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それは夏に向けて日差しが強くなってきた、とある日の朝のこと。


「本日は、お嬢様の護衛を正式に任せる者を選抜するため、護衛選抜の模擬戦を行います」


山南さんの言葉に、騎士団の訓練場にはいつになく緊張が走った。
僕も気を引き締めて、山南さんの言葉に耳を傾けていた。


「試験は二人一組で護衛役となり、相手の攻撃から対象を守りながら戦う形式です。戦闘不能、または対象が攻撃された場合は敗北とします」


騎士団の練習場には、多くの団員が集まり、選抜試験の様子を見守っている。
前方には近藤さんと山南さん、そして山崎君が静かに立ち、鋭い視線で参加者を見つめていた。


「試験の内容は、お嬢様を想定した護衛対象を守りながらの戦闘だ。どれだけ的確に動けるか、どのように対象を防御しながら戦うか、実戦を意識した形式で評価する。それでは、今から組み合わせを発表する」


山崎君が視線を巡らせながら、言葉を続けた。


「沖田総司と伊庭八郎」


その名前が並んだ瞬間、一瞬の沈黙が落ちた。

ふと隣に立つ伊庭君と目が合う。
伊庭君も僕同様、微かに驚いたような表情を見せたけど、すぐに何事もなかったかのように頷いた。


「よろしくお願いします」

「うん、よろしく」


その声の音色は穏やかではあるものの、どこかよそよそしさが残る。
正直、僕もこの組み合わせには少し驚いていた。
僕と伊庭君は全くもって親しくない。
加えて戦闘の考え方も違えば、訓練で組むことも少なかった。
強いて言うなら、やたら組手で当たるくらい。
勝ち抜き戦で行うことが多いため、最後まで残る僕達が剣を交えることは多かった。

でもこれはおそらく、山崎君の考えに違いない。
山崎君は慎重な性格だ。
馬の合わないだろう僕達が、実際に連携がとれるのかどうか試すつもりなのかもしれないと踏んでいた。


「相手は永倉新八と原田左之助」

「また随分と手厳しいね」


苦笑しながらつぶやく。
新八さんと左之さんが相手となると、こちらの連携不足はすぐに突かれるだろう。
いつもは優しい近藤さんの瞳も、今日ばかりは僕達を見極めようとする厳しさがあった。


「では、始め!」


開始の合図とともに、左之さんが勢いよく踏み込んできた。


「さすがに速いね」


軽く後退しながら剣を構える。


「沖田君!」


伊庭君の声が飛び、彼の考えはわかった。
左之さんの動きを見た瞬間、僕と伊庭君はそれぞれの役割を無言で理解した。
僕が攻め、伊庭君が護りだ。


「わかったよ。それじゃ、遠慮なくやらせてもらうね」

「おっと、そんな簡単にいくと思うなよ」


僕が一気に前に出ると、左之さんが剣を振るい力強い一撃を繰り出す。
受け止めるのではなく、流すように捌く。
それだけで、相手の重心が微かに崩れた。


「やるじゃねぇか」


すぐに左之さんが態勢を立て直し、さらなる攻撃を繰り出そうとする。


「そうはさせませんよ」


伊庭君が素早く間に入り、僕の隙を突こうとしていた新八さんの剣を弾いた。


「へえ。伊庭君って意外と動きが読めるんだね」

「沖田君の動きが単純なのかもしれませんよ」


少し皮肉げに返されるから、僕は軽く笑った。


「それはどうかな」


戦いながら、僕たちは徐々に連携を取り始めた。
僕が左之さんを牽制し、伊庭君がその隙を護る。
伊庭君が新八さんの剣を受け止め、僕がそこに割って入る。
次第に無駄のない動きが生まれ始めていた。


「ちっ、意外とやるな!」

「ああ。まさか、最初からここまで連携できるとはな」


新八さんが口元を歪めて言った言葉を聞いて、左之さんも苦笑する。
互いに息が切れ始めていたけど、まだまだいける。
僕にとって、そして伊庭君にとっても負けられない試合だからだ。


「いえ、まだ完璧ではないですよ。それに油断すればすぐに崩れます」


伊庭君の言葉を聞いて、僕は思わず微笑みを浮かべ、剣を構え直した。


「どう攻める?」

「……少し試したいことがあります」


伊庭君が低く呟く。


「なら、やってみようか」


僕たちは互いに視線を交わし、次の一手へと踏み込んだ。


「行きますよ」


低く抑えられた伊庭君の声が、静かな緊張を帯びた空気の中で響く。
僕は軽く頷くと、即座に剣を構え直し、目の前の左之さんへと踏み込んだ。


「おっと、焦るなよ?」


左之さんは余裕の笑みを浮かべながら、豪快に剣を振り下ろす。
鋭い風を切る音、受けるのは得策ではない。
僕は即座に足を滑らせるように動かし、斜めへと身をかわした。
でも……


「……っ!」


振り下ろされたはずの剣が、僅かに角度を変え、僕の動きを先回りするかのように襲いかかる。
さすがは左之さん、甘くはない。
僕は咄嗟に剣を立て、攻撃を受け流そうとした。
でも振り抜かれた力の重さが思った以上に強く、一歩後退を余儀なくされる。

その時だった。


「無理に受ける必要はありません」


淡々とした声音とともに、伊庭君の剣が横から差し込まれる。
左之さんの刃を最小限の動きで逸らし、僕が取るべきはずだった防御の役割を、すでに彼が果たしていた。


「……なるほどね」


僕は思わず笑みをこぼしながら、即座に態勢を立て直し、次の一手に移る。


「今のは助かったよ」

「当然ですよ」


伊庭君は目を逸らさず、まっすぐ前を見据えたまま答えた。


「君が前に出る以上、僕はその隙を埋めなければいけませんから」


伊庭君の剣は、慎重かつ正確だ。
必要以上に無駄な動きはなく、守るべきところを見極め、確実に対応する。
僕が攻め、伊庭君が支え、その流れが自然とできつつあるのがわかった。


「お前達、さっきより息が合ってきたんじゃねぇか?」


左之さんが少し驚いたように笑いながら、剣を振り上げる。


「そうだといいけどね」


僕は笑みを浮かべながら、すかさず左之さんの剣を押し返す。
でもその刹那、背後から鋭い気配が走った。


「甘い!」


新八さんが僕が反応するよりも早く—素早く斬り込んでくる。
けれど、伊庭君が一歩前へと出た。
彼の剣が、新八さんの斬撃を正確に受け止めていた。


「なんだよ、こっちに来んのか?」

「沖田君が攻める以上、僕が防がなければなりませんから」


伊庭君は静かに答えながら、剣を押し返す。
ほんの一瞬の間に相手の動きを見極め、最小限の力で受け流し、必要ならば即座に反撃へと転じる見事な判断力。
その間に、僕は再び前に出ることが出来る。


「さて……そろそろ、決めましょうか」


伊庭君が小さく息を整えながら言う。


「うん、そのほうが良さそうだね」


僕は微笑みながら、剣を握り直す。
そして僕達は、同時に前へ踏み込んだ。
左之さんと新八さんが迎え撃とうと構えたけど、僕が左之さんの剣を押し上げた瞬間、伊庭君が鋭く踏み込んだ。


「……もらいました!」


彼の剣が、新八さんの喉元へと正確に向かう。


「そこまで!」


山崎君の声が響き、静寂が降りる。


「ここで試合終了とする」


試合の終了を告げる声とともに、場の空気が落ち着きを取り戻した。
左之さんと新八さんが剣を収め、ゆるりと息をつく。


「はー……やるじゃねぇか、二人とも」


新八さんが苦笑しながら肩を回した。


「いや、正直ここまで息が合うとは思ってなかったぜ」

「僕もかな。伊庭君、君……意外と戦いやすかったよ」

「僕も戦いやすかったですよ。さすが、沖田君ですね」

「伊庭君が僕にそんなことを言うなんて珍しいね。なんか気持ち悪いんだけど」


伊庭君とはこうして二人で話すのは久しぶりだ。
それなのにいきなり僕を認めたようなことを言うものだから、なんだか少し気味が悪かった。


「酷いですね。僕は本心を言ったまでですよ」

「ふうん、それはどうも」


冷たく返す僕の横、伊庭君は暫く黙ったまま歩みを合わせて僕の後ろについてくる。
そして再び僕の名前を呼ぶから視線を向けると、少し申し訳なさそうな表情で僕を見つめていた。


「以前、僕がセラからの伝言を君に伝えたことがありましたよね」

「ああ、あれね。それがどうしたのさ」

「嘘の時間を伝えてしまい、すみませんでした。彼女には勿論、沖田君にもとても悪いことをしたと思っています」


新手の罠かと思うくらい伊庭君が素直に謝ってくれるから、これもまた不信に思ってしまうのは当たり前だ。


「どういう風の吹き回し?伊庭君の方から謝ってくるなんて」

「いえ……僕はずっと君のことを、少し剣術が出来るだけのならず者くらいにしか思っていなかったのですが」

「……喧嘩売ってるの?」

「最後まで聞いて下さいよ。僕の勝手な判断で君をそう決めつけてしまったことを、申し訳なかったと思ってるんですから」


伊庭君の声には、悔しさと、どこか迷いのようなものが滲んでいた。
それでも僕を見つめる瞳は真っ直ぐで、僕も視線を逸らすことなく彼を見つめていた。


「この前の護衛任務の時、僕もあの場にいたじゃないですか。僕は咄嗟のことに身体が動きませんでしたが、君は違いました。常にセラを見てその安全を一番に考えているところや、暴走した馬車にも勝る俊敏な動きはとても素晴らしいと思いましたし、今の僕に足りないものだと気付くきっかけにもなったんです」


確かにあの時、僕達三人はほぼ同じ場所にいた。
咄嗟のことだから、あまり良くは覚えていないけど、異変に気付いた瞬間にセラに手を伸ばしたことだけは覚えている。

でもあの時のような予期せぬ惨事に、僕だって毎回正しい対応ができるとは限らない。
だからこそ、あの時のことをこうして重く受け止め、変わろうとしている伊庭君の姿勢には好感が持てたし、万が一僕が対応出来なかった時、伊庭君がその穴を埋めてくれるのではないかという期待も胸に芽生えた。


「あの日、沖田君の騎士としての姿を見て、なんて言えばいいでしょうか……僕は君のことを誤解していたことがわかりました。沖田君のことを認めないわけにはいかないと思ったんです。謝っても許されることではありませんが、以前君にしてしまったことを後悔していたので、沖田君とは腹を割って話したいと思っていましたよ」


あまりに素直に謝罪の言葉を言う伊庭君に、少し変な心情になりながらも悪い気はしない。
馬が合うわけではなさそうだけど、良い稽古相手にはなるだろうし、背中を預けられる人は一人でも多くいた方がいいよね。


「へえ。伊庭君がそんなことを言ってくれるなんて意外かな。てっきり僕のこと、気に入らないのかと思ってたよ」

「否定はしません」


伊庭君はわずかに目を伏せ、それからふっと息を吐いた。


「ですが今まで、君に対して少し意固地になっていたかもしれません。認めているのに、それを素直に受け入れられなかったんです。君は護衛として、僕が持っていないものを持っています。それを理解していたからこそ、僕は劣等感を抱いていたのかもしれませんね」


きっと彼は真っ直ぐな性格なんだろう、それこそ僕なんかよりずっと。
だからこそ、僕のような存在を受け入れることには抵抗があった筈だ。


「僕だって同じだよ。君はいいところのお坊ちゃんみたいだし、セラのことも昔からよく知ってるみたいだし。挙句品行方正で剣の腕も立つなんて、ちょっと面白くないじゃない?だから伊庭君には負けたくなかったかな。これで負けたら、僕には誇れるものが何もなくなっちゃうからね」


思わず格好悪い腹の内を明かしてみれば、眉尻を下げた伊庭君がくすりと笑った。


「それに今までのことはもういいよ。別に気にしてないし」

「本当ですか?許して頂けるんでしょうか?」

「うん」

「ありがとうございます、そう言って頂けてほっとしました」

「あとあの時のこと、セラに余計なことは言ってないから安心して」


目を瞬いた伊庭君は、また嬉しそうに僕を見て微笑んでいる。


「沖田君にも優しいところがあるんですね」

「その言い方、少し失礼じゃない?」

「すみません。ですが、僕は君には負けませんよ。君が追いつけないくらい強くなってみせます」


気に食わないところはあるものの、伊庭君に対する嫌悪感は今はそれ程感じていない。
競う相手がいた方が自分もより強くなれるという利点もある。
そういう意味でも伊庭君は僕にとって必要な仲間なのかもしれないと口元に笑みを浮かべた。


「僕も負けないよ。だから伊庭君もせいぜい頑張って。君は僕にとって、一番の好敵手みたいなものなんだからさ」


伊庭君は少し驚いた顔をするも、直ぐに小さく微笑み、僕に向かって静かに手を差し出した。


「改めてよろしくお願いします、沖田君」


その手を握り返した時、どこか心が軽くなった気がした。
僕達の関係は、今日からようやく変わり始めるのかもしれない。
そう思いながら、後日行われるというセラの護衛選抜の発表を心待ちににする僕がいた。

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