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総司が謹慎処分を受けてから一週間。
私は断固としてお父様と口をきかなかった。
話し掛けられても聞こえないふり、朝食の時も無言。
少なからずショックを受けている様子のお父様には申し訳なかったけど、総司への気持ちはそれくらい大切な曲げられない想いだった。
そして総司の謹慎が解ける日、ピアノのレッスンが終わるや否や、私は山崎さんによって半ば無理矢理にお父様の待つ執務室へと案内される。
何の話があるのか構えながら、執務室の扉の前で私は小さく息を吸い込んだ。
お父様に呼ばれること自体は珍しくないけど、今日はなんとなく緊張する。
総司の謹慎が解ける日だから、お父様がそれについて何か話したいと思っているのはわかっていた。
扉を叩くと、中から「入りなさい」と落ち着いた声が響く。
『失礼いたします』
静かに扉を開けると、執務机に座るお父様が顔を上げて私を見た。
「来たか。座りなさい」
促されるままに、机の前の椅子に腰を下ろす。
お父様は一度ゆっくりと頷き、それから穏やかに口を開いた。
「今日で総司の謹慎が解けるな」
『はい……』
「セラも色々考えていたのではないか?」
『考えました。総司のことも、そして私自身の気持ちのことも』
「そうか」
お父様は静かに頷くと、少しだけ柔らかい表情になった。
「総司のことだが、今は好きにしなさい」
『……え?』
「先のことはまだわからないが、今直ぐに縁談話が持ち上がるわけでもないからな。大きな問題はないだろうと思ったのだよ」
『お父様、本当ですか……?総司と一緒にいてもいいのですか?専属騎士の話も白紙になりませんか?』
「ああ。総司とはこの後話す予定だが、以前までと相違はない予定だ。安心しなさい」
確認するかのようにお父様の顔を見つめれば、お父様は優しく微笑み頷いてくれる。
その笑顔は私を包み込んでくれるいつもの温かさがあったから、私の瞳は潤んでしまった。
『ありがとうございます……!お父様、大好きです。この前は酷いことを言ってしまってごめんなさい』
思わずお父様に抱き着けば、久しぶりの温もりがそこにはあって、幼い頃、帰宅したお父様に抱き上げて貰うことが大好きだったことを思い出した。
お父様も一度驚いた顔をしたものの、私を受け止めて微笑んでくれた。
「セラ、一つ大事な話がある。聞きなさい」
『はい』
「先程も言ったが、先のことは分からない。それはセラにとって良い縁談があるないに関わらず、言えることだとわかってくれるな?」
温かいお父様の手が肩に置かれ、私に言い聞かせるかのようにその重みが身体へ伝わる。
「一年、二年と時が経てば、人の心は移ろうものだ。セラもそうだろうし、総司も例外ではない。だがな、その変化でお前たちの根底にある信頼や絆まで揺らぐようでは困る。その危うさがあるのなら、護衛を任せるわけにはいかなくなってしまうからな」
『つまり恋愛感情はいつかなくなる場合があるから、持たないほうがいいということですか……?』
「いいや、そうではない。誰かを想うこと自体は尊いことだ。それに抑えられるものでもないだろう。だからこそ、その想いがたとえ先々で形を変えたとしても、互いを尊重し大切にし合える関係であってほしいのだよ」
お父様の言っている言葉の意味が漸く分かり、私は確かにそうだと頷く。
そして目先の感情にばかり一喜一憂してしまう自分は、もっと広い視野で相手を見なければいけないことに気がついた。
『私は総司のこと、男の人としてだけではなく騎士としても、人としても好きですし尊敬しています。なのでたとえ今後想いの形が変わったとしても、この気持ちはずっと変わりません』
「総司もお前のことを同じように想ってくれていると思えるか?」
『総司は私のことをどう思っているのかはわからないですけど、でもこれからもずっと私を大切にしてくれると思います。それだけは信じられます』
はっきり言い切った私の言葉を聞いてお父様は一瞬驚いたように目を瞬いたけど、それからふっと口元を緩めた。
「そうか。セラがそこまで言うのなら、きっとそうなのだろうな」
『……お父様』
「総司はセラのことを大切にしてくれている。それは、父親の俺から見てもわかるつもりだ。セラも総司のことを大切に思っているのだな?」
『はい』
お父様は満足そうに微笑むと、ゆっくりと立ち上がった。
「ならば、もう何も言うまい。好きにしなさい」
『ありがとうございます、お父様』
静かに頭を下げる。
お父様はそんな私をしばらく見つめ、それから優しく言った。
「ただし、焦らずゆっくりと二人の関係を築いていきなさい」
『はい、必ず』
執務室を出て胸に手を当てると、鼓動がどんどん早くなっていくのを感じた。
お父様は、今の私と総司の関係を否定しなかった。
それどころか、私の気持ちを受け止めて、好きにしていいとまで言ってくださった。
その言葉が、こんなにも心を満たすなんて。
胸の奥が温かくて、息が苦しいくらいに幸せで……私の心はもう、総司のことでいっぱいになっていた。
早く会いたい。
この気持ちを伝えたい。
今すぐにでも総司のもとへ駆け出したくてたまらなかった。
そしてレッスンの合間の休憩時間、謹慎が解けたはずの総司の姿を探して色々な場所を彷徨っていた私は、夏の日差しに目を細める。
ここ数日で一気に気温が上がったのか、歩くだけで身体が火照るのを感じた。
総司は傷が完治していない為、任務にはまだ同行出来ないらしい。
傷のことを心配に思いながら辺りを見回していると、庭園の左奥に何か不思議なものを見つけた。
『あの茶色の、なんだろう』
綺麗に整えられた低木の続く道の奥、何か茶色いものが見える。
それが気になって近寄ってみれば、誰かの靴。
靴の先の人物を目で追うと、野原の上に寝転がり木陰の下に眠る総司がいた。
『どうしてこんなところで……』
自分の右腕を枕にして横向きに眠る総司は、夏の風に吹かれて気持ち良さそうに眠っている。
風が周りの花弁を散らして、その場はとても幻想的だった。
誘われるように傍に寄り彼の隣に横たわると、熱を帯びた私の頬を吹き抜けた優しい風が冷ましてくれる。
こんなにも惹かれてしまう理由はわからないけど、この人の隣が私の還り着く場所だと思えた。
『総司……?』
呼び掛けても起きないことが少し嬉しかったのは、ゆっくり寝てくれたらその分総司の寝顔を見ていることが出来るから。
あどけなくも見える寝顔は可愛くて、私の頬は思わず緩んだ。
私の直ぐ真横にある彼の左手が愛しくて、そっと自分の手を重ねてみる。
そこに頬を寄せると、慣れ親しんだ香りが私を安心させてくれるから、ゆっくり瞳を閉じる私がいた。
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