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お父様の帰宅に合わせて夕食を食べることになった私と総司は、にこやかに微笑むお父様と乾杯をした。
グラスの中、揺れる桃のジュースを眺めて香りを楽しみながら口に含むこの瞬間が好き。
お父様からの話がどのような内容なのか、少し楽しみに思っていた。
「セラも学院に通うようになると思うと月日が経つのは早いものだな」
『はい。なんだか実感湧かなくて、緊張しています』
「セラならば大丈夫だとも。人脈を広げることも大事な社会勉強だ、色々学んできなさい」
就学が決まった私は、秋から他の貴族のご子息やご令嬢と一緒に王立の学院へ通う予定だ。
城内での家庭教師との勉強は減り、今度からは皆と一緒に学業や社会情勢を学ぶようになる。
楽しみ半分不安半分で、入学の日が訪れるのを待っていた。
「ところで総司、この前は騎士の階級がまた上がったと聞いたぞ。一級取得おめでとう!この短期間で実に見事だ!素晴らしいぞ!」
「ありがとうございます、近藤さん。これからも精進できるよう尽力いたします」
「うむ、そうして貰えると我が公爵家も安泰だな」
ご機嫌なお父様を横目に、私と総司は視線を合わせ微笑み合う。
総司がここに来てもうすぐ二年半という月日が経とうとしているけど、あの時の巡り合わせが今日に繋がっていると思うと奇跡だと思う。
「セラは総司に懐いているようだが、迷惑を掛けたりはしていないか?」
「別に迷惑なんてかかってないですよ」
「だが総司には随分わがままを言っているようだから心配なのだ。何かあればいつでも俺に相談してきなさい」
『もう、お父様?どうして私がわがままみたいに言われないといけないのでしょうか』
「まあ、実際わがままなところはあるよね」
『総司だってお父様の前では猫かぶってるけど、実際は意地悪ばっかり言ってくるでしょ?』
「近藤さん、僕はセラのことを可愛い妹だと思ってるので、たまに叱ることもはあっても良い関係を築けていますから大丈夫ですよ」
『だから、妹扱いはしないで』
「こらこら、やめなさい」
お父様は思わず膨れた私を困り顔で見た後、今度は真剣な面持ちで言葉を続けた。
「この前セラと話したのだが、この子は専属騎士の候補に君を推薦したいと言っていてな」
先週、お父様からは専属騎士のことでお話があった。
誰を希望するかという話で私が総司の名前しか出さなかったため、候補が少な過ぎると言われたことを思い出した。
「総司は剣の腕も立つし適任だと思うが、専属騎士になるには武術だけではなく教養や上流社会の規範を学び続けなければならない。大会や任務遂行での武勲を立てただけではなれないのが昔からのしきたりだ」
お父様のお話はこれからの私達の生活を大きく変えるものだったから、食事の手は止まり次の言葉を聞くのが怖くなる。
不安な気持ちのまま総司を見たけど、彼も真剣な面持ちでお父様の言葉を待っていた。
「つまりだな、セラの一存だけでは総司を専属騎士にすることは出来ないのが現状だ。総司の頑張りは理解している分心苦しいのだが、そこは理解してもらえたら有り難い」
『待って、お父様……それはどういう意味ですか?まだ可能性はあるんですか?それともっ……』
「セラ」
総司に名前を呼ばれて、感情的に出てしまった言葉を止める。
思わず瞳が潤んでしまったけど、そんな私に総司は優しく微笑むから私はただ唇を噛み締めることしか出来ないでいた。
「近藤さんのおっしゃることは最もだと思いますよ。僕は正直教養や社会規範の面では遅れをとっている自覚はありますし、過去に犯した罪もあるので、元々厳しい目で判断されてしまうだろうということは、理解しているつもりです」
お父様を肯定する総司の言葉を聞いて、私のきつく握りしめた手にはより強く力が入った。
今にも泣きそうになるのを耐えて座っていると、横にいた総司が立ち上がり再びはっきりとした口調で言った。
「ですが僕はこの公爵家に拾って頂いて、近藤さんには勿論、セラお嬢様にもとても感謝しています。自分を救ってくれた彼女を護れるようになるため、今日まで武術の腕を磨いてまいりました。ですからまだ僕は諦めたくはないですし、諦めるつもりもありません。セラの専属騎士になれるのなら、どんな努力も惜しまないつもりでいます。今の僕に足りないものを全て補うことが出来たら、もう一度専属騎士になる機会を与えて頂けませんか?」
総司が言ってくれた言葉は十分過ぎる程温かくて、気付いた時には瞳からポタポタと涙が溢れ落ちていた。
そんな私に気付いた総司は眉尻を下げて微笑んでいたけど、そんな私達の真横で聞こえた嗚咽。
泣いていたのは私だけではなかったらしく、お父様まで大粒の涙を流していた。
「君は……なんて素晴らしい青年なんだ……!」
「……え?いやだな……近藤さんまで……。泣かないで下さいよ」
「しかしなあ、感動してしまって。総司の気持ちが嬉しくてなぁ……」
『お父様……、わたし専属騎士は総司でないと嫌ですっ……』
「ねえ……、セラもそんなに泣かないでよ」
お父様の涙を見て更に貰い泣きをした私は、駄々を捏ねる子供のように涙を溢す。
人前では極力泣きたくないのに、涙は直ぐには止まってくれなかった。
「すまないな、まさかこんな話になってしまうとは」
『ぐすっ……どういうことですか?』
「総司に専属騎士になる意志がどれほどあるのか聞いておきたかったのだ。別に今の段階で候補から外すつもりはなかったからな」
『本当ですか?』
「ああ。だがセラの専属騎士になれば、学院への同行は必要不可欠になる。もし総司が本気で目指す気があるのであれば、この機会にセラと一緒に就学するのはどうかね?」
「僕も一緒に学院に通う……ということですか?」
「そうだとも。そうすれば自ずと教養や社会情勢の勉強も出来る。何より城から離れてセラの護衛をする良い機会になると思うのだ。君の学費はこちらで用意出来る予定だが、行ってみるかね?」
「本当に宜しいんですか?」
「ああ」と頷いた近藤さんを見て、総司は珍しくその瞳を揺らすと頭を下げて言った。
「ありがとうございます、是非通わせてください。近藤さんのご期待に添えるよう精進します!」
総司にしては珍しく大きな声で、はっきりとそう言った。
総司が専属騎士になれる未来が確実に近付いた気がして、私はただ嬉しくて堪らなかった。
『お父様、ありがとうございます……!』
「礼は言わんでくれ。この前セラに総司と一緒に通いたいと言われた時は驚いたのだがな、山南君にも相談したら彼も賛同してくれたのだよ」
「山南さんが?」
「ああ。総司はここに来てからも真面目に日々騎士の仕事に取り組んでいるだろう。今までのことを思い返しても、総司がいてくれた方が俺も安心してセラを学院に送り出せると思ったのだよ。それに俺としても小さなことで総司の可能性を潰したくはないからな。だから学院に行ってセラと一緒に学んできなさい」
「はい、学院でも必ずお嬢様をお護り致します。僕に機会を下さりありがとうございます、近藤さん」
夢心地のまま二人の話を聞き、総司と通う学院生活を想像してしまう私がいる。
総司も心なしか嬉しそうに見えて、幸せな気持ちで二人のやりとりを聞いていた。
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