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全ての出演者の演奏が終わると、いくつか賞の表彰が始まった。
そして中でも一番映えあるヴィルトゥオーゾ賞は、見事セラが勝ち取ることになった。


「ヴィルトゥオーゾ賞はアストリア公爵家、セラ嬢」


彼女の名が告げられた瞬間、会場は再び歓声に包まれた。
セラが舞台の中央で、一礼する。
少し恥ずかしそうにしながら微笑んでトロフィーを受け取る姿を、僕は黙って見つめていた。
会場全体が熱を帯び、誰もが彼女を称えるように手を叩いている。
ふと近藤さんの方を見ると、彼はやっぱり瞳を潤ませながら感慨深そうに呟いた。


「……素晴らしい、素晴らしいぞ……!」

「素敵なお嬢様で、我々としても嬉しいですよ」

「ああ。娘が栄誉ある賞を受け取る日が来るとは……親として誇らしい限りだ」

「ええ、本当におめでたいことです。これで益々アストリアの白百合の名は確固たるものになりますね」


隣の山南さんが微笑めば、近藤さんは静かに頷いた。
その目にはどこか温かいものが宿っていて、僕の心も温かさを帯びていくようだった。

でも僕の知っているセラは、決して白百合という言葉一つでは表せない。
純真で愛らしいのはその通りだけど、時折ふっと見せるあどけない表情や素のままの彼女の姿に妙に心を惹かれることがある。
僕はそんなセラを見つめながら、これからもきっとこの想いを積もらせてしまうんだろう。


「これでまたセラの人気が鰻登りじゃん。あーあ、俺ちょっと複雑かも」

「そうですね。それがセラにとって吉と出るか、凶と出るか……それは僕達の護衛の腕にかかっているのかもしれません」

「それもそうだね。まずは今日、あの子が変な連中に絡まれないようにしないと」


僕達三人は、苦い顔をしながらお互いの顔を見合わせる。
その時不意に、舞台袖へ向かったはずのセラが振り返った。
探すような瞳が会場の端のこちらへ向けられ、ほんの一瞬目が合った気がした。
それだけで嬉しいなんて僕も大概単純かもしれないけど、思わず小さく笑って、そっと瞳を細めた。

そして華やかな音楽会も終わり、あとはセラを無事にこの会場から連れ出すだけ。
僕たちの任務はここからが本番だった。


「総司、伊庭君。急ぐぞ」

「セラが貴族のご子息達に囲まれてたら、面倒ですからね」

「そんなこと考えたくもないんだけど」


開口一番、平助が立ち上がりながら言った言葉に続き、僕と伊庭君も自然と歩幅を広げた。
山崎君も僕達と同じことを考えているのか、僕達三人の見張り役なのか、僕達の後についてきていた。


「でも、どうする?もし本当に囲まれてたら、無理やり引き剥がすわけにもいかねぇぞ」

「相手がどのような身分の方々かわからない以上、無礼を働くのは避けたいですね」


山崎君は口調こそ冷静だけど、その目には隠しきれない焦りが滲んでいた。
近藤さんから言われている以上、セラを不特定多数の男達に近づけるわけにはいかない。
どうにかしてでも連れ出す、それが僕達に課された使命なんだ。


「丁寧にお連れするしかないですが……沖田さん、変なことはしないでくださいよ」

「僕が何をするっていうの?ただセラを迎えに行くだけだよ」


山崎君の訝しげな視線から目を逸らしつつも、本当は無理やりにでも腕を引いて連れ去りたいくらいだ。
アストリアの騎士として、無礼は許されないから厄介だけど。


「いましたよ」


伊庭君の声に一度足を止めたものの、セラは予想通り他の出演者達に囲まれていた。
それも、一人や二人じゃない。
五、六人の男達がセラの周囲を取り囲み、まるで獲物を逃がすまいとするかのように、笑みを浮かべながら話しかけていた。


「セラ様は本当にお優しいですね。こんなに丁寧にご対応いただけるなんて光栄です」

「お嬢様のような方とお話できる機会など滅多にありません。今宵は実に幸運でした」


皆、口を揃えて馴れ馴れしい。
何も知らないセラは、感じ良くにこやかに微笑んでいるけど……その仕草が可憐だからこそ、余計に男どもを惹きつけているのが見て取れる。
まるで、その場でセラに夢中になっていく瞬間を突きつけられているみたいで、胸の奥がざわついた。


「あーあ。どうしてあんな奴らに愛想なんか振りまくのかな」

「おい、総司。睨むなって」


平助に肘で小突かれたけど、聞く耳なんて持たない。
僕は何も返さず、ただセラのもとへと真っ直ぐ歩き出した。


僕の姿に気づいたセラは、目を見開いた後、ほんのり頬を染めて微笑んだ。
僕は彼女が僕に見せるこの笑顔が、どうしようもなく好きだ。
誰に向けるよりも心から安堵が滲んでいて、嬉しそうに見上げるその顔を、独り占めしたくて堪らなくなる。


「セラお嬢様、お迎えに上がりましたよ。参りましょうか」

『総司』


甘く僕の名を呼ぶ声も、揺れる睫毛も、全部が可愛い。
まるで僕しか映っていないみたいに、その瞳で真っ直ぐ見つめてきて、ふわりと一歩近づいてくる。


『ありがとう。総司が来てくれるの、待ってた』


小さく頷き、僕だけを見上げる姿に胸が詰まる。
こんな顔をしてくれるなら、何度でも迎えに行きたくなっちゃうよね。


「お待ちください」


セラの方へ手を伸ばした瞬間、冷たい声が割って入る。
前に立ち塞がったのは、貴族の男たち数人だった。


「お嬢様とのお話は、まだ終わっていませんが?」

「アストリア公爵家の騎士は、護衛の名のもとに、お嬢様を誰とも話させないつもりですか?」

「いえ。そのような意図はございません。ただお嬢様はお疲れのご様子ですので、そろそろお休みいただく頃かと存じます」


なるべく穏やかに告げたのに、男たちは納得する気などさらさらなさそうだった。


「なるほど。ですがお嬢様ご自身は、帰りたいとは仰っておりませんね」

「お嬢様、もう少しご一緒いただけませんか?」


彼らの視線がセラへ向けられるのが癪に障る。
それでも僕は感情を表に出さず、淡く微笑んで言った。


「……お気持ちはありがたいのですが、これ以上はお嬢様のご体調を害しかねません。護衛としては看過できませんので」

「あなたは護衛の身で、ずいぶん強引ですね」

「強引なのは、どちらでしょうね」


僕は視線を落とし、一拍置いてから顔を上げる。
柔らかな声音のまま、静かに続けた。


「僕は所詮、お嬢様をお護りする護衛の一人に過ぎません。だからこそ、貴族の皆様であろうと、お嬢様にご負担をかける相手からはお守りしなければならない立場です」


男たちの表情がわずかに揺らぐ。
それを見て、さらに一歩踏み込んだ。


「もしもお嬢様が本当にまだお話を望んでいらっしゃるのなら、僕はここで口を挟みません。ですが……」


そこでセラを振り返り、優しく微笑んだ。


「お嬢様、そろそろお休みになりませんか?」


小さく頷くセラの仕草に僕が自然に手を差し伸べると、男達の言葉は封じられる。
そしてその場で一歩引いたから、僕は微笑みセラに言った。


「さあ、行きましょう」

『はい。ではお先に失礼致します。皆様もどうぞご自愛ください』


セラは綺麗な所作で挨拶をしてから、少し戸惑いながらも僕の手にそっと自分の手を重ねる。
男達は苦い顔を浮かべつつも、セラを囲っていた輪が崩れ、僕たちはゆっくりと歩き出した。


「……危なかったですね、だいぶしつこかったです」

「あんなの放っておいたら、絶対どっかの貴族に攫われてたぞ」

「ほんとにね」


会場を歩いて行くと、ようやく近藤さんと山南さんの姿が見えた。
名残惜しさを感じながらも、そっとセラの手を離す。
さすがに、近藤さんの前ではこの子の手を握り続けるわけにはいかないからだ。

セラは小さく瞬きをして、僕を見上げた。
けれど何も言わず、ただその手を静かに下ろす。
ほんの一瞬、細い指が寂しそうに揺れた気がして、僕はまた心を惹かれてしまう気がした。


「おお、戻ってきたか」


近藤さんの声に、僕は思考を断ち切るように顔を上げた。


「お待たせしました、近藤さん」

「お嬢様、大丈夫でしたか?」

『はい。皆さんが迎えに来てくださったおかげで大丈夫でしたよ』
 

山南さんの穏やかな問いかけに、セラは丁寧に答えながらにこりと微笑んだ。


「そうか、それはよかった」


安心したように近藤さんが頷く。
でもふと周囲に目を向ければ、まだ僕たちを値踏みするような視線が感じられた。

この会場にいるのは、ルヴァン王国管轄下の中でも名のある貴族ばかりだ。
中には、王族に次ぐ高位の家柄の者もいるだろう。
その彼らが、まるで獲物を見定めるような目でこちらを見ていた。

結局のところ、年若いセラが公爵家の跡取りだからこそ興味を持ち、その周りを固める護りがどの程度か値踏みしているだけだ。
これからこの子の美しさが増すほどに、注目が集まるのは避けられない。

でもセラはまだ何も知らない。
権力や思惑に塗れた世界に踏み込めば、純粋な笑顔さえ簡単に曇らされてしまう。
近藤さんが彼女を極力そうした場から遠ざけようとするのは、公爵としての責務だけじゃない。
父親としての想いでもあるのだろう。

でも、それなら僕も同じだ。
この子を護ると決めた以上、たとえ誰が相手でも笑顔を曇らせるものはどんな手を使ってでも排除する。
そう考えながら、微笑むセラを眺めていた。

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