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夕食後、近藤さんの許可が降りたこともあり、僕はセラと一緒に三階の星が見えるバルコニーに出向いていた。
ここに来るのはまだ三回目だけど、こうしてこの子と二人きりの時間を過ごすのはこれで何度目だろう。
たとえ何度回数を重ねても、柔らかい笑顔や優しい声は僕にとって何よりも特別なものだった。


『総司と一緒に就学出来るなんて嬉しいな』

「そうだね。考えもしてなかったから驚いたけど、近藤さんには感謝しかないよ。あと君のお陰だよね、ありがとう」


首を横に振ったセラは嬉しそうにしてくれているから、僕の中の嬉しいという感情もより増していく。
昼間感じていた不安も学院に同行出来ることで和らいだし、順調過ぎて夢でも見ている気分だ。


『総司が一緒に通えるなんて、もっと実感が湧かなくなっちゃった。でも前よりもっと楽しみになった』


セラと出会ってもうすぐ二年半。
正直、この子が変わらず僕の隣で専属騎士就任を願ってくれるなんて、昔の僕は考えてもみなかった。
僕にとっては特別でも、この子からしたら沢山いる騎士団員の中の一人にしか過ぎない。
だから状況はいつ変わってもおかしくないと、心のどこかで思っていた。

でも近藤さんと同様、心根の優しい彼女は出会った頃から色眼鏡なしで僕のことを見てくれている。
約束を違えることなくこうして僕だけを応援してくれる、
たった一人、僕が護りたい人だ。


「楽しいといいけどね。でも僕は学業も頑張らないとかな」

『総司ならきっと大丈夫だよ。わからなかったら私が教えてあげる』

「はは、ありがと。でもセラって勉強できるの?」

『失礼だね。私、これでも首席なんだけど?』

「は?え?嘘でしょ?」

『本当だよ。この前試験結果が来てね、首席合格だから新入生代表の挨拶するんだ』


この子が努力家なことは知ってたけど、首席だなんてさすがに驚く。
僕たちが仕えるアストリア家のお嬢様は、かなりの頭脳明晰だったようだ。


「凄いね。なんか頑張ってもいつか君に追いつけなくなりそうで不安だよ」

『どうして?私は総司においていかれないか心配なのに』

「僕はおいていかないよ、君が心配することは何もないでしょ」


そう言っても何も返事をしてくれないセラは、僕を見つめて、目が合うとふいと逸らす。
以前より大人びたけど、どこか頼りなくも見えるその表情は相変わらず愛らしくて、その顔を見る度に心を掴まれるから本当に厄介だ。


『私はずっと総司といたいな。総司がいてくれたら、大変なことも頑張れるから』


セラからの愛情表現は、時折真っ直ぐ過ぎてどう返していいかわからなくなる。
それはこの子が僕を慕う理由が、ただの騎士としてなのか、将又兄や友達としてなのか、何もわからないからだった。

勿論僕自身が抱く彼女への感情が何なのかはだいぶ前から自覚済みだけど、この想いはきっと打ち明けてはならない。
それがセラの傍にいるために必要なことだから、僕は今日も気づかないふりをしてやり過ごすことしか出来なかった。


「僕も同じだよ」

『それ……本当?』

「え?」

『総司は本当に私といたいって思ってくれてる?』


短い返答で済ませたのに、今夜に限ってセラはそう聞いてくる。
それでも結局彼女の質問には僕が知りたくてたまらない答えは隠されていないから、僕もはっきりとは答えられなかった。


「当たり前でしょ。今更何言ってるのさ」

『だってたまに心配になるから』

「何が?」

『総司は本当に私の専属騎士になっていいのかなって。将来的に総司を縛ることになるんじゃないかって思って……』

「なにそれ。なりたくなければ志願なんてしないし、近藤さんに頼み込んだり、君と一緒に就学したりなんてしないよ」

『うん、それはそうなんだけど……』

「それとも僕が専属騎士になるとやっぱり困るから、敢えて違う道を勧めたくてそう言ってるの?」

『なんでそんなこと言うの?そんなこと、あるわけないのに』


セラが本気で僕を専属騎士に望んでいることはわかっていた。
それでも僕の為に必死になるその顔が見たくて、敢えて意地悪を言う僕は本当に子供みたいだ。
でもこの子との未来を望めば望むほど、この先の未来に進むのが怖くなる。
幸せだと感じる度、今の時間にただ縋り付きたくなった。


「嘘だってば。そんな顔しないで」


わざとらしく片頬をぷっくり膨らませた姿には笑ってしまうけど、最近ふと思うことがある。
それはどうしてこの子のことがこんなにも大切で仕方がないんだろうということだ。
女の子には勿論、他人にすら然程興味のなかった僕が、誰かにこんなに想いを寄せるなんて自分でも信じられない。
まあ、それも僕達の特別な縁だったら嬉しいんだけど。


『私はずっと変わらないよ。あの時からずっと総司に専属騎士になって欲しいって思ってる。それが総司の重荷になってたら嫌だなって思っただけだよ』


僕もたまに不安になる時があって、例えばセラの言う重荷とやらが逆に彼女を縛っていないか気にならないわけではなかった。
でも親しくても感情のまま相手に全ての疑問を投げ掛けられるわけではないから、頻繁には無理でもこうして不安や心配事を素直に話して貰えるのは嬉しかった。


「全然重荷になんてなってないよ。だから細かいこと気にしなくていいですよ」

『ふふ、ありがとう』

「まあ、階段から落ちてきたセラに踏み潰された時は死ぬかと思ったけど」

『酷いね、総司。そんなに私、重かった?』

「ううん、全然。綿毛みたいに軽かったよ」

『その言われ方、全然嬉しくない』

「そっか。まあ本当は、象みたいに重か……」

『総司?怒るよ』


いつもの様にセラをからかって遊び、ふと星空を見上げる。
そうすると一緒になって彼女も見上げるから、思わず口元が緩んでしまう。


「僕って入学試験、いつ頃受けるのかな。近藤さんに聞くの忘れちゃったよ」


僕の場合、不合格になることはないよう手続きしてもらえるらしいけど、建前上入試は受けなくてはならないらしい。
セラが何か知っているかもしれないから話を振ってみたけど、ぼんやりと遠くを見つめる彼女からは何の返答もなかった。


「セラ?聞いてる?」

『え?あ、うん?』

「どうしたの、ぼーっとして。最近そういうこと多いけど疲れてるんじゃないの?無理したらだめだよ」

『ありがとう、ごめんね』

「謝らなくていいけどね。で、どうしたの?何か悩みでもあるわけ?」

『全然悩みはないんだけど、最近夜あまり寝れてないからかも』

「そうなの?どうしてさ」

『ちょっと夢見が悪いっていうか……怖い夢をまたみるのかなって思うと最近眠るのが怖くて……』

「はは、夢で魘されて眠れないなんて子供みたいだね」

『酷い。笑わないでよ、もう』


思い詰めた顔をしているようにも見えたから心配したものの、それがただの夢で良かったと安堵する。


「じゃあ、今日は一緒に寝てあげようか」

『え?』

「手を繋いで寝たら、怖い夢を見なくて済むかもよ」


なんて、そんなことが出来たら最高なんだけど。
近藤さんに知れたら大目玉だから、さすがにそのリスクは犯せない。


『そうかもしれないね。じゃあ……一緒に寝る?』

「何言ってるのさ、今のは冗談だよ。そんなことできるわけないでしょ」

『でも誰にも言わなければわからないよ。だから……今日は手を繋いで一緒に寝てくれる?』


月明かりの下、間近で僕を見上げてそう尋ねてくるセラの言葉を聞いて、自分の中の抑えていた欲がより増殖して押し上げてくるのを感じた。
思わず喉を鳴らした僕が目の前の誘惑に揺らいでいると、セラがいきなり吹き出して笑った。


『ぷっ……あはは、総司の顔っ……』

「は?……え、まさかからかってたの?」


涙目で頷いたセラは、尚もまだ笑っている。
さすがに苛立った僕がおやすみとだけ言ってバルコニーから出ようとすると、僕の右手は柔らかい彼女の二つの手に包まれていた。

立場上、僕達騎士は護衛対象に不用意に接近したり触れたりはしてはならない。
でも今は温かい温もりが自分の手を包み、そっと優しく握られる。
そのほんの僅かの時間ですら、僕にとっては何よりも特別なものになるんだ。


『おやすみ、総司。今日、とっても楽しかった』


柔らかく微笑んだセラは、そう言って僕より先にバルコニーから出て行く。
そして一度振り返って再び愛らしく笑うと、そのまま自分の部屋へと入ってしまった。


「なに、今の」


あんなことをされたら、今夜は僕の方が眠れなくなる。
少し恨めしく思いながらも幸せで、また自分の中で彼女への想いが積もっていくのを感じた。

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