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それは僕がここに来て二度目の夏を迎えた頃。
執務室の扉をノックし中に入ると、近藤さん、山南さん、山崎君がそろって僕を見つめる。
部屋の中の空気はどこか重く、普段とは違う緊張感が漂っていた。
「来てくれたか」
机に肘をついていた近藤さんが、低く落ち着いた声で言った。
「待っていましたよ、沖田君」
眼鏡を軽く押し上げながら、山南さんが言ったその声音には慎重さが滲んでいる。
ただならぬ雰囲気に僕は眉を寄せつつ、自然と背筋を伸ばした。
「何かありましたか?」
僕の言葉を皮切りに、山崎君が一歩前に出るなり小さな箱を机に置いた。
まるで贈り物のような、綺麗な装飾が施された箱だったけど、彼の表情はいつになく硬い。
「こちらは、今朝お嬢様宛に届いた荷物です」
「セラに?」
「そうです。もちろん荷物は担当者が必ず検査してからお嬢様の手に渡るため、幸い彼女の手元には届いておりません」
慎重に箱の蓋を開けるなり、僕は目を見開く。
中には、無残に殺された猫の死骸が入っていた。
小さな体は折り重なるように捻れ、瞳は虚ろなまま。
毛並みの間に血の滲んだ跡があり、その姿からは相当な苦しみの末に命を奪われたことが見て取れた。
そしてこれがセラに届いたということに、僕は思わず息を呑む。
喉がひどく渇くのを感じながら、ゆっくりと視線を三人に向けた。
「……これは、一体?」
「実はな」
近藤さんが腕を組みながら、低い声で話し始めた。
「こうした贈り物は今回が初めてではない。一週間程前にも、同じような荷物が届いている」
「……二度目ですか」
「騎士団内でも、この件を知っているのは団長の原田さんと副団長の永倉さんのみです。余計な動揺を広げぬよう、慎重に動く予定でいます」
「それで、僕に話を?」
「ええ、沖田君はお嬢様の護衛役ですからね。お嬢様の安全を守るためにも、このことは知っておいて頂く必要があると判断したのですよ」
「セラはこの贈り物のことを知ってるんですか?」
「もちろんあの子には話してないさ。無用な心配をかけたくないからな」
セラが知らないのなら、まだ良かった。
こんなものが贈られてきたと知れば、あの子は相当傷付くだろう。
それが自分に向けられた悪意だとわかれば余計に。
「それで、これを送ってきた人物の目星はついてるんですか?」
「いや、何もわかっていないよ。宛名の筆跡も変えられているから、特定するのは容易ではないだろうな」
「内部の者が仕込んだ可能性もありますが、城に直接持ち込まれたわけではなく、郵送されてきたものですからね。外部の犯行の可能性が高いかと」
「お嬢様への直接的な攻撃ではなく、心理的な揺さぶりを狙った可能性が高いですね」
「ただ、二度も繰り返される以上、単なる悪戯とは言い切れませんから厄介です」
「僕もこんな悪趣味な真似をする人間が、何の目的もなくやっているとは思えませんよ」
冷静に言葉を選びながらも、胸の奥で怒りが燻るのを感じた。
「警告のつもりなのか、それとも何かのメッセージなのか……。目的が分からないのが厄介だな」
近藤さんが低く唸る。
山崎君も、険しい表情で口を開いた。
「ただこれがエスカレートする可能性もあります。次は猫では済まないかもしれません」
その言葉に、背筋が冷たくなるのを感じる。
セラが標的になる可能性があるとしたら、それだけは絶対にさせてたまるかと瞳を細めた。
「ですが、公爵家としては大々的にはまだ動かないと?」
「もっとも、様子を見ながら騎士団の方で動きますから、沖田君は今は何もせず、お嬢様の護衛を怠らないで頂けたら大丈夫です。君たちは護衛に成り立てで、訓練もお忙しいでしょう」
確かに、それが最も理に適った対応だろう。
騎士団が組織的に調査を進めれば、犯人にとっては大きな圧力になる。
でも問題は……
「でも、恐らくそれだと犯人を捕まえるのは難しいでしょうね」
僕の言葉に、三人の視線が集まった。
「どういう意味だ?」
「犯人が本気でセラを狙っているなら、騎士団が動き出すのを想定しているはずです。大っぴらに捜査を進めれば、すぐに身を潜める可能性が高いですよね」
「……確かに、その可能性はありますね。ですがそれではどうしろと?」
「僕が、単独で調べます」
「だが、総司……」
僕の言葉に、室内の空気が変わる。
近藤さんが口を開きかけたものの、僕は先に言葉を続けた。
「もちろん、正式な捜査をするタイミングでは騎士団が動くべきです。でもまずは僕が一人で動けば、表立って行動する必要がありませんし相手の警戒心を逸らせます」
「しかし、沖田さん。単独行動は危険では?」
「問題ありません、僕は剣の腕には自信がありますから」
「剣の腕の問題ではないでしょう。相手の狙いが分からぬ以上、沖田君が単独行動するのは危な過ぎます」
「分かっています。でも、時間が惜しいんですよ」
僕の身に危険が迫ったところで、僕はこの剣で戦える。
でもセラは違う。
何かあった時のリスクを考えれば、たとえ自分が犠牲になったとしてもその方がまだマシだと真っ直ぐに山南さんの目を見つめた。
「相手の狙いが何であれ、セラに危害が加わる前に手を打たないといけないじゃないですか。このまま手をこまねいていても、何の解決にもなりませんよ。それにセラを怖がらせるような姑息なやり方が僕は許せないんですよね。だから……」
「却下だ」
僕の言葉をを即座に遮って、近藤さんがバッサリと切り捨てた。
「総司、お前の気持ちは嬉しく思うぞ。だが総司にはセラの護衛として専念して欲しいと思っている。それに独断で動いて何かあったらどうするんだ?」
「君はあくまでお嬢様を護ることに専念してください」
「沖田さん、くれぐれも独断で動くことは禁止です」
山南さんに続き、山崎君も強い口調で釘を刺す。
でもこのまま何もしなければ、また同じようなことが起こるかもしれない。
セラに危害が及ぶ可能性があるのに、ただ見ていることしかできない状況が歯痒く感じられた。
「……わかりました」
「納得いかないとは思いますが、沖田君が冷静でいてくれないと、お嬢様の安全も守れませんからね」
「平助と八郎にもこのことを話しておいてくれ。そして、何か気づいたことがあれば、すぐに報告して欲しい。いいな?」
「はい、わかりました」
三人の視線を受けながら、僕は拳を握った。
この歯痒さや怒りが完全に消えたわけではない。
でも今の僕にできるのはセラを護ること、それに徹するしかないと唇を噛みしめた。
それでも僕は、こんな卑劣な真似をする者をいつまでも好きにさせるつもりはない。
必ず見つけ出してやる。
心の奥でそう誓いながら、僕は静かに執務室を後にした。
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