5

建国祭も終盤に近づき、辺りは夕日に包まれている。
いまだ市街地は華やかで、どこを見ても楽しいものばかりだった。

私は総司に手を引かれながら、たくさんの屋台を見て回る。
焼きたてのパンの香りや、果物の甘い匂いが漂い、人々の賑やかな笑い声があちこちから聞こえてきていた。


『こんなにたくさんお店が並んでると、どこを見ようか迷っちゃうね』

「そうだね。セラが気になるところを回ろうか」


そう言われて、私は辺りを見渡す。
すると、可愛らしい花々を並べた屋台が目に入った。


『あのお店、可愛い』

「花屋?」

『どうかな?花屋とは少し違うみたいだけど』


興味を引かれて私達が中へと入ると、店主の女性がにこやかに微笑んでくれていた。


「いらっしゃいませ、お二人さん」


建国祭の華やかな市街地の中でも、特に可愛らしい雰囲気を持つこのお店。
色とりどりの花が並び、小さなカードが添えられていた。


『わあ……お花がたくさん』

「ここ、占いのお店みたいだね」

『占い?』

「ええ、恋占いもできますよ」


店主の言葉に、私は思わず瞬きをした。


『え?恋占い……?』

「あら、お嬢さん。可愛らしい反応ですね。お連れの方とぜひ試してみてください。仲睦まじいお二人にぴったりですよ」


私は一瞬で顔が熱くなるし、言われた言葉に驚いてしまう。


『あ、あの……この方とは、そんな関係では……』


慌てて否定しようとすると、後ろから「そうですね」なんていう総司の声。
思わず総司の方を振り向くと、彼は何でもないように微笑んでいた。


『もう、総司?』

「だってせっかくの占いだし、断るのも悪いかなって」

『でも……』

「ふふ、そんなに照れるなんて可愛らしいお嬢さんですね。それとも、もしかしてまだ内緒の仲だったかしら?」

『ち、違いますっ……!』


私は慌てて否定するけど、店主はにこにこと優しく微笑んでいるだけだった。


「お二人、とてもお似合いですよ」

『……っ』

「ほら、セラ。せっかくだし、試してみたら?」


総司が何でもないふうに言うものだから、それ以上は言葉に詰まってしまう。
私だけ意識するのも余計に恥ずかしいし、本当に困ったことになった。


『どうせ面白がってるんでしょ。総司の意地悪』

「うん、よく言われる」


さらりと返されて、私はすっかりペースを崩されてしまう。
でも、少しだけ。
ほんの少しだけ、占いに惹かれてしまったのも事実だった。


『占いって当たるって聞くよね』

「そうなんだ。じゃあ試してみたら?」

『じゃあ、少しだけ……』

「でしたらまずは花占いなどはいかがですか?」

『花占い……ですか?』

「ええ。お好きな花を選んでいただければ、その花に込められた意味をお教えします」

『わあ、素敵ですね』


私は思わず目を輝かせた。
その様子を見ていた総司が、私の横で優しく声をかけてくれる。


「やってみる?」

『うん、どのお花にしようかな』


並ぶ花を見て、私はひとつの小さな白い花を手に取った。
可憐な花びらが可愛らしくて、自然と惹かれてしまう。


「こちらはマーガレットですね。この花の花言葉は真実の愛、そして信じる心です」


思いがけない言葉に、私は思わず総司の方をちらりと見た。
総司に対しての気持ちが真実の愛なら嬉しいし、総司のことは誰よりも信じられる。
強ち間違っていない気がして、思わず胸に置いた手をぎゅっと握った。


「へえ、セラらしいね」

『そうかな?』

「うん。純粋で可憐で、真っ直ぐなところとか」


さらりと言われて、顔が熱くなる。
そんな私達の様子を眺めていた店主が、優しく微笑みながら再び言葉を紡いだ。


「お嬢さん、マーガレットの恋占いはご存じですか?花びらを一枚ずつちぎりながら、好き、嫌い と交互に唱えていく占いですよ」

『あ、聞いたことあります』

「試してみますか?」


店主が一輪のマーガレットを差し出してくれる。
試してみたくて思わず手を伸ばしかかったけど、よくよく考えて私はその手をぴたりと止めた。


『あの、でも……』

「やってみなよ、楽しそうじゃない」
 

好きな人が隣にいる状態で恋占いなんてしていいものか躊躇われてしまう。
でも、総司が私の手にそっと花を乗せるからなんとなく断りにくい。
それに占いの結果も気になってしまうから、私は意を決して試してみることに決めた。


『でしたら、試してみます』
 

私は少し恥ずかしく思いながらも、そっと花びらを一枚ちぎった。


『す……好き』


一枚、二枚とちぎっていきながらも、総司に見られていると思うと緊張する。
これで嫌いで終わったらさすがに傷付くから、どうか良い結果が出ますようにと願って、残りの花弁に願いを込めた。


『嫌い……好き……』 


どんどん花びらが減っていくたびに、心臓が速くなっていく。
そして、最後の一枚。


『……す、好き……!』


占いの結果が嬉しくて勢いよく顔を上げると、総司がじっと私を見ていた。
そして何故かふっと肩を震わせ、何かに堪えるように口を結んでいたけど……


「……ぷ…、あっはははっ……」

『……どうして笑うの?』

「ははっ……だって、君があんまり真剣な顔するから……はははっ……」

『そんなに笑わなくたっていいでしょ?』

「でも、まるで自分の恋が本気で占われるみたいな顔してたよ?」

『そんなことは……ないけど』

「本当に?」


じっと見つめられ、私は耐えきれずに視線を逸らす。
でも総司の占いも、少しだけ気になってしまう私がいる。


『私のことはもういいよ。総司も試してみたら?』

「え、僕も?」


意外そうに首を傾げる彼に、小さく頷く。


『せっかく来たんだし、総司の占いの結果も知りたいなって』

「へえ」


総司は面白がるように微笑むと、ゆっくりとマーガレットの花を手に取った。


「好き……嫌い……好き……」


一枚ずつ花びらを指先で摘みながら、丁寧に占いを進めていく。
その指の動きが妙にゆっくりで、まるで私をじらしているみたいで、なんだかそわそわしてしまう。


『ねえ、どうしてそんなにゆっくりなの?』

「そんなに気になるの?」

『別にそういうわけじゃないけど……』

「ふーん?」


くすくすと笑いながら、彼はまた花びらをちぎっていく。
そして、最後の一枚。


「はい。好き、だって」


総司は、わざとらしいほどゆっくりとした口調でそう告げると、ふっと優しく微笑んで私を見つめた。

でも……待って?
これって誰を思い浮かべるかによって違うよね。
私は総司を思い浮かべて占いをしたけど、総司は誰を思い浮かべたんだろう。


「君と同じ結果だったね」

「ふふ、お二人とも好きで終わったのですね。それなら、両想いですよ。運命のお二人さん、どうぞ末永くお幸せに」


私は一瞬、何を言われたのかわからなかった。
でも、その言葉の意味を理解した途端、顔が一気に熱くなる。
だって、両想いって……。
隣をちらりと見れば、総司は驚くでもなく、微笑を浮かべたまま。


「わー、嬉しいなー」

『え?』

「君と両想いなんて、なんか嬉しいね」

『そういうつもりでやったわけじゃなくて……』

「でも、占いの結果はそうだったよね。占いって当たるんでしょ?」

『それは……そうかもしれないけど……』

「だったら、やっぱりこれは運命なのかもね」

『総司ってば……』

「ははっ、なんてね」


そんな会話をしながら、私は店主の笑顔に見送られて屋台を離れた。
人混みの中を歩きながらも、まだ頬の熱は引かない。
それなのに、総司はどこまでも飄々としていて、私の様子を楽しむように横を歩いていた。


『総司?あのね、その……』

「ん?」

『今の占いって、誰のことを思い浮かべながらやるかで、結果が変わるんだよね?』

「まあ、一応そういうことになるね。セラもそうやってやったでしょ?」

『うん。だから、総司も誰かを思い浮かべてたんだよね?』

「うん、そうだけど」


総司は、どこか得意気に微笑みながら、いまだに持っていた花の茎をくるりと回した。
私は少し躊躇しながらも、意を決して尋ねる。


『……総司は誰のことを考えながら占ったの……?』


ずっと気になっていたこと。
さっきの占いで、私は間違いなく総司のことを考えていたけど……。
でも、総司は?


「僕?」


総司は少しだけ足を止めて、こちらを見下ろした。
そして僅かに首を傾げて少し考える素振りを見せると、ふっと目を細めて言ってくれた。


「勿論、セラだよ」


驚きから心臓が高鳴るのと同時に、嬉しいという気持ちが湧き上がり、他の女の子でなくて良かったという安堵感も込み上げてくる。


「何?そんなに驚くこと?」

『だって……そんなあっさり教えて貰えるとは思わなくて……』

「んー、だって隠すことでもないし」

『でも、そういうのって言うの恥ずかしいくない?』

「ははっ、セラがそういう反応をするなら、僕も恥ずかしがった方がよかったかな」

『そういうわけじゃないけど……』

「でも、僕は本当にセラのことを思い浮かべてたしね。だから好きって出たのは、ちょっと嬉しかったかな」


どうしよう、顔がどんどん熱くなってくる。
深い意味はなかったとしても、あの占いは恋占い。
いつか私の想いが成就する可能性もあるって信じたくなってしまう。


「じゃあ、セラは?」

『え?』

「セラも、誰かを思い浮かべながら占ったんだよね?誰を思い浮かべてたの?」

『……えっと、それは……』


私は口を開こうとしたけど、どうしても声が出てこなかった。
言えない、なんて……そんなはずはないのに。
けれどこうして面と向かって聞かれると、どうしても言えなくて、私は視線を落とした。
するとそんな私の様子を見て、総司はくすくすと笑った。


「そっか」

『……なにがそっかなの?』

「いや、言わなくてもわかるなって思って」

『…………』

「だって、セラってすぐ顔に出るから」


そんなに顔に出てるとしたら、私の総司を想う気持ちまで知られてしまうのではないかと慌ててヴェールを押さえる。
ドキドキ止まらない心臓を疎ましく思っていると、総司は言った。


「嬉しいな」

『嬉しい……?』

「うん。だって、セラも僕のことを思い浮かべてくれたんでしょ?」


総司の言葉が、あまりにもまっすぐすぎて。
どうしよう、顔がどんどん熱くなってくる。
そんな私の様子を見て、総司は再びくすっと微笑んだ。


「あははっ、セラって反応が本当に面白いね」

『笑わないで』

「また意地悪って言いたいの?」

『だって総司って、いつもそうやってからかってばかりで……』

「君の反応がいちいち可愛いからいけないんだよ」

『もう、知らないよ……』


ふくれっ面のまま視線を逸らしても、総司の指はそっと私の指に絡んでくる。
そのぬくもりに気づかないふりをするのは、もう無理だった。
だからこそ私の気持ちは知られてはいけない。
総司が私のことをただの忠誠を誓った相手として、妹みたいな存在として大切にしてくれているなら、私はその役になりきらなければならない。
だってそうしなければ、私の想いはきっと総司の負担になってしまうからだ。


『別に深い意味はないからね。総司が隣にいたから、総司で占ってみただけだよ』

「ふーん?そうなんだ」

『総司だってそうだよね』

「さあ、どうだろうね」


総司が何を考えているのかよく分からない。
でも恥ずかしげもなく何の戸惑いもなく、私を思い浮かべて占ったって言えるあたり、私のことは意識なんて全くしていないのだろう。
私ばかりがいつも一人でドキドキして、振り回されて。
少し悔しく思った。

でもそんな気持ちで総司を少し睨めば、総司は柔らかく微笑んでくれている。
だからまた照れくさくなって、結局先に視線を逸らしたのは私の方だった。


「そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに」

『総司が意地悪だからだよ』

「うん、知ってる」


優しく絡められた手のぬくもりが、どこまでも心地よくて、少し恥ずかしくて。
たとえ届かなくても、この想いが成就しなくても、今はまだこのまま総司の優しさや温もりを感じていたいと思った。

あの占いを鵜呑みにできるほど、私はもう子供ではないけど。
いつか想いが届くことを心のどこかで願ってしまう私は、そっと俯いたまま、総司の手を握り返した。

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