを見ることもせずに顔を背けていた。

けれどふと視線を向けた先、セラも僕を見て何か言いたそうに頬を染めている。
まるで何かを強請るような視線が、手のひらの上に落ちた雪のように心に染み込んで、僕は思わず視線を逸らすことすらできなくなった。

でも、一時の感情に流されたら駄目だ。
今はそんなことに気を取られている場合じゃない。
僕はまず強くならなければならない。
セラの隣に立つために、剣を握る理由を見失わないために、何よりもまず力をつけることが最優先な時だ。
……それなのに。


「セラ」


気づけば彼女の名前を呼んでいた。
ゆっくりと顔を上げたセラの瞳が、瞬いた星の光を受けて揺れている。
頬は相変わらず赤く染まったままで、唇がきつく結ばれたのがわかった。
僕が何か言うのを待っているのかもしれない。
その表情を瞳に映してしまえば、ひた隠しにしているこの想いすら打ち明けたくなってしまうほどだった。


「本当に僕からだったらどうするつもりだったの?」


問いながら、自分でも愚かしいと思う。
こんなことを聞いて何になるんだらう。
期待しているみたいで、格好悪いことこの上ない。
いや……事実、期待してしまっているから余計にタチが悪い。


『それは……』


言い淀むセラの表情が、いつもに増してひどく可愛く見えてしまう。
困ったように眉を寄せながらも僕を上目で見つめて、どこか戸惑いよりも甘さの混じるその仕草が、僕の理性を試しているみたいだった。

でもそんな顔をされると、手を伸ばしたくなるし触れたくなる。
頬に指を滑らせ、その熱を指先で確かめたくなる。
けれどそんなことをしたら、僕はもう自分を抑えられなくなってしまいそうで怖くも感じる。
何より、この子に拒絶されることだけは避けたかったから、冷静になれと言い聞かせていた。

だからもう、冷たい空気が熱を帯びた肌を冷やすように、この気持ちを落ち着かせてくれることを期待することしか出来ない。
セラの唇が開きかけた時、これ以上は聞くべきではないと僕の方が先に言葉を発していた。


「なんて、どうもしないよね。僕がお嬢様のことを大事に思うのは当たり前のことだし?」

『え?』

「平助も伊庭君も山崎君も、みんな君が大好きだからね」


セラの返事を聞く前に吐いた言葉は、ただの逃げだった。
滲み出てしまう自分の好意が、この子の周りの人間が向けているものと同じ、ただの騎士としての忠誠心だと見せかけたかった。
なぜならそうすれば、僕はまたセラを欺き、こうして一緒に過ごす時間を持つことができる。
ただの一人の騎士として、セラの隣にいることができるんだから。

セラは小さく瞬きをして、戸惑ったようにこちらを見上げた。


『それって……』

「うん?」

『総司は私のこと、好きって思ってくれてるってこと?』


あまりに素直で疑いのない声音に、思わず息を呑む。
これは、どういう意味の好きのことを言っているんだろう。
けれどそんなことを考える時点で邪な感情になってしまう気がして、強制的に考えることをやめた。


「もちろん」


そう答えたのは、言葉に詰まるよりも先にセラが僕の心を知りたいと言わんばかりの顔で、僕を見上げてきたからだ。


「だって僕は君の騎士だしね」


セラは少しだけ考えるように視線を下げ、それから花が咲くように微笑んだ。


『ありがとう。総司にそう思って貰えるのは嬉しいかな。それに、私も総司のこと大好きだよ』


セラは照れくさそうにしながらも、素直にそう言ってくれた。
それは誤魔化しで言った僕の言葉なんかよりもずっと真心が込められいるような、温かいものに感じられた。


「それは光栄かな」


努めて軽く返したけど、胸の奥が騒がしい。
セラの好きが、僕の好きと同じではないことくらいわかってる。
でも、それでも。
先程までのあの顔を思い出せば、僕と同じ感情を少しくらいは持ってくれているかもしれないと期待してしまう自分もいて。
こうやってまっすぐに迷いなく言われると、心が揺らいでしまいそうになるのは不可抗力だった。


『だって総司は優しいし、いつも私を護ってくれるし、それに……すごくかっこいいし』

「は?」


いきなり始まった褒め言葉に、思わず聞き返してしまう。
セラは小首を傾げると、少し照れくさそうに笑って僕を見上げた。


『総司はいつも可愛いって言ってくれるから、私もたまには言いたいなって思って』

「あ、そう……」

『総司はかっこいいよ?それに剣が上手で強くて、騎士団の皆もすごいって言ってるんだよ。それにいつも余裕があって、一見大人っぽいのに笑うとたまに子供みたいに可愛くて……』


セラの言葉が止まる。
続きを言おうとしたのかもしれない。
けれどまるで何かに戸惑ったように、セラは口を閉じたまま僕を見上げた。

大きな瞳が不安そうに揺れていて、僕も思わず小首を傾げる。
どうしてだろう。
さっきまで当たり前のように僕を褒めてくれていたのに、その唇が急に動かなくなるなんて。


「セラ?」


何気なく名前を呼ぶと、彼女はふるふると小さく首を振った。


『ううん、なんでもない。とにかく、そういうことだから』


そう言いながらまた笑顔を浮かべるけど、どこかぎこちないものだった。
何を考えていたのかなんて、僕にはわからない。
でも、たった今セラが見せた戸惑いは、どこか僕の胸をざわつかせた。


「そっか」


無理に問い詰めることもできないから、そのまま沈黙が訪れた。
さっきまでの和やかな雰囲気とは少し違う、妙な静けさ。
ふとセラの方を見れば、彼女はぼんやりとピンク色のチョコを眺めていた。


「それ、さっきのチョコ?」


僕の視線に気づいたのか、セラはチョコレートを見つめたまま唇を結んだ。
まるで壊れやすい宝石を扱うみたいに、指先でそっと支えながら、瞬きも忘れたように。


『うん』

「食べないの?」

『まだとっておきたいなって』


そう呟いた彼女の声は夜風よりも柔らかくて、心の奥に染み込んでくる。
チョコレートに刻まれた「好きだよ」の文字。
もともと僕が仕掛けたわけじゃない。
それなのにセラがこんなにも愛おしそうにそれを見つめていると、まるで僕の気持ちまで大切にされているみたいで、また愚かな期待を抱いてしまいそうになる。


『だって……こんなに可愛いチョコ、すぐに食べたら勿体ないもん』


小さな声で、でも確かにそう言ったセラは、今度は少し嬉しそうに微笑んでいる。
こんな他愛ない小さいものでも喜んでくれるこの子が可愛いくて愛おしくて堪らない。
だからもうこれ以上気持ちを掻き乱される前に、このチョコは消してしまおうと、気づけば彼女の手首をそっと掴んでいた。


「それなら、僕がもらっちゃおうかな」

『あっ……』


驚いた声を上げるセラの手を引き寄せ、すべての迷いを振り払うように、指先のチョコをぱくりと口に含んだ。
甘い、けれどそれ以上に、彼女の温もりの余韻が舌の上に残っている気がした。
チョコレートが完全に僕の口の中に消えれば、セラがいつになく目を大きく見開く。
頬が瞬く間に染まり、息をのんだまま僕を見上げていた。


『……どうして食べちゃうの?』


ほんの少し潤んだ瞳が、非難するように揺れている。


『とっておこうと思ってたのにっ……』


唇を震わせながら拗ねるようにそう言ったセラの表情があまりにも愛らしくて、僕は唇の端を僅かに上げた。


「僕があげたチョコなんだから、僕が食べてもいいでしょ?」

『だけど、とっておきたいって言ったばっかりなのに……ひどいっ……』


僕を睨んだ瞳がみるみる潤み出し、それはふいっと逸らされる。
それは膨れているというより少し泣き出しそうにも見えて、何故か落ち着かない心情にさせられた。


「……え?そんなにダメだった?」

『…………』

「セラ、ごめんね?そんなに気に入ったならまた買ってくるよ」

『……別に……もういらない……』

「なんでさ」

『今のが……良かったの』

「今の?」

『総司が食べちゃったチョコのこと。でも……もうなくなっちゃった。総司が勝手に食べちゃったから』

「…………」


困ったな、セラがこうして拗ねるのは珍しい。
僕より年下なのにいつも落ち着いているセラは、僕なんかよりずっと気遣いができてわがままも言わなくて、常に周囲に合わせて考えて行動が出来る子だ。
でも今の彼女はいつになく少し子供のようで、その横顔もいつもに増して頼りない。
その様子がどこか甘えているようにも見えるから、可愛くて堪らなくなるわけだけど。


「ははっ、そっか。ごめんね。意地悪し過ぎちゃたかな」

『笑い事じゃないと思う』

「じゃあ、何かお詫びするから許してよ。何がいい?僕に出来ることならなんでもするよ」

『お詫びとかはいらないけど……』

「でもそれだと僕の気が済まないからさ」


僕の方にようやく向けられた潤んだ瞳は、とても綺麗だった。
赤くて小さい唇からは白い息が漏れ、周りの雪に溶けていくその瞬間もとても幻想的だった。
どこか寂しそうに見えるその理由も、縋るように僕を見上げてくる理由も分からなかったけど、セラにこうして見つめられるとなんでもしてあげたい気持ちになってしまう。


「ほら、お兄さんに言ってごらん?」

『お兄さん?』

「セラって小さいし、意外とすぐ膨れるし。可愛い妹みたいだなって思ってさ」

『私、総司の妹じゃないよ』

「分かってるってば。妹みたいな存在として大切に思ってるってことだよ」


まあ、これも嘘なんだけど。
気付けば嘘ばかり口にしている自分に内心でため息を吐き出すけど、頭を撫でてもセラはただ大人しくされるがままになってくれていた。


「なにかして欲しいことないの?」


僕がそう尋ねると、セラは小さく瞬きをしてから、ふわりと首を傾げた。


『別にないよ』


あまりにも素っ気ない答えに、思わず苦笑する。
 

「それは残念。僕って案外頼りにされてないのかな」


冗談めかして肩をすくめると、セラは慌てたように小さく首を振った。


『そんなことないよ。だって……私は総司が傍にいてくれたら、それでいいもん』


夜の静寂の中、セラの声だけが妙に優しく響く。
月明かりに照らされたセラの真剣な顔は、柔らかく穏やかで、それが妙に胸に残った。


「そっか」


軽く返すだけにとどめたのは、それ以上深く聞くのはなんとなく気が引けたからだ。
セラは出会ったばかりの頃から、僕に対して無邪気に好意を向けてくれる。
きっと、今回の言葉もその延長線上にあるものだろう。
それなのに、今夜はどうしてこんなにも心を掴まれたような気持ちになるんだか。
これも今日がクリスマスという特別な日だからかな。


「でも、僕がいるだけでいいなんて君と随分と安上がりだね」


からかうように言ってみると、セラはふわりと微笑んだ。


『だって本当だよ』


その素直すぎる言葉が、また胸の奥を掠めていく。


「そっか。それなら、もう少しここにいる?」

『うん』


セラは少し恥ずかしそうに僕を見上げながらも、嬉しそうに微笑んでくれる。
その顔を見るだけで勘違いしてしまいそうになる自分が嫌になるけど、真っ直ぐに向けられる好意はたとえどんな形でも嬉しいし、余すことなく受け取りたいと思う。

でもふと横を見れば、セラの鼻先は僅かに赤い。
白い息を手に吹きかけている様子は、寒くて堪らないのに無理してここにいるようにも見えてきてしまう。


「寒いんじゃないの?」

『全然?』

「とてもそうは見えないけど」


セラが強がっている理由が僕とこうして二人でいるためだったら嬉しいと思いつつ、セラの身体がこれ以上冷えたら可哀想だ。
でもセラは僕の上着を羽織ったまま、小さく首を振った。


『本当に寒くないよ?』


本当かな。
指先をそっとこすり合わせる仕草や、肩をすぼめるような動きは、どう見ても寒さを誤魔化しているようにしか見えない。


「セラって、嘘が下手だよね」

『嘘なんてついてないよ』


むくれるように片方だけ頬を膨らませるセラに、つい笑みがこぼれる。


「可愛い」

『え?』

「……いや、なんでもないよ」


さらりと流してしまったけれど、考えるよりも前に思ったことを口に出してしまったのは、自分でも驚きだった。
セラが首を傾げながら僕を見上げる。
こんな顔で見つめられたら、また適当な言葉でごまかしてしまいそうになるから、話題を変えるようにそっと彼女の手を取った。


「うわ、冷たい」


指先に触れると、セラは小さく肩を震わせる。
きんきんに冷えた手に目を見開けば、セラも気まずそうに苦笑いしていた。


「ねえ、どうしてそんなに我慢するの?寒いって言えばいいのに」

『だって寒いって言ったら、もう戻ろうって総司が言うかなって……』


僕は、一瞬だけ動きを止めた。
セラはただ純粋にそう言っただけなのかもしれないけど、その言葉がどうしようもなく胸に響いた。


「へえ?そんなに僕といたいの?」

『別にそういうわけじゃないけど』

「あっそう。じゃあ僕はもう戻ろうかな」

『え?』

「セラはゆっくり星でも見てて」


敢えてそう言って立ち上がろうとすれば、慌てた様子で僕の袖を引っ張るから可愛い過ぎる。
セラを見ていると保護欲も掻き立てられるし、かと思えば加虐心みたいなものも湧き上がる。
つまり僕はこの子に対してだけ、この心を大幅に揺らしてしまうということだ。


『どうしてそうやって意地悪するの?』

「意地悪なんてしないけど」

『嘘つき、基本意地悪なのに』

「基本優しいでしょ、僕は」

『でも今の総司は意地悪だよ』

「セラが素直に僕といたいっていてくれたら、ここにいてあげるよ」


むっとしたまま僕を見上げているセラだけど、きっと素直に僕といたいと言ってくれるのだろう。
ただその言葉が聞きたくて、敢えて意地悪な笑みを浮かべてセラの言葉を待っていた。
でもセラは僕の袖を引く手に力を込めたかと思うと、逆に僕に聞いてきた。


『総司は私といたいって思ってくれないの?』


その質問は反則だと思う。
まっすぐに見上げてくるセラの瞳は、試すようなものじゃなくて、ただただ純粋に僕の答えを待っている瞳だった。


「僕が君といたいって言ったら、セラはどうするの?」

『嬉しいよ?』


ぽつりとセラは呟いた。
それがあまりにも素直で、どこまでも僕の心を揺らしてしまう。


「じゃあ、もうちょっと一緒にいようかな」

『ほんとに?』

「セラがいいならね」


途端に、セラの顔がぱっと明るくなった。
そんな表情をされると、余計に離れたくなくなるから困ったものだ。


『ふふ。じゃあ、もう少しだけ』

「でも、その代わりさっきみたいに我慢するのは禁止ね。寒いなら寒いってちゃんと言うこと。わかった?」

『わかった』

「んー、なんか信用できないな」

『ほんとに思ったときは言うよ』


じっと見つめると、セラは少し恥ずかしそうに目を逸らした。
その仕草がまた、どうしようもなく愛しい。


「じゃあ、ちゃんと言ってもらえるようにもっとセラに優しくしないとね」

『総司はいつも優しいよ』

「さっきは意地悪って言ってたのに?」

『んー、どっちもかな』


セラが嬉しそうに笑ってくれると、僕まで自然と嬉しくなる。
でも、もっと優しくしたら、セラはどんな顔をしてくれるんだろう。
そんなことを考えながら、僕はそっとセラの冷えた手を包み込んだ。


「温まるまで、こうしてよっか」

『……うん』


細くて小さな指先は僕の手の中に簡単に収まる。
夜の寒さが肌に染みるのに、不思議と冷たさを感じないのはきっと隣にセラがいるからだ。


『総司の手って、どうしていつもあったかいの?』

「さあ。心が冷たいからじゃない?」


少しふざけたように返すと、案の定セラはくすくす笑ってくれる。


『あはは、なにそれ。心が冷たいと手が温かくなるの?』

「うーん……根拠はないけど、なんか聞いたことある気がするんだよね」


こうして笑ってくれるだけで、僕は何度でも言葉を探してしまう。
するとセラは僕の手をきゅっと握りなおして、小さな声で言った。


『じゃあ、手は私が温めてもらうけど、総司の心は私が温めてあげるね』


胸の奥にじんわりと熱が広がる。
僕をいつも癒してくれる優しい声が、本当に僕の心を温めてくれているようだった。


「あったかくされすぎたら、溶けちゃうかもよ」


そう言うと、彼女はまた笑う。
今度は少しだけ、照れているみたいな笑い方で。


『そしたら、私がちゃんと形に戻してあげる』 

「そんなことできるの?」


少しだけ冗談のように笑いながら言ってみせたけど、セラはちゃんと考えるように首を傾げていた。
風が吹くたびに揺れる髪が頬にかかって、僕の視線をさらっていく。


『できるかどうかは分からないけど……でも、寒いままよりいいと思うよ。心って放っておくと凍っちゃいそうだから』


その言葉に、ふと自分の心は気づかないうちに冷えていたのかもしれないと考えた。
でもここにきてこの子の温かさに触れて、今はこんなにも満たされている。
自分の心の中に自分以外の誰かが入り込むことは、生まれて初めてのことだった。


「セラは、変なこと言うよね。ほんとに」

『え?そうかな?』

「うん。でも、そういうとこ、僕は好きだよ」


不覚にもさらりと口を割って出てしまった言葉。
セラは一度目を見開いたものの、直ぐに柔らかく微笑んだ様子から、その言葉に他意はないと受け取ったんだろう。
「ありがとう」と穏やかな口調で言うと、また空を見上げていた。


「今日は楽しかった?」

『うん、とっても。総司と一緒だったから』

「そっか、よかった」


空を見上げるふりをして、隠した表情の奥。
その言葉だけで、今日の寒さなんて全部帳消しになる気がした。

だから、これでいい。
今こうして手を繋いでいることも、君がくれた言葉も、全部確かなものだから。


「この方があったかいでしょ」


この時間が少しでも長く続くように願いながら、僕はセラの手をそっと自分のポケットの中に引き込んだ。


『うん』

「去年のクリスマスには沢山寒い思いをさせちゃったから、今年のクリスマスはちゃんと温めてあげないとね」

『ありがとう、総司』


ふんわりと微笑むセラがあまりにも可愛くて、これ以上何か言えば隠している想いまで滲み出てしまいそうだった。
こんなにも近くにいるのに、この気持ちを隠さなければならないのは、なんだか少しだけ苦しい。

言えるはずもない言葉を飲み込んで、僕はただ小さく微笑んだ。
静かな夜空の下で、隣にある手のぬくもりだけを頼りにして、僕らはきらめく星を見上げていた。


- 53 -

*前次#


ページ:

トップページへ