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今日は春の行事の一つ、アストリア公国建国祭の日。
建国祭は、アストリアにとって一年のうちでもっとも華やかなお祭りだ。
街中が色とりどりの装飾で彩られ、人々は笑顔で賑わい、どこを歩いても楽しげな音楽と温かな光に包まれている。
私は公女として正式に式典に参加するため、華やかなドレスで身を包み、お父様や山南さんたちと共に式典が開かれる会場へと向かった。
けれどどれほど豪奢な衣装を纏っても、落ち着かない気分はなくならない。
なぜなら今日は、花贈りの儀があるからだ。
建国祭の中でも一際賑わいを見せている花贈りの儀。
これは建国祭の伝統的な風習のひとつで、青年たちが慕う異性へ一輪の花を贈るというもの。
普段は気軽に想いを伝えられない人でも、この日ばかりは堂々と花を渡せるとあって、毎年大変な盛り上がりを見せるらしい。
「セラお嬢様には、今年も多くの花が捧げられるでしょうね」
微笑む山南さんの言葉に、私はそっと唇を噛む。
確かに、この儀式は格式高いものではあるけど、同時に特別な意味を持つこともある。
心から敬愛する者にだけ贈られる花。
それが恋慕の証として捧げられることも少なくなかった。
勿論私に贈られるものは、忠誠心を意味したものばかりだろうけど、総司が誰に花を贈るのか考えてしまえば不安になる。
最近は任務などで外に出ることも多い総司は、きっと公爵邸の外で女の子と話す機会もある筈。
他の女の子に笑顔で花を贈る総司を想像してしまったら、私の胸は痛み始めた。
でもお祭りの日だからといって、総司に会えないわけではない。
総司は今日一日、私の護衛として傍にいてくれることになったからだ。
その理由は総司の護衛としての能力を見たいとおっしゃったお父様や山南さんの意向から。
けれど、今日の総司はどこかよそよそしい気がしてならなかった。
「どうしたの? 難しい顔して」
不意にかけられた声に顔を上げると、いつの間にか総司がすぐ隣に立っていた。
淡い光の下で、彼はいつもの飄々とした笑みを浮かべている。
『そんなことないよ。建国祭、楽しみだなって思って』
「去年もやっぱり参加したの?」
『ううん、去年は参加してないから二年ぶりかな。総司は初めてだよね』
去年は誘拐されて間もなかったこともあり、大勢の人の前に出るのは躊躇われた。
私の気持ちを汲んでくださったお父様は、無理に参加させるのではなくお城で待機するようにはからってくださった。
それにあの時はまだ総司も見習いで、毎日ボロボロになるまで剣を振るっていた。
建国祭にすら参加出来ずに、ただがむしゃらに努力する総司を残して、お祭りに行く気分にもなれなかった一年前の自分のことをぼんやり思い出していた。
「うん、そうだよ。だから楽しみかな」
その言葉とは裏腹に、なんだかそこまで嬉しそうにも見えない。
もしかしたら総司は、私の護衛ではなく、初めての建国祭を自由に満喫したかったのではないかと気付いた。
『あの……総司?』
「うん?」
『今日の護衛、無理しなくていいからね?ずっとじゃなくても大丈夫だし、見たいお店とか行きたい場所があったら自由に行ってきて』
総司に特別に想ってもらえないことより、総司に疎まれることの方が怖いみたい。
少し不安な気持ちで総司を見上げると、彼はぱちくりと目を見開いている。
「え、なんで?別に無理なんてしてないけど。行きたい場所もないしね」
『でも、私には遠慮しないでなんでも言ってほしいよ』
「僕は君に遠慮なんてしてないよ。だから余計なことは考えなくていいです」
ぽんと軽く、頭に総司の手が置かれた。
直ぐに離れていく温もりを恋しく思ったけど、周りにはお父様達もいる。
総司は引き締まった顔つきを崩すことはせず、真面目な態度で式典に臨んでいた。
それからしばらくして式典が終わり、堅苦しい雰囲気は一変して華やかな祭りが正式に始まる。
私の頬も緩んだけど、私の横に立つ総司はどこか含みのある笑顔で私を見下ろしていた。
「君は今日、何本の花をもらうのかな」
驚いて総司を見上げると、にやりと意地悪な笑みが向けられた。
「だって、建国祭で一番注目を集めるのは公爵令嬢の君でしょ?きっと列ができるんじゃない?」
そう言われて、私は慌てて首を横に振る。
『そんなことないよ。私に贈ってくれる方がいたら、それはお城の騎士の方々くらいだと思うし』
青空の下で行われた式典。
この場にはアストリアに住むほぼ全てのご子息ご令嬢が集まっている。
他の女の子も沢山参加しているし、私はまだ社交の場に参加すらしていない。
だからこそ城外の方々からお花を頂くことはまずないだろうと思った。
「まあ、せいぜい花に埋もれないようにね」
そんなことを言われて、実際数本しか貰えなかったら逆に恥ずかしい。
そう思いながらも、建国祭の祝賀式と並んで花贈りの儀が始まると、街全体が華やかさに包まれた。
「セラお嬢様に心を込めて捧げます」
「お受け取りいただけるだけで光栄です」
伊庭君や平助君などの顔見知りの騎士の方々に続き、初めてお会いする貴族の青年から次々に花が差し出されていく。
その中には、真剣に頬を染め、まるで求愛するかのように想いを告げてくれる方もいた。
「セラお嬢様にお会いできる日を、ずっと楽しみにしていました。一目見た瞬間から、君のことが忘れられません。ぜひ、今度我が城にお招きさせてください」
『お心遣い、ありがとうございます』
「長い間、セラお嬢様に心を寄せておりました。僕も是非一度君をお招きしたいと思っています。どうぞお受け取りください」
『温かいお言葉、ありがとうございます』
皆さんのお気持ちは嬉しいと思う。
だから緊張しながらも一人一人に真心を込めて言葉を返していた。
でも少しでも時間ができれば、ちらりと視線を巡らせて、私はある一人の姿を探してしまう。
総司は、どこにいるのかな……?
誰かに花を渡しに行っていたらどうしよう。
そんな心配から心がずっと落ち着かない。
でもしばらくしてようやく見つけた総司は、騎士団の制服を着て少し離れたところに立っていた。
でも目が合うと、いつもの意図の読めない笑みを浮かべながらも、すぐに視線を逸らしてしまう。
それっきり総司は何をするでもなく、私に近づいてくる様子もなかった。
「セラお嬢様のような美しい方に出会えるなんて、夢のようです。もしよろしければ、またお話しできる機会をいただけませんか?」
「君の笑顔をもう一度拝見したいので、これからもお見かけした際には必ずお声を掛けさせていただきます。どうか、その時はお許しください」
優雅に微笑んで花を受け取るものの、次から次へと贈られる花で腕がいっぱいになってしまう。
それはもう、控えていた騎士の方々が慌てて花を受け取ってくれるほどだった。
「いやはや……お嬢様の人気は物凄いですね。やはり年頃になられたのですね」
「ええ。まさかここまでとは俺も驚いています」
今までもお花は頂いていたけど、どの年もかろうじて自分で持てる程度だった。
けれど今年は何故かこんなに沢山。
気付けば山南さんや山崎さんまで、私が頂いたお花を持ってくださっていた。
もしかして……
『もしかしたら皆さん、私が誘拐されたことを知って、気遣ってくださっているのでしょうか』
思わず呟いた言葉を聞いて、誰かが吹き出している。
後ろを振り向けば、いつの間に私の傍に来ていたのか、総司がくすくすと笑っていた。
「本当に君って鈍感だね。君に花を渡した貴族の連中が報われなくて笑えるよ」
『え?』
「みんな、あんなに一生懸命、セラに話しかけてたのにね」
私の腕の中には、もう数えきれないほどの花があるのに、心には穴がぽっかりと空いてしまったみたいだった。
だって本当に欲しいのは、総司がくれるたった一輪の花だったのに、総司はそんな素振りすらない。
「これで花贈りの儀も終わりですね」
『はい……』
心のどこかで期待していたのかもしれない。
もしかしたら総司から、花を貰うことが出来るかもって。
でも総司は手元に花を持っているようには見えなかった。
どうしよう、なんだかすごく寂しい気持ちになってきてしまった。
「お嬢様、この後どうなさいますか?街などに出られるのであれば、ご一緒します」
『山崎さん、ありがとうございます。折角なので、街の様子も見てみたいです』
アストリア公国の街の人達が今日の為に懸命に準備したお祭りだ、出来ることなら参加したい。
私の言葉を聞いた山崎さんが静かに頷き、私に温かい笑顔を向けてくれた。
「山南さん、今日はどうしましょうか?」
山南さんは山崎さんの問い掛けに少し考え込み、慎重に言葉を選んだ。
「お嬢様の護衛として、私たちがついて行くことは必要ですが、周囲に気づかれないようにするため、護衛の人数は最小限に抑えた方が良いでしょうね」
「それに関しては俺も同意見です」
「今日は沖田君に単独で護衛を務めて頂きましょうか。勿論、私たちも近くでサポートするつもりですから、安心してください」
総司が護衛をしてくれるなんて、そんなに嬉しいことはない。
でも総司からしたら重荷ではないかと、少し不安な心情のまま彼を見上げた。
総司は目を瞬かせていたけど、直ぐに柔らかい笑みを浮かべてくれる。
「僕は構いませんよ。でも意外だな、僕に任せてくれるなんて」
「君は行動に無駄がありません。身のこなしも素早いですし、警戒心も高い。周囲に気づかれず、護衛を務めるには最適だと思ったのですよ」
総司は山南さんの言葉に何も言わずにただ静かに頷いていた。
普段二人の時はふざけることが多い総司も、今は真剣な表情で私を見守ってくれていた。
「わかりました。お嬢様のことは僕が責任をもってお護りします。どうぞご安心ください」
『ありがとう……』
総司と街に出るのは、まだ二回目。
前回は贈り物探しがメインだったし、護衛も四名ついていた。
けれど今日は離れたところで山南さんと山崎さんが待機していてくださるとはいえ、実質は二人きり。
そう考えると胸が高鳴ってしまうから、無意識にドレスの裾を握っていた。
「では一度城に戻りましょうか。お忍びでの外出となると、目立たない服装の方が良いでしょう」
「確かに今日は建国祭で多くの者が外出しているでしょうし、顔も隠された方が安全かもしれないですね」
『わかりました。では、そう致しますね』
私たちは、山崎さんと山南さんが近くに控える中で、城へと戻るために歩き出す。
総司は私の前を歩きながら、周囲に目を配りつつ、私が歩きやすいように道を開けてくれていた。
そのいつもとは違う騎士らしい姿に私の頬は緩むけど、今日は総司と少しでもいい思い出が作れたらいい。
総司にとっても楽しい一日になることを願いながら、総司の背中を見つめていた。
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