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市街地は、どこを歩いても活気に満ちていた。
カラフルな花で飾られた屋台、陽気な音楽に合わせて踊る街の人達。
アストリア家の公女である私も式典には正式に参加したけど、今はシンプルなドレスにヴェールをつけ、お忍びで街の雰囲気を楽しんでいた。


『総司、すごいね。人がどんどん増えてきてるよ』

「うん。でもこういう場所は少し気をつけないとね」

『私なら大丈夫だよ、ちゃんと歩けるもん』

「そういう問題じゃないけどね。まあ、ちゃんと傍にいるから」


そう言いながら、総司は私の横をゆっくり歩いてくれていた。
私は祭りの喧騒に胸を躍らせながら、屋台を見て回る。
春の花を使ったお菓子、繊細な刺繍が施されたリボン。
見ているだけで心が浮き立つから不思議。


「セラ、少し下がって」


言葉の意味を考える間もなく、総司がそっと私の肩に手を添え、一歩後ろに下がらせる。
次の瞬間、大きな荷車が目の前を横切った。
通りを急ぐ商人が、祭りの人混みを縫うように進んでいたのだろう。
もし総司が気づかなければ、私は危うくぶつかっていたかもしれない。


『……っ』

「大丈夫?」


総司の顔が近い。
静かな瞳が、私を真っ直ぐに見つめていた。


『う、うん……ありがとう』

「ほら、ちゃんと僕の近くにいて」


少し困ったように笑って、総司は私の手を取った。
総司とは何度か手を繋いだことがあるけど、自分の気持ちに気付いてからは少し触るだけで緊張してしまう。
今だって、ドキドキしてどうにかなりそう。


『でも手を繋いだら……目立たない?』

「この人混みなら、誰も気にしないよ」


それはそうかもしれないけど……。
繋がれた手から伝わる体温が、祭りの熱気よりもずっと熱く感じられた。
すごくドキドキするのに不思議と安心してしまうのは、総司だからなのかもしれない。
彼の手はしっかりと私を導いて、人混みの中でも迷うことなく進んでいった。


『総司?』

「ん?」

『さっきの、気づいてくれてありがとう』

「当然でしょ」

『でも、総司ってすごいね。こういう人混みでも全然迷わないし、私を見失わないし』

「そう?ていうか、君を見失うなんて絶対にありえないから」


総司の言葉が、どこまでも迷いなく響く。
そのままぎゅっと手を握られれば私の心まで温かくなった。

春の祭りの喧騒の中、ただひとつ確かなもの。
それは、総司の手の温もりだった。
私の進行方向にさりげなく手を伸ばし、人混みの流れを変えるように誘導してくれたり。
ふと気づけば、総司はずっと私の歩く道を確保するように立ち回ってくれている。
総司が常に周りをよく見て、私を護ろうと気を張ってくれていることもわかるから、そんな彼の横顔を見上げると、益々好きになってしまいそうだった。


『私、ちゃんとついていくからね』

「本当かな。セラはすぐに気になるものを見つけて立ち止まるから、油断できないけど」

『そんなこと……』


言いかけたところで、ふと視線の先に並ぶ色とりどりの髪飾りが目に入った。

わあ……綺麗……。
思わず目を奪われて足を止めてしまうと、総司が少し得意気に私を見て微笑んだ。


「ははっ、早速止まってる」

『あ……』


見透かされたのが気まずくて、思わず視線を逸らす。
でもそんな私の隣で、総司はふと真剣な表情になり、髪飾りを一つ一つ眺めはじめた。


「セラには、どれが似合うかな」


そう言いながら、そっと手を伸ばし小さな白い花の飾りを指でなぞる。
すると、隣で総司が何かを考えるようにして口を開いた。


「僕がセラに似合う髪飾りを選んであげようか」

『え?総司が?』

「うん。どうせなら、君にぴったりなものを見つけたいし」


私は思わず総司の顔を見つめた。
彼は真剣なようで、どこか楽しそうな表情を浮かべている。


『じゃあ、お願いしてもいい?』

「もちろん」


そう言うと、総司はじっくりと髪飾りを見渡し始めた。
時折私の顔をちらりと見たり、髪の色と照らし合わせるように品物を選んだり。
なんだか妙に真剣で、少し照れてしまいそう。


『そんなに真剣に選ばなくても大丈夫だよ?』

「何言ってるのさ。セラに似合うものを選ぶんだから、適当には決められないでしょ」


そう言いながら、総司はある髪飾りを手に取った。
それは、小さな青い宝石と繊細な銀の細工が施された、上品なデザインのもの。


「うん、これがいいかな」

『わあ、綺麗だね』


青い宝石が光を受けて、きらきらと輝いている。
私は思わず見惚れてしまった。


「君の瞳の色に似てるよね。だからセラには、この青い宝石の色がすごく合うなって思って」


そう言ってもらえると嬉しくて、一気に顔が熱くなるのを感じた。


「ほら、試しにつけてみて」


そう言うと、総司は私のヴェールをそっとめくり、指先で髪をかきあげる。
突然のことに、思わず肩がびくりと震えた。


『あのっ、 自分でつけるよ… 』

「いいから。そのままじっとしてて」

『でも……』

「ほら、動かないでってば」


指先が髪に触れ、ふわりと撫でられたような感触がして、思わず小さく息をのむ。
総司は何事もないような顔をして、器用に髪飾りをつけてくれた。


「うん、似合ってるよ」

『そうかな?』

「うん。やっぱり僕の選択は正しかったね」


総司は満足そうに微笑んでくれるから嬉しくて、緩んでしまいそうな唇をきゅっと結んだ。


「じゃあこれは僕が買ってあげる」

『ううん、自分で買うから大丈夫だよ』

「僕に買わせて。こういう機会もなかなかないし、ずっとセラに何か買ってあげたいって思ってたんだよね」


総司って、いつもはふざけてからかったり意地悪したりするのに、ちゃんと私を見てくれて、こうして優しくしてくれる。
そんなところがどうしようもなく好きで、また総司への気持ちが積もっていくのを感じた。


『ありがとう、大切にするね』

「うん。それをつけてるときは、僕が選んだってことをちゃんと思い出してよ」

『ふふ、もちろん』

「忘れたらだめだよ。セラに似合う髪飾りを選んだのは僕だってこと」


半分冗談のようにそう言いながら、総司は私の髪にそっと触れる。
その指先が優しくて、胸がくすぐったくなる。


『うん。ずっと忘れないよ』


小さな声で呟くと、総司は嬉しそうに微笑んだ。
ちょうどその時、人混みの中から突然、何かが飛んできた。
小さな布袋が私目掛けて向かって落ちてくる。
咄嗟に避けようとした時、総司が私の肩を引き寄せた。
布袋は地面に落ち、そこから飛び出したのは花びらだった。


「……びっくりしたね」

『うん……でも、花びら?』


見ると、近くで子供たちが花びらを詰めた袋を振り回していたらしい。
祭りの遊びの一つなのだろう。
危険なものではなくて、ホッと安堵の息を吐いた。


「敵意があったわけじゃなさそうだね」


そう言いながらも、総司の腕はまだ私を庇うように回されていた。


『……総司?』

「ごめん。咄嗟のことにちょっとびっくりしてさ」


いつもの飄々とした態度とは打って変わって、総司の瞳はわずかに鋭さを残していた。
私に危険が及ぶかもしれないと、一瞬でも判断したのだろう。
いつになく真剣な顔で、辺りを見回していた。


『私は大丈夫だよ』

「うん。でも、何があるか分からないから油断はしないようにしないとね」


そう言いながら、総司はそっと私のヴェールを直す。


「やっぱり目立つね、セラは」

『そんなことないよ』

「そんなことあるよ。どれだけ隠しても、綺麗なものは人の目を引くから仕方ないけど」

『ふふ、それって褒めてくれてるの?』

「さあ、どうかな」


いつものように笑いながらも、その指先はまだ私を護るように触れている。
そして総司が何か言いかけたその瞬間、強い春風が吹き、私のヴェールがふわりと舞い上がってしまった。
 

『あっ』


慌てて手を伸ばすものの、風は一瞬の隙を突いてヴェールを高く舞わせ、私の手の届かぬ場所へと運んでいく。


「大丈夫?」


その声と同時に、総司がすっと私の後頭部に手を寄せ、私の顔を彼の胸元に隠すように庇ってくれた。
まるで抱きしめられているかのような体勢に私は一瞬驚きながらも、その温もりに包まれ心音が早くなっていった。


『総司……』

「つけてあげるから、じっとしてて」


総司の声に従い私がそのまま動かずにいると、彼の手が私の髪に触れ、優しく滑るようにヴェールを掴んでくれた。
彼の手のひらの温もりが、まるで何事もなかったかのように私の髪に触れ、ヴェールをかけ直してくれる。
それだけで、また胸の奥が熱くなった。


『ありがとう……』

「どういたしまして」


ヴェールが元通りになった私を見つめた総司は、少し困ったように微笑んでから、小さく息をついた。


「さっきから、君にはやたら冷や冷やさせられるな」

『ごめん……。でも今のは風のせいだよ』

「そうなんだけどね」


総司は眉尻を下げて私を見つめている。
さっきまでの温もりを思い出せば、心臓が早くなってしまった。
それに今まで多くの人が護衛についてくれていたけど、総司みたいな人は初めて。
物凄く世話を焼いて貰っている気がするけど、ふと私のことを妹みたいだと言った総司の言葉を思い出した。


「でも本当に気をつけてね。ヴェールが外れたら、セラのこと誰かに気づかれるかもしれないし」

『うん、気をつける』

「それに君はあまり人に見られない方がいいよ。この下は僕だけが分かってればいいんじゃない?」


総司はヴェールをさりげなく揺らすと、瞳を細めてまた意地悪な笑みを浮かべている。
深い意味のない言葉だとわかっていても、嬉しいと思ってしまう心は自分でもどうにもできそうにない。


『じゃあ総司だけに見てもらうね』


特別な意味はなかったとしても、この言葉は素直に受け取ることに決めた。
だってその方が幸せな気分になれるから。
思わず総司の袖をきゅっと掴めば、視線がぶつかって総司は柔らかく微笑んでくれた。


「行こっか」


総司が当たり前のように、私の手を優しく取る。
その温もりに、また好きな気持ちが積もってしまう。
この気持ちはとっくに自覚していたけど、こうして触れ合うたびに、護ってもらうたびに、どんどん想いが強くなっていくのを感じた。

やっぱり、私はこの人が好き。
どんなに意地悪をされても、からかわれても、優しくされても。
結局、心はこの人に全部持っていかれてしまうのだと思わずにはいられなかった。

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