7
任務の後、単独行動や命令以上の過度な殺戮が原因で、僕は一週間の謹慎処分を言い渡された。
謹慎と言っても、自分の部屋と訓練場以外に出られないだけで、他の処分がくだらなかったことに少しばかり安堵する。
今後は同じ過ちを繰り返さないよう肝に銘じながらも、セラに害を及ぼすような輩は排除したいという思いは変わることはなかった。
けれど謹慎二日目の夜。
山南さんが夜も更けた頃に、僕の部屋を訪ねてきた。
わざわざ僕のために時間を割いてくれたのだろう。
部屋の扉をノックする音が静寂を破った。
「どうぞ」
扉が静かに開き、山南さんが落ち着いた足取りで入ってくる。
彼の表情はいつも通り穏やかで、決して感情を荒げることはないものの、その視線の奥には厳しさが滲んでいた。
「沖田君、少しお話ししましょう」
「はい。謹慎中なので、時間はたっぷりありますよ」
軽口を叩いてみせたけど、山南さんは笑うことなく、静かに椅子に腰を下ろした。
その仕草の一つ一つが、これからの話が決して軽いものではないことを物語っているようだった。
「まず、今回の件について君はどう捉えているのですか?」
「命令違反を犯しました。単独行動をとり、必要以上に剣を振るいました。その結果、謹慎処分を受けた。それ以上でも、それ以下でもありません」
淡々と答える僕を、山南さんはじっと見つめる。
表情は変わらないけど、その視線は鋭く感じられた。
「君の言う通り、確かに処分は下されました。ただ、それだけで済む問題ではないのです。今回の件で君が専属騎士候補として抜擢された話や、今後の就学の件が白紙になる可能性があることは理解していますか?」
「……白紙に……?」
喉の奥が詰まったように言葉が途切れる。
謹慎で終わりだとどこかで思い込んでいた自分の甘さを突きつけられ、一瞬で胸が冷たくなった。
「……山南さんがわざわざ来た時点で、なんとなく何かあるのだろうとは察していましたけどね」
口ではそう答えながらも、まさかそこまで大事になるなんて。
心臓の鼓動が早まっているのを抑えられなかった。
「そうですか。では沖田君はなぜ、あのような行動に出たのです?」
「理由は……単純ですよ。一人でも取り逃したら、セラに危険が及んだかもしれない。だったら先に手を打つのが当然じゃないですか?」
「ですが、君の行動は先に手を打つという範囲を超えています。命令に従わず単独で行動した挙句に、対象を殲滅することを優先した。結果的に我々が得るはずだった情報がいくつか失われた可能性も否めません」
「ですが、組織の中枢を抑えたのも事実です。奴らを殺す前にかなりの情報だって得ましたよ」
「それは確かに評価されるべき点でしょう。しかし同時に、騎士としての立場を危うくする行動だったことも事実です。君の剣は優れていますが、それは時に諸刃の剣にもなる。セラお嬢様のために動いたのだとしても、君が騎士である以上、組織の秩序を乱してしまっては元も子もありません」
「……はい、それについては山南さんの仰るとおりです」
うつむいた視界に、握りしめた自分の拳が映る。
白くなるほどに力を込めても、不安は拭えなかった。
「頭では理解しているんです。命令に背いたことも、組織にとっての損失も……わかってる。だけど、セラに危険が迫るかもしれないって考えたら……僕の中での優先順位がどうしたって変わってしまったんですよ。それにあいつらがセラを狙っていたってわかった瞬間、もう許せませんでした。生かしておく理由なんてひとつもないって……そう思ったら、剣を止められなかったんです」
言葉の最後がわずかに震える。
「……でも結局、僕は気持ちだけで突っ走って……候補の立場も、全部壊しかけてるんですよね」
騎士であるほど冷静であるべきなのに、騎士であるからこそ激情に駆られてしまったその矛盾が胸を締めつけていた。
「君がそれほどまでにセラお嬢様を大切に思っていることは、私共も理解しているつもりですよ」
そう言って、山南さんは少し言葉を切り、ふっと微かに笑みを浮かべた。
「事実、今回の一件で組織の主要人物は全て捕えられました。それは間違いなく沖田君の働きによるものです。そのことはきちんと報告が上がってきています」
「……意外ですね。てっきり、僕をこっぴどく叱られるだけかと思いましたよ」
「叱るべき点はあります。しかし君の功績を無視するつもりはありませんよ。大切なのはこれからです。君はセラお嬢様の傍にいるべき存在なのですから、彼女を護るためにも、自身の立場を危うくする行動は慎んでください」
「……肝に銘じます」
「そうしてください。ちなみに今回の件が、何故専属騎士の選抜に関わる問題になるのか、その理由はわかりますね、沖田君」
今回、僕にとっての一番の痛手は、専属騎士の話が白紙に戻る可能性があるということだった。
任務中は頭に血が昇っていたのだろう、そこまで頭が回らなかった自分に呆れる。
それでもあの時は、セラを穢す言葉を吐いたあいつらをどうしても許すことができなかった。
「はい。近藤さんや山南さんは、僕が周りを見ずに突っ走ることで、セラが危険な目に遭う可能性を危惧していらっしゃるんですよね」
「わかっているじゃないですか……。それがわかっていて何故自制出来なかったんです?」
「いや……あの子がいたら僕だってそんなことはしませんよ。セラを護ることを第一優先させます。でも今回の任務にセラはいなかったですし、つい感情のまま動いてしまって」
「それで彼らがあんなになるまで剣を振るったんですか。あれは、ちょっとと言う域をだいぶ超えていましたよ」
山南さんはいつもの如く深くため息を吐き出したものの、今はもう僕を責める気はないのか、直ぐにいつもの意図の読めない微笑みを浮かべていた。
「お嬢様のことが本当に大事なら、もう少し冷静になって下さい」
「今後は気をつけます。ただ」
「ただ?なんでしょう?」
「今回の件で単独行動を取ったことだけは後悔していません。僕が動かなければ、あいつらに完全に逃げられてましたよ。僕はセラにとって害になる奴はたった一人でも野放しにしたくないんで」
「君のそういうはっきりとしたところや思い切りが良いところは嫌いではありませんよ。ですが冷静さを欠いてしまうと、いつか自分の身を滅ぼしかねません。そしてそれは結果としてお嬢様を危険に遭わせることに繋がってしまいます。なのでやはり自制しましょうね、沖田君」
「……はい、申し訳ありません」
言われたことは最もで、威圧感たっぷりの黒い笑みには頭を下げることしか出来なかった。
でも山南さんの言葉は、厳しくも温かい。
そして自分の未熟さを改めて思い知らされた。
けれど、僕の大元にある信念だけは変わらない。
セラを護るためなら、どんなことでもする。
ただそのやり方を、少しだけ考え直すべきなのかもしれない。
「もう絶対にしませんよ。今回は好き勝手しちゃいましたけど、セラがいる時はあの子を護ることだけに専念します」
「そうですね。そうして下さらないと困ります」
「専属騎士の件、白紙にはなりたくないんですけど、近藤さんはなんて仰ってます?」
「謹慎が解けた後、君の話を聞いて再度検討するとおっしゃっていましたよ。きちんと反省していることを伝えた方がいいかもしれませんね」
「そうですよね。ちなみにセラはこのことを知ってるんですか?」
「ええ、勿論です。単独行動をとって無茶をしたことも、怪我を負ったことも、専属騎士の話が白紙になるかもしれないことも、すべてお嬢様は知っています。そしてそれを深く案じておられますよ」
「……そうですか」
思わず目を伏せる。
セラが僕のことを心配してくれるのは、今に始まったことじゃない。
けれど、こうして第三者の口から改めて聞かされると、胸の奥が妙にくすぐったくなる。
「君のこととなると、お嬢様は本当に感情を抑えられないようですね。先程も、私にどうすればいいのかと何度も尋ねてこられましたよ」
「え?」
「怪我は大丈夫なのか、どうしたら君が困らずに済むのか……そればかりを考えておられました。だからこそ、私も沖田君に話しておこうと思ったのです」
山南さんは静かに僕を見つめながら、ゆっくりと続ける。
「君は、セラお嬢様にとって特別な存在なのです。君自身も、それはわかっているのでしょう?」
「……わかっていますよ」
思わず苦笑が漏れる。
そんなこと、セラの態度を見ていれば気付くに決まってる。
だからこそ、その愛情の枠組みが何であれ、僕はセラのために戦いたいと思ったし、そのためならどんな手段でも厭わなかった。
でもセラを心配させてしまうのは、本意ではない。
僕を信じてくれるあの子を裏切らないために、僕はもっと強く、もっと騎士らしく成長しなければならない。
「君がこれからどう行動するのか、それは君自身が決めることです。ただ、お嬢様がそれほどまでに君を案じていることは、心に留めておいてください。沖田君が無茶をすると悲しむ人がいる、ということを今一度よく考えて、今後の行動を変えていかれた方が良いかもしれないですね」
「……はい。山南さん、色々とご指南ありがとうございます」
「いいえ。では、謹慎が解けるまで大人しくしていてくださいね」
山南さんは満足気に微笑み、今度こそ静かに部屋を後にした。
扉が閉まったあと、僕は深く息を吐いて椅子に身を預ける。
セラが、僕のことでそんなに心を痛めていたなんて。
それを思うと、申し訳ない気持ちと同時に、心の奥底がじんわりと温かくなるのを感じる。
「……本当に、心配性だよね」
山南さんから言われた言葉は耳が痛い話だ。
恐らくあれは、今セラが悲しんでいるということを遠回しに教えてくれたに違いない。
あの子を悲しませてばかりいる自分に呆れを通り越して失望するけど、あの時は腹が立って止まらなかったんだ。
きっとあの子が絡むこととなると、僕はどうにも冷静ではいられないらしい。
「あー、傷が痛むな……」
就学前の大切な時期に怪我をした挙句、ここまできて専属騎士の話が白紙になるのは流石に耐えられない。
そんなことになればセラをより悲しませてしまうから、次に近藤さんに会う時にはしっかりと変わった自分を見せなければならないと心に誓った。
あの子に会えない日々はまだ続いてしまうけど、きっとセラなら僕を待っていてくれると信じられるから、僕も落ち込まずに前を向こう。
そして次に会えた時こそ、この前言えなかった言葉を伝えようと考えていた。
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